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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/06/26


みんなの思い出



オープニング


 青年は全身に走る鈍い痛みに急かされて、薄っすらと目を開けた。
 ぼやける視界に焦点を合わせようと身じろぐと、耳元で枯葉がカサリと乾いた音を立てる。
 ――どうしてこんなことになったのだろう。
 さっきまで高速バスの狭いシートでウトウトとしていたはずなのに、凄まじい物音に起こされ、すぐにまた視界が暗転した。ひどい衝撃があったことだけは覚えている。

 枯葉の中から何とか体を起こすと、全身を支配する鈍い痛みは、一点に集中する鋭い痛みへと変わった。血がぽたぽたと垂れ、枯葉を濡らす。
 辺りを見回すとそこは木々の生えた斜面の比較的なだらかな場所で、どうやら少し上に道路があるようだ。そして、そこからかなり下には――木に引っかかってそれ以上の落下を踏み止まったバスがある。
 何らかの理由で道路からバスが転落し、どうやら自分は投げ出されたらしい――と青年は理解する。窓を開けていたせいだろう。
 冬から残っているのであろう枯葉が山になっていたところに埋もれるように落ちたためか、幸運にも骨折はない。枝で腕をざっくりと傷付けたようだが、我慢すればどうにか動かせそうだった。
 青年はしばらく呆然としていたが、突然はっとして地面をきょろきょろと見渡した。
 少し下に彼の荷物が散らばっているのを見つけて、彼は慌てて斜面を下る。使い古された安っぽい鞄は裂け、中身が投げ出されていた。青年はその中から「マサヤ」と書かれた財布と、角の剥げた二つ折りの携帯電話を拾い上げ、しかし探しているのはそれではないというように身を屈めた。
 潰れた小さな箱を見つけるがそれを投げ捨て、箱のあった周りを四つん這いになって探す。
 やがて青年――マサヤは、枯葉の間から光るものを見つけ、心底ほっとしたようにそれを拾い上げた。
 荷物、それに彼自身からも裕福とはいえない雰囲気が漂っている。だが、拾い上げたのは小さなダイヤのついた指輪だった。
 傷がついていないか指輪を光に当てて見ると、石がキラリと煌く。
 それは、とても小さいが、確かに存在感のある輝きだった。


 その時、こちらへ近付いてくるような音にマサヤははっと顔を上げた。
 何か、妙だ。
 じっと目をこらすと遠くに、畳んだ鉛色のカーテンのようなものが見えた。それはゆらゆらと不自然な動きで木々の間をすり抜け、その進行方向は確かにマサヤの方を向いている。
 マサヤはそれが何なのかを確かめたがる思考に逆らって、咄嗟に走り出した。折れていないとはいえ強く打ち付けた体は思うように動かず、腕は走るほどにずきずきと痛みを増してくる。それでもマサヤは本能の警告に従って、懸命に足を進めた。
 斜面はうっかりすれば枯葉で滑りそうなのが最初の数歩でわかったので、あえてクマザサの群生する場所を選んで、足で踏み折りながら逃げていく。
 背後からこの世のものとは思えない、不快な甲高い絶叫が迫ってきた。
 振り返る余裕はなかったが、恐ろしいものが後を追いかけてきているのは間違いない。
 息が上がってくる。けれど、立ち止まるわけにはいかない。
 あれは、一体何だ?
 恐怖でマサヤの全身は総毛立ち、汗がどっと溢れてくる。
 すると視線の先に建物らしきものの屋根が木々の間から見えた。ということは、少なくともあの辺りはこの斜面から平らな地面まで近いのだろうか。
 そこへ近付くと、一か八かマサヤは走ってきた勢いのままに斜面を滑り降りた。靴底で湿った地面を抉り、スピードを落とす。最後には派手に転がり落ちたが、思った通りそこは開けていて、見えていた屋根は工場らしき大きな廃屋だというのがわかった。
 人の気配は全くない。マサヤは扉の鍵を周りに放置された工具で壊し、中へと逃げ込んだ。
 薄暗い屋内には壊れかけた機材などがまだ残っており、彼はそれらの間に身を潜める。
 扉の方で激しい音が聞こえた。体当たりで扉自体を壊そうとしているらしい。
 携帯電話の存在を思い出し、今時は珍しくなってきた二つ折りのそれを取り出して開くが、落下の衝撃でヒビが入り、電源が入らない。
 絶望がマサヤの五体を冷たく駆け巡る。
「ミホ……ごめんな……」
 マサヤは小さく呟いた。


