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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/12/26


みんなの思い出



オープニング


 甘い匂いに包まれた、夕暮れの小さな工場の廊下に足音が響く。
 工場員は作業を終え、それぞれの帰途につこうとしていた。
 忙しく稼動していた機械が次第に熱を冷まし、一日の労働の終焉を告げる。

 廊下を歩いている白い食品用作業服の女性職員も、間もなく機械類の確認作業を終えたら施錠をして引き上げることになっていた。早く帰らねば、中学生の息子が家で夕飯を待ちわびているはずだ。製造エリアで余った牛乳を集め入れた水差しを抱え、足早に行く。
 踏み入った部屋は、この甘い匂いのクッキー工場で生産される今時期のメイン商品、ジンジャークッキーの倉庫だ。
 明日一番の出荷分はきちんとケースに収められ、廃棄分はまとめて積まれていた。倉庫の湿度が適切に保たれているのを確認し、職員はいつも通り照明を消して次のエリアに移動する。
 ――……はずだった。
 ごそり、というクッキーの山の崩れるような音が、彼女の足を止める。
 何だろう?
 振り返った女性職員は、全身に鳥肌が立つのを感じた。
 クッキーの山の向こうから何か這い上がってくる。それはカサカサとして、黒い触覚が生えていて、それでもって無数にいる――……ま、ま、ま、まさか、Gのつくアレ!? そんな!
「キャアアアア!!!」
 彼女は悲鳴を上げて再び明かりをつけた。
 だが、それはゴキブリではない。徹底的に衛生管理されたこの食品工場に、そんなものが侵入出来るわけもない。即ち、もっと厄介なもの。
 既存の生き物ではない、何かだ。
「何よ、これぇ!?」
 そこにいたのは、クッキーに針金のような黒い手足がついた無数の生き物だった。言うなれば蜘蛛。しかし、胴体は完全にクッキーである。
 実にアンバランスで、見ようによってはユーモラスにすら感じられるかもしれないが、それが大群となれば、ただただ恐怖である。ケースを越え、わらわらと沸いて出てくるようなクッキーの蜘蛛たちに、女性職員はショックでよろめきながら後退した。ケースの中から出てきた奴もいる。先ほどクッキーだと思ったものの中に、手足を畳んだこいつらがいたということだ。
 クッキーたちはあっという間に彼女を取り囲み、じわじわと寄ってきた。出入り口の前にもすでにクッキーがいる。何故か多分本物であろう足のついていないクッキーを運び出そうとしているのもいたが、ほとんどは女性職員に襲い掛かるべく、鋭い爪に似た足を威嚇するように向けている。
「ああ、嫌! クッキー工場の職員の死因がクッキーだなんて!」
 パニックになりながら息子と旦那の顔を思い浮かべる彼女の腰に、廃棄分のクッキーのケースが当たる。一番上の小ケースが衝撃でカタリと揺れた。もうこれ以上後退出来ない。女性職員はせめて一矢報いようと、腕を振り上げた。
「あっ」
 その勢いで思わず、牛乳の入った水差しを取り落としてしまう。そんな、唯一の武器なのに!
 小ケースの中に牛乳が零れ、ひたひたになってしまった。だが、今はそれどころではない。急いで水差しを拾うと、たっぷり牛乳を吸った廃棄クッキーが弾かれて床に落ちた。

 ――その瞬間、何故かクッキー蜘蛛たちに戦慄が走った。

「……?」
 牛乳を吸って柔らかくなったところに落下の衝撃を受け、クッキーは無残に崩れている。それが、どういうわけかクッキー蜘蛛たちを動揺させたようだ。
 女性職員が水差しを振り被ると、残っていた牛乳がさらに零れる。それを被った彼女の周りの蜘蛛は硬直し、その隙に出入り口に向かって突破を図った。

