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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/11/22


みんなの思い出



オープニング

 鏡の中に鏡がある。
 鏡の中の鏡の中にも鏡がある。
 鏡に映る鏡に映る鏡に映る鏡に映る鏡に……。

「へえ、随分よく出来てるなあ」
 奇妙にきらきらと光るその空間は、けれど仄暗く、魔性めいた雰囲気を醸している。
 男はクリップボードを片手に、両側にそびえる鏡の壁を見つめた。足元に点々と設置されたライトは、合わせ鏡の中にどこまでも続いている。
「まさに迷宮ですね。お客がいっぱいならいいけど、こんな所で一人になったらぞっとしちゃう」
 先へ進む男に、ファイルを抱えた若い女が駆け寄った。その足音までもが合わせ鏡の中で反響し続けるかのようだった。
「補修箇所は特になさそうだな。いくつか電球が切れてるくらいだ」
 男がクリップボードの上の書類にペンを走らせる。同時に、鏡の中の男も、ペンを走らせる。
「あんまりどんどん先へ進まないで下さいよ、先輩! 迷っちゃいそう」
「迷わないために、地図をつけてるんだろ」
「でも……」
「まあ、『鏡の迷路』なんて薄気味悪いよな。俺も仕事じゃなきゃ、こんなとこ来たくないよ」
 女の抱えているファイルの中には、「鏡の迷路『ミラーメイズ』リニューアルに関する計画書」と書かれた書類が入っている。彼らは鏡で出来た巨大迷路の点検を委託された業者のようだった。
「四年も放置されてたにしちゃ、随分綺麗なもんだ」
「本当、ぴかぴかですね」
 女は、彼女を見ている自分自身の視線から逃れるように、鏡から視線をそらした。どの壁も一点の曇りもない鏡で、唐突に現れるいくつもの曲がり角は斜めにも延び、訪問者を惑わせる。どこまでが鏡で、どこからがこちら側なのか、容易には判断がつかないくらいだ。方向感覚までも狂ってしまいそうになる。
「昔、鏡の都市伝説ってよくありましたよね」
「お前、この状況で何て話をしてくれてんだよ」
「だってえ」
 ふと、女の手のファイルから書類が一枚落ちた。
 なめらかな床の上を滑っていく書類を、彼女は慌てて追いかける。歩く時の風圧で飛んでいってしまいそうな薄い紙を、慎重に拾い上げ、女は先輩である男を追いかけようと向き直った。
「あっ……あれ?」
 だが、一歩遅かったか、そこにはもう男の姿がなくなっていた。どこかを曲がってしまったらしい。女はうろたえて曲がり角を探したが、その先にも男はいない。
「先輩!」
 女の青白い顔が、鏡の中で怯えている。女はもう一度叫んだ。
「先輩!」
 悲鳴に似た高い声に、先を歩いていた男は振り返った。ついて来ているとばかり思っていた後輩を、いつの間にか置いて来たらしい。やれやれと彼は踵を返す。
「おい、何やってるんだよ」
 作成した地図を見ながら急ぎ戻ると、しばらくして男の目の前に悲壮な顔の後輩が現れた。
「まったく、大丈夫か?」
 ほっとして彼女の肩を叩こうと伸ばした手の先が、こつんと硬い物に当たる。男ははっとした。

