.


マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/12/29


みんなの思い出



オープニング

「おい、そんないきなり困るよ! 職場だぞ!」
 世の禁煙ムードなど何のその、吸殻が積み上げられたアルミの灰皿にまた新たな灰を落とし、男は受話器に向かって叫んだ。
「そりゃあ悪いとは思っているが……だから言ってるだろ、今が踏ん張り所だから……おい? もしもし? もしもし!」
 ちくしょう、と悪態をついて受話器を叩きつけるように下ろす。乾いた音がオフィスに響いた。くたびれた背広を羽織った男本人もくたびれたような顔をしていて、大きな溜息と共に椅子に背を預ける。
「奥さんですか?」
 近くのデスクに座っていた年若い男が、気遣いの好奇心の交じり合った眼差しを向ける。男は苦々しく首肯した。
「まいった。今から息子をこっちに連れてくるって言うんだ。本当なら今日は動物園に連れて行って、家内には羽を伸ばさせてやるはずだったんだが……約束を破ったってんで怒ってやがる」
「あらら。でも、社長、この間の日曜も出勤してたでしょ? こう休みなく働いてちゃ、奥さんだってご不満ですよ」
「じゃあ、お前が代わりに残りの仕事やるか?」
 ボスである男の声に苛立ちが混じったのを感じ取って、若い社員は慌てて口をつぐむ。本来ならば休日なのだろう、オフィスには彼ら以外の人影はない。それなのに、ここで社長の機嫌を損ねては面白くないと、若い社員は努めて明るい声を出した。
「息子さん、まだ社長のことアニメのヒーローだと思ってるんですか?」
「アニメのヒーローじゃない。『撃退士』さ」
「へえ」
 男は再び溜息をついた。
 彼は若い社員の言うとおり「社長」であり、小さな会社を起業してから数年、今では社員を何人か抱えることは出来ていた。だが、まだ余裕があると言えなければ、自然、家庭より仕事の方が日々に占める比重が大きくなる。家族のためと思って働いているが、それでもやはり寂しい思いをさせている息子に、彼は、実はパパは撃退士で天魔と戦っているんだよと冗談まじりに嘘をついた。息子はカッコイイ! と喜んだが、そんな誤魔化しに妻の不満は増したようである。
「『仕事と私たちとどっちが大事なの』か……」
「え?」
「いや、何でもない」
「あっ、息子さん来るなら今からお菓子か何か買って来ましょうか。昼休みとるついでってことで」
「いいよ、すぐ帰らせる」
「いいじゃないですか。本当なら休みだったんだし、社長権限ですよ」
 そんなこと言って、早く昼休みをとりたいだけなんじゃないのか、と言うと、青年はばれました? と笑う。
 時計を見るともう昼だ。
「じゃあ行ってきますね」
 時間を確かめる社長から勝手に無言の了承を受け取り、青年は携帯電話をポケットに押し込みながら立ち上がる。男は一応しぶしぶ認めるんだという態度をとって、それを見送った。この小さなビルには簡素な鉄製の外付け階段しかない。それを下りる軽快な足音が響いて、すぐに消えた。
 オフィスで一人、凝った肩を回し、息を吐く。何とはなしに椅子のキャスターを転がして、座ったまま窓ににじり寄った。疲れた顔の、中年に片足を突っ込んだ男が薄く映っている。現実が、彼を辟易とさせる。

 家族のことは大切に思っている。だのに、その方法が間違っているとでもいうのだろうか?
 仕事も他愛ない嘘も、不器用なりの愛の形だ。
 それは、家庭という小さな世界で、罪なのだろうか。

