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ポリューの問いかけに、参加者たちはきょとんとした顔を向けた。
「明日世界が滅ぶなら、ですか? 良くあるタイプの質問ですけど、唐突ですね」
黒羽 風香(
jc1325)が首を傾げた。風が彼女の髪を揺らし、静かに夜の寒さを運んでくる。
「えーと、ほら、今日みたいな流星群が降ってきて、残り一日しかないとしたら――何したいって思うのかなぁって」
誤魔化すようにポリューが笑う。
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)の青い瞳がそんな彼をまじまじと見つめた。
唐突だが、何か思うところあっての問いだろう。若者との語らいは嫌いではない、と幼く愛らしい外見に反し、幾多の星霜を経てきた少女は真剣に考えを巡らせた。
天魔としてそこそこ生きて、正直長すぎるわー明日なんて来なくても構わないわー、と思う事もないわけではない。でも――。
「実際に明確に終わりを突きつけられると惑っちゃいますね」
見上げた空にはもう小さな星の光も輝き始め、レティシアの瞳に降り立つ。
この夜空の星々が落ちてきて世界が終わるという事は、自分の愛したものが全て失われるという事。全てに明日が来ないと言うこと。それを改めて想像し、これほどにしんどいものだとはと思う自分の心にレティシアは驚いた。どうやら、この人間世界にそれなりに愛着を持っていたらしい。
やりたいことを一つずつ思い浮かべて頭の中でリストにしながら、レティシアが考え込んでいると、他の参加者たちもそれぞれに空を見上げ、各々の世界の終わりに思いを馳せているようだった。
「明日世界が滅ぶなら……これまでで一番幸せだった事をするか、これまでやれなかった事をするか、大きく分けてこの二択かもね」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が呟く。なるほど、とポリューは大きく頷いた。
「僕は後者かな。最後なら、今まで出来なかった事をやりたい。だから、本気の恋がしたいです、ポリュー先生」
竜胆がおどけたように言う。
えー、とポリューがつっこみ混じりに笑うと、竜胆も笑った。
「冗談のようだけど……結構本気だよ? 僕、この通りイケメンでしょ? ……頭に残念がつくけど。性格だってフェミニストだし。……フリーダム過ぎるとも言われるけど」
その言い方に竜胆の向こうでレティシアがくすりと微笑むのが見える。
「だから付き合う子には不自由してないというか、ぶっちゃけ自慢だけど」
美形で人当たりの良い竜胆は、実際にモテる。そう聞くと敵意が芽生え、ポリューは貴様……と竜胆に妬ましげな目を向けた。
竜胆はあえて何のフォローもせず胸を張るが、しかし眼鏡の奥で美しい虹彩異色の瞳を僅かに伏せる。
「でもそれは相手が本気じゃないから。僕をアクセサリーのような気楽なものだと思っているのが分かるから。だから僕も相応に応えられるんだよね。基本、来る者拒まず去る者追わず。今はそれで十分楽しいし、本気出すのはそのうちでいいかなーと生きてる」
柔和な表情の中、道化た仮面の奥にあるものが一瞬、垣間見える。
「けど、残り時間があと一日なら話は変わる。『そのうち』じゃ遅いもんね」
竜胆はぱっとまた笑った。
「一日で恋なんて出来るの? と思うかもだけど、世の中には一目惚れだってあるんだし、恋に落ちるのに時間は関係ないよね。だから探して探して探しまくる。『この人だ』って人を」
必死に。
我武者羅に。
これまでの僕らしくないくらいに――。
「でも、一日で見つかるか? 相手が好きになってくれるとも限らないじゃん」
ポリューはいまいち納得がいかないように言った。
「別に相手が想ってくれなくても構わない。片想いだって恋だもんね」
竜胆は特に気にした風もなく答える。
「そんな一生懸命な気持ちを感じる……そんな最後の日を迎えたいな。最後一緒に居られたら最高だね。ま、見つからなくてもそれはそれで。恋う人を恋う……のも、いいんじゃないかな」
「一生懸命な気持ちを感じる……。それは、何かわかるような気がする」
ポリューが呟くと、竜胆がにまっとした。
「……で」
「で?」
「ポリューちゃんはそういう子いないわけ?」
獲物を狙う猫のような顔でフフフとにじり寄る。急に水を向けられたポリューはカーッと顔を赤くして、助けを求めるようにRobin redbreast(
jb2203)に顔を向けた。
「えっと、Robinは? 君だったら何する?」
白金の髪の少女は特に悩むでもなく、深く考えるでもなく答える。
「依頼を請けて仕事をするよ」
候補地へ向かう林の中は秋の匂いがして、舞い落ちた枯葉がRobinの足元でかさりと音を立てる。
「他にすることないし」
言い切ってしまうどこか人形めいたRobinの表情に少し驚きながらも、ポリューは「俺には真似できない」と感心した。
そのまま首を巡らせると、レティシアと目が合う。
頭の中でリストを作っていたレティシアはポリューに何か言おうとしたが、出来たリスト――積読の魔道書や猫島巡りとか。それをふむと眺めて、ぽいーと頭の外に放った。
残された時間を精いっぱい生き抜く。その生き方はとても尊いと思うけれど、でも私のスタイルではないなと。
「あれもこれもやっておけばーと後悔しつつも、いつものを選んじゃいます。それが間違いでもこうして歩いてきたのだから最後まで貫くのです」
