●
『私が私でなくなる前に、太陽が闇に飲まれぬうちに!』
天草 園果(
jb9766)がレコーダーを再生する。もしやかなり恐ろしい敵ではと警戒し、ヒントになればと通信記録を借りてきたものだ。
集まった撃退士たちは、依頼内容とその音声から改めて現場の状況を把握した。即ち、その尋常ならざる様子と、敵サーバントの数の多さを。
「一匹見たら百匹はいるって? ……まるでゴキブリだね」
ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)が依頼概要を見ながらぽそりと呟く。
「今回のサーバントは幻惑を見せるのかな……? 応援要請した人の口調おかしかったしね……」
双城 燈真(
ja3216)が自らに問うように言うと、日下部 司(
jb5638)がそれに応じるように、これも一瞬の精神攻撃に入るのかなと首を傾げた。
「状況を聞く限り痛々しい感じだけど、まぁ僕的には割と平気かなぁ」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は明るく言ってみせる。何せ彼はアイドルグループ所属で演技もばっち来いとのことだ。だから結構シチュは楽しめると思うわ、物理的に痛いのはやだけど……などと呟きつつ、一行は現場へ向かった。
「まぁ行ってみないとわからないよね……、俺もおかしな事言わない様に気を付けよ……」
燈真がふうと息を吐く。
辿り着いた廃屋は物音もなく、静まり返っていた。
「個体そのものの戦闘能力自体がそれ程高くないらしいのは救いだけど、嫌な予感しかしないな。気を引き締めてかからないと……」
司が中の様子を窓の隙間から覗き込む。
救助を要請した撃退士たちは玄関先でぐったりと、辛うじて阻霊符だけ発動して座り込んでいる。援軍の到来に喜んだものの、自分がまた何を言うか! とばかりに口を閉ざしたままだ。
そこへ、少し遅れて咲魔 聡一(
jb9491)が現れる。
「芝居がかった口調が恥ずかしいと申すなら! そもそも芝居なのだと思えば良いのだ!衣装と気持ちを整えたらそこは舞台の上! 如何な口調であろうと可笑しくなどない!」
そんな彼の格好はまるで王子様である。
「なに、心配はご無用! 僕達が来たからには必ずや彼奴らの首を取ってお見せしよう!さあついてきたまえ同士諸君! ハーハハハハ!」
舞台上の沙翁俳優さながらにマントを翻し、その力強い勢いのまま先陣を切って廃屋に進み行く。もちろん、まだ敵の影響は受けてはいない。
その後を追う竜胆が、茶目っ気たっぷりに仲間を振り返る。
「んでは――いざ参ろうか、勇敢なる騎士達よ」
●
中へ入るのと、彼らが金切り声を聞いたのはほぼ同時だった。
リビングへの扉を開きざまに司が剣を振り抜き、扉に一点集中して向かってきていた敵を封砲の黒い光が蹴散らす。
黒い妖精の姿をしたサーバントは吹き飛び、動かなくなった。
残りは潜んでいるのかしんと静寂が降り立ち、その間に撃退士たちは一階と二階の二手に分かれる。
二階へ上がった仲間を見送り、一階に残った司、竜胆、園果は辺りの気配に気を配った。竜胆は生命探知を使い、肩を竦める。
「あー、うようよいるねぇ。数多いのが面倒だわー」
ドアに穴の開いた部屋にもまだ少しと、風呂場にも隠れているようだ。だが、閉ざされたもう一部屋が最も警戒すべきらしい。竜胆の答えに、司は奇襲を受けないよう身構えた。
不意打ちは避けなければならない。ならばいっそ。
「寧ろ僕が不意打ち行っきまーす♪」
竜胆は軽やかに最後のドアを開け放ち、室内へ深く燃える炎を放った。炎はたちまち辺りを飲み込み、しかし天魔だけを焼こうと燃え盛る――!
「黒き小さき死神達よ、我が劫火の中、黄泉へのダンスを踊るがよい」
きりっと言い放つ。もっとも、わざとなのですぐに含み笑いしてみせた。
その間に司がまだ敵の上に焔のくすぶる部屋の中へ飛び込む。わざと敵を引き付けるように。そこへ園果が闇に身を包み、薄暗い室内へ滑り込んだ。
サーバントたちは物陰へ隠れ、怒った様子で司を狙う。
園果はハイドアンドシークで気配を殺し、そっと倒れたテーブルの陰に潜んだ。園果に次の攻撃の準備が整うまで、司は敵の注意を一手に引き受ける。
他の部屋に潜んでいた敵が一匹また一匹、鬱陶しい羽虫のように飛んできた。出入り口で構えていた竜胆が大剣を振り回し、それを地道に切り捨て、ふと呟く。
「あ、何かそろそろ来そう」
精神のざわつくその異変を、室内で司も感じていた。一番注意すべきは戦闘不能に陥る悲観だ。司はテンションがハイに振り切れるように、あえて大声を上げた。
「皆、これは聖戦だ! ここで我らが敗北しては、全ての民に悲劇が降り注ぐことになってしまう。剣を取れ! 銃を取れ! 恐怖は勇気に、絶望は希望に変えるのだ!」
まるでお伽噺の英雄のように、勇敢に剣を振るう。
潜む園果は心の中でだけそれに返事をし、応えるように司の前で群れをなす妖精に向かって花火のような爆発を引き起こした。
それはまるでファンファーレだった。竜胆の言葉を借りれば、ドラマチックタイムの始まり☆といったところだろうか。負けていられないとばかりに、竜胆も攻撃を放つ。
「凍てつく輝きよ、闇に染まった哀れな存在を貫くのだ!」
部屋の中ではまた園果の放った爆発が響く。それが収まると、下がっていた司が再び剣を振り上げた。その間に園果が再び攻撃の準備をする繰り返しだ。
妖精たちはキィキィ声を上げ、彼らの精神を乱す不穏なオーラが場に満ちてくる。
止まない襲撃に竜胆が少し押され、部屋まで下がった。
何せ数が多すぎる。園果が敵を凍てつかせ、あるいは眠らせ、劣勢とまではいかないものの、妖精たちが集合すればあっという間に彼らは囲まれてしまった。
それは実際の何十倍もの闇の渦の只中に取り残されたような錯覚を彼らに起こさせた。
「……兄さん、助けて……」
園果は思わず崩れ落ち、亡き兄に呼びかける。部屋を縦横無尽に飛び回る妖精の羽が、気配を殺した園果の長い髪にかすった。
「諦めるな! 例えここで我らが潰えても我らの行いが次へ繋がる布石になるはずだ!」
司が叫び、翔閃で素早く敵を切り裂く。包囲網を突破し、竜胆と共に壁を背にするように集まる。
一匹の妖精が彼らに向かって飛び掛って来る。やられる! そう思った時、竜胆が腕を広げてその前に立ちはだかった。
「危ない! 我が友よ!」
「砂原先輩!」
爪がわずかに腕にかすり、竜胆は致命傷を受けたかのように崩れ落ちた。思わず声を上げながら支えようと腕を伸ばす園果に微笑む。
「……ああ、我が身ならば心配いらぬ。汝を喪うことに比べれば、この身など神に捧げてくれよう」
そして、何かを悟ったように震える手で携帯電話を取り出し、コールした。電話に出たはとこに、息も絶え絶えに呼びかける。
「……我が麗しきはとこ殿よ。我はもう貴女の紫水晶の瞳に映る事は叶わぬかもしれぬ……」
映画のクライマックスさながらだ。
竜胆の作ってくれた間に盾を呼び出した司が、前に出て攻撃を防ぐ。しかし、盾を弾くような複数の体当たりを受け、体勢が崩れて背にした家具に肩を打った。
「くっ、なんと強力な攻撃だ……この傷では助からないかもしれないな。しかし次に繋がる者たちの為にも抗わせてもらうぞ、ここが私の死に場所だ!」
司が叫ぶ。それを見た園果の目にも決意が宿った。
「ここで逃げてしまったら……私は戻ってしまう。昔の私に。何もできなかった頃の私に!」
逃げ出しそうな心を叱咤し、潰れそうな気持ちを強く持ち直す。
「それに、今の私は兄さんだけじゃない。他の人にも支えられた――」
きっとサーバントを見据える。
「――撃退士なんだから!」
それを嘲笑うかのようにキィキィ声を上げるサーバントを前に、園果は鏃を自らの太ももに突き刺した。痛みを力にもう一度立ち上がる。
「天魔……人類を、無礼るなッ! 私たちは! 決して負けない!!」
園果の腕から放たれた闇の力が一直線に敵を討つ。
「光よ、我が同胞の痛みを癒し給え!」
竜胆が最後の力を振り絞るかのようにライトヒールで園果の傷を癒す。
彼らの希望の炎は潰えていなかった。
●
一方、燈真、聡一、ヴァルヌスもサーバントと対峙すべく二階を探索していた。
軋む床を踏み抜かないよう飛行している聡一から微かに爽やかで甘酸っぱい香りがする。
半ズボンの美少年の姿をしたヴァルヌスが二人の仲間に気弱げに追った。
「戦うのは苦手で……。いざという時は、守ってくださいね」
上目遣いで、礼儀正しく控えめに呟く。
「ああ、心配することはない!」
王子姿の聡一が力強く答える。
二階も廊下は静かなものだったが、部屋にいよいよ近付こうという時、燈真が首を傾げた。
「何だか翔也の様子がおかしいな……なんと言うか戦隊モノのラストシーンみたい……」
彼のもう一つの人格が、彼の頭の中でしきりに話している。どんな悪が出てこようとも俺たちは負けない! などと先走る『翔也』に燈真は困惑していた。
聡一が前に立ち、扉を開ける。
「さあ! この咲魔聡一が来てやったぞ雑草どもめ! 貴様らの悪行もこれで終いだ! それが嫌なら精々、いもしない神とやらにでも祈るんだな!」
大仰に言い放つ聡一の眼前に、一斉に物陰に移動する黒い影が見えた。それと同時に異様な精神のざわめきが三人を襲う。
燈真は気付いた。壁に穴がある。敵は既に壁の薄い場所をぶち抜き、一箇所に集合していたようだ。
どす黒い闇のような気配が、彼らを包み込む。
そこで突然、気弱な美少年が姿を消し、翠と黒のメタリックでメカチックな悪魔が部屋に跳び入る。
「こそこそしてないで出てきたらどうだ! この旋風の翠星ヴァルヌスが相手になるぞ!」
本来の姿に戻ったヴァルヌスだった。無駄にカッコいいポーズをビシィっと決める。
挑発に誘われたか、妖精たちが四方から襲い掛かる。燈真は脆くなっている床に気をつけて飛翔し、浮遊しながら刀を構えた。そして、
「俺はお前達の存在を認めない! この蒼き名刀雪村でお前達を滅する!」
口をついて出た言葉に燈真自身が戸惑う。
「……何を言ってるんだろ俺……?」
奇妙な気分の高揚が場に満ちている。
聡一はむしろそれを逆手にとるように気分を上げ、声を張り上げた。
「さあ、踊ろうではないか!」
素早い天魔の動きをスキルで予測し、攻撃を仕掛ける。妖精は金切り声を上げて床に落ちた。だが、数が多い。
床を蹴って立ち向かえば軋みは一層ひどくなり、踏み抜きそうになる。落ちかけたヴァルヌスは急ぎリンドウルムで飛び上がりそれを回避した。
「卑劣な罠か! 狡い真似を!」
仰々しく敵に言い放ち、銀色の剣を突き出す。それを避けようと飛び回り壁や床に激しくぶつかる妖精に部屋がみしみしと音を立てた。
「くっ、建物が倒壊したら、皆死んでしまう! やれるのかボクに……いいや、やるんだ!」
聡一はあえて敵に接近し、刺突攻撃で動きを小さく、かつ確実に討つべく挑みかかった。柱などに当たらないよう注意を払う。
妖精の鋭い牙を予測回避で避けた聡一の叫び声が響いた。
「この僕の命! 貴様らに散らされるほど安くはない!」
だが敵の数の多さにスキルが切れる。
燈真が攻撃を刀で食い止める間に、聡一は長槍に持ち替える。命中の高さと射程の長さを狙ってのことだ。屋内では扱いの難しいそれを器用に操り、敵を仕留めようと構える。
しかし、近くの物陰に潜んでいた天魔が、その懐に飛び込もうと爪を翻す。それを切り落とそうとした燈真の腕を、間一髪切っ先を避けた妖精がかすった。
燈真の脳裏にある光景が蘇る。彼の赤い目に涙がこみ上げた。
「お前達は俺の幸せを二度奪うのか! やらせない……やらせはしないぞー!!」
過去の悲劇に気持ちを支配され、燈真は妖精に雪村を振りかぶって突撃する。妖精を一刀のもとに切り伏せ、キッと見据えた。しかし、きりがなく次第に妖精が彼をかすっていく。燈真は悔しげに吼えた。
「こんな奴らに手間取るなんて撃退士失格だ! かくなる上はお前達もろともー!」
何と自ら床をぶち抜き、死なば諸共。一階へ転落する。
――そして、物音に驚いて顔を出した園果たちに謝り、再び二階へ戻る。彼は何ともなかったようだが、少なくともサーバントは数匹巻き込んだらしい。
長槍を構える聡一も天魔に押され、動揺の色が見えてくる。
「くっ……や、やるではないか……」
焦りと死への恐怖が聡一の中で膨れ上がる。自らの心に追い詰められた聡一の導き出した結論は――即ち、殺られる前に殺る!
「おのれ……殺される前に殺して! 殺して! 殺し尽くしてくれるッ!」
王子はまさに悪魔然として、長槍を突き立てる。
激しくなった攻撃に妖精たちも怒りを増し、無謀な特攻を繰り返し始めた。
戻ってきて聡一と共に構えていたが、あまりの猛攻に体勢を崩しかける燈真。
危ない――! ヴァルヌスが身を挺し、死角から燈真を襲う妖精の体当たりを受ける。
「くっ……こんなの掠り傷だ……! ボクに構わず、行くんだ!!」
実際掠り傷なのだが、燈真はヴァルヌスを案じて号泣した。
「あぁ! 俺のせいでこんな致命傷を! 俺に回復能力があれば死なせずに済むのに!」
雪村を手に敵を睨み付ける。そして天魔の群れに飛び込んだ――!
ヴァルヌスも立ち上がる。傷を追っても弱気にはならない。何故なら彼には生きなければならない理由があるのだ。
「こんなところでくたばれるかものか! 娘が結婚して、孫をこの手に抱くまでは……、たとえ首がもがれようと、死ねないんだ!!」
彼の体が薄緑に輝き、向かい来る天魔に疾風迅雷の攻撃を叩き込む。
追い詰められ一所に固まった妖精たちを、風のアウルを纏った聡一の一撃が薙いだ。激しく揺すぶられる精神が攻撃の方へ固まった今、彼らにもはや敵はない――。
●
「ご無事で何よりです、姫」
竜胆が跪いて、園果の手の甲に恭しくキスをする。
サーバントを退治し終わり、ようやくドラマから降りられたばかりの園果は面映げに引き結んだ口元ではにかむ。
「無事終わって良かったですね……」
「フッ、中々の強敵であったが……僕達の息の根を止めるにはまだ遠く及ばなかったようだな」
聡一がマントをなびかせ、台詞を諳んじるように言う。曰く、この服装で普通に喋る方が恥ずかしいんです……放っといて下さい、ということだ。あくまで勇猛な王子様のまま、聡一は廃屋を出た。
外では先に出ていた燈真が『翔也』と何やらもめている。何でああした! と時折声が漏れる。まだヒーロー物の余韻が残る『翔也』と大喧嘩の最中のようだ。
最後に、討ち零しがないか残って確認を済ませていたヴァルヌスが後始末を終え、何事も無かったかのように気の優しい美しい少年の姿で出てくる。
そんな仲間たちの様子を見ながら――司はひっそりと自らの言動を記憶の彼方に葬り去った。