 しばらくの間ぼんやりと考え込んでいた彼の思考のシャボン玉を弾けさせたのは、ふと聞こえた細い悲鳴だった。
 何だ?
 日常には不似合いな奇妙な違和感が肌を這い上がり、それを払拭しようと男は窓を開けた。冷たい風がカーテンをたなびかせる。右を見ても左を見ても、特に変わったところはない。空が冬に似合いの灰色をして暗い、ぐらいの話だ。何だ、気のせいじゃないかと胸を撫で下ろしながら、最後に真下を覗いた男はひっと息を飲んだ。
 蛇がいる。それも沢山の、白い蛇。
 何だ? あれは。
 困惑する男の目が蛇の間に何か赤黒い影を捉えて、今度は飲んだ息を吐いた。その息は悲鳴の形をとって空気を震わせる。蛇が群がっている赤黒い何かの正体を想像することは、脳が拒否していた。
 蛇の数は少しずつ増えているようである。
 あれは、普通じゃない。この世のものじゃない。まずい。
 理性ではない。本能が、男に逃げろと訴えかけている。彼は急いでパソコンからバックアップデータの入ったUSBだけ抜くと、オフィスを飛び出した。
「あっ、パパぁ」
「!」
 ちょうどドアを開けたところで出くわした我が子に男は一瞬固まった。
「あのねえ、ぼくね、ひとりで来られたよ。ママはバスのとこまでだったんだよ」
 にこにこと笑う息子にはっと現実に戻ると、その後ろをゆっくりと這ってくる白い蛇が見えた。
「危ない!」
 男は息子の腕を掴み、即座にオフィスの中へ引き込んだ。
 見下ろすと蛇たちは次々に鉄製の階段に絡んで来ようとしている。巻きつかれた手すりは音を立ててひしゃげた。やはり普通じゃない。男は消火器を手にとった。が、こんな消火器で何が出来るというのだろう。
「パパ、どしたの?」
「……下がってるんだ!」
 咄嗟に男は外階段と壁を繋げている金具の周りに消火器を打ち付けた。ビルの古さか、それとも火事場の馬鹿力と呼ぶべきものか、壁に穴が開き、金具が外れる。階段を思い切り蹴りつけると、階段は自重で一メートルには満たない程だけ外側に歪んだ。階段を支える柱が登ってくる蛇の力でひしゃげていたことも、男に味方したのだろう。蛇は飛べない。しばらくは時間を稼げるか。
 ただし同時に、それは男と、そして彼の息子も外に出られないことを意味していた。
 ドアを閉めると、いつの間にか窓に近付いていた息子が泣きながら彼の元へ走ってきた。
「パパ、へびがみんなをたべちゃうよ!」
 悲鳴が聞こえる。窓から下を覗くと、何人かが襲われていた。蛇の口から噴射される液を浴びた警察官の腕が紫に染まる。思わず後ずさり、息子を抱き上げた。
 ビルの壁は滑らかで、白蛇は這い上がれないらしい。だが、どれほど持つだろうか。
「こ、こわいよ、こわいよぉ……」
 しゃくりあげる息子を胸に固く抱きしめ、男は自身の恐怖を押し隠して元気よく声を出した。何があっても、この子だけは守らなくては。
「大丈夫、パパがいるから怖くないよ」
「だって、だってえ……」
「安心しろ、パパは『撃退士』なんだぞ? 絶対にお前を守ってやるから安心しろ! 大丈夫だから」
「ほんと?」
「ああ、大丈夫。パパは強いんだ!」
 大丈夫、大丈夫と繰り返し言い聞かせていると、パニックになりかけていた息子は言葉にほっとした様子で胸に縋る。
「それならパパ、みんなをたすけてあげて」
 電線がやられたのか、ばつんと音がしてオフィスの蛍光灯が切れる。昼なのに薄暗く見える寒々しい灰色の自然光が、無邪気に父を信頼しきった子の無垢な目を照らしていた。