「歩いてきた道を……最後まで貫く?」
ポリューの言葉に微笑んで頷く。
「家が世界の全てと思っている愛すべき家猫のお世話をしていつもの一日を終えます」
猫さんと一緒に窓から最後の夕焼けを眺めて。こちらの世界に来て初めて心を動かされた光景、何度見ても飽きない。世界が滅ぶなんて思ってもいない猫さんを抱っこして終わりを迎えます。
「私には、これで充分」
その瞳には何百年もの時を見つめてきた深い色が宿っている。
それはきっと、自分自身を生きているから出来ること。果たしていつか自分もレティシアのように思えるだろうか。ますます難しそうにポリューが頭を抱えていると、風香が口を開いた。
「私は、そうですね……親しい人、私が大切に感じている人達に感謝を伝えて回りますかね。故郷に戻る必要があるのでちょっと大変かもしれませんけど、筋は通しておきたいので」
後は……と呟き、やや表情の薄いようにも見えた横顔がふっと柔らかくなる。
「アレですね、兄さんに思いっきり甘えたいです」
「お兄さんいるんだ」
「ええ。どうせ最期なんですし、ちょっとぐらい好き放題しても良いと思うんですよね」
――なのできっと、遠慮無く強請ります。二人きりじゃなくてもいいですけど、少しでも多く構って貰いたいです。未練とか残したくないので。
「何にせよ、私が願うのは最期まで好きな人と一緒に居たい、という事です」
あ、でも、と風香は続けた。
「滅びる前提で話してますけど、止められる可能性があるなら試しますよ? そうしたら、もっとずっと大切な人達と一緒に過ごせるかもしれませんから。私がしたい事はこんな所です。重いと感じる人も居るかもしれませんけど、愛は重いぐらいが丁度良い、が私の恋愛における座右の銘なので」
くすりと笑う。
愛……愛かぁ。と、竜胆の答えに引き続き、ポリューが少し気恥ずかしそうにしていると、一番後ろを歩いていた仲の良さそうな二人が目に入った。
星杜 藤花(
ja0292)と星杜 焔(
ja5378)の夫婦だ。
「明日……あと24時間で世界が滅ぶとしたら〜か……」
ポリューの視線を受けて焔が呟くと、藤花が夫の顔を見上げる。
「世界があと一日で滅ぶなら……わたしは、大切な人と一緒にいたい……大切な家族と、一緒にいたい」
言葉の一つ一つを噛みしめ、全てに感謝しながら。
焔が頷いて、藤花を見つめた。
今回は先日の重体による疲れが癒えた藤花の、リハビリがてらの参加だった。星を見るのが好きなので、この依頼はぴったりだと思ったが――世界の終わりか。
「バイトも学校も依頼も休んで、家族みんなでおはようをして、一緒にゆっくりおいしい朝食をとって、屋上で育ててる野菜を使ってお弁当をつくって――家族みんなで愛犬のおさんぽをして、ちょっとしたピクニックをして」
大切な家族。依頼で引き取った息子と、息子がアウルの制御を覚えたご褒美と誕生日祝いに迎えたマルチーズ。出来れば今日も連れて来たいところだったが、時間が遅いし今夜は冷え込むらしい。
焔の言葉に、藤花もその時を思い描くように言葉を紡ぐ。
「朝食はもちろん一緒に作って、お弁当の野菜も家族みんなで収穫」
料理のメインは焔さんだけれど、それに彩りを添えるよう、キャラ弁もこっそり用意してピクニックのお昼ご飯で驚かせましょう。優しい緑の眼差しで、藤花は微笑む。
――家族みんなで、無邪気に過ごせる時間を心ゆくまで堪能しましょう。愛おしい思い出を沢山作りましょう。
「歩きつかれた息子を肩車しておうちに帰って、夜は家族みんなの好きなメニューで晩ご飯」
料理が好きな焔にはもうそのメニューが浮かんでいるようだった。
「夕飯は焔さんにお任せして……息子が手伝ってみたいというなら手伝ってもらって」
「あっ、今までの思い出をアルバムを見ながらおはなしもしたいね」
藤花は頷く。アルバムの写真はどれも大切な思い出。その中の一枚、特に愛おしい色褪せた七五三の写真。焔は五歳で、藤花は三歳だった。初めて出会ったときに撮影した、数少ない焔の幼い頃の写真。思えばこれが全ての始まり……今のわたしがいる理由。
思えば初恋だったあの日のことを、もうきっと忘れない。
「そうして星の降る時間には息子と愛犬を真ん中に川の字になって眠るんだ」
焔は遠くを見るように、目を細めた。
そして伝える。妻にはお嫁さんになってくれてありがとうと、息子には子供になってくれてありがとうと、愛犬にはうちの子になってくれてありがとうと――今日も明日もずっと、幸せだよ。
藤花も思い描く。川の字になって手を繋ぎ、幸せをしみじみと噛みしめながら改めて家族に感謝の言葉述べ、幸せです、と心の底から伝えるだろう。
目を閉じても、いなくなるわけではないから。存在は消えても、想いは残るから。
「おやすみなさい。さよならじゃない、またね」
まるで今がその時のようにそっと囁く。世界が滅ぶという言葉は一切口にしない。言霊が宿るというから。そんな悲しいことは口にしたくない。
「おやすみなさい、またあおうね。って……」
同時に焔もそう呟き、二人は顔を見合わせて笑った。
それを聞いていたRobinは僅かに胸がチクリと痛むのを感じた。
自分には叶えたい願いが特にない。最近は、誰かの願いを叶えるために働こうと決めていて、それは与えられた仕事をこなすだけだった以前より進歩とも言えたけれど。
でも。
(みんなと違って、あたしはひとりなんだ)
いつもなら思わないそんな言葉が頭をよぎる。
――本当にそれでいいの?
ふと浮かんだそんな疑問を、小さく首を振ってすぐに打ち消した。
(それでいいんだ。あたしにはそれしかないし)
どこか、もやもやとした感覚が胸に宿る。それを振り切れずにいると、そこでポリューが声を上げてRobinははっとする。
そこには候補地の野原が広がっていた。
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空は冴え冴えと澄んでいる。
建物の明かりは遠く、候補地としては申し分ないように思われた。
レティシアが魔法瓶に入れてきた熱い番茶を配る。
「最近冷え込んできたので、風邪を引いたらいけませんから」
かぼちゃ味のラスクと一緒に渡され、その気遣いにポリューの顔がほころんだ。
ハロウィンだ、と言って嬉しそうにラスクを頬張っていると、風香がお茶を飲みながら尋ねる。
「ところで、どうしてこんな質問を? あまりにも唐突なので気になります」
う、とどもりながら、カストーとのやり取りを答えると、風香は呆れた様子もなく、小さく頷く。
「別にスラスラ答えが出る必要は無いと思いますよ」
「そうかな……」
「その時になれば、自ずとしたい事をするでしょう。あまりにも捻くれている人は分かりませんけど」
「……ありがとう」
その時、あ、と竜胆が空を指差した。
星が流れ、一瞬で消える。
焔は藤花が寒くないようそっと寄り添ってそれを見つめた。
「空へ旅立った人々が星になるのなら。星の降る夜に世界が終わるのなら。会いたかったなつかしい皆が俺たちを迎えに来てくれるんだ。そして皆で同じ世界に帰るんだ」
瞬く星空の向こうに、懐かしい記憶を重ねる。
「だからきっと……それはかなしい終わりなのではなく、しあわせなはじまりなのだよ」
藤花はそっと微笑んだ。もしもそんな時が来たら――。
「……夜空の軽便鉄道に乗って、一緒に星の世界を旅しましょうね。幸せを、改めて感じる為に」
愛読書の銀河鉄道の夜を思い出す。彼らのように、本当の幸いを求めたい。
夫婦はそっと手を繋いだ。
「ああ、星がきれいだね」
焔は静かに祈る。空に旅立った人たちに。
(天魔との戦いが俺の世代で終わりますように――見守っていてね)
やがて星が一つ、また一つと、次々に流れ始める。瞬きをしていたら見逃しそうなほど、微かな光。
風香は願う。大切な人達と末永くいられますように――単純だけど、他に何があるだろう。
「リハーサルと聞いていましたけど、思わぬ収穫がありましたね。……本番は兄さんと一緒に見れたらいいな……」
空を、星をゆっくり眺めるなんて、いつぶりだろう、とRobinも胸のもやもやを忘れるように見上げた。
仕事のことを考えないで眺める星空。
いつも、位置の把握、天候、風の向き……任務の遂行のための判断材料としてか見てなかった。空は深く冴え、どこまでも抜けていくようだ。
ふと、機械になった時に封印した、遠い記憶が蘇る。
子供の時に、故郷で家族と見上げた空。
学園に来たばかりの時は、昔の記憶が戻るのが怖かった。機械でなくなったら捨てられてしまうと思ったから。役立たずと怒られると思ったから。
だけど今は――前ほど怖くなくなっている、かも、と思う。
もし明日、世界が滅ぶなら――。
「あたしは故郷に帰って、家族に会いたい」
やっと言えた。
籠に捕らわれた鳥のように、ずっと封じてきた、ほんとうのねがい。
「それが、Robinのやりたいことなのか?」
不意にポリューが声をかける。小さく呟くRobinの声が聞こえていたらしい。少女は淡い翡翠の瞳を一度伏せ、また空に向ける。それだけで十分だった。
流れる星々にRobinは願う。今度は先ほどよりもはっきりとした意思を持って。
「天魔との戦いが終わったら、いつか故郷に帰りたい」
少女は僅かに微笑んで、ポリューの方を見た。
「ポリューは、やりたいこと見つかった?」
「まだわからない。でも……見つけたいって、心からそう思ったよ」
世界は終わらない。だからこそ今を、大切にしていかなくては。
遥か彼方で、星がまた一つ、流れた。