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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/12/22


みんなの思い出



オープニング


 森へ入り木々に日差しを遮られると、それだけで辺りは底冷えするような寒さとなった。
 太陽の恩恵とはどれほどのものか、と考えながら、二人の撃退士が森の中を進んで行く。
「何でこんなに寒いの……もう嫌だ、アタシ春まで冬眠する……」
 コートの襟に首を埋め、一人は絶えず悪態をついている。
「も……もうちょっと頑張ろうよ、ワス……もしかしたら天魔の仕業かもしれないし」
 やや小柄だが、防寒具で着膨れているもう一人は、それでも寒そうに身を縮め、ぼそぼそと空気交じりの声を発した。
 ワスと呼ばれた一人目の撃退士は嫌そうに首を振る。
「天魔なもんかよ。農作物だよ? 今すぐ布団にもぐりたい……」
 べえと舌を出し、その舌も一瞬で凍えて、すぐに引っ込めた。

 二人が調査していたのは近頃この近隣で発生した天魔のせいではないかと疑われる事件だった。
 まずそれが起きたのは十一月の終わり。襲撃にあったのは、みかん農家である。
 一夜にしてみかんがごっそりと奪われ、初めから何も実っていなかったかのごとき有様となった。
 この時は組織的な窃盗事件であろうと警察も結論づけていたが、それから数日後の十二月頭、再び事件が起こる。
 みかん農家から数キロ離れたアイスクリーム工場が襲撃にあったのだ。
 こちらは盗まれるだけでなく、建物の扉や冷凍庫が破られる被害があった。その痕跡は一般的な機械のものと一致せず、ここに来て天魔の仕業が疑われ、撃退士が呼ばれることとなったのである。

 みかん農家からもアイスクリーム工場からも近く天魔が潜めそうな場所と言ったら、この森くらいだろう。というわけで、二人の撃退士は寒々とした空気に支配された森を彷徨っている。
「大体さァ、もし犯人が天魔だったとして……何、一年中元気に活動してくれてんだよ、春と秋だけにしろよ……」
 うんざりとした様子でワスがぶつぶつと言う。
 そしてその言葉の前後に「寒い」「眠い」「帰りたい」を挟み込む。シィは苦笑した。
 だが、確かにその気持ちもよく理解出来る。冬の寒さは心身共に動きが制限される気がする。温まってじっとしていることが出来たならどれだけいいだろうかと思わずにはいられない。
 シィは白い息を吐いた。
「この依頼が終わったら、私お鍋でも食べたいな……ワスは?」
 ほかほかの土鍋を思い浮かべ、夢見るようにほんわりと宙を見つめた。
 ワスはよくも今、温かい食べ物の話なんかしたなと言わんばかりにジロリと相棒を見る。
「いいか、二度とアタシの前でそんな……みかん」
 だが苛立ちを漏らそうとした口は、意外な方向に言葉を振る。
 思考を温かく美味しい空想の世界に飛ばしていたシィははっとしてワスに答えた。
「みかん……? ワス、みかん食べたいの?」
「違う、あれ見ろ!」
 ワスが指差した先を見ると、そこには奇妙としか言えない光景があった。