 鏡だ。

 斜めに設置されていた鏡に、曲がり角の向こうにいる彼女が映っていたらしい。と、男はばつの悪い思いで手を引いた。失敗を誤魔化すように、急ぎ角を曲がる。
「迷子のお世話なんかごめん……」
 男の表情が凍りつく。
 誰もいない。
 では一体、どこに? 目に入らなかった別の通路か。男は這い寄る恐れを振り払うかのように、左右を見回した。
 不意に、その腕を後ろから何者かが掴む。泥に浸した手のような奇妙な感触。
「!?」
 背にしているのは、後輩の映っていた鏡だったはずだ。もしや、何かの勘違いで、実際に女がそこにいたのだろうか。男は振り返る。先程と同じように女の姿がある。だが、やはりそれは鏡だ。
 では、誰が。何が、男の腕を掴んでいるのか。
 ――男が目にしたものは、鏡から突き出た鉛色の細い手だった。
「あ……あ……」
 鏡の中の女は、男の目の前でうっそりと笑う。
 そして、その鏡像はぐにゃりと曲がり、鉛色に蠢く人型の「何か」へと姿を変えた。
「う、うわああっ!」
 男は無我夢中でその手を振り払い、クリップボードを地図と共に投げ出して逃走した。背後から何者かの乾いた高い声が幾つも聞こえる。目の前を何かが横切ったかと思うと、腕に激痛が走った。弾丸に撃ち抜かれたようなその傷を自覚する余裕もなく、男は何度も鏡にぶつかり、惑わされながら出口を目指す。
 恐慌状態に陥っていた彼が出口の明かりを見付けられたのは幸運としか言いようがなかった。それでも、何度も体をしたたかに打ち、ようやく外へ飛び出す。背中を掠られた感覚が、間一髪で何者かの爪牙から逃れたことを教えている。
「た、助かっ……」
 迷路の扉を勢いよく閉じる。すると、彼の前で、人影が彼を振り返った。
「あっ、すいません、先輩! 私、迷っちゃったので、先に……」
 傾き始めた日に照らされて、気まずそうな顔の後輩が立っている。
「ぎゃああっ、化け物! 助けてくれえ!」
 後輩を見た男は、一目散に逃げ出した。
 その場に残された女は、男の尋常ならざる様子に呆然とした。はぐれてしまった数分の間に何が? 女にはそれを知る術も勇気もない。ただ、男の赤い傷が生々しく目に焼きついている。
 彼女は震える指で懸命に携帯電話のボタンを押した。


「では、改めて依頼をご説明します」
 斡旋所の職員が、薄い資料をめくる。
「現在は営業を停止している『鏡張りの巨大迷路』に天魔が出現したとのこと。数は不明ですが、数体存在する模様です。迷路の外へ出てくる様子はありません。被害者の男性によると、天魔は鉛色で子供くらいの人型、泥のような感触だったということですが……」
 職員は眉を寄せた。
「鏡の中を出入りするという話で、しかも鏡の中では手近な人間に姿を変えるそうです」
 被害者はパニック状態で、そのため幻覚を見たのではないかとも言われている。しかし、出血の激しいその傷跡が既知の生物と一致しないため、こちらに依頼が回ってきたという。
「透過能力のことなら、鏡を出入りするというより、すり抜けますが……詳細は不明です。大変素早く移動し、打撃攻撃をしてくるようです」
 当該の遊興施設は、自治体が倒産した企業から買い上げたもので、長らく人の出入りはなかったという。
「俯瞰図は消失していたため、迷路の地図はありません。そのため、施設内の監視カメラは一応機能しますが、地図と対応させることは出来ないようです。自治体は、近隣住民の安全のため、天魔の撃退を最優先してほしいと言っています。……が、全壊は免れたいというのも、また本音のようですね。しかし道幅が狭いので、難しくなると思います」
 屋上から一階の天井を開けてはしごを下ろす形の非常口が四箇所、出入り口はスタートとゴールの二箇所、と説明して職員は資料を閉じた。
「それにしても改めて鏡をじっと見ていると変な気分になりますよね……どうぞ油断せず、依頼に向かって下さい」

 ――鏡の迷宮は怪しく煌いて、犠牲者の訪れを待っている。


リプレイ本文

 果てしない合わせ鏡の薄暗がりに、光芒が差した。
「万が一の脱出口はこれでいいですわね」
 非常口を開放した天井から、青い瞳が覗く。シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)は内部を一瞥して、屋上から降りた。カマル・シャムス・カダル(ja7665)が、巨大迷路の入り口で手を振る。
 中は鏡張りのためだろうか、どこか冷たい空気が漂っている。二人は頷き合って足を踏み入れた。
「えっとー、誰か右の方から行くって言ってたし、こっちの道にはパン屑が落っこちてるから、あたしらは別の道……真ん中だな!」
 カマルの声に頷きながら周囲の鏡の配置と通路をメモに書き付けていたシェリアは、一瞬遅れてその作り始めの見取り図から顔を上げた。
「……パン屑?」