「ミホ……」
 それは、彼の恋人の名前だった。
 もう一年会っていないが、今日は約束の日で、マサヤが高速バスに乗っていたのは彼女の元へ行くためだった。電車で行く予定だったが、高速バスの方が安いのをふと目にしてバス停で待ってみたところ、予約なしで乗れて運が良かった、はずだったのに。
 ミホとは高校からの付き合いで、もう六年になる。お互い貧しく、家庭環境に恵まれなかった二人は、傷を労わり合うように交際を始めた。
「三年だけ、待っていてくれ」
 高校を卒業し、無一文で家を飛び出したマサヤは、親戚の自営業を手伝わされることになったミホにそう言った。待っていていいの、と言ったミホの震える声を覚えている。彼女は携帯電話も持っていないためろくに電話も出来ていないが、一年に一度、六月のミホの誕生日に必ず帰ると約束して、二年間その約束を守った。

 今年は三年目になる。必ず行くと、約束したのに。
 生きて、彼女に会いたい。
 ミホにはささやかな夢があって、俺は、それを――……。

 扉が破られる一際大きな音がして鉛色の化け物が向かってくるのが見え、マサヤは這いずるようにして近くの部屋へ逃げた。何かの作業場のようで、そこにも朽ちかけた機械や工具が散らばっていた。作業台の奥へ隠れるが、化け物は機材を薙ぎ倒しながらどんどんこちらへ迫ってくる。
 とうとう作業台のところまで来ると、化け物がぬっと身を乗り出して作業台の奥にいるマサヤを覗き込んだ。マサヤは声無き悲鳴を上げた。ようやく目の当たりにしたその姿は、人型のようだが骨と皮だけのように細く、手足も胴体も異常に長くて爪先から頭まで三メートルほどはありそうだ。鉛色ののっぺらぼうが布を何枚も纏っているように見える。異形だが何故か場違いにもどこで拾ったのか頭にラインストーンのついたカチューシャをしていて、そのせいでウエディングドレスを着たマネキンを彷彿とさせる。
 マサヤはポケットの上から指輪を握り締めた。
「嫌だ、死にたくない……」
 涙が溢れ、マサヤは首を振った。
「俺、ミホに、プロポーズするんだ。約束したんだ……式は無理でも、絶対」
 ミホの控えめな笑顔を思い出す。いつか、はにかんで小さな夢を教えてくれた彼女。
「ミホを……六月の花嫁にしてやるって、約束したんだよぉ!」
 マサヤは泣きながら近くにあった大型のケーブルカッターを手に立ち上がった。


 駅前で、若い娘が佇んでいる。
 格好は少しその辺りに出掛けるようなラフなものだが、不似合いな旅行鞄を生垣に隠すように持っていた。
「マサ……次の電車かなぁ」
 彼は、決して嘘をついたことはない。
 けれど、今回は何故だかもうマサヤが現れることがないような胸騒ぎがして、ミホは静かに目を伏せた。


 斡旋所の職員は、撃退士たちに資料を読み上げた。
「高速道路でディアボロの出現がありました。どうやらゲートが近くにあるという情報もあり、討伐依頼を受けた撃退士たちはその対応に行っているため、要救助者の保護の応援に行って下さい。なお、巻き込まれた車のうちバス一台が道路の外に転落していますが、『乗客は全員救助された』ということです」


リプレイ本文


 救助を待つ人々がざわめく中、応援を頼まれた撃退士たちは到着した。
 そこは事故現場をやや離れた場所で、先程まで討伐に来た撃退士の一人がいたが付近を見回りに行ったという。
 彼らを少しでも落ち着かせようと木嶋 藍(jb8679)が声を上げた。
「怖かったですよね、もう大丈夫。怪我人がいれば応急手当を」
 藍那湊(jc0170)が把握のため、それぞれ車の乗員ごとに集まって貰い、改めて人数を確認する。運転手からはバスの名簿を借り、一先ず藍に渡した。怪我人がいないか見回しながら、バスの乗客には空席の確認のために並んで貰った方がいいかなと呟くと、藍が首を傾げた。
「……あれ、これ完全予約のバス?」
「完全予約制じゃないと思うよ」
 龍崎海(ja0565)が答える。
「予約なしの人っていなかったんですか?」
 藍が言うと、樒 和紗(jb6970)がバスの乗客に目をやった。満席には遠い人数だ。和紗は運転手に尋ねた。
「予約外の乗客はいなかったでしょうか?」
 人数や性別、外見年齢を詳しく聴き取る。
「高速道路から転落か……重傷者がいなくて不幸中の幸いだったね」
 報告では全員救出されたということだが、乗客も混乱しているだろうとCamille(jb3612)は呼びかけた。
「安心してください、安全な場所へ離脱します。その前に、バスに乗ってた時に隣に居た人が、今もちゃんと居るかどうか、確認していただけませんか」
 乗客たちはざわざわと周りを見回した。
 そこで和紗が顔を上げる。名簿と予約外の乗客の人数を足すと――。
「今いる人数と合いません」
 海が見かけなくなった人がいないか尋ねると、一人の女性が恐る恐る手をあげた。
「もしかして……前の席の男の人がいないかも……」
 予約外だった人の中から和紗が聞き出した特徴の人を省いていく。男性が一人、足りない?
「大怪我や何かあった可能性もあります。急いで探さないと……!」
 湊の声に焦りが混じる。

 誰かが、まだ救助されていない。

 Camilleがその一人の特徴を尋ねる。
 若い男性で黒髪短髪。色褪せた鞄を持っていたらしい。
 彼らは素早く話し合い、和紗と藍に要救助者たちを任せ、取り急ぎCamille、海、湊、小宮 雅春(jc2177)の四人は事故現場へ向かった。


「救助出来ていない人が居たようで、一部は其方の捜索へ向かわせて頂きました。少数で申し訳ありませんが一刻を争います。此方は俺達が力を尽くしますのでご了承願います」
 和紗は一礼した。一層不安げな要救助者たちを残しては行けず、まずは安全な場所まで誘導をと移動を始める。
 移動しながらこの付近で逃げ込む場所がないか尋ねると民家はほぼ無いということだった。十年前まで車の製造工場があったが、すでに撤退しているという。
 そこへようやく付近を見回っていた先遣隊の一人が追いついてきた。
「応援は六人と聞いたが、何故二人しかいないんだ」
 訝しげに問う撃退士に、救助漏れを告げると彼は愕然とした。
「俺達の任務は『全ての人を保護する事』です。一人でも取り零したりはしません」
 和紗が凛とした表情で言う。
「敵の情報と周辺の地理について、詳しく教えてくれますか?」
 通信機を手に藍が尋ねた。