 コタツがある。
 森のど真ん中に、だ。
 ご丁寧にみかんまで載せて。

「一体何なの……?」
 ワスの言葉にシィは小さく首を振る。
「わ、わかんない……この森の人のかな……?」
「電源コードもないのに、中光ってるし」
 二人は警戒しながらコタツに近づいた。とにかくこんなところにコタツがあるのは妙である。
 近くまで来てみると、中が光っているだけでなく、実際に温かいことがわかった。布団ごしにコタツの熱を感じる。布団はふかふかで、いかにも気持ちよさそうだ。
 シィはそっとみかんを手にとってみた。
「こ、これ……今回の事件と何か関係があると思う……?」
 ワスはシィの手からみかんをとり、それを剥いた。本物のみかんのようである。
「さあ、持って帰ってみればわかるかもな」
「じゃあ……一度帰ろうか?」
 しかし、ここまでそれなりに長い道のりを歩いてきた。どうやら今日は他に何の手がかりも望めなさそうだが、ここから森の出口を目指すのだってうんざりだ。せめて凍えている指先だけでも温まれば。
 ワスはコタツを見つめた。
 それに気づいてシィがワスの腕を掴む。
「や、やめなよ……人のコタツかもしれないし」
 だが、ワスはシィを振り切った。
「誰もいないじゃんよ」
 そっとコタツに手を入れる。じんわりとした温かさが指先に広がった。
「うわ、あったか! アタシもうここから動きたくない……」
 そう言われるとシィももじもじとしだし、ワスが布団を持ち上げているところから一緒に手を入れる。一箇所が温まると、却って全身の寒さを思い出し、体がふるりと震えた。
 ――少しだけ温まってもいいかな……?
 そう思い、ワスに言おうとした時。
「うわあっ!!?」
「きゃあああっ!!」
 視界がぶれ、何かに引っ張られる感覚の後、二人の体は浮遊感に包まれた。


 立ちくらみなのか真っ暗になった視界が、次第に晴れてくる。
 巨大な生き物の体の中にでもいるかのような脈打つ空間が見える。
 シィははっとして相棒の姿を探した。
 深く深く滑り落ちるような感覚があった。ここは地中なのだろうか。天井が高い。
 ぐにゃぐにゃと柔らかい地面にバランスと取りながら立ち、辺りを見回す。
「ワス……?」
 奥まった場所が薄暗くなっており、そこにうっすらと人影が見えた。ワスだ。
 ほっとして彼女の方に近づいたシィは、しかし立ち止まった。
「!」
 ワスはコートを脱ぎ捨て、コタツに入って、幸せそうにぬくぬくとしていた。

 コタツの中に引きずり込まれて、その中にも、コタツ?

「ワス!」
 近づくと、ぶつぶつと呟くワスの声が聞こえた。
「ああもうあったかい……何にもしたくない……ずっとこうしてたい……」
 その声を聞くうちにシィの頭もポワンとしてくる。コタツに触れると温かく、シィは誘われるようにコタツの中に足を入れた。何て温かいんだろう。このままコートを脱いで眠ってしまいたい……。
 しかし、目を閉じようとするシィの姿に、ワスがはっとした。
「駄目だ!」
 コタツの中からシィを出そうとする。
 だが、すでに二人の足は柔らかいコタツの中に埋まりかけ、容易に外へ出すことが出来ない。ワスはコタツに潜り、抱き上げるようにシィを外へ押し出した。

「……ッ!? ワス!」
 シィが正気に戻った時、すでにワスは腰までがっちりとコタツに引き込まれ、無気力そうに、それでいて幸せそうにどこから取り出したのかアイスを食べていた。
 今度は慎重にワスの腕を引くが、ワスは外に出るのを嫌がってコタツにますます潜ってしまう。
「寒いの嫌だし……アタシもうこのままでいいの……」
 そうしているうちにシィもまたぼうっとしてきた。

(このままじゃ二人ともコタツの餌食になる……!)

 シィは助けを求めるために走り出した。
 走りながらよくよく見ると、この空間あちこちにコタツがある。そしていくつかのコタツにはワスのような犠牲者もいる。
 懸命に走ると、滑り台のように斜めになっている場所を見つけ、必死にそれを登る。考えた通り、それはあの森の中のコタツに繋がっていた。
「待っててね、ワス……!」
 がばっとコタツを出ると、風が容赦なく吹きつけた。だが立ち止まっている暇はない。今すぐ誰かを連れて、戻って来なければ。
 けれど。果たして再びあの空間に戻った時、自分はコタツの魔力に抗えるだろうか。
 ますます冷え込んでいく森の中の空気に身を震わせながら、シィはあのコタツの温かさについて考えていた。