リプレイ本文

 ぬらぬらと生白い蛇の群れが蠢いている。折り重なる姿はまるで大樹の根で、逃げ惑う人々を絡めとろうと囲い込んで退路を塞ぐ。文明の領域に無数の白蛇がはびこる光景は、奇妙なアンバランスさで人々を戦慄させた。
 蛇が赤い口を開いて怯えた人々に迫る。
 一刻も早く! 急ぎ現場へ向かって来た八神 翼(jb6550)は今にも誰かに食らいつこうとしている蛇を捉えた。
「一般人に被害は出させない。その前に、天魔どもを殲滅してやるっ!!」
 紫水晶に似た瞳が強い信念に煌く。翼は素早く阻霊符を発動した。
 ビルの壁に群がり、好き勝手に建物内へ出入りしていた白蛇たちは、それを封じられ、状況を理解しないまでもわずかに惑う。
 敵を注視していた天風 静流(ja0373)は、そこを見逃さなかった。蒼白い閃光が走り、負傷した警官に鎌首をもたげていた蛇が後方へ吹き飛ぶ。弐式「黄泉風」をまともに食らった蛇はそのまま動かない。白蛇たちは一斉に、静流たち新たな来訪者に警戒を向けた。
「天魔ども、永遠の眠りにつきなさい!」
 翼の声と共に冥夜の誘いが、死神の鎌で敵に睡眠を与えて、追い詰められた人々に退路を作る。
「今のうちに早く逃げるんだ」
 彼らを振り返った静流の、流れる黒髪が風に乗る。その後ろで鋭い剣が宙を斬り演舞した。三善 千種(jb0872)が現れ様に使った闘刃武舞だ。白蛇はそこに絡み付こうと這い回ったが、叶わず攻撃を受けて怯む。
「みなさんー、私たちが開放したところに集まってください。しっかり守りますよぉ」
 一際明るい声色が現場に響き、恐怖にあえぐ心を解きほぐす。
 通りで襲われていた人々は、撃退士の登場に恐慌から立ち直り、避難を始めた。だが、湧いて出るような白蛇はなおも彼らを追い、足元に這い寄られた若い女が悲鳴を上げる。
 どこからともなく、変身っ! という声が響き、避難する人々と蛇の間に割って入ったのは赤いマフラー姿の千葉 真一(ja0070)だ。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
 ゴウライソード、ビュートモード! 真一の剣が鞭状になり敵を叩く。そうしながら建物に目を走らせると、傾いて壊れかけた階段に群がる無数の白蛇が見えた。
「階段があの有様じゃさすがに難しいか。上の親子の事、頼むぜ!」
 真一の上を影が過ぎっていく。谷崎結唯(jb5786)は翼を広げ、真一や白蛇たちの頭上から微かに頷く。敵に光の矢を放ちながらビルに向かって来ていたもう一人の飛行部隊スピネル・クリムゾン(jb7168)も、それに少し遅れて翼を広げ飛び立った。
「ニンゲン襲っちゃう悪い子ダメなんだよ〜?」
 緋色と闇色の二対の翼が羽ばたく度、炎と暗黒の残像が宙で翻る。その翼はスピネルを一気に上空へ運んだ。虚空では、結唯が銃を構えている。階段から三階への侵入を目論む蛇を、ストライクショットで冷静に撃ち抜いた。
 スピネルは窓に近付く。ヤニにくすんだガラスの向こうで、デスクに隠れた人影が揺れた。期待を込めてノックするが返事はない。
「あ〜け〜て〜?」
 更にノックを重ねようとしたところで、甲高い音と共に隣の窓が粉々に砕ける。驚くスピネルに、表情一つ変えずにあっさり窓を蹴破った結唯が何事もなかったように視線を返した。

 蛇の折り重なった姿は聞いていたよりも大きく蠢いているように見える。少しでも早く敵を討伐しなくては――華桜りりか(jb6883)はビルの一階へ入り、我が物顔で這い回る白蛇と対峙する。
「早くしないと……心配なの、です」
 オーラを纏うりりかの周りに桜色の花弁が散る。
「一気にいくの……縛れ、呪縛陣」
 りりかと共に建物内の敵を相手取りに入ってきた九条 静真(jb7992)は、壁際で武器を構えた。通りのサーバントと救助活動は仲間に任せ、建物内の敵を討つことに専念するつもりだ。
(白蛇て……神さんの使いみたいやなぁ。縁起悪いわぁ……)
 干支であれば巳年は間もなく終わり。その最後の名残のようだと静真は思う。
(数多いみたいやし、はよ御帰り願おうか)
 声なき青年の穏やかな瞳が鋭く輝く。静真は指でくっとストールを口元まで引き上げた。
 外からは避難を促す翼の声が聞こえてくる。
「みなさん、落ち着いて! 私達は久遠ヶ原学園から来た撃退士です。天魔は私達が倒しますから、落ち着いて避難してください」
 通りでは翼と静流が襲われていた人々を誘導していた。怪我人もいるが、多くもない。翼は行く手を阻もうとする白蛇に、冥夜の誘いを再び使用して眠りを起こさせる。眠っていない敵が更に追って来るのではないか警戒して中距離程度まで後ずさると、雷帝霊符を構えた。
 避難誘導が済んだのを見て、真一は狙いをビルに群がる白蛇に移す。鞭状の蛇腹剣で狙いを定め、ヒーローはタイミングを計って息を整えた。
 静流も真一と同じ場所に視線を向ける。即ち、根のように絡み合った白蛇の只中だ。鉄をも曲げる蛇の動きに注意しながら間合いを一気に詰め、時雨で鋭い一撃を放った。刃が閃き、敵を寸断する。尾を断ち切られた白蛇が悶え、怒りを露にしゅーしゅーという音を出した。
「ゴウライ、ソニックウェェェェイブっ!!」
 そこで真一がすかさず剣を振るう。インペイルで直線上の白蛇を薙ぎ払った。毒を飛ばしてきたが、飛び下がって避ける。ようやく分が悪いことを悟った蛇たちが、散り散りになり始めた。

 今に味方が来てくれるから安心しろ。任務だからここにいるんだ。
 鉄の軋む音、人の悲鳴。孤島と化したビルの三階に取り残された男は、我が子を抱き、何も聞こえないように言葉をかけ続けていた。
 これは嘘か? もちろん嘘だ。きっと妻は怒るだろう。でも、我が子にここに逃げ道はないのだと、父は敵より強くはないのだと告げることが彼には出来なかった。
 幸い息子は父の言葉を信じて怯えずにいる。助けはまだだろうか。本物の撃退士は――。
 内心で極度の緊張にあえいでいた男は、ノックの音に心臓を跳ね上がらせた。突然のことに動けないでいると、窓が砕ける音が響く。
「久遠ヶ原の撃退士だ。救助に来た」
 そんな声と共に結唯が入ってくる。スピネルもそれに続いて屋内へ舞い降りる。
 ……助けだ!
 男は息子の手を握り、救助を求めてゆっくりと立ち上がった。
「げきたいし?」
 子は二人の姿をまじまじと見つめた。救助者のはぐれ天魔を、無垢な眼差しが捉える。
「パパもげきたいしだよ! いっしょにたたかうの?」
 フロアにまだ敵の侵入はないのを確認し、一先ず三階からプルガシオンでまた光の矢を放って地上組の援護しようか考えていたスピネルは、子供の声に振り返る。そして、救出対象である父親がぎょっとしてうろたえたのを見た。事情は飲み込めないが、しばし逡巡し、言葉を選ぶ。
「今日はパパはキミを護るのがお仕事なの。ねっ、ユイちゃん〜」
 嘘であろう父親の言葉に同調はしない。かといって否定もせず、子に笑いかける。
 呼びかけられた結唯は答えなかった。スピネルの意見に反対なのではない。扉の方一点を見つめて耳を澄ませている。
 ガンッという音が扉から響き、結唯は身構える。次の瞬間、扉についた小窓を打ち破って、とうとう白蛇が三階に侵入してきた。

 一方、地上の敵は数を減らしつつあった。うろこ状の皮膚は比較的防御力が低く、一打では死ななくとも二打三打と入れれば確実に仕留めることが出来る。
 千種は路上の白蛇が少なくなったのを見て、階段の方へと走った。傾いでいても、今すぐ倒れるということはないだろう。階段にはまだ蛇が絡み付いて、ぎしぎし不気味な音をたてている。闘刃武舞で階段の足元を這う蛇を蹴散らし、千種は階段に足をかけた。そこに絡み付いてやろうと、階段の上からも赤い口を開けて蛇が下りてくる。
 窓ごしにそれに気付いたのは、静真だった。りりかに視線を送り、顎で階段を指す。りりかはそれを小首を傾げて見つめた後、意図に気付いてこくりと頷いた。
「ここは大丈夫なの、です。三善さんの方へ……」
 静真は頷き、身振りですぐ戻ると示すと、窓を飛び越えて千種の元へ向かう。走り様に飛燕で衝撃波を飛ばし、階段に群がる蛇の間を切り開く。そのまま特攻して蛇の間に道を作った。上階から襲い掛かる白蛇を間一髪で避け、千種が上階へ上がれるように手を貸す。
 静真を見送ったりりかは、蛇たちに向かい合った。風花護符を手に接近戦をしていたが、舞うように軽やかな足取りで一歩退き炸裂陣を繰り出す。
「さぁ、爆ぜるの……炸裂陣」
 激しい爆発が起こり、かつぎが揺れる。
 壁の向こう側では真一がビルに群がる蛇にゴウライソニックウェイブの掛け声と共に一直線の攻撃を放ったのが聞こえる。大方を片付けたところで、翼の冥夜の誘いによる睡眠から脱した蛇たちが、追い詰められた獣の敵意をもって襲い掛かって来ていた。翼は正中線の急所を腕でガードしながら、間合いをとる。
「まとめて薙ぎ払ってやるわ。くらえ、雷帝虚空撃!!」
 轟音と共に電撃が落ちる。食らわずに済んだ蛇たちも逃げ出すほどの衝撃が地面に走った。
 その衝撃を屋内でも感じながら、りりかも再び爆発を伴う攻撃をした。だがそれが最後の一発だった。残った敵が迫ってくるのを見ながら隙を窺っていると、千種を三階に送り届けた静真が窓から戻ってきた。即座に薙ぎ払いで敵を遠ざけ、その間にりりかをかばうようにして壁を背にする。
 おかえりなさいを言おうと顔を上げたりりかはさっと青ざめた。静真を追ってきたのか、窓から蛇がぬるりと入ってこようとしている。
「九条さん、あぶな……!」
(! しもた……)
 蛇の口から液が噴射される。避けきれず、静真はガードした腕に毒液を受けてしまった。しかし、武器は手放さない。己を仲間の盾として、正面から白蛇に向かい、直刀を振り下ろした。
 静真が作ったその時間はりりかが次の攻撃の準備をするのに十分だった。
「切り裂け……鎌鼬」
 空気を裂く音のような白蛇の叫び声が壁にぶつかって消える。

 スピネルは素早く敵と親子の間に身を滑り込ませて、牙を剥いて飛び掛かる蛇の攻撃を受けた。第一撃をこらえたら鎌に持ち替え白蛇の首を狙う。
「おねえちゃん、だいじょぶ?」
「大丈夫! 危ないから、そこでパパの言うこと聞くんだよ〜?」
 父はいい子だからと息子を宥めて、手を握り直す。侵入してきた白蛇はその一匹だけではない。結唯も前へ出る。
 そこへ、最後の闘刃武舞で外の敵を払った千種が突入してきた。親子の姿を見てにこっと笑う。
「お父さんに守ってもらっていてね☆蛇は私たちがやっつけちゃいますから」
「わあっ、おねえちゃんもげきたいしなの? すごいね、パパといっしょだね!」
 蛇への恐怖も忘れてはしゃぐ息子に、父は頭を振った。
「あのな、パパは本当はな……」
 本当は……息子にそう言いかけて淀む。それを聞いて、事情を察した千種が小声で遮った。
「よかったら、子供のために演技しましょう」
「いえ! そんな……」
「私こうみえて(自称)アイドルですから、歌って踊って演技できる撃退士です☆」
 千種がそっと耳打ちする。父親が撃退士に見えるように、アイドルが黒子になろうというのだ。思いがけぬ申し出に戸惑う男に、千種は微笑む。アイドルも虚構。ならば、この世にはついていい嘘もある。
 スピネルは同調も否定もせず、ただそっとそれを見守る。
 結唯も同じ立場だ。ただ、嘘は時に己の首を絞める事になる、とも思いながら彼らを見つめる。嘘ゆえに逃げ隠れするどころか立ち向かわねばならぬ事もあるだろう。
(そうなれば結果は見えている)
 無様なものだな。好き勝手やって死んでいったら、残された者はどうすればいいのだ――と。
「パパ、すごかったねえ!」
 愛しい者の笑顔を守るために必要なものは、嘘と真実どちらだろうか? 千種の力を我が物のようにして打ち倒した白蛇が、メビウスの輪のように転がっている。

 大部分の蛇を掃討し終え、真一は更に傾いた階段が揺らがないよう、応急処置をする。親子はそこから助け出された。千種が前に立ち、残党があれば鎖鞭ですぐに魔法攻撃が出来るよう準備する。
 まだ表には敵がわずかに残っていたが、静流が注意を引き付け救助のための時間を稼いでいる。間合いを詰めようとしたところで、白蛇が口を開けて彼女の方へ首を持ち上げたのを見て、静流ははっと横へ飛んだ。予想通り、毒液が飛んでくる。その兆候を掴み、発射時の隙をついてチャクラムを放つ。そこに静真とりりかも加わり、一匹も取り逃すことのないよう打ち倒した。
「げきたいしってすごい! ぼくもげきたいしになる!」
 大体の事情を千種から聞いて、真一は興奮する子供に笑いかけた。
「良く頑張ったな、怪我はないか?」
 ばれた時を思えばおすすめ出来ないが、子供を護ろうと思っての嘘。夢を壊さないよう、真一はニッと微笑む。
「そうか、お父さんが護ってくれたのか。良かったな」
「おかげで私達も助かりました」
 翼も、聞こえるように言う。りりかも二人の会話から察して、それに頷いた。

 静流が子の母親を連れて来る。家族全員の無事が確保されていたことに安堵する。結唯が父子を連れてくると、子は母に抱きついた。
「こわかったけど、パパがまもってくれたからだいじょうぶだったよ!」
 千種がお父さん頑張ったよねと大きい声で言うと、嬉しそうに頷いた子の笑顔に反比例するように母は難しい顔になる。
 怪我人の治療をしようと準備していたりりかは、そっと親子の再会を見つめた。記憶という真実を失って、自分に嘘をつかねばならない自分自身について考えながら。
(あたしはこのままで良いの……です?)
 男は、無邪気に笑う息子と、助けてくれたばかりでなく嘘に付き合ってくれた撃退士たちを見た。
「……」
 息子を呼び寄せると、その肩に手を置く。
「ごめん。本当はパパ、撃退士じゃないんだ……何の力も持ってないんだよ。本当は、あの人たちが強くて、助けてくれたんだ。ありがとう言おうな」
 誰かが息を飲む。子はきょとんとして父を見た。父が言おうとしたことがわかったのか、素直に撃退士たちの方を振り返る。
「うん! ありがとございますっ。げきたいしは、ほんとにみんなをまもってくれるんだね」
 そしてまた父を見上げた。
「パパもありがと! ずっとぼくをまもっててくれたからね、だからね、パパもげきたいしだとおもうよ」
 嬉しそうにぴょんぴょん飛び回る。
「だから、ぼく、パパみたいになるの!」
 勢い余ってぶつかりそうになった幼子の頭を、静真が屈んでそっと撫でてやった。笑みを浮かべて頷き、すごいな、という形に口を動かすと、子ははにかんでにっこりと笑った。

 他愛ない嘘も、嘘は嘘。けれど、優しい嘘にこめられた父の愛情は、確かな真実として子の胸に宿る。偽りにも意義を見出せたなら、その意味は――ある。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 天拳絶闘ゴウライガ・千葉 真一(ja0070)
 撃退士・天風 静流(ja0373)
 遥かな高みを目指す者・九条 静真(jb7992)
重体: −
面白かった!:7人

天拳絶闘ゴウライガ・
千葉 真一(ja0070)

大学部4年3組 男 阿修羅
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
目指せアイドル始球式☆・
三善 千種(jb0872)

大学部2年63組 女 陰陽師
天使を堕とす救いの魔・
谷崎結唯(jb5786)

大学部8年275組 女 インフィルトレイター
迅雷纏いし怨恨・
八神 翼(jb6550)

大学部5年1組 女 ナイトウォーカー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
瞬く時と、愛しい日々と・
スピネル・アッシュフィールド(jb7168)

大学部2年8組 女 アカシックレコーダー:タイプA
遥かな高みを目指す者・
九条 静真(jb7992)

大学部3年236組 男 阿修羅