 一方、海たちは高速道路を急いでいた。
「先着チームに説明した方がいいね。理解して貰うとともに捜索にも注力して貰おう。それと何か手がかりがないかも聞いてみよう」
 先頭を行く海が言った。
 Camilleが横に並び、俺が連絡するよと買って出た。斡旋所の職員を経由し、先遣の撃退士からも情報を聞き出す。
 未捜索の場所と、そして敵についてもだ。
 全員救助されたはずが救助漏れ――ならば対応済みであるはずの、ディアボロは?
 彼も藍もその不安を感じていた。
 もういないと、言い切れるだろうか。
 事故現場に着くと、辺りは不気味なほど静かだった。
 いち早くCamilleが滑り降り、まずはバスの周辺を探してみる。
 海は翼を広げた。上空から観察すれば人や天魔を見つけやすいし、人が目指す場所を見つけることも出来るだろう。
 湊も転落の可能性を考え、蒼の翼に切り替えてバスより下に目を走らせる。
「現場で先遣隊に見つかってないということは、車外に投げ出されて、敵から逃げてどこかに隠れているってことかも?」
 Camilleが地図の確認のため学園に連絡しようとすると、そこで藍と和紗から通信が入った。
『バスが転落した斜面を東の方に向かうと廃工場があるそうです。周辺にはそこ以外建物はありません――……』
 先遣隊の話でも斜面は捜索範囲外だったという話である。
 救助の連絡をしたとして分かりやすい所の方がいいだろうし、まだ彷徨っているなら発煙筒などで誘導出来るかもと、海がそこへ向かってみると言った。
 そこで湊が散らばった荷物を発見した。バスのそばを捜索していた雅春も探すのを手伝う。
「ん、汚れていますが保険証が……マサヤ、さん?」
 名簿と照らし合わせる。予約外の客の名前も確認してきたが、マサヤという名前はない。それが、見つかっていない一人の名前だ。
 湊は大きく声を出して名を呼ぶが、応えはない。
「血痕がある」
 枯葉の上に赤黒い痕を発見したCamilleが声を上げる。よく見るとそれは散らばった荷物のところまで続いているようだ。
 その視線の先を雅春が辿り、血のついた小箱を拾い上げる。
 血痕は更に森の奥へと向かっていた。
「移動したってことは何かが……?」
 湊は翼を広げ、その痕跡を辿る。
「この踏み折れた笹……足跡では?」
 雅春がそう言いながら、斜面に目をこらした。


 その頃、和紗と藍も事故現場に向かっていた。
 先遣の撃退士が残ると言ったためもあるが、彼女たちの丁寧で真摯な態度に要救助者たちも落ち着きを取り戻し、送り出すのを了承したのだろう。
 和紗は彼らに礼を言い、捜索班と合流を目指した。
 改めて現在の状況をまとめて学園に伝え、先遣隊にも連絡して貰おうと二人は話し合い、和紗が連絡する。藍は翼で上空から向かいながら、周辺地理と和紗が運転手から聞いた廃工場の件を仲間に連絡した。
 捜索班は血痕を発見したらしい。
 雅春に現在位置を連絡して貰いながら急行する。

 静かな空を、真昼の彗星の如き光が流れていく。
 それはマサヤがいれば気付くよう、星の輝きを纏って捜索する海だった。
 痕跡を見つけたという連絡を受け、その方向へと向かう。
 地上ではCamilleが足跡を追いながら、耳を澄ませた。先遣隊の情報によれば、そのディアボロは甲高い泣き声を上げるのだという。湊の言う通り、被害者が何かに追われているとしたら、ディアボロに違いない。
「工場があったよ。そのままの方向だ」
 上空の海が報告する。
 雅春は先を指差した。
「斜面に滑り降りた跡があります」
 湊は頷き、翼を使って下へ降りた。血痕は扉の方へと続き、鍵は壊されている。その破損は新しいように見えた。マサヤはこの中に逃げたに違いない。
「時間がない、生命探知を使おう」
 海が降下する。
 その時、例の声を聞いた気がして追ってきたCamilleが顔を上げた。
「ディアボロが建物の中にいるかもしれない」
 わかった、と海は入り口と逆の方向からスキルを使った。
「二つの生命反応がある。建物の南東だ」
 Camilleはわざと音を立てながら中に突入した。
「撃退士です、救助に来ました!」
 声を上げ、奥で蠢く敵の注意をそらす。
 そこには聞いた通り、鉛色の薄絹を重ねた花嫁装束ような格好で、不気味に手足の細長い敵が待ち構えていた。湊が素早く視線を走らすと、ケーブルカッターを構えて震えている人影がある。Camilleの立てた音にディアボロがまだ気をとられているうちに、湊は瞬間移動で敵と人影の間に立った。
「マサヤさんですね」
 名前を呼ばれてマサヤは正気を取り戻したように湊を見た。鉛色の花嫁はのっぺらぼうの顔をぐるりと回し、湊に向き直る。
 敵がその細い腕を振り上げた瞬間、この部屋の窓を見つけた海がガラスを割って突入し、自らの体で攻撃を受け止めた。だが敵が腕を鞭のように振り抜くより早く、Camilleが雷打蹴で再び注意を逸らす。海は体勢を立て直し、槍を構えてディアボロを牽制した。
 それでも怯まず枯れ木のような手を伸ばしてくる敵をCamilleが掌底で引き離し、湊が冷気と突風を叩き付けると、ディアボロは機材を薙ぎ倒しながら瓦礫に埋もれた。
 雅春はマサヤを守るようにシールドを構える。
 この隙に、湊は周囲の機材がバリケードになるよう、物陰にマサヤを引き込んだ。
 起き上がったディアボロは四つん這いになって、彼らを模倣するように倒れた機材から機材へ身を隠し、海とCamilleの攻撃を避ける。隠れながら鉄板やワイヤーを投擲する度に壊れた壁や床が粉塵を上げ、視界の悪くなっていく中で物の崩れる音だけが響いていた。
 何が起こっているのか理解出来ず、今だ歯を食いしばったままのマサヤが湊の服を掴む。
「た……助けてくれ」
 そのまま膝から崩れ落ちる。ディアボロに追い詰められ、体中を痛めているようだった。
「大丈夫です、必ず助けますから」
 落ち着かせるように言うと、血塗れの手が湊の手に縋った。
「し、死にたくない。お願いだ。お願いだ……」
 粉塵の中、ディアボロの這う音が近付いてくる。
「助けて……彼女が待ってるんだ!!」

「敵は反時計回りに壁沿いを進行。窓際です!」

 その瞬間、通信機から流れたのは和紗の声だった。それと共に藍の手にした銃の銃声が響き、敵の行く手を阻む。二人が到着したのだ。
 和紗の案内に従って、海が槍を突き立てる。
 鉛色のディアボロは例の不快な叫び声を上げ、焦れたようにマサヤを探して機材を掻き分けた。
 藍は素早くマサヤに駆け寄り、庇いながら止血してやる。
「それにしても執拗にマサヤさんを狙ってるね、なんだろ?」
 様子を伺うように立ち上がると、一瞬マサヤと勘違いしたようにディアボロが腕を伸ばしてきた。
 何に反応した?
 バリケードの外でシールドを構えたまま、雅春が声だけを投げる。
「マサヤさん、何か持ち物に心当たりはありませんか? 例えば花嫁のアクセサリーのような……」
 あの冠のようなカチューシャは聞いた敵の情報にはなかった。だとすれば、奪ったものだと考えられる。藍の耳にはネイビーの髪に紛れ、ピアスが光っていた。
「も、持ち物……指輪が、ある。でも、これは……」
 小さなダイヤのついた指輪を大切そうに握り締める。手放せと言われたと思ったのだろう。手元を覗き込んだ雅春は首を振った。
「それは大切に持っていて下さい」
 創造で指輪を複製する。
 ――……失わせないよ、絶対に。
 藍は胸中小さく呟き、銃弾を敵に打ち込んだ。不快な奇声と共にそちらへ顔を向けたディアボロに、粉塵の収まってきた中、雅春がわざと見えるように複製した指輪を掲げる。
 思ったとおり、ディアボロは差し込む光を反射して煌く指輪に異常な反応を示した。囮となった雅春に誘き出された鉛色の花嫁を、和紗が髪芝居で縫い止めて叫ぶ。
「今のうちに!」
 湊はマサヤを抱え、海の蹴破った窓から飛行して脱出する。ディアボロはそれに気付き追おうとしたが、縫いとめられ動くことが出来ない。長い手が湊の足に伸びたが、和紗の回避射撃で僅かに狙いが逸れる。
 ダイヤの指輪、マサヤの言った「彼女」――湊は一瞬だけ振り返り、銀の目を細めた。
「この指輪の相手はあなたじゃない」
 雅春が仕込み傘で攻撃し、マサヤから自分の方へディアボロの意識を引き戻す。目の前の指輪の方が重要だと思ったか、雅春へと襲い掛かった。
 髪芝居が解ける前に、Camilleが強烈な一打を叩き込み、それに合わせて魔法書に切り替えた海が援護する。
「貴方もそろそろ眠りなさい」
 和紗はCamilleの一打に身動きを封じられた敵に狙いを定めた。コメットか、いやここは一気に撃破を狙う。
 次の瞬間、和紗の周りに武器が浮かび上がった。射撃の音が響き渡り、ディアボロは一度硬直し、そのまま枯れ木が倒れるように軽い音を立てて床に倒れ伏す。
「光(救い)が欲しかったのかもしれませんね……」
 和紗の静かな呟きと重なるように、カチューシャが外れ床に落ちる。
 その乾いた音を聞きながら、雅春は遠くを見つめた。
「生きるべき人に生きて欲しいと思うのはエゴでしょうか」


 湊や雅春のライトヒールのおかげもあり、先遣隊も含めてこのディアボロ出現騒ぎについて皆病院送りは免れた。最後に救出されたマサヤも海の処置のおかげで無事に現場を離れ、避難誘導に従う。
「ありがとう、本当にありがとう……」
 半泣きで感謝を繰り返すマサヤにCamilleが問う。
「その指輪は誰かに渡すのかな?」
 雅春もそれに続けた。
「指輪、余程大切な物とお見受けしました。愛する人がいらっしゃるのですか?」
 素晴らしいことです。私は人の愛し方を知らないから、とは心で呟く。
 マサヤは少し照れくさそうに頷いた。
「俺の……迎えを待ってる人がいて」
 そわそわと時間を気にするマサヤに藍が気付く。和紗も大事そうに指輪を握り締める様子に事情を察し、二人は顔を見合わせた。
「これからプロポーズですか!」
 藍が言うと、マサヤは顔を赤くした。
 Camilleが携帯を貸そうかと言うと、湊がどうぞと自分の携帯を差し出した。マサヤは有難くそれを借り、駅に伝言を頼む。自分が必ず行くことを伝えるために。
 駅まで送るよとCamilleが言い、その道中で和紗と藍がマサヤを整えてやる。顔の汚れを拭い、土埃を払い、髪を整える。
「がんばれ! 結果教えてね!」
 藍が微笑む。和紗もマサヤに頷いた。
「びしっと決めて下さい。『二人で』お幸せに」
 幸せにする、ではなく共に幸せになって欲しい……そんな願いを込めて。
 和紗と藍はぐっと親指を立てる。
 駅に着くと、ミホはいつもと同じ場所でマサヤを待っていた。
 雅春がそっとリボンのついた指輪を入れる小箱を渡す。
「サムシングフォーの言い伝え。新しい物、古い物、借りた物、青い物を揃えて結婚式に臨むと幸せになれるとか。リボンはお貸ししましょう。新しい指輪と、借りたリボン。残り二つ? 貴方がたで揃えるんですよ!」
 お幸せにと笑う。
「青い物と古い物……」
 マサヤはちらりと湊と藍を見た。青い。それから古い物……自分の服? お粗末だけど、古い。式じゃないが、今日が結婚の誓いの日なら。
「どうか、幸せにね」
 Camilleに頷き、マサヤはミホの方に駆けていく。
 湊はそっとそれを見送った。自分にも迎えにいきたい人がいる。まだ先だけれど、きっと……。

「三年も、待たせてごめんな。迎えに来たよ」
「本当に一緒に連れて行って、くれるの」
「うん。俺、渡したいものがあるんだ――……ミホ」
「マサ?」

 やがて六月の花嫁は泣き出し、マサヤも泣き顔いっぱいに笑みを浮かべ、彼らを見守る撃退士たちに向かって両腕で大きく丸を作った。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・御子神 藍(jb8679)
 蒼色の情熱・大空 湊(jc0170)
重体: −
面白かった!:20人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
愛のクピドー・
Camille(jb3612)

大学部6年262組 男 阿修羅
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
愛しのジェニー・
小宮 雅春(jc2177)

卒業 男 アーティスト