「誰か助けて!!」
 廊下に出て女性は叫んだ。
 そのただ事ではない雰囲気に、残っていた工場長と数名の工場員が駆けつけてくる。
「どうした!?」
「課長、どうしたんです!?」
 その疑問にゆっくり答えている暇はない。女性職員こと課長は、彼らを急かして走らせた。
「うわ、何だよアレ!?」
 新人の若い男が走りながら振り返ると、クッキーが一人で動いて廊下に這い出てきたのが見えた。
「こっちだ!」
 工場長が施錠されていない部屋を見つけ、そこに誘導する。全員が逃げ込んだのを確認して、扉のレバーを引き、ぴったりと閉めた。彼らはしばらく固唾を呑んで扉を見つめていたが、ドアの向こうで何やら蠢く気配は微かにあったものの、侵入してくることはないようだ。胸は治まらないが、一先ず撫で下ろす。
「何があったんですか、課長!」
「私にもよくわからないんだけど……」
 課長はクッキー倉庫で見たものを手短に説明した。
「と、ともかく、救助要請を……」
 工場長が電話を取り、工場員たちは身を寄せ合う。
 僅かに何かの這い回る音がくぐもって聞こえ、彼らは恐怖に震え上がった。
「すぐ助けに来てくれるかしら……」
「大至急、救助を寄越してくれるらしいが……」
 何か状況が急変した時のために電話を繋げたまま工場長が呟く。
 あの蜘蛛たちがここへ侵入してこないのは、クッキーをどこかへ運び出そうとしているためだろうか。しかし、いつ入ってきてもおかしくはない。彼らの緊張に高鳴る心臓はいつまでも落ち着こうとしないようだった。
「……よく見りゃここにも牛乳あるじゃないスか」
 新人が部屋を見回す。
 彼らが逃げ込んだ部屋は、主に牛乳を保存してある部屋だ。品質確認用の牛乳が十数本入った保冷ケースと、製造エリアにパイプを伸ばした巨大なタンクがある。
「じっとしてられないっスよ。牛乳被せたら動かなくなるんでしょ!? その隙に外に出られますって!」
 保冷ケースを開けようとする新人を、慌てて工場長が止めた。
「危険だ! ここで救助を待とう」
「オレら襲う気でここに入って来られたら、もう終わりじゃないスか! それだったらこっちのタイミングで突破した方がまだいいですって!」
「いや、きっとすぐに来てくれるはずだ。皆で助かるためにこらえてくれ。……しかし」
 新人を宥めながら、工場長はもしあの蜘蛛が外に出たらどうなってしまうだろうと考えていた。近くには商店街があり、今は夕方の人通りの多さに賑わっていることだろう。もし、そんなところにクッキーの蜘蛛たちが雪崩れ込んだら……。
「どうしてもの時は、最悪これを開放するしかない」
 工場長の視線を追い、課長ははっと息を呑んだ。
「でも、工場長、これは!」
 牛乳に満たされた巨大なタンク。これを開放したなら、この小さな工場中の床を牛乳浸しにすることが出来るだろう。だが。
「もちろん、それは最終手段だ」
 それをしてしまえば、工場は営業再開にどれほどかかることだろう。そもそも、それほどの牛乳をどうやって掃除すればいいのか。小学生時代などは一人分の牛乳を掃除しただけで、雑巾があれほど悲惨なことになったというのに。

 今にも飛び出していきそうな新人を押さえ(もちろん彼が品質確認用の牛乳をぶちまけてもそれなりに悲惨なことになるだろう)、工場の職員たちは祈るような気持ちで救助を待った――。


リプレイ本文


「ジンジャークッキーはクリスマスに大切なものなのに……」
 北條 茉祐子(jb9584)は中で天魔の蠢く工場を、金がかる緑の双眸で見つめた。クリスマスに恨みがある悪魔の仕業だろうか。静かに観察するが疑問への応えはなく、ただ冬の風が撃退士達を撫でていく。
 華桜りりか(jb6883)も桜色の瞳を工場へ向けた。
「工場を護るために頑張ります、です……」
 見た目はクッキーによく似ているということだが、はたして。
「クッキーと、クッキー蜘蛛が、いっぱい……間違い探し?」
 ヒビキ・ユーヤ(jb9420)が小首を傾げ、横で来崎 麻夜(jb0905)が頷く。
「ふむぅ……急がなきゃいけないかもだねぇ」
 工場長はこの事態に悲壮な覚悟をしているようだ。のんびりはしていられない。
「うーん。ジンジャーだけに、しょうがないね」
 などと何か言いつつ、ヴァルヌス・ノーチェ(jc0590)は息を吐いた。銀髪碧眼の美少年は今日も、この寒さの中で半ズボンから膝小僧を晒している。
 工場内に電話をして到着を伝え、その場を動かないように言うが、相手は一般人。簡単には落ち着いてくれない。彼らのところに向かうのが急務とヴァルヌスは考え定めた。
「クッキー♪クッキー♪たべちゃうぞぉ♪」
 白野 小梅(jb4012)が飛び跳ねる。少女はどさくさに紛れてクッキーをつまむ作戦らしい。

 連絡先を交換し、一同は工場の扉の前に立つ。
「一応牛乳持って警戒だけはしとこうか。出て来た場合逃がさずにすむかもだし」
 麻夜の声に、ヒビキはハリセンをぶんぶん振り回しながら答えた。
「ん、出てきたら、叩く」
「中に入ったら牛乳室まで一直線……かな? 助けに来たってことをお知らせしにいかないと」
「まずは、救助対象の、安全確保」
 黒を身に纏った少女達は互いに頷き合う。
 天魔を外に出さないため牛乳を出入り口に撒いていたりりかが、ぱたぱたと皆に並ぶ。まずはヴァルヌスが透過で中へ入り、開錠する手はずだ。そして救助と討伐に別れる。
 確認し合い、いざ突入となる。
「よぉ〜し、頑張っちゃうぞぉ」
 楽しげに笑う小梅に、りりかはこくりとした。
「牛乳で転ばないように気をつけないといけませんね……脂肪分を含んでいますので、足元、滑りやすくなりますから」
 注意を促す茉祐子の声を聞きながら、彼らは身構えた。


 工場の廊下は、静まり返っていた。だが、それが不気味だ。
 ヴァルヌスは一先ず見える範囲に天魔がいないことを確認し、りりかと同じに牛乳を出入り口に撒いてから開錠した。全員が入ったのを確認すると、茉祐子は用意しておいたプラカップに牛乳を入れて、扉の近くに置く。天魔を外に出さないことは、工場側の望みでもある。万が一の時には、更に牛乳を撒いてでも出入り口にクッキーの蜘蛛達を近づけることだけは避けなくてもならない。
「ここに近づいたらこれ、蹴ります」
 背後でかちりとオートロックが閉まる音がした。ヴァルヌスは念の為、更に阻霊符を発動する。ロックを確認するヒビキの青い目に、規則正しく並ぶ蛍光灯が映っていた。工場の入り口はまだ照明がついたままで明るい。
「ん、問題ない……サーチアンド、デストロイを、開始する」
 人の気配に気付いたか。さもなくば初めから、逆にこちらの様子を伺っていたのだろうか。カサカサという音が聞こえてくる。
 じっと廊下の奥を見つめていた小梅が、ぴくりとする。微かに何かの動く気配をとらえた。
「ニャンニャンGO!」
 箒を振り上げて飛び出す。それと同時に、廊下から押し寄せてくるものがある。その姿はまるでクッキー、いや蜘蛛そのもの、いや……。
 撃退士達は目で合図して、作戦の通りに散らばった。

「さぁ、まずはここからお掃除しようか」
 麻夜が笑う。廊下に蠢くクッキーの蜘蛛を、まずはヒビキがハリセンで叩き落した。
「逃がさないわ、逃がさないの……さぁ、遊ぼう?」
 少女達はクスクス笑いながら、息を合わせて進撃する。
 敵は数が多く、狙いやすい。小梅の箒もバンバン当たる。ただ、クッキーに見えてもこのディアボロの体はずいぶん硬いらしい。蹴散らすのは難しくないが、とどめを刺すには苦労しそうだ。
 地獄の番犬の姿をした黒い霧が、一直線に宙を裂いた。麻夜だ。
 一度蹴散らすと、様子を伺うように敵は物陰に身を潜めようとする。それを牛乳を撒きながら囲んでいき、逃走経路を少しずつ埋めていく。
「追い立てられて出て来たところが狙い目だねぇ」
 何かの隙間に入り込もうとするのを阻止する。
「ほらほら、出番ですよー」
 麻夜が牛乳を撒いている間、彼女を襲うクッキー蜘蛛には金属バットに持ち替えたヒビキがホームランをかましていた。北風の吐息を活性化させていた小梅が、それを更に吹き飛ばす。敵は壁にぶつかり、麻痺したように動かなくなった。
 電話から工場員達の落ち着かぬ様子を察していたヴァルヌスは、突破を急いだ。


 救助は廊下組に任せ、敵の討伐を行うべく一段と甘い匂いの製造エリアに向かった茉祐子は機械の間に警戒しながら立った。ここにも敵が潜んでいるのだろう。ベルトコンベアの横に転がる二枚のクッキーを見て、油断なく苦無を使い、攻撃を加える。
 ――予想は当たった。
 一つは本物、もう一つはそれを運び出そうとしていたディアボロだ。茉祐子は他に潜んでいる敵が動き出さないうちに、苦無で確実に仕留める。蜘蛛のような鋭い鍵爪が彼女を狙うが、それをかわし、素早く刃を見た目だけはさっくりとしたボディに突き立てた。
 動かなくなったのを確認し、茉祐子は急いで製造エリアを調べる。廃棄分だろう。雑多にクッキーが詰められた箱を発見すると、覆いをして台車で廊下に運び出す。
 途中、茉祐子は床に落ちていた本物のクッキーを、入り口に置いたのと同じプラカップに入れ、持参した水を注いだ。
「お水でふやけたクッキーを見て、お水でも硬直してくれたら……」
 廊下へ急ぐ。
 廊下ではりりかが、他のエリアから生き物の気配を感じて這い出てくる敵を相手にしている。
「ここは通さないの……」
 彼女の周りに桜の花弁が散り、出現した炎の球体が撃ち放たれた。
「まとめてお掃除なの、ですよ?」
 蜘蛛達は本物のクッキーを抱えており、スキル攻撃を受けた後は本物か偽物かわからないクッキーがばらばらと床に転がる。りりかは護符で風の刃を生み出し、それを薙いだ。おっとりとして、舞うように優雅だが、その攻撃は鋭い。かつぎが一瞬遅れて、たおやかに翻る。
「足がたくさんは……得意でないの、です」
 けれど、ここは守り通す。


 救助組は牛乳室にぐっと歩を進めていた。
 鉢巻と外套を翻し、次々武器を持ち替えるヒビキが道を切り開く。傘で押さえつけ仕込み針を放ち、はたまた扱いの難しいギガントチェーンを振り回して押し潰す。そして今はコックリの硬貨で壁を這うクッキー蜘蛛を撃ち落していた。そうして前方が開けたところで一歩引き、そこへ同時に麻夜が飛び込む。
「さぁ、おやつの時間だよー」
 くすりと笑うと共に、彼女の黒い翼がクッキー達を串刺しにせんと鋭く広がる。
 その激しい攻撃が止んだタイミングを見て、ヴァルヌスは飛び出した。もう牛乳室の扉は見えている。中にいる人間の気配を感じて扉に群がっていたディアボロを撃ち、まずは救助を待つ人達に声をかけた。
「お待たせしました、撃退士のヴァルヌスと申します。 危ないですから、扉を閉めたまま、今しばらくその場を動かず、待機していてください」
 丁寧で落ち着いた口調に、安堵の声が扉越しに聞こえた。けれど、若い男の声はなおも焦った様子がある。
「あと少しだから待っててねー♪」
 麻夜も追いつき、精一杯安心させるように明るく声をかけた。
 ヒビキは小梅も先に行かせ、残って炎の球を放つ。
「こんがり、焼けてみる? ……それとも、灰になる?」
 更に廊下に置かれた発送用のクッキーのダンボールに蜘蛛達が侵入するのを見て蹴散らした。なおも近くで蠢く敵に、ヒビキはおもむろに持ってきた青汁やコーラを取り出すと、蜘蛛に暴かれたダンボールの中の本物のクッキーを浸し、廊下に放る。奇妙な色になって崩れるクッキー。蜘蛛達は理解できずに戦慄する。
 ヒビキは満足げに浸さなかったクッキーをかじった。
「ん、美味しい……勿体無かった?」
 怯えた敵を挟み撃ちにするように麻夜が戻ってくる。
「(女性の)傷害未遂、(クッキーの)強盗、略取・誘拐、(工場の)業務妨害、住居侵入、そして何より(見た目の)詐欺による罪により有罪判決……私刑として、串刺しの刑に処す!」
 きりっと言い放つ。
 ここは一先ず大丈夫だろうか。ヴァルヌスは一旦ヒビキ達に任せ、他のエリアへ向かった。商品にダメージが入らないように廊下へ誘き出して駆除しなければならない。製造エリアで残りの敵を探す茉祐子と合流し、機械を傷付けないよう気を払いながらまずはこのエリアから潰していく。
「クッキーを焼くのも食べるのも好きだけど、こういうのは遠慮したいかな」
 全て外に追い立てたと確認すると、りりかに告げ、彼女が出入り口に牛乳を撒いた。

 この分ならじきに、問題なく討伐を終えられるだろう――誰もがそう思ったその時だった。
「駄目だよ!」
 麻夜の声が廊下に響いた。


 救助が来てくれて、これで一安心、クッキー蜘蛛達の気配も遠ざかっている。牛乳室の中で工場員達が、もう帰れる、そう思った時だった。
 まだ手付かずだった販売エリアから蜘蛛達が廊下に雪崩れ込み、牛乳室の扉を引っかきだした。おさまりかけていた恐怖が爆発する。
「落ち着け、大丈夫だ……」
「もう待ってられねえよ!」
「! 待て!」
 新人の工場員が牛乳を持って飛び出してしまった。
 気付いた麻夜が叫ぶ。工場長が新人を慌てて引き戻そうと追いすがる。だが、すでに敵に囲まれて戻れない。
「閉めて」
 ヒビキが牛乳室の中で青ざめる課長達に言う。もう工場長達が戻るのは難しい。課長ははっとして、蜘蛛が彼らを追うか迷っているうちに扉を再び閉めた。待っていてと言った先ほどの撃退士達の言葉だけが、彼女を恐慌から救っていた。
 工場長達を、黒を纏った少女達が後ろにかばう。麻夜の羽根が敵に舞い降りて氷結し、動きを止めるものもあったが、廊下という限られた空間でどれほど続けていられるか。牛乳を持った新人は敵を目の前にして身動きとれないでいる。
 そこで、箒で蜘蛛を叩いていた小梅が走り寄って来た。
「よぉし、任して!」
 そして、一箱持ってきた本物のジンジャークッキーを……バリバリ齧る!
「にゃははは、愚かなクッキーどもめぇ」
 更に、アーススピアを活性化させ、クッキー蜘蛛達が近づいてきたところを突き刺す。思惑通り、クッキー蜘蛛達は狙いを小梅に変えた。小梅はそのまま更にクッキーを齧って蜘蛛達を煽り、倉庫へと誘導する。
 その間に声を聞きつけたヴァルヌスが戻ってきた。
 工場長達を引き受け、小梅の作った退路を守りながら護衛していく。
 残っていたクッキーの蜘蛛がそれを追おうとしたところに、ヒビキが雷打蹴を食らわした。
「そっちじゃない、こっち、だよ?」
 敵がヒビキに襲いかかったところを、瞳を青くした麻夜が氷結した黒羽根でまた覆い尽くす。
「ふふ、お休みのお時間だよー」
 ゆっくり、おやすみ……と動きをなくしていくクッキーを見つめる。
 硬貨を時雨で撃ち込みながら、ヒビキは微笑んだ。
「この程度じゃ、足りない……もっと、遊ぼう?」

 ヴァルヌスが救助者を引き連れて戻ってきたのを見て、りりかは脱出の時間を作らなければならないと悟った。
 まだ射程に入る前に炸裂陣で蜘蛛達を薙ぎ払い、茉祐子に事情を連絡する。そして、出来る限り建物を傷付けないようにと思いながら、敵の攻撃を振り払い、更にもう一度爆破した。
 茉祐子はすぐに廊下に戻り、苦無でヴァルヌスとりりかを地道にサポートする。
 それは、りりかが鳳凰召還を活性化させるには十分な間を与えてくれた。彼女は鳳凰を呼び出し、クッキーを誘導するべく集めて帰ってくるように指示する。
 りりかと茉祐子は協力し、工場長達のために道を開いた。ヴァルヌスが彼らを護り、出口まで導く。
 工場長は震える手で扉を開くと、まず新人を外に押し出し、続いて自身も出来る限り素早くすり抜ける。そして慌てて再び閉めようとするが、一体のディアボロが外へ逃げようとした。
「!」
 気付いたりりかがすかさず茉祐子が置いておいたプラカップを引っくり返した。牛乳が流れて、蜘蛛が怯んだ隙に扉を閉める。

 撃退士達はほっと胸を撫で下ろした。


 これで、あとはディアボロを駆逐するのみ。
 りりかは鳳凰の集めてきた蜘蛛を討ち、茉祐子は台車に乗せた廃棄分のクッキーに敵が紛れていないか、試しに先ほどふやかしたクッキーを落としてみた。
「怖がって飛び出してこないでしょうか?」
 狙いは当たった。先に刷り込まれた牛乳ほどではないにしろ、効果はありそうだ。飛び出してきた蜘蛛達に茉祐子は水をかけた。
 倉庫では小梅が、元気いっぱいに暴れている。
 ニャンコ・ザ・ズームパンチで巨大な猫が出現し、襲いくる敵を肉球ラッシュが打ち砕く。
「にゃっはははは」
 気分は悪の魔王ごっこ。クッキー達をせせら笑い、動きが鈍くなったところを踏み潰す。依頼にかこつけて遊んでいる。そして隙を見て、本物のクッキーをツマミ食いだ!
 敵を見たら即攻撃。うっかり本物のクッキーだったら食べてしまえば証拠隠滅、というわけだ。
 ヴァルヌスは販売エリアから敵を誘い出す。
「仲間想いなのかな? でもそのクッキー達は君達の仲間じゃ、ないんだ」
 予測防御で攻撃をガードし、カウンター気味に攻撃をくらわせる。
「ごめんね。美味しくいただきたいのは山々だけど、これがお仕事だから」
 翠と漆黒のメタリックな色が光った。


 残存のクッキー蜘蛛達がいないか調べながら、ヴァルヌスは出来る限りてきぱきと工場内の後片付けをした。特に牛乳は出入り口を中心にそれなりに広がっている。小梅も敵の探索を手伝う。もっとも彼女は今日焼けたばかりのさくさくのクッキーをつまむ方が真の目的かもしれない。
「大丈夫……です?」
 怪我人がいないか探していたりりかが見かけた小梅に声をかける。ちょうど割れてしまったクッキーを食べていた小梅はしーっと指を立て、りりかにもクッキーを差し出す。りりかはくすっと笑って、そのおすそ分けを貰った。

「ふふ、皆喜んでくれるかな」
「ん、皆で食べる」
 ほくほくしながら麻夜とヒビキも、この件で廃棄にせざるをえないクッキーをお土産に貰った。

 所謂「あとでスタッフが美味しく頂きました」というやつで、めでたしめでたしだ。
 少し牛乳くさい工場も、無事にクッキーを家庭へ届けられることだろう。外ではジンジャークッキーに似合いの雪が、ちらちらと舞っていた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
夜闇の眷属・
ヒビキ・ユーヤ(jb9420)

高等部1年30組 女 阿修羅
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB
彩り豊かな世界を共に・
ヴァルヌス・ノーチェ(jc0590)

大学部7年318組 男 アカシックレコーダー:タイプA