「迷子予防よ」
 シェリアとカマルのペアから少し離れた通路で、稲葉 奈津(jb5860)がまたパン屑を床に落とし、やや背中にかばうようにしているフローラ・シュトリエ(jb1440)に答える。死角になる奈津の背後を中心に敵の奇襲を警戒しつつ、フローラは納得顔で足元のパン屑を避けた。まるでヘンゼルとグレーテルだが、幸い天魔はいても、パンを啄ばむ小鳥はいまい。
「いつの間にか来た道を戻ってるなんて嫌だからね」
 入る前にメイクを整えて鮮やかに色づく奈津のぽってりとした唇が微笑む。
「鏡に囲まれていると位置関係が分かりにくいわよね。注意しないと」
 紐の先にくくったフローラの鈴が揺れる。

 どこかで鳴ったチリンという音を聞いたかのように、影野 恭弥(ja0018)はふと顔を上げた。その右手は入り口から常に壁である鏡面につけられている。どんな迷路でも始点と終点があるのならば、壁沿いに進み続ける限り同じ道を辿ることはない。恭弥は冷静そのものの態度を崩すこともなく歩みを前へ進めた。
 合わせ鏡はどこまでも不可思議な奥行きを作る。天魔を相手するのには狭い通路を前に、何とまあやりづらい場所だと天羽 伊都(jb2199)は恭弥の隣で嫌そうに鏡の壁を見る。けれど、その表情は楽しげでもある。こんな場面が映画か何かになかっただろうか。デートに使える、と鎧姿には少し不似合いなメモをつけて、しまう。
「デートで行く分に楽しめそうっすけど、退治で来る分には厄介っすね……」
「だろうな」
 伊都の軽口を恭弥は短く往なし、索敵のタイミングを計っている。
 彼らの前に迷路のライトは点々と続き、先で屈折している。曲がり道だ。
 警戒する二人の前でふと、影が揺れた。
「!」
 伊都は中立者を使おうと素早く構える。じりっと前へ出ると、そこにあったのはシェリアの姿だった。
「わたしはシェリア。あなたは誰ですか?」
 伊都が中立者でカオスレートを見極めたのとほぼ同時にシェリアが言った。無論レートは0。間違いなく、本物のシェリアがそこにいる。ほっと息をつく。
「影野だ」
 別の曲がり角を曲がりかけていたのだろう。声を聞いて急いで向き直ったというように、シェリアの横からカマルも顔を出す。
「山!」
 チリチリと鈴を鳴らして飛び出してきたカマルの突然の合言葉に、恭弥に代わって伊都が即座に言葉を返した。
「ガム!」
 何故ガムなのか。もしかすると、ペア相手の恭弥がガムを噛んでいるからか。ともかく、カマルは満足したようだ。懐中電灯を持った左手でガッツポーズをする。
「よーし、仲間だー!」
「カマルさんっすか? 本物っすか?」
「本物だぞー。鈴が鳴ってるからすぐわかっただろ!」
「え、ホントに? 偽物じゃないっすか?」
「本物だ!」
 二人のやり取りを尻目に恭弥は先へ進み始める。伊都はようやくカマルが本人なのを認めると言って笑うと、慌てて恭弥を追いかけた。
「わたくしたちも行きましょう」
「じゃあ、あたしたちはこっちだなー」
 カマルの鈴の音が響く。まるで路地裏を歩く猫のようにチリンチリンと。
 今のは仲間だった。けれど、気を緩めてはいけない。シェリアはカマルの後に続いた。

 眩い光が鏡に反射して、辺りを明るく照らし出している。フラッシュライトのおかげで、電球の切れた通路でも敵が暗闇に潜む心配はなさそうだ。それに入った時から阻霊符も発動している。奈津は、けれど、それでも油断せずに周囲に気を配っていた。
「こういうところはデートとかで来れるといんだけどね……いやっそういう人が欲しいって言う訳じゃないからねっ! 仕事仕事〜♪」
 背中を任せたフローラは少し笑って頷く。こちらも少しの変化も見逃さないよう精神を集中させている。もう誰か敵と遭遇しただろうか。鏡に巣食う魔物をどう倒すかは未知。だが。
「映すのが姿だけなら、対策のしようはあるわね」
 フローラは呟いた。
 やがて、次に選んだ分かれ道を辿ると今までとは違う明るさが一帯を包んでいるのが見えた。シェリアが開けておいた非常口だ。パン屑の作った道筋と共に奈津はその位置を頭に刻む。
 その時だった。来た道に視線を走らせていたフローラは、視界の中に動くものを捉えた。
「敵かもしれないわ!」
 鈴を鳴らすが相手から何の反応もない。仲間なら声かけし合うはずだ。影を追いかける。影は素早く移動すると、鏡に飛び込もうとした。だが、阻霊符の効果を帯びた鏡はディアボロの進入を拒む。たじろいだ敵は進路を変え、追いついてきたフローラと奈津に向かって乾いた声を上げながら突進してきた。
「絶対に私と組んだ子に怪我させないわ! だって私が護るからねっ!」
 奈津はフローラの前に出ると、シールドでそれを受ける。衝撃が走ったが、奈津は持ちこたえた。二人の前に、ディアボロの粘土のような体がべちゃりと落ちる。ゆらゆらと起き上がったそれは明確な形を持たず、メタリックな鉛色の体表に左右にそびえる合わせ鏡を延々と映していた。
 ――ゆらゆらと、歪んだ鏡のように。

 チリン。また、鈴の音だ。子猫の首に揺れるような。
 恭弥は金色の双眸を細める――そろそろ敵と出会わなくてはおかしい頃合いだ。ひっそりと隠れているのか、それならば索敵で探り出す時か。
「あれ? またカマルさんっすかね」
 伊都が指差す。道の奥に鈴の音と共に小柄な人影が揺れる。
「確認するまでもなくいきなり襲ってきたりしてね? 映画ならアリそうっすよ」
 伊都はまた心なしか楽しげな、おどけたような声を出した。前に出て近付く。伊都の硬質な足音が迷宮に響く。視線の先でドレスのスカートがふわりと翻った。
「待て」
 そこで恭弥は足を止めた。攻撃の準備には入っていない。様子を見ている。しかし、その声は強い意思を伴っていた。
「えっ?」
「鈴の音は、遠ざかって行ってないか?」
 通路の突き当たりに、カマルがいた。左手を振っている。先程は、左手に懐中電灯を持っていなかっただろうか。シェリアもいない。鈴の音はやがて小さく……ここではない、どこかの通路へと遠ざかっていく。
 では、そこにいるのは。間違いない、ディアボロだ。
 阻霊符の効果で鏡のガラス面に入り込めず、鏡面全体に身体を広げて鏡のふりをしていたらしい。近付いて来ない伊都と恭弥にしびれを切らしたか、薄皮がはがれるようにカマルの姿が消えたかと思うと、スライム状の不定形生物は鉛色の一塊となり巨大な弾丸のように襲い掛かる。
 まだ距離を保っていたことが、二人に幸いした。
「僕が相手っすよ! かかってこい!」
 伊都が挑発で引き付ける。ディアボロは鏡を足場に跳ね返ると、伊都に向かう鉛色の一閃と化した。今だ、と伊都はアウルを足に込め、正面から敵を迎え撃った。鏡にぶつからないよう、伊都の神速の突きは、一切の無駄な動きを排除して鋭く一点に繰り出された。だが、浅い。響き渡る、鏡を砕くような耳障りな声は、伊都を嘲笑っているかのようでもある。しかし、伊都はたじろがない。
 伊都が挑発した隙に、恭弥がディアボロの真後ろに迫っていた。
 妖刀「紅血」を動きの鈍った敵の体に突き立てる。ディアボロは慌て転げるように薄暗い通路へ逃げた。恭弥はスペツナズナイフで追撃しようと、その後を追う。攻撃をまともにくらったディアボロの動きは鈍い。まるで石を引きずるようだ。
 だが、複雑に入り組んだ迷路が、恭弥の行く手を阻む。彼が角を曲がった時、そこにいたのは無数の鏡に映る自分の姿だった。どれかが本物の鏡で、どれかがディアボロなのか。
 追いつき、中立者でカオスレートを見極めた伊都が叫ぶ
「右っすよ!」
 恭弥とディアボロの間に入り、襲い掛かってきたメタリックな腕をシールドで受ける。すかさず恭弥がナイフをディアボロの腕に叩き込み、そのまま引き剥がすと、スライムは鏡を引っかいて不気味な叫び声を上げ、溶けた鉄から腕だけ飛び出したような形で硬化した。
「やったか……」
 恭弥が呟く。

 一方、奈津とフローラの遭遇したディアボロはやや小型で、その分素早かった。鏡面に入り込めないことがわかると、床を這うように遁走する。
 フローラは束縛を与えようとするが、ディアボロが一歩素早い
 奈津の視線の先で、敵は通路の明かりを破壊しながら逃走を図る。鏡の世界が、舞台が暗転するように次々と闇に飲み込まれていく。奈津はナイトビジョンで視界を確保するが、それでも厄介になった。
 二人はディアボロを追跡する。
「一度姿を現したからには、逃がしはしないわよ」
 フローラは暗がりに呑まれた角を曲がる。すぐにまた道が分かれており、その先はどちらも破壊されたライトはない。
 どう動く、とお互いに視線を合わせたところで、右通路の奥から誰かの戦っている物音が聞こえた。奈津とフローラは物音の方向へ走った。
「チマチマしたのは好きじゃないんだけどなぁ」
 奈津とフローラの向かう先で、カマルがむうと息をつく。
 カマルとシェリアがディアボロと遭遇したのはつい先程だった。
 方向感覚が狂いそうになる迷路の中で、作成した見取り図を片手に位置を確認しているシェリアの視界を過ぎる物があった。カマルに警戒を呼びかけ、シェリアは身構える。
 現れたのは小麦の肌に、赤い瞳――フローラに見える。
「わたくしはシェリア。あなたは?」
 声をかけるが、返答はない。カマルの出鱈目な合言葉にも黙って微笑むだけだ。シェリアはもう一度声をかけながら、攻撃の態勢をとった。どう仕掛けて来るだろう、敵は。
 突如として、それは形を崩し、鏡から鏡へと飛び移った。
「建物が狭いかんな、ちっせー武器使わないとなー」
 阻霊符を使おうと思ったが、既にその必要はなさそうだ。カマルが痛打を仕掛けようとする。だが、敵は鈍色の流星の如く飛び回って厄介だ。
「鏡に貼り付いている時には相手も攻撃できない? けれど外に出てきたならば……」
 本物のフローラと、奈津が駆けつけたのは、まさにそんなタイミングだった。
「はぁい♪そっちは調子どお?」
 通路の奥から奈津の声と共にフローラの鈴がチリンと鳴る。
「鈴だ! 一緒だなー!」
 打ち合わせておいた「音での確認」が済み、フローラは改めて状況を判断する。追っていた敵よりやや大型のようだが、挟み撃ちに出来そうだ。遠くから氷昌霊符で攻撃を仕掛ける。氷の刃が閃いた。
 空中で撃たれたディアボロが鏡に貼り付いて隠れようとするのを、シェリアの異界の呼び手が絡め取った。無数の腕から逃れようと、ディアボロは闇雲に暴れる。
「動けない今がチャンスです!」
「おーし!」
 カマルの痛打が敵を打つ。身動きのとれなくなったそれは、徐々にメタリックな輝きを失い、氷炎の名を持つ小太刀で打った時には遂に動きを止めた。