リプレイ本文


「炬燵にミカンとアイスか。冥魔の野郎、分かってるじゃないか」
 薄暗くなっていく辺りにサングラスを外し、ミハイル・エッカート(jb0544)の青い目が件の森を見つめる。
「人をダメにする罠を仕掛けるディアボロかあ。とても効率的な作戦だね。人間をよく研究している悪魔がいるんだね」
 答えるRobin redbreast(jb2203)の白金の髪を撫でる風も冷たい。
 そこへコートに毛糸の手袋姿のレティシア・シャンテヒルト(jb6767)が追いついてくる。
 襲撃にあった工場の防犯カメラを確認しに行って、戻ったところだった。敵が移動できる可能性や、協力者の存在を考慮してのことだったが。
「見て下さい、これ」
 映像には巨大な何かが倉庫内のアイスを奪っていくような様子が見えていた。協力者はないが、あまりに大きい。
「この大きさだ。要救助者の脱出完了後に内部の破壊に移るべきだろうな」
 川内 日菜子(jb7813)が呟くと、救護班もとい、暖をとらせる用意をしてきたミハイルが請け合う。
「救助した奴らがまた炬燵に引き込まれないように俺が監視しよう」
 不安な様子で彼らを先導するシィに、Robinは内部の詳細な状況を尋ねた。巨大な空間。点在するコタツ。そしてみかんやアイス。
 それを聞いたレティシアは眉をしかめる。
「この作戦を考案した天魔は人間心理をよく学んでいますね」
 力押しの天魔より余程厄介だ。
 もこもこの格好に貼るカイロもつけてレティシアの防寒はばっちりだが、それでも底冷えするような寒さがある。
「寒い時は寒さを楽しんだら良いんじゃない?」
 ダフネ・ダリル(jc0585) が言いながら笑う。
「と思うけど、確かに寒いわねぇ。それにあたしのこの恰好じゃ、説得力ないわね。まぁ、良いわ」
 ダフネも防寒対策を整えぬくぬくだ。更に購入してきたおでんを抱えて暖を取る。依頼に向かう前ミハイルと共に購入してきた酒もある。ミハイルも食材を色々と買ったようだった。

 シィに案内された先には、確かにぽつんとコタツの姿があった。
 寒空の下、暖かそうに――。


 救助者保護役のミハイルが用意したテントはコタツが見えないようにたてられ、暖を取るため色々なものが用意されていた。おもてなしセットというわけだ。ダフネの酒もおでんも置いてある。
 準備を手伝っていたレティシアが、一段落してカップに持参の飲み物を注ぐ。
「何を持ってきたんだ?」
 日菜子が尋ねると、レティシアがカップを差し出した。
「紅茶ですよ。ぽかぽかになるし、あとカフェインマシマシなので眠気覚ましです。皆さんもどうぞー」
 それから脱水症状対策の塩むすびと、何故か冷凍みかんもある。
 そこへミハイルが戻ってくる。この炬燵の他に出入り口がないか調べてきたが、他には見当たらないようだった。しかし念のため六角分銅鎖を垂らし、目印とする。
 逢見仙也(jc1616)が自分に聖なる刻印を使用する。
「他に必要な人がいれば」
 と言うと、ダフネが挙手した。
「私にもよろしく!」
 Robinがいまだ不安そうなシィに、シィも自分でかけておいた方がいいかもしれないねと声をかける。
「それから助けた後はワスにも」
 シィはようやく撃退士の表情を取り戻して頷いた。

 暗くなっていくにつれ、空気はますます凍てついていく。
「この寒さだ。気持ちは分かる。俺も炬燵に入りたいぜ。炬燵にこもっているヤツラが羨ましいぞ」
 しかし入ってたまるものか――コタツに突入する仲間達にミハイルが声をかける。コタツに対抗できる作戦をミハイルはちゃんと用意してきたのだ。
「マツタケ鍋が待っていると救助者に伝えてくれ」
 ニ、と笑みを浮かべる。ミカンやアイスよりもマツタケだろう!
「早いもの勝ちだぞ」

 紅茶で温まったレティシアたちが疑似餌の炬燵に手をかけた。いざゆかん、炬燵ばすたーず。


 中に入った日菜子はまず携帯の電波をチェックした。ミハイルと十分置きに連絡をとることになっている。ミイラ取りがミイラになった時の為の保険だ。十分間隔を知らせるアラームも仕掛ける。
「まずは要救助者を外に出して安全確保だね」
 と言うRobinの手には、何故か発泡スチロールと目覚まし時計が握られている。
 シィの話通り、中は壁や床が柔らかく、腹の中を思わせた。しかし複雑に入り組んではいない。
 撃退士たちは用心しながら歩を進めた。

 やがて、「あっ」と声を出し、レティシアが指を差した。
 コタツがある。しかも一般人が囚われているようだ。いよいよ戦闘開始、である。
 しかし――……それは情報通り、何とも居心地が良さそうなものだった。至福の表情で眠る一般人。ふかふかのお布団。ご丁寧に枕まで。レティシアは首を振った。
 手の届く範囲で世界が完結してしまうあの魔の誘惑……あのぽかぽかは人類が手にするには早すぎたのかもしれない。
「ここは俺が」
 仙也が前に出る。朦朧への対抗は高めたが、一応用心して距離を取り、怪我をさせないように気をつけて鎖を巻きつけた。光纏した仙也の全身には無数の大蛇や蜘蛛が絡み付いているように見える。
 土から野菜を抜くような、少しの抵抗と共に一般人が引きずり出されてきた。
 日菜子は仙也の纏う大蛇の影に少し苦いものを噛みながら、しかし冷静に縮地・陽炎で移動力を高める。
 ――今のはまだ飲み込まれ方が浅かったから良かったが、もっと深く囚われていたらどうなることか……。
 救助した人を仙也に任せ更に奥へ進むと、案の定次に見つけた人はもっと深くまでコタツに潜っていた。頭がぼうっとするような暖かさが近づく人を誘惑しようとする。
 どうアプローチするべきか。
 するとそこでRobinがぎりぎりの距離をとって前へ出た。
「この場所に居たくない、と思わせればいいんだよね」
 耳を塞いでてね、と言ってRobinがすっと握っていた発泡スチロールや目覚まし時計を構えた。
 そして一斉に音を立てる。
 不快な大音響がディアボロの体内に響き渡った。Robinは平気なのか涼やかな顔をしている。
 だが、撃退士たちは流石に何とか耐えていても、一般人ではひとたまりもない。耳を塞ぎながら更に潜ろうとすると駄目押しに携帯の防犯ブザーまで鳴り出し、囚われ人はとうとう観念してずるずると這い出してきた。
 そのうなじに愛らしい微笑を浮かべたレティシアが冷凍みかんをぴとり。ひゃああと悲鳴を上げて目覚めた要救助者を、翼を広げて地上へと連れて行く。コタツは心地いいが、脱水症状と疲労という罠もある。ふらふらの救助した人を運び出し、レティシアはミハイルに塩むすびを焼いてもらうよう頼んだ。

 一方、空のコタツを潰しながら進む一行は、また新たな犠牲者を発見した。
 またも幸福そうな表情で、もう肩まで布団を被っている。
 ダフネがブルウィップを取り出した。
「射程2から引きずり出せるかわからないけど、やってみる価値はあるでしょ」
 だが、コタツに潜ってしまっているため上手く巻きつける場所がない。怪我をさせるわけにもいかないし……と思案していると、日菜子が手加減して炎を作り出し、炬燵を熱くする。いくら外が寒かろうとサウナ状態なら長くは居たがらない筈。段々と汗ばんできた要救助者が少しずつ外に這い出てくる。
 そこをすかさずダフネが引っ張り出した。そのまま外へ連れ出そうとするが、やはり外は寒いらしい。嫌がって戻ろうとしたところに、日菜子が立ちはだかる。そして、咆哮を使用し――。
「喝ッ!!!」
 その強烈な声に救助された人は大慌てで逃げ出していく。
 ダフネがあははと笑い、もう戻ることが出来ないよう鞭でコタツの天板を叩き割った。
 上手くいったが、日菜子は沸々と怒りを燃え上がらせる。
「なんだこの敵は、人をおちょくっているのか?」
 もともと熱血な気質の日菜子である。敵の仕業とはいえ、ダラダラと怠けた姿に苛々が募る。
「蒸せる、クソ暑い、ああ腹が立ってきたッ!」

「あっ、見て!」

 その時、ダフネが最深部にいるワスの姿を発見した。シィの話していたとおり、コタツに潜って幸せそうにしている。というより、もうほとんど目元しか見えない。
「力任せに引き摺り出してもまあ大丈夫かね……」
 再び追いついた仙也が小さく呟き、鎖を揺らす。
「撃退士なんだもの、中に入ったままでも大丈夫でしょ。薙刀に持ち替えて、ちゃぶ台返しをしても良いけどね♪ 」
 どっちが効率良いかしら? とダフネがブルウィップを、天板を打ち壊そうと構える。
 しかし、そんな物騒な会話をしているにも関わらずワスは出てこようとしない。
「いいの、放っておいて……めんどくさい……」
 嫌がって布団をぎゅっと掴む。
 その瞬間、日菜子の手加減なしの炎の力が火炎放射器の如くコタツを襲った。
「さっさと重いケツを上げろ、クソッタレっ!!」
 これにはワスも覚醒し、怒声を上げてコタツから転がり出る。
「何するんだチクショウ!」
 怒りを買い、その怒気で立ち上がれば上等という日菜子の思惑どおり、怒りに眠気が勝っている。それでもまだ寒い……と朦朧としかけたワスの目の前でRobinのパサランがあんぐりと口を開けた。
「パサランの中も暖かいよ」
 い、いい! とワスは首を横にふり、慌てて出口へと逃げていった。

 怠惰に勝る想いの力、日菜子は憤怒を味方につけ、目に映るコタツを破壊していく。
 仙也も誰もいないのを確認しながら、鎖でコタツを次々に壊していった。


 寒空の下、木切れを集めたミハイルは、そこに途切れぬ火をつけて焚き火を燃やした。
 火の粉が上がり、寒さを和らげてくれる。
 石組みで作ったコンロには、コンビニで買った鍋スープの入った携帯闇鍋セットをかける。そこに持ち出しの焼き豆腐、購入した野菜、肉団子――そして万能包丁で薄切りにした鍋のメイン「マツタケ」を入れて煮込む。何ともいえない芳しい香りが漂っている。
 ミハイルは救助された人々にカイロを渡し、状況を説明した。
「焚き火とノンアルの甘酒と鍋で暖を取れ。大人には酒とおでんもあるぞ。風に当たりたくなければテントで休んでくれ。終わるまでどこも行くなよ」
 みかんやアイスで空腹は満たせない。救助された人々はマツタケ入りの鍋に引き寄せられた。
 そこへ新たに救助した人を背負ってRobinが来る。後に続くワスの姿もある。再会を喜ぶシィだが、ワスはぐったりとしていた。脱水症状かとミハイルがレティシアの塩むすびを勧めたが、原因はそればかりではあるまい。


 暖かい場所から寒い場所へ出る瞬間が最も寒い。
 救助した人がそれに挫けて戻って来そうになるのを仙也が内側から追い返す。
 これで恐らく全員救助が出来ただろう。銃に持ち替えた仙也は、素早く壁や床を攻撃した。

 すると、今までコタツをいくら潰しても反応のなかった敵の体内が突然蠢き始めた。

 日菜子はスキルを入れ替えながら、その様子を観察する。どうやら蠢くだけで、反撃はないようだ。
 しかし、それはそれで不気味でもある。
 このまま一気に畳み掛けるか――と考えた瞬間、破壊されたコタツが消え、新たなコタツが迫り出してきた。日菜子は咄嗟に反発の拳を使いつつ距離をとったが、真下からコタツが現れ、レティシアが囚われてしまう。その鋼のメンタルをもってしても、直接飲み込まれては術がない。
「レティシア!」
 日菜子の声が響く。
 地上から戻ってきたRobinはその声を聞き、様子が変わったことに戸惑いながらも懸命に仲間を探した。
 新たに現れたコタツの誘惑は強いが、働かないと捨てられる環境で過ごしてきたRobinの意志は強い。暖かさという魔物よりも、働くことこそがレゾンデートル。問題ない、と思われたが。
 ふとコタツに灯る不思議な光に、止めるつもりの無い足が止まる。
 コタツに宿る団欒の原風景。彼女には見知らぬそれが、しかし何かを思い起こさせる。何かRobinの心に形なく、微かに残っている柔らかく優しいもの――いわば、頭を撫でる母の温もりに似た根源的な安寧。
 内部は段々と冷え始め、朦朧はいっそう強くなる。ダフネも思わず防寒具をかき合わせた。
 一変した状況に撃退士たちが焦りを感じたその時。

「お前ら、さっさとマツタケ鍋食べに来い! 冷めちまうだろうが!」

 ミハイルの声が響いた。
 日菜子からの連絡が途切れたため、シィに地上を任せて来たのだ。
 ぼうっとし始めていた仙也がはっとして攻撃を続ける。ミハイルがそれに合わせて弾丸を撃ち込んだ。
 日菜子の徹し・柘榴によって内壁が爆ぜる。
 そこで何ともこの場にそぐわない、可愛らしい猫の声が響いた。レティシアの携帯からである。その瞬間、レティシアがぱっと目覚めた。それは万一の保険に事前にセットしておいた、朝餌を求める愛猫の鳴き声。その声のあまりの可愛さにレティシアが朦朧の淵から戻ってくる。おこた様がどれほど強くとも、レティシアはお猫様の奴隷なのだ。
 コタツに囚われてはいないもののぼうっとしているRobinにレティシアが聖なる刻印をかけ、更に冷凍みかんで追撃する。ひゃっとなったRobinは覚醒してコタツから距離をとった。ダフネがすかさず、コタツの天板を打ち砕く。
 Robinもすぐさま攻撃の姿勢に転じ、色とりどりの炎で爆発を起こした。
 日菜子の姿がアウルの炎に包まれ、燃え上がるようになった。それはコタツでも敵わない冬を打ち砕くかの如き熱さとなり、打ち込んだ炎の拳がとうとう壁をぶち抜いた。

 ダメージを受けてディアボロは蠢く。

「外に出て攻撃しましょう」
 仙也の声に撃退士たちは出口に向かって駆け上がった。すると彼らの後ろでディアボロの体内は急激に収縮し始めた。
 全員外に出たのと同時に、仙也は振り返り、疑似餌に銃弾を打ち込む。
 凄まじい轟音が響き、やがてコタツはその姿を失って肉塊と化し、静寂が宿った。
 寒さが彼らに吹き付ける。
 極度に寒いと炬燵に潜って行動する仙也だったが、しかし。
「こたつむりですけど、入るものは選んだっていいじゃないですか」
 物騒なものは物騒なものは御免被る、と肩を竦めた。

 かくして冬の魔物は葬られたのだった――。


 戦いを終え、ミハイルの用意した鍋を撃退士たちもつついて温まる。
 怒りを扇動するようなやり方をした、と日菜子がワスに謝ると、怠惰なワスは気恥ずかしそうに肩を竦めた。
 ディアボロの中からおみかん農家さんの未来のために……とみかんと、そしてアイスも回収していたレティシアが戻ってくる。売り物には出来ないだろうが、研究用として学園で買い取ってあげられないか、打診するためだ。多くは無傷で残っていた。この寒空ならひょっとしてアイスも溶けないかもしれない。

 冷えた空気はきんきんに冴え渡り、星の光を輝かせている。

 Robinは夜空を見上げ、甘酒をふうと吹いて温まる。そして、罠とわかっていたのにあの時足を止めてしまったものの正体について考え、静かに目を閉じた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 刹那を永遠に――・レティシア・シャンテヒルト(jb6767)
重体: −
面白かった!:7人

Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
刹那を永遠に――・
レティシア・シャンテヒルト(jb6767)

高等部1年14組 女 アストラルヴァンガード
烈火の拳を振るう・
川内 日菜子(jb7813)

大学部2年2組 女 阿修羅
撃退士・
ダフネ・ダリル(jc0585)

大学部3年186組 女 鬼道忍軍
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト