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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/28


みんなの思い出



オープニング


 地鳴りが響いている。
 閉鎖された銅山で、男たちはその地獄から這い上がるような音に怯えながら、必死に麓の施設を目指して駆け下りていた。押し黙っている者も、自分の見たものを信じられないように捲くし立てている者もいるが、皆一様に顔が青白い。
「何だったんだ、あれは!」
 一人の男が、もうこれまでに何度も反芻した問いを再び叫んだ。
 その問いに答えられる者は誰もいない。

 ここは三百年近くもの長い歴史を持つ、古い鉱山である。
 閉鎖されてからすでに何十年も経過しており、貯鉱庫や火薬庫などの当時の施設は植物に覆われた廃墟となっているが、麓には資料館などが置かれ、現在ではちょっとした観光地だ。坑道の一部も観光用に整備され、当時の銅山を偲ばせる作りとなっている。
 坑道自体は山全体に及び、レンガの目のように横穴と縦穴が掘られていて、最も深いところでは地上まで直線距離で二キロメートルほどになる。職員でも整備された通路以外は立ち入り禁止だが、今日は内部点検の日で、職員と補修に関わる業者が数名訪れていた。

 ところが恐ろしいことが起きた。
 山頂から深さ五百メートルほどの場所で落石があることが前回の点検でわかっていたため発破したまでは順調だったが、その時、地下から明らかに爆破の反響とは違う音がしてきたのである。
「何の音だ……!?」
 男たちが口々に話していると、突然砂埃の向こうから丸太ほどもあろうかという太さの触手が数本勢いよく飛び出し、激しく坑内で暴れ回りながらこちらへ向かってきた。
 トンネルが揺れ、天井から土が降ってくる。
「ひぃっ、何だアレは!?」
 触手は逃げ惑う彼らに追いつき、あっという間に二人を捕らえて巻きついた。
「うわああっ、助けてくれ!」
 二本の触手に一人ずつ巻き取られ、獲物を確認するように振り回すと、触手は素早く来た方へ戻っていく。
「掴まれ!!」
 一人が捕まった仲間に手を伸ばしたが一歩届かず、目にも止まらぬ速さで坑内の奥へと引きずり込んだ。
「くそぉ!」
 手を伸ばした男はそのまま彼らを追おうとしたが、「俺たちじゃ無理だ、行くぞ!」と年配の男に止められ、外に連れ出された。

 何とか外へ脱出した男たちは、震えながら自分たちの身に起きたことを考えていた。
 まるで一つ一つに自分の意思があるかのように蠢いていた醜悪な触手。五、六本はあっただろうか?
 どこまででも伸びる植物の蔓にも似て、すぐそこまで迫ってきていてもおかしくないように思われた。
 前の点検は半年近く前。いつからあんな恐ろしい化け物が住み着いていたのか分からない。坑内を揺らすほど激しく暴れたせいだろうか。道中に見覚えのない地割れがあり、彼らをぞっとさせた。
 とにかく資料館まで下りれば電話がある。この辺り一帯は携帯電話も圏外だが、資料館なら固定電話だ。
 通報しなければならないと、もつれる足で懸命に走る。


 その途中で一人の男がハッとしたように足を止めた。
 先程、引きずり込まれた仲間に追いすがろうとした男だった。
「何してるんだ、逃げるぞ!」
 他の職員に急かされるが、彼は下るのではなく、横に向かって走り出す。
「どこに行く気だ!?」
 問われて、彼は首だけ振り返った。
「地下に引きずり込まれたんだ、酸素濃度が低いところまで行ったのかもしれない! 扇風機を動かす!」
 扇風機というのは、かつてこの銅山で使用されていた坑内の空気を循環させるための巨大な通気装置のことである。これもまた大変に古い発電機によって動かすことが出来る。かなりの年代物だが、以前、資料館に展示するビデオを作成するために実際に稼動させたことがあった。
 引きずり込まれた二人が、今どんな状況になっているのか窺い知ることは出来ない。無事でいると考えるのは難しいかもしれない。だが。
「捕まった一人は、俺の弟なんだ! ……諦めるわけにいかないだろ!!」
 もしも生きているなら、送風を続けなければ助けが来るまでに息が詰まって死んでしまうかもしれない。
 それを見て、若い男がもう一人、彼の後を追った。
「もう一人は俺の友達なんです! 俺も行きます!」
 通報は他の人々に任せ、二人は扇風機に向かって走った。
 