 物音を聞きつけ、伊都と恭弥も駆けつけて来た。
 シェリアは書き付けていた見取り図を仲間たちに見せる。じじ、と揺らぐ明かりの中で、現在地をペンで示し、番号をつけた。
「僕らがディアボロと会ったのはこの辺っすね」
「私たちはこの辺ね」
 伊都とフローラがそれぞれ答える。
「何か規則があるんでしょうか?」
 シェリアは見取り図をじっと見た。
「……もしかして、非常口を避けてるのかしら?」
 先程から残った敵に気を巡らせていたフローラが、踵を返す。
「そうかもしれないわ」
 シェリアの見取り図から見て、非常口を避けているのなら先程遭遇したディアボロの行く先は――。フローラの意図に気付いた奈津がそれを追いかけた。ケイオスドレストをかけ、白と黒の光を纏う。見えるのはフローラの背中と、正面の鏡に映る彼女と自分……それから、伊都?
 思わず振り返る。誰もいない。
 フローラを護ろうと前へ飛び出した奈津の腕に、鏡の中から不気味な鉛色の手が伸びる。ずるり、と鏡面の薄皮がはがれた。
「もう逃がさないわ」
 奈津に這い上がろうとした敵を、フローラはSchneegeistの束縛で捕らえた。間一髪、雪の結晶が敵に絡み付く。抵抗する鉛の塊に攻撃をしかけようとすると、ディアボロに這い上がられかけた奈津が一歩早く滅光で強化された痛烈な攻撃を放った。敵に反撃の余裕を与えないよう、フローラも氷晶霊符で連続攻撃を図る。
「気持ち悪いのよぉぉぉ!……スライム系ってダメだわぁ」
 奈津は嫌そうにディアボロに掴まれた腕をさすった。スライムはそんな奈津の足元で、ガラスの破片のように皹の入った形で硬くなっている。

 鏡に取り憑く天魔は、姿を変えて人を惑わす。鏡の中の鏡に映るのは誰か――。
 非常口を避けた仄暗い通路の奥、索敵で恭弥に暴き出された最後の一体は、次々と姿を変え、しぶとく撃退士から逃げ回っている。攻撃を加えるが、素早くなかなか決定打を撃てない。迷路は、逃げられるのには実に厄介だ。
 けれど、逆に追い詰めることも出来る。
 ディアボロは、伊都に追い詰められカマルへと姿を変えた。だが、シェリアはペアの相手がどこにいるのか、ちゃんとわかっていた。カマルなら非常口の下で敵を待ち構えている。
「そっかー、明るいとこだとバレバレなんだなー」
 阻霊符のせいで鏡に入れないディアボロは、鏡面全体を覆って擬態している。明るいところでよく見ると不自然さが際立った。カマルの射程距離内に入ってしまったディアボロは慌てて暗がりに逃げようとするが、逃げ込むはずの鏡が一枚粉々に割れる。逃走先に見当をつけていたシェリアだ。そして逆側もフローラによって一枚だけ破壊される。
 眩い光を得た鏡が煌く。その明るさの中に閉じ込められたディアボロは歪んだメタリックな体に手当たり次第に周りの人物を映し込み、右往左往した。
「とどめっすよ!」
 ――そしてとうとう、黒獅子が最後の一突きを下した。

「じゃあ、皆でゴールでも目指す?」
 奈津の悪戯っぽい言葉に、散々迷路の中を歩き回った撃退士たちは即座に首を横に振る。けれど、カマルだけは元気よく答えた。
「ゆーえんちだぞ、皆で遊びたい!」
 鏡の魔性めいた空間にも、じきに彼女のような声が響くことになるだろう。暗がりに潜む者に怯えるのではなく、その神秘を楽しむために。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 黒焔の牙爪・天羽 伊都(jb2199)
 絆は距離を超えて・シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)
重体: −
面白かった!:4人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
カマル・シャムス・カダル(ja7665)

中等部1年11組 女 阿修羅
EisBlumen Jungfrau・
フローラ・シュトリエ(jb1440)

大学部5年272組 女 陰陽師
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド