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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/02/20


みんなの思い出



オープニング


 冬にしては暖かい日差しが降り注いでいる。
 森林の監視員の男は一人、そんな日差しを受ける山を見張り台から見つめていた。
 この見張り台は私有地であるこの山の麓の森林を、その持ち主が県に貸し出していた頃に建てられたもので、四方に大きな窓があり、かなりしっかりした作りになっている。
 その大きな窓の前に座り、男は半ばガラスにもたれながら、森を見下ろす。
 静かだ。
 彼はこの職に就く前はちょっとした企業で忙しく働いていたような人間だったが、今はこの環境が気に入っていた。人間関係がこじれて二十年勤めた会社を辞めて行き場を失い、数年前にこの職を得たのだが、自然のざわめきだけが支配するこの場所は心を落ち着かせてくれる。
 それでも冬になれば時折、人が恋しくなることもある。東京に残してきた妻と娘に今夜あたりでも電話しようか。
 そんなことを考えながら椅子を動かし、また別の窓から森の様子を眺めていると、男はふといつもと違うものを見つけて目をとめた。

「光?」
 木々の間から陽光とは違う光が漏れている。男は慌てて双眼鏡でそれを覗き込みながら、首をかしげた。あの方向には確か――。

「小屋だ。明かりがついてるなんて……」
 小屋、というのはこの見張り台が出来る以前に森の見張り番が使用していた、随分と古い建物だった。簡素な二階建てで、主に二階部分を使用していたのだが、今では古い道具を少し置いてあるくらいとなっている。
(さては、ここを私有地だと知らずにキャンプでもしにきた奴らが入り込んだかな)
 男は恐らくそうであろうという確信を込めて、自分で頷いた。
 実際そういったことは度々あり、この辺りは知識がないと危険な地形や生物と出くわすこともあるため、彼ら自身の安全のためにも見つけては注意して退去願うのだが、今度はとうとう小屋の鍵を壊して中に入り込む輩が現れたのかもしれない。
 男は早速現場に向かいながら、携帯電話で雇い主に連絡をいれる。
 彼の雇い主はこの森の所有者である穏やかな老婦人だ。上品な彼女の耳にこういった問題をいちいち聞かせるのは本意ではないのだが、連絡するのが決まりだった。立派な屋敷を一人で守る女主人というだけあり、何か問題が起きた時にはすぐに適切な処置をとってくれる。
「奥様? 実は……」
 歩きながら彼が事情を話すと、老婦人も不思議そうな声を出した。
『あの小屋に明かりが?』
「ええ……恐らくまたキャンプか肝試しか、そんなことでここまで入り込んだ若者だと思うので、こちらで対処できると思います」
『では小屋に着いて事情がわかったら、また連絡を下さいね』
「わかりました」
『そちらは寒くない? 大丈夫かしら』
「ええ、大丈夫です」
 老婦人のいる屋敷とここは車で二十分ほどの距離だが、ここは山の麓であり、気温に差がある。今日はこちらも暖かいですよと告げ、男は電話を切った。
 しかし、それでも日が落ちてくれば一気に冷え込むだろう。急いで仕事を済ませようと、男は足早に小屋へと向かった。

 ところが、辿り着いてみても、小屋は何事もないというように静かに佇むばかりだった。
 騒ぐ声でも聞こえるかと思ったが、小屋の前まで来ても物音一つない。そして、鍵がかかったままだ。
 その上、突き出し窓が上げられて中に明かりが灯っているとばかり思ったのに、窓はきっちりしめられたままである。恐らく内側の金具もきっちりかけられたままだろう。
 光の加減で明かりがついているように勘違いしたのだろうか。やれやれ、奥様に連絡してしまったというのに。男は頭を掻く。
 念のため小屋の鍵を開けると、中は以前訪れた時のかび臭さのまま静まり返っていた。二階からも灯りが漏れる様子はない。
 やはり勘違いだったんだなと気恥ずかしく思いながら、側面に踏み板がついただけの階段をのぼる。

 その瞬間、辺りが光に包まれた。


 そこは小屋の二階ではなく、光に溢れた温かい家の中だった。
 男はその光を、まるで朝目覚めてカーテンを開けた時の眩しさのように感じた。
 一体これは何だ、と思うが、不思議と本当に今が寝起きかのように頭にまどろみに似た靄がかかっていく。
 目の前に微笑むエプロン姿の女性がいる。
「おはよう」
 女性の口元が動く。
 妻だ、と男は思った。一体どうして妻がここにいるのだろう?
 ここ。こことは、どこだっただろうか。
「ご飯、出来てるわよ」
 女性はにっこりと微笑んだ。その横を娘が通り抜けていく。
 男はわけもわからないまま、ただその光景の愛しさに導かれるように食卓についた。そのテーブルに並ぶのは、どれも皆、男の好物だ。
「いっぱい食べてね」
 その言葉にうん、と返事をして男は目の前に座った女性の顔を見る。
 そこで男は気付いた。
 目の前に座っているのは妻ではない。母だ。何故間違えたりしたのだろう。娘だと思ったのも、妹だった。
「どうしたの? 早く食べないと学校に遅刻するわよ」
 母が微笑む。
「今日、日曜日だよ。母さん」
 思わずそう答えると、確かに今日は日曜日だったという確信が彼の胸に湧いてきた。
 男の目に、箸をとる自分の手が幼い少年の手になっているのが見える。だが、それが当然だと思えた。何故なら自分は、子供なのだから。
「そうだよな、なあ……」
 妹に確認しようとしたが、何故だか名前が思い出せない。
 あれ? と思う彼の前を黒猫が通り過ぎていく。そうだ。妹ではなく猫だった。
「じゃあ、今日はゆっくりできるわね」
 母の手が頭を撫でる。
 食卓についていたはずの男、いや少年はいつの間にか居間に横になっていて、母の手を心地よく感じながら、目を閉じている。

 それは「家庭」というものの原風景だった。
 誰にも侵略されることはない安心感。
 絶対の肯定を約束してくれる場所。

「僕、ここにいていいんだよね……?」
「いいのよ、ずっとここにいていいの」

 どこからか音楽が聞こえる。だが、それは次第に遠ざかり、少年は訪れたまどろみに身を任せた。


「やっぱり繋がらないわね……」
 監視員の雇い主である老婦人は受話器を置いて肩を落とした。なかなか連絡が来ないのを心配して彼の携帯電話に電話してから、すでに二時間、何の応答もない。
 警察に相談もしてみたが、普段の勤務内容から考えて数時間連絡がつかない程度ではまだ緊急性を認めてはもらえなかった。
 老婦人は車椅子の背もたれに体を預け、宙を仰ぎ見た。
「もう一度警察に相談してみますか?」
 そばに控えている壮年の使用人が尋ねると、老婦人は綺麗に結った白い頭をふる。
「いいえ、久遠ヶ原学園に連絡するわ」
「久遠ヶ原学園? 久遠ヶ原学園に連絡する必要があるとお考えなのですか?」
 使用人は驚いた表情を見せた。
 老婦人は上品で穏やかな顔に今は決意を宿らせ、使用人を見た。
「車を出してちょうだい。山の地図を持って行くの。送るより、麓で直接渡した方が早いでしょう」
 久遠ヶ原学園に連絡するために、老婦人は再び受話器を手に取った。
「何だかひどく胸騒ぎがするの……本当は誰にも向かってほしくないくらい。何事もないといいのだけど」


リプレイ本文


 現場についた時、日は既に山際に消えようとしていた。
 夕暮れ独特の、心寂しい気配がする。
「何事もないといいのだけれど……必ず無事に帰ってきてね」
 撃退士への信頼の中に、孫に向けるような案じる視線を滲ませ、老婦人は彼らの背を見送った。


「小屋に誰かがいるかも、っていう電話のあと、連絡がつかないんだね。じゃあ、その小屋に行ってみて調べないとだね」
 森深く続く道を歩きながらRobin redbreast(jb2203)が呟く。おばあさん、心配しないで待っていてね、と言って地図を受け取ってきたRobinは、以前にも老婦人の依頼を受けたことがあり、早く依頼人を安心させたいと小さく願っていた。
 状況がわからない以上、まずは小屋から調べるべきだということで撃退士たちの意見は一致する。
「不審な明かり……。迷い人か、『人』ならざるものか。依頼主の杞憂であればいいんだけどな」
 夕貴 周(jb8699)が緑の目で辺りを見回しながら小さな声を漏らし、殿を務める逢見仙也(jc1616)も時折振り返りながらそれに頷く。
 その二三歩先では、依頼人の懸念に思うところがあったのか、浪風 悠人(ja3452)が緊張した面持ちでこの状況を極めて警戒していた。音信不通になった状況から連絡も取れず動けない、即ち拘束されているような状態になっている可能性を考える。もしくは――既に死亡している、という可能性も捨てきれない、と思う。
 悠人は横を歩く浪風 威鈴(ja8371)をちらりと見た。威鈴もそれに気付き、二人の視線が空中で合わさる。威鈴の姿を見て、悠人はまた決意を新たにする。小屋に脅威が潜んでいることが予測されるが、何があろうとも、自分が打ち払い、威鈴を守らなくてはいけないと。
 悠人の警戒が伝わったのか、威鈴もこの状況で何か変わった点はないか神経を尖らせ、研ぎ澄ませた。悠人や仲間に危険が及ばないよう、それが第一だ。

 少し前を歩いていた長田・E・勇太(jb9116)がア、と前方を指差す。件の小屋は体温を感じさせない佇まいでそこにあった。


 空は夕暮れの面影を僅かに残し、もう夜の装いを整えていた。撃退士たちは小屋の前に立つ。
「灯りは見えないけど、鍵が開けてあるね。二階にいるのかな?」
 誰かに襲われたのか、怪我してるのか、それとも天魔がいるのかな……?
 Robinの声が冷え始めた風と交じり合う。
 悠人がすっと前へ出て、扉に手をかけた。推測通りなら小屋の中は悲惨なことになっているだろう。決意を込め、威鈴を庇うように構える。
「開けます」
 ゆっくりと扉を開ける。
 だが、彼らを迎える小屋の中は外観と同じようにしんとしていた。
 争った形跡も生き物の息遣いも何もない。やや拍子抜けして、撃退士たちは中へと立ち入る。
 勇太は念のためエーリカと名付けたフェンリルを待機させた。自分に異変があったら噛み付くよう命令する。理知的な青い瞳のフェンリルが勇太に先んじて歩く。辺りは静まり返ったままだ。
 イヤーカフのついた耳に髪をかけて、威鈴は穏やかでなさそうに眉をひそめた。
「何で? 此処……初めて……来るのに……」
 なのに、妙に落ち着くのを彼女は感じていた。そのことが逆に、落ち着かない。
 悠人は頷いた。何か違和感がある、と空間に目をこらす。だが、何故なのかはわからない。それどころか、確かに居心地がいいような気さえする。決意と敵意を持って入ったはずなのに、この安心感との差はどういうことだろう。
 この感覚はおかしいと威鈴の中で違和感が膨らむ。その正体を探ろうと、少しの変化も見逃さないよう意識を集中した。小屋の中、仲間の会話……何か手がかりがあれば。
 僅かに、二階が明るさが増した気がした。
 やはり、おかしい。
 威鈴がそれを伝えると仲間たちは警戒を強めて、そっと階段に足をかける。
 だが、上っていく最中にだんだんと悠人はこれがよく慣れ親しんだ場所のように思えてきた。ここを上がれば、威鈴と過ごしている部屋があるような。
 そんなわけないのに。いや、本当に?
 威鈴に問おうとすると、威鈴も悠人と過ごしている部屋のような雰囲気を感じて、その違和感に悠人を見つめた。
「でも……違うのに……」
 違うのに何故、ここはこんなにもあの部屋のようなのだろう。
 まずい、と思うよりも早く、彼らを光が包み込んだ。


 仙也はいつの間にか村に居た頃の部屋に佇んでいた。世話になった老婆がいて、そのそばには帰ってきた老婆の子が眠っている。周りを見ると滅多に来ない客人が五人もあるらしい。だが、とりあえず自分の正体がばれていないようなので一安心した。
 そうだ、家事の最中だった。仙也は慣れた手つきで家事を始める。終わらせたら、その後は訓練しないと。
(もっと力を得てモウ居場所を潰させないように。自分を守る為ニ)

 一方、自分を包む光の眩しさに目が慣れた周が瞼を開ける。そこは明るい庭だった。周を振り返る美しい双子の姉弟。柔らかい空色の髪の男の子と、深い藍色の髪の女の子。二人が纏う、ネロリの優しい香りが漂ってくる。
 弱虫だった幼いころの周の、唯一の心の拠り所。
 二人を護りたい、それだけがただ、生き甲斐だった。

 やがてRobinも夢の中にいるようなまどろみを感じながら目を開ける。
 おかあさんと、たくさんのきょうだいたち。翡翠の瞳に映るものはそれだった。
 みんなでゲームして遊び、美味しいごはんを食べる。
 もう戦わなくていいんだね。
 捨てられる心配もないんだね。
 母が、優しく髪を撫でる。木漏れ日が触れるような温もりがRobinに降り注いだ。

 自分を全て肯定してくれる空間。世界でたった一つだけの、帰る場所、安らげる居場所。撃退士たちを多幸感が支配する。

 そんな中、勇太だけはフェンリルの助けを借りながら、意思を何とか保っていた。
 多幸感に引きずられないよう、軍隊でのきつい経験ばかりを思い出し、ともすればまどろみに落ちそうになる自分をコントロールする。
(ミーの自信の原点は恐怖。そしてそれに打ち勝ってきた経験ネ)
 腕に痛みが走る。エーリカが勇太を起こそうと噛んでいる。
 勇太は上官であり師である老婆の姿と、彼女に殺されそうになったことを思い出した。
(ミーにマインドコントールは聞かナイ。傭兵をナメルナ)
 敵の正体を見極めようと、幻に揺らぐ視界を強く見つめる。

 悠人も、半ば夢を見ているものの、さっきまで持っていた緊張感、敵意、威鈴を守るという決意だけでこの場所に馴染んでしまいそうな心を強く持ち、違和感に思考を巡らせた。でも、何故だろう。落ち着く場所に二人でいるというのに。
 けれど。
「此処は……何時もの部屋じゃ……ない」
 怖い、と威鈴が呟く。
 それでもなお威鈴を包もうとする安心感を覚え、彼女は戒める様に血が出る勢いで手を強く噛んだ。
 落ち着いたら、何とか空間を眺めてみる。部屋にあるのは、本棚や机に毛皮や剥製――。また頭がぼうっとして、威鈴は壁に頭を打ち付けた。
 流されたいと葛藤していた悠人は、そんな威鈴の姿を見てはっと自分も頭を何度か打ち付けた。自分が、守らなくてはいけないのだ。
 もう一度冷静に空間を眺めていると、悠人の視界の中を黒いものが横切っていく。
「猫だ……」
 どうして猫がいるのだろう。いつも過ごしている部屋に猫などいないし、居れば動物好きの威鈴が飛び付かないはずがないのに。
「猫……? この部屋に……猫来ない……」
 悠人の声に威鈴が応える。今までこの部屋に生きた動物なんて居なかった。居たら追い掛けて捕まえて悠人に見せているだろう。ならば、これは。