 若い男は何か草むらで動物が動く度に小さく悲鳴を上げ、今にも逃げ出したいのを抑えているようだった。だが、手の震えが止まらないのは、被害者の兄も同じだ。
 扇風機まで辿り着くと、焦りながらも二人がかりで発電装置に言うことを聞かせ、巨大な扇風機のプロペラを動かす。ひどく錆付いた音が響き、しかし何とか扇風機は動き出した。
 今、弟は、友人は、どうしているだろう。
 脳裏に坑内の光景が蘇り、二人はプロペラの先の坑内へ空気を送り込むパイプからすら、触手が現れるのではないかと思えて身震いした。
 そこで再び小規模な地鳴りがあり、若い男はひっと息を呑む。
「い、行きましょう、装置はもう動いたんだ! あの化け物がこっちまで出てくるかもしれない!」
 もう一人の男は首を振った。
「いや、扇風機の操作が必要だ、残らないと……!」
 扇風機は故障している部分もあり、負荷がかかりすぎないようスピードを調整する必要がある。
 若い男は後ずさりした。
「じゃ、じゃあ、アンタがやってくれ! 俺は逃げる!!」
 踵を返し、扇風機に背を向けて走り出す。
 当然だろう。命がかかっている。残った男は唇を噛み、操作を続ける。
 すると不穏な音が、彼の耳に届いた。また何か恐ろしいことが起きたかと身を竦ませたが、すぐにその正体はわかった。ある意味で、何かが追ってくるよりなお悪い。プロペラを回転させるベルトが劣化し、外れかかっている。完全に外れてしまわないよう、さすまたで押さえねばならなかったが、操作している場所からはどうしても届かない。
 方法はないのか――焦りが募ったその時、逃げたはずの若い男がさすまたでベルトを押し戻した。不穏な音を聞いて戻ってきたのだ。
「ちくしょう、ちくしょう……」
 泣きそうになりながらも、外れないよう手に力を込める。
 化け物が再び暴れるようならまた山が揺れて、落石や地割れが起き、自分たちも危ない。そもそも化け物が追ってくるかもしれない。
 逃げ出したい気持ちを必死に押さえ、二人は送風を続けた。


 それを遠くから観察する悪魔が一人――。
「これはちょっと面白そうだ。見ていくかな」
 地中のディアボロは彼のものではない。だが、誰の置き土産なのかは知らないが、その誰かは思わぬ見世物を用意してくれたようだ。あのガラクタのような機械はどうやら呼吸のために必要なものらしい。
 細い顎を撫で、優雅な所作で座る。
「恐らく撃退士がすぐに駆けつけるだろうが――そう大人数でもないだろう。敵の対処に全力であたれば、地上の人間が逃げた時に送風が途絶える。かといって、送風に人員を当てれば戦力の欠如は免れない。よしんば撃退士は脱出出来ても、倒すまでに時間がかかれば地割れで被害が拡大するかもしれん」
 悪魔は目を細めて、口角を吊り上げた。
 これは楽しい。見物じゃないか?

「さて、興味深い。人の善意を信じて危険を犯すか、リスクがあっても確実な道を選ぶか。撃退士というやつはどちらを選ぶんだ?」


リプレイ本文


 洞窟の中を撃退士たちは覗く。
 点検の時以外開かれることのないその場所は、空気が淀んでいて重たい気配がした。
「嫌な場所に籠もられましたね」
 中の様子に目を巡らし、雫(ja1894)が呟く。
 エカテリーナ・コドロワ(jc0366)はいや、と首を振った。逆だ。
「わざわざ『墓場』に身を潜めるとは、よほどの覚悟が据わっているようだな」
 自ら地中を戦場に選んだ敵を文字通り「墓場」に叩き込んでやると闘志を漲らせる。
「捕まった人達はまだ生きているだろうか。急いで助けないとな」
 心配げな表情を浮かべながら不知火藤忠(jc2194)が言うと、頷いた小宮 雅春(jc2177)が「では、私は行って来ます」と仲間たちから離れた。向かう先はここから一キロメートルほどだという扇風機の場所だ。引き込まれた二名の救助が確認できれば雅春も突入する予定だが、今は離れるその背中を藤忠が任せた、と見送る。
 そして撃退士たちは視線を交わし、洞窟の中へと足を踏み入れた。
 すると、彼らの耳はすぐに不自然な物音をとらえる。敵だろう。藤忠はライトで道を照らし、足音を殺しながら先頭を走り出した。
 注意深く耳を澄ませ、かつての鉱山に潜むものの存在を探りながら、彼らは急ぐ足取りで地下深くへとレンガの目のように入り組む道を辿る。Camille(jb3612)が時折音の方向を確かめるように首を巡らす。しかし決して立ち止まることはない。
 ナイトヴィジョンを装着した雫が、敵の気配がないか神経を研ぎ澄ませた。エカテリーナも策敵で前方の様子を探る。音はまだ遠く、動くものはない。だが、いくつかの穴を下りた時、とうとう蠢くものに気付いた。触手だろうか。
「いたぞ!」
 エカテリーナの指差す方向にRobin redbreast(jb2203)が飛び出す。全力をかけて引き下がっていく何かの影を追った。
 その先に、引き込まれた被害者たちが無事でいることを信じて。


 坑道に突入していった撃退士たちの様子を遠くから見ていた観察者は、走っていく雅春を目で追って、片眉を上げた。
「ほう? それが撃退士の答えか。結局、人の善意なんてものは信じるに値しないんだな。少なくとも、彼らはそう思っているわけだ」
 悪魔はその選択が迎える結末を知ろうとじっと目をこらした。


 その頃、扇風機を動かす二人の緊張はもはやピークに達しようとしていた。
 最初のパニックから落ち着いた心がむしろ冷静に恐怖を知覚する。
 肝が据わるなどという言葉もあるが、引き込まれた二人が今どうなっているのかも、助けが来ているのかも、何もわからないまま送風を続けるのは、ひたすらに心を削られるばかりだった。
 もしかして、もう無意味なのではないか? 逃げなくてはならないのではないか?
 無限にも感じられる時間に友人の手が緩みかけた時、走ってくる足音が響いた。
「お待たせしました、撃退士です!」

 突入前、撃退士たちは扇風機について話し合っていた。
 撃退士にはアウルがあるから天魔と戦うことができる。アウルのない一般の人たちが感じる天魔への恐怖を、どれだけ推し量ることができるか……と状況を聞いたCamilleは眉を顰めた。
 もし見捨ててしまったら、後悔して自分を責めることになる。だけど逃げなかったばかりに自分たちも死んでしまったら……? 彼らは弟のため、友人のため残りたい気持ちと、天魔への恐怖心との狭間で必死に戦っている。
「……一刻も早く、浚われた二人を助け出さないとだね」
 バイオレットの瞳を伏せる。
 ディアボロの動きがわからないこの状況だ。それに扇風機のところで二人だけでいるのは怖いと思うから安心してもらうために、とRobinが誰かが一人そちらへ向かうことを提案した。
「撃退士がそばに居たら、少しは安心するんじゃないかなあ」
 そこで自分が、と言ったのが雅春だった。被害者が気になるが、それが最も適切だとわかっていた。気概だけではどうにもならないと知っている。自分の成すべきことをするだけだ――。

 辿り着いた雅春が扇風機操作を手伝いながら、万が一攻撃の手がこちらまで及ぶかもしれないと辺りを警戒する。
 その姿に彼らは希望を見た。


 影を追ったRobinが目にしたものは、大きな切り株のようなディアボロだった。触手が蠢いている。よく見るとそこに被害者らしき人々がその触手に捕らわれているのがわかった。
 どうやらここは最深部らしい。坑道内は古く、脆そうな箇所がある。
 敵に下手に暴れられてはまずい。動きを封じなくては。暗闇に身を隠して体勢を整える。
 藤忠も少し手前に身を隠し、ディアボロを見た。
「触手は五……いや六本か」
 そして被害者の様子を確認する。
「気絶しているな。下手に起きて暴れたら危険かもしれない」
 目立った外傷がなさそうなのが幸いだった。
 今はまだディアボロはこちらに気付いていない。
 雫はそっと存在を薄め、気配を殺す。Robinも洞窟の暗さに身を溶け込ませ、敵のそばに回り込んだ。
 それを確認し――藤忠が八卦石縛風をかけた。
 動きを留めることは出来なかったが、砂塵が舞い上がり、ディアボロを攪乱する。それが合図にして、雫とRobinは同時にディアボロに踊りかかった。
 Robinが闇の中から不意をつき、一気に触手を切り裂く。もう一方は藤忠が薙刀で斬る。
 雫が白銀の髪を翻し、素早く二人を確保した。
 攻撃を受けたディアボロは怒りを露にし、触手を波打たせながら雫たちへ伸ばす。
 それを阻むようにCamilleが逆側に回って雷打蹴を叩き込み、二人が戦闘に巻き込まれないようディアボロの注意を引き付けた。
 その間に藤忠が二人を抱え、少し離れた場所へ彼らを移す。それに気付いたのか一本の触手が伸びてくる。荒れ狂う触手が天井にぶつかると脆い部分から崩れ、その力の強さを物語るようだった。藤忠がドーマンセーマンで防ぐか、と身構えると、Robinが触手に攻撃を加える。そのまま闇の中を跳躍して被害者の退避の続きを引き受けた。
 最深部にはトロッコの通路があり、それが直接地上と繋がっている。事前の資料からそれが判明していたため、雫はトロッコのところへ走ると、スイッチを探した。
 レバーを下げると、緑色の光が点灯する。
「動くみたいです」
 雫の声にRobinは頷き、気絶する二人を揺さぶる。二人は呻いたが、目は開けない。やむをえず雫が頬を叩き、二人を起こした。最悪、意識が目覚めなければそのまま乗せなければならないと思ったが、幸いにも二人は驚いたように目を開けた。
「もう大丈夫だよ、先に脱出していてね。あたしたちはディアボロを倒してから戻るね」
 Robinの澄んだ声が落ち着かせるように語り掛ける。
 呆然とする二人を藤忠が覗き込んだ。
「動けるか? 悪いが坑道が破壊される可能性もある、すぐ逃げてほしい」
 二人をトロッコに乗せる。
「貴方達を助けようと頑張っている人達がいる」
 Camilleと共に敵を引き受けていたエカテリーナが、触手を押し返すと駆け寄ってきた。
 二人に行動内について尋ねると、どうやら切り株の居座っている場所が道の果てであり、それ以上道は続いていないらしい。袋の鼠だ。エカテリーナは冷酷な笑みを浮かべる。
 話が済むと藤忠はトロッコを動かし、二人を送り出した。
「もし脱出中電話が繋がるようなら、『助かった』と伝えて欲しい」
 外にいる兄か友人に。電波が悪いから手短に。それでも伝わるだろう。

 やがて、地上で電話を受けた兄は、必死に弟の声を聞き取った。

 ――二人とも、助かった。トロッコで、そっちに向かう。

「やったぞ……!」
 兄ともう一人の被害者の友人は歓喜に満ちた顔でお互いを見やった。
 無意味ではなかった。弟たちは助かったのだ。
 地下では撃退士たちが戦っているのだろう。山全体が潰れるのではないかと不安になるような音で揺れている。二人を連れて一刻も早く逃げなくては。
 はっとして、友人は自分の青ざめた手に支えられた扇風機を見た。

 雅春はそんな彼らの様子を見ながら、どう行動すべきか考えていた。
 被害者の脱出が確認できたら仲間に合流したいと思っていたが。
 聞いたところ、扇風機を止めてもある程度の時間は問題ないらしい。もしも、彼らがこれ以上送風を続けられないとしたら。突入して時間内の脱出を目指すべきか、残って送風すべきか。いや、そもそも二人とも消えてしまったら、扇風機を動かすことは出来なくなる。
 もっとも、仮に残ってくれと頼んだところで、約束を守ってもらえる保障はない。
 仲間の運命を思いながら、雅春は顔を上げた。


 トロッコが十分に離れたことを確認した藤忠は触手に向き直る。
「さて、これで遠慮なく倒せるな」
 下手に暴れられて坑道が潰れても困る。早々に片をつけなければ。赤い瞳を細める。
 エカテリーナはディアボロを見据えた。洞窟が崩落する可能性がある以上、速やかにケリをつける必要がある。すでに天井や壁にはひびの入っている箇所もあった。
 うねる触手を雫が壁走りで天井に駆け上がり、避ける。
 それを追う敵にエカテリーナが銃を構えるや否や高速の弾丸が放たれ、まるで獲物めがけて一直線に降り立つ猛禽類のような一連の動きが完成したと思うと、触手は弾け飛んでいた。
 だが、ダメージにはなっても、触手は伸縮するらしく、さらにその手を伸ばしてくる。
 何が有効かわらかないけれど、動きを封じなくては――。
 Robinはディアボロを見つめた。みんなのスキルを試してもらう必要があるが、まずはRobinがスタンエッジで攻撃する。だが相手は性質も乾いた木に近いのかそれは不明だが、攻撃を受けてもまだ暴れるのをやめない。
 ――ならば。Camilleがそれと息を合わせるように、薙ぎ払いで畳み掛けた。Robinと併せてどれかが有効ならばラッキーだと。坑道が壊されたり、再び捕らわれたり、被害者が脱出を妨げられるのは避けるためにも、止めなくては。幸いこれは効果を出した。だが、スキルは数に限りがある。切れないよう連携が必要だ。
「その図体で地中で戦うのは身が重すぎるようだな。動けぬ兵はただの的だ!」
 エカテリーナが素早く触手を撃ちぬくと、闘気開放で闘争心を解き放った雫がそれと重ねるように攻撃した。
 動きを封じている間に撃退士たちは体勢を立て直す。
 スタンが切れる前に、トロッコの通路を背にかばいながら、藤忠が蟲毒を使う。蛇の幻影が触手に噛み付いた。
 ディアボロが再び激しく暴れ出し、その影が膨れ上がったかのように見えた。
 地上まで伸びていきそうな触手をエカテリーナが撃ち抜いて叩き落す。
 それと同時に雫が跳躍する。触手が雫めがけて伸びてくるが、かわすと同時に体重を乗せた一撃を叩き込み、切り落とした。木の軋むのに似た不気味に乾いた悲鳴があがる。
 切り株はいよいよ狂ったように全ての触手を激しく振り回した。
 撃退士たちはそれに対応するが、一本の触手が天井を崩した。すぐ下に着地していた雫は間一髪それを避けるが、しかし体勢が崩れた隙を狙って触手が襲い掛かる。
 その時だった。
 雅春が現れ、雫を防御陣でかばう。
「雅治!」
 藤忠の声が響いた。

 雅治は地上でトロッコの到着を待つ間に、被害者たちの兄と友人にこう言った。
「得体の知れない物を目の前にして、逃げ出したい気持ちは痛いほど分かります。けれど、助けたい人がいてここに残っていたのではありませんか? 私はその勇気を無駄にしたくはありません。あともう少しだけ、我々を信じて力を貸していただけませんか?」
 ――わかった、と兄がいい、友人も青ざめながら行ってくれと言う。
 雅春は頷き、二人を信じた。
 最大の感謝を述べ、トロッコが到着すると入れ替わりに全力で通路を下ってきたのだ。

 これで仲間が揃った。
 Robinが再び仕掛ける。八卦石縛風で今度は敵の足止めに成功した。これ以上天井を壊されずに済む。タイミングを計っていた藤忠が呪怨の眼光を仕掛ける。
 砂塵の中、ボディペイントで気配を殺していた雅春がマイクで衝撃波を打ち出し、畳み掛けた。
 とうとう伸び代も限界に達したのだろう。触手の中に短くなったと目視出来るものが混じり始める。
 触手を伸ばす切り株を本体と見たCamilleがその巨体を支える根のような部分に徹しで攻撃を加える。
 これが利いたようだった。
 ディアボロが怯んだように触手を引き戻す。Camilleは仲間たちに視線でそれを伝える。
 エカテリーナが狙いやすくなったとばかりに、引き戻された触手をアウル炸裂閃光で一気に攻撃する。
「手厚く蹂躙してやろう、盛大にな!」
 藤忠が触手を切り落としながら本体に向かう。
 それを援護するようにRobinの電撃を落とし、雫がもう一度跳躍して攻撃を叩き込む。
 そして、ディアボロが体勢を立て直すより早く、藤忠の薙刀が切り株を斬り裂いた――。


「崩落しそうだ。すぐに撤退するぞ」
 エカテリーナがトロッコの通路を指し示し、撃退士たちは急いで脱出をはかる。
 再び被害を出さないために他に敵がいないか探っていたRobinが最後に通路に飛び込むと、すぐ後ろで体の芯に響くような物音がして天井が崩落した。
 走りながらCamilleが電話で扇風機のところにいる二人に連絡する。先程雅春が番号を聞いていたのだ。
 空気を送り続けてくれたことに感謝を述べる。
「二人がいなかったら勝てなかった」

 無事に終わったことを知った彼らの喜ぶ声が途切れながらもCamilleの耳に確かに聞こえた。


 地上に戻ると撃退士たちは扇風機を動かしていた二人に改めて礼を述べた。
「貴方達のおかげで被害者を助けられた」
 藤忠が言うと、それはこちらの方だと泣きそうな声で何倍もの感謝が撃退士たちに返って来る。だが藤忠は小さく首を振った。
「怖かっただろう。あの状況で残れる一般人は中々いない。貴方達は本当に勇気がある人達だ」
 ありがとう、とRobinも微笑む。
 抱き合って喜び合う職員たちを見つめ、ほっとしたように雅春は目を細めた。必死に扇風機を動かしていた彼らの顔を思い出す。無事でいてほしいと、あれほどに願える誰かがいることが羨ましい。その感情はどこからくるのだろう――。

 彼らを麓まで送っていく途中、エカテリーナはふと何かを感じて振り返ったが、そこにはいつの間にか雲の晴れた空が広がるばかりだった。


「――思いもよらない結末だな。なるほど、善意と勇気を示してくれた人間を守るために人員を裂いた、ということか? 地下は崩れたようだが……いやはや、結局は『信じた』ことで人は皆救われたか」
 悪魔は黒衣を翻し、人知れず立ち去る。
「だが、撃退士諸君。君たちの生き様では、『選択』はこればかりではなかろうよ。その時はどんな答えが出てくるのか楽しみだ。せめて今宵は幸運を祈ろう。思わぬショーの展開に感謝を込めて――」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 籠の扉のその先へ・Robin redbreast(jb2203)
 愛のクピドー・Camille(jb3612)
重体: −
面白かった!:4人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
愛のクピドー・
Camille(jb3612)

大学部6年262組 男 阿修羅
負けた方が、害虫だ・
エカテリーナ・コドロワ(jc0366)

大学部6年7組 女 インフィルトレイター
愛しのジェニー・
小宮 雅春(jc2177)

卒業 男 アーティスト
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師