 違和感に揺らぐ二人の耳に銃声が響いた。

(アイツはただの的。ただの肉袋ダ。ダマサレルナ)
 勇太は再びショットガンの照準を黒猫に合わせる。
 動きが奇妙に素早い。恐らく、サーバント……しかもこの空間の重大な部分を担っているはずだ。
(ブラッドバスにスル! KILL them ALLダ)
 あの猫が元凶なのか、ならばこの空間は幻覚なのか。悠人は幻覚の中に戦闘中の勇太の姿を見つけようと眼鏡の奥から目をこらす。そして自身も攻撃をしようと力を研ぎ澄ました。青白い半透明の光が悠人を包む。
「……俺は、威鈴を守る」
 それは、どんな場所にあろうとも揺るがない固い決意。
「ボクには……悠が……居る」
 威鈴が自分自身で確かめるように呟いた。何か現実かわからなくなったとしても、それだけは確かな真実だ。威鈴の毛先が橙に染まる。仮初の光の中に、威鈴のアウルは闇を作り出し、猫に攻撃を仕掛ける。


「周、いい天気だな」
「あーちゃん。ここは暖かいね。一緒に居ようよ」
 姉弟の声が明るい庭に響いている。周はそっと二人に微笑みかけ、自分の小さくなった手を見つめた。
 幸福な思い出、幼い頃の自分――。
「ああ……ぞっとする」
 こんな自分じゃ護れない。冗談じゃない、自分はもう戦える。
 ネロリの香。優秀なサーバントだな。と笑う。記憶に眠るこんな細かいところまで再現するなんて。
 でも、こんなに優しい香が、皮肉にも痛烈にあの時の後悔を思い出させてくれる。
 空色の彼の最後を看取ったのは自分。
 あの時、自分は何もできなかった。
 力がなかったから、代わりに死ぬことすらできなかった。
 どんなになかったことにしたくても、こうしてずっと一緒に笑っていたいと願っても。

 僕は、僕の世界の半分が、もうどこにもいないことを知ってる。

「――畜生っ……!」
 安寧なんかいるか。安らぎなど要らない。
 周はきつく目を閉じ、静かに開ける。そこにはまだ姉弟の影が見えている。だが、もう周の手は小さくはない。
 そばに仙也の姿があり、二人の目が合う。幻覚に浸りきったまどろみから、仙也の金色の目も脱しかけていた。
 仙也は山奥の村で訓練をしているはずだった。けれど、何か重要なことを忘れている気がしていた。それに何か、この状況はとても気に入らない。

(もっと力を得てモウ居場所を――)

 ふと自分の考えていたことに引っ掛かりを覚えて手を止めた。もっと力を得て、もう? 何がおかしいのか答えを外に求めるかのように辺りを見回し、そこで気付く。
 ――……無くなったものが何である? 客なんて来るところだったか? 黒猫なんていたか?
 仙也はとっさに抵抗すべく聖なる刻印を自身に使う。
 強くならないといけない。老婆の願い通り撃退士でなければならない。
 夢で遊んでいるわけにはいかないのだ。

 母と兄弟たちとお菓子を食べながら、Robinもふと気付いた。
「……あれ、でもひとり足りない」
 おばあさんにも、美味しいお菓子を食べてもらいたいな……Robinは老婦人の顔を思い出す。また会えて、なんだかちょっと嬉しい、と思っていた。おばあさんの優しい笑顔を見ていると、胸のあたりがあたたかくなるような、つられて、にへらと笑ってしまうような気がする。
 けれど、浮かぶのは今日見た心配そうな顔だった。なんとかして、また笑ってもらいたい。どうすればいいのだろう。
「あたしたちが帰ってこないと、きっと心配して眠れないかも……」
 そうしたら使用人のおじさんもきっと困る。
「早くお仕事して戻らなきゃ……」
 Robinは眠りの泥濘に沈んでいきそうな頭を持ち上げた。ここにはおかあさんも、きょうだいたちもいる。だけど、おばあさんはいない。あの人たちはだれだっただろう。あんな黒猫、知らない。
 Robinの目に横たわる監視員の姿が見えた。朦朧とする意識を奮い立たせ、Robinは監視員を揺する。
「おじさん、ここは本当のお家じゃないよ」
 嫌だ、寝ていたいよ、と子供のように駄々をこねる監視員に、Robinはなおもそっと語りかけた。

「目を覚まして、おばあさんのところに帰ろう? きっと、心配しながら、本当のあったかいごはんを用意して待ってくれてるよ」

 待ってくれてる。その言葉に監視員がぴくりと動いた。誰かが、待ってくれている。
 自力で脱出することは叶わない。だが、一瞬、ほんの一瞬だけ監視員は正気の光が宿った目を開いた。

 その瞬間、監視員の安寧を具現化した空間にノイズのような揺らぎが出た。
 なおも馴染んだ光景を見せつけられていた撃退士たちの意識から僅かに朦朧が剥がれ落ちる。
 勇太の弾丸が猫を追い詰め、威鈴のアイスウィップが追撃する。黒猫は間一髪の見せ掛けの机の下などを駆け抜け逃げ回るが、仙也がそこに素早い攻撃を繰り出した。狙いは猫ではない。今まだ仙也の目から幻覚は消えきっていなかったが、先ほどとは違い、この空間に親の姿が見えていた。人を知る、弄ぶのは好きでも知られる、弄ばれるのは嫌いな仙也である。全身に黒い大蛇や蜘蛛の形のオーラを纏い、猫の隠れ蓑となるこの空間を攻撃していく。小屋を壊さないように、だが、サーバントだけは徹底的に処分する。
「早く、戻らなきゃ」
 Robinが闇色の弾丸を放つ。
 攻撃が掠り、黒猫が弾かれたところに悠人が攻撃し、退路を塞いだ。逃げ道をなくした黒猫は牙を剥くが、周から鋭い風の衝撃波を放たれるとそれは猫の形を崩し、アメーバのように溶けていく。動かなくなったのか、確かめるより早く、そこにRobinがDDDを食らわす。
 当然、後にはサーバントの影一つ、残っていなかった。


「奥様、お体に触ります。一度お帰りになっては……」
 使用人の言葉に老婦人は首を振る。
「いいえ、このまま待たせて頂戴」
 すっかり日が暮れて、森はひどく冷え込んできている。無理にでも老婦人を連れて戻らねばならないだろうか。使用人が車椅子に手をかけようとした時、老婦人ははっと顔を上げた。
 まず最初に見えたのはRobinの姿だった。撃退士たちが戻ってくる。仙也の肩を借りて監視員も一緒のようだ。
 帰ってきたのだ。
「まあ……おかえりなさい!」
 老婦人は思わず細い腕でRobinを抱き寄せた。
「ありがとう。みんなで帰ってきてくれてありがとう……ロビンさんも、無事ね? ああ、本当によかったこと」
 老婦人が笑うのを見て、頷きながらつられてRobinも口元が緩んだ。
「誰も、怪我はない?」
 問いかけると、勇太が背筋を正してこれに答える。
「イエス、マム」
 そしてようやく落ち着いたように精神安定剤を飲み下した。これで幻影を思い出すこともないだろう。
「あの場所はすごく優しかったけど……これで良かったんだな」
 まだ朦朧としながら監視員が呟く。そのぼんやりとした呟きを聞きながら、仙也は監視員を慰めようと口を開いた。人間楽なほうが、幸せなほうが良いのは当たり前だから。
 それでもやはり生きていくのだろう。安寧に浸るのがどれほど幸福でも、それが真実でないのなら。

 まだどこからかネロリの香りが漂っているような気がして、周は目を閉じた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 籠の扉のその先へ・Robin redbreast(jb2203)
 童の一種・逢見仙也(jc1616)
重体: −
面白かった!:20人

おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
白花への祈り・
夕貴 周(jb8699)

大学部1年3組 男 ルインズブレイド
BBA恐怖症・
長田・E・勇太(jb9116)

大学部2年247組 男 阿修羅
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト