「では撃退士に依頼すると良いのでは?」
数々の飲食物が持ち込まれた教室でマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は何一つ手を付けず、議論を展開していた。
「撃退庁とか、企業とか。フリーランスの方々だっている訳ですし‥‥。数は揃うでしょう」
だが彼女の言葉は誰の耳にも届いていなかった。撃退士達は各々持ち込まれたものに手を伸ばし、思いつくままに案を上げていたからである。
「眠くなるのを防止‥‥あれですかしら? 針を突き刺すとか、鞭で叩くとか、地下室にある様々な道具を使用するとかいう、とても古風な‥‥方法?」
頭の上に疑問符を浮かべながら耐久法を提示したのはエミーリア・ヴァルツァー(
ja6869)だった。だが隣に座る(正確には隣に座られてしまった)東城 夜刀彦(
ja6047)が怯える様に首を振る。エミーリアにとって義理の弟に当たる人物である。テーブルの下では東城の服の裾を掴み、仲睦まじさ(?)を周囲に示している。
「義姉さん‥‥それたぶん拷問って言うんだと思うけど‥‥」
「まぁ‥‥あれが拷問というものですの?私、答えを間違ったり、睡魔に負けてうつらうつらとした時は、よく家庭教師に手を鞭で叩かれましたけれど‥‥」
「確かに痛みで眠りを覚ます方法は昔からあるけど‥‥できるだけ傷つかない方法がいいな‥‥」
昔の事を思い出したのか俯き目頭を押さえるエミーリア、東城は慌てふためき更に隣に座る(正確には気付かない内に隣を取られた)アストリット・シュリング(
ja7718)に助けを求める。だがアストリットもアストリットで別のものに気をとられていた。テーブルに置かれたおにぎりである。
「ほぅ‥‥握り飯か」
エミーリア同様テーブル下で東城の服の裾を握りつつ、片手でおにぎりを器用に食べていく。だが半分程食べ進めた所で顔色を変えた。無言のまま額にはうっすらと汗を浮かんでいる。東城が湯飲みを渡すと、アストリットはそれを一気に飲み干した。
「‥‥我には無理であった‥‥」
顔を紫に染め上げつつ、アストリットは東城に食べかけとなったおにぎりを託す。
「いっそ劇物的な食べ物でも食べながら行けば、嫌でも目が覚めるのやもしれぬな……」
糸の切れた人形のように眠りにつくアストリット、そして渡されたおにぎりを口にした東城もうめき声を上げたのだった。
アストリットと東城、倒れた二人を満足げに見ていた参加者が三人居た。おにぎり製作者である雀原 麦子(
ja1553)、刺激物での目覚めを提案する影野 恭弥(
ja0018)、自家製デスソースを持参した鳳 静矢(
ja3856)である。
「やっぱり検証も必要だと思わない?」
何かと物言い気な顔で東城とアストリットを見る雀原、その惨劇を見る他の参加者に更に準備したものを勧めていく。
「好きなのを取っちゃってね★」
雀原は満面の笑顔を浮かべる。だが好んで手を出すものはいなくなった。静かになったところで影野が提案する。
「要するに眠気を覚ませばいいんだろう。唐辛子でも口に含んでおけばいい、やり過ぎない程度にな。 レモンや梅干し、まあ刺激物ならなんでもいいと思うけどな」
スマートフォンを弄りながら、影野は一人無表情のままで水を飲む。それに対し鳳は影野とは少し違う考えを提唱した。眠くならないために刺激物を使うのではなく、寝ている人物を起こすために刺激物を使うというものである。
「これを寝ている一般人の口に突っ込んで刺激で目を覚まさせるのはどうか?」
鳳が荷物から小袋を一つ取り出す。袋の表紙には火を噴いている擬人化された唐辛子が描かれている。いかにもという絵だった。
「‥‥ちなみに、試しに飲み物にデスソースを入れてみたのだが、目が覚めただろうか?」
鳳は周囲を見回すが、雀原のおにぎり事件以来飲食物は警戒されていた。誰も手をつけそうにない状況を打破するためにも鳳が自ら水に手を伸ばす。本来半透明のはずだが赤い粉末がコップの底に沈殿し、鳳が手を取ると同時に水全体へと巻き上がり赤黒い色へと変えていく。
「ふむ‥‥どんな感じか?」
参加者全員の期待と好奇心を一心に浴びながら、鳳はコップを煽る。変色した水が四度に分けて鳳の喉を通過、水が通るたびに喉仏が上下に動いている。そして四度目、全てを飲み干すとともに鳳は全身から汗を滝のように流し膝から崩れ落ちる。
「‥‥この場合‥‥最優先すべきは医者だな‥‥」
倒れる間際の鳳の言葉は誰にも届かなかった。
倒れた鳳の処遇を巡り、アーレイ・バーグ(
ja0276)と氷雨 静(
ja4221)が立ち上がる。鳳を起こすためである。だがこの二人は方法が異なっていた。アーレイは服を脱ぎ、氷雨はフライパンとおたまを取り出したのである。
「要するに眠気を覚ませば良いんですよね? ということで用意しました!」
颯爽と服を剥ぎ取るアーレイ、上着を脱ぎインナーを脱ぎ、露出度を上げていく。そして現れたのはほぼ紐となったマイクロビキニだった。
「眠っちゃいけないと思えば目なんて覚めますよ! これを着て病院に運ばれるところとか想像してみてください。男の人は‥‥こんなのどうでしょう?」
その姿に真っ先に反応したのは鳳ではなく星杜 焔(
ja5378)だった。持参したカレーライス弁当をかき込む手を止め、アーレイの姿を見入る。
「これ着て倒れたら末代まで語られますよね‥‥というわけで私は対睡眠魔法衣装を対抗策として提案します!」
たゆたゆの胸をぷるんぷるんと揺らすアーレイ、その姿に星杜は別の事を考えていた。
「コツはね、アドレナリンを出す事だね〜興奮して目が醒める妄想をするのだよ〜」
カレーライス弁当を食べるために使ったスプーンを握ったまま語り続ける。
「まず可憐な女性を思い浮かべるんだよ〜次に好みの服を着せてね〜最後に散弾銃を装備させんだよねぇ〜」
星杜は妄想は留まる事を知らない。更にあらぬ方向へと展開していく。
「コツはね、アドレナリンを出す事だね〜可憐な女性が散弾銃を抱えて敵に弾をブチ込むんだよ〜飛び散る弾、弾ける天魔‥‥萌えるよね〜」
一人で違う世界へと逝ってしまった星杜は再びカレーライス弁当を飲み物のように胃に流し込み始める。我に返ったアーレイは肌寒さを感じていた。
「目は覚めますけど‥‥暖房入ってないと寒いですねぇ‥‥」
そう呟くのだった。
一方で氷雨はフライパンとおたまを頭の上に掲げていた。
「警察も医者も集団催眠もどれも機能不全に陥れば怖いですね。でも要はみんなを起こしてしまえばいいのでしょう?」
これから何を行うのかを察した参加者達は一斉に耳を塞ぐ。だがそれより早く氷雨が動いた。
「そこで私は提案します。古来より目を覚まさせることに使われた伝家の宝刀」
両手に僅かに力を入れ、肺に溜まった息をゆっくりと吐き出す。
「おたまとフライパンです!」
宣言と同時に氷雨は両手に握るおたまとフライパンをかき鳴らした。手で押さえた鼓膜の上からも音が響く。そこで氷雨は両手を再び降ろす。
「天魔の術ですから、通常のおたまやフライパンでは無理でしょう。そこでV兵器としておたまとフライパンを開発するのです!」
「十分兵器じゃねえか」
月詠 神削(
ja5265)が思わず言葉を挟んだ。
「現場レベルで考えてみるんだ。そんな兵器が開発されれば俺達撃退士の方にも被害が及ぶ。第一見ろよ、この現状を。V兵器じゃなくともこれだけの威力を出しているんだぞ」
月詠に視線が集まる。しかしその視線にはどこか冷ややかなものが含まれているのを感じていた。
「お、俺、間違ったこと言ってないよな?」
確認を求めるように月詠は周囲を見回した。だが誰も一言も発しない。そして話を戻すかのように氷雨は再度おたまとフライパンの兵器化を推し進める。
「アウルの力によって増幅・変調された騒音で皆を目覚めさせるのですよ。よって、京都に向かう撃退士にはV兵器おたま&フライパンの携帯を提言します!」
拍手が起こった。日谷 月彦(
ja5877)だった。
「実に的確な発想だ。V兵器開発にも新たな一石を投じる事になるだろう」
手放しの賞賛を送る日谷、だがその口元には不敵な笑みがあった。
「だがそれで本当に目覚めるだろうか‥‥不不不‥‥」
急に場が静まり返る。隅の方では柊 夜鈴(
ja1014)が一人缶コーヒーを飲みながら外を眺め、小難しい話になる事を悟ったのか鬼無里 鴉鳥(
ja7179)は船を漕ぎ始めている。
「‥‥まぁ正直な話。此処で論じた所で意味はないんですけどね」
沈黙を破ったのはマキナだった。
「もう究極、敵を打ち倒すしか術がないのではないのかと」
日谷は何も言わない。代わりに珠真 緑(
ja2428)が立ち上がった。
「カッフェを用意しなおすわ」
テーブルの上に置かれたティーカップをかき集める。
「とりあえず皆にカフェイン摂取させればいいんじゃない?」
慣れた手付きで集めたティーカップを集め、殊真は一度部屋を退室。そしてゆっくりと時間をかけて部屋へと戻ってくる。
「そんな生き急がないで、ゆっくりいきましょうよ。日本人はせっかちだわ」
配りなおされるティーカップ、それを一口含み佐藤 としお(
ja2489)も宣言する。
「僕は思うんだ、眠い時は眠い。だからこそこう提案したい!」
佐藤はどこからともなく荷物を取り出す。それは枕だった。
「眠いなら寝てしまえっ!」
佐藤は突如床で横になり、頭の下に枕を敷いた。
「普通にその辺に寝ちゃうとすぐさま天魔に襲われて即昇天なんてことになりかねない。だから、手近な公民館とかに避難して、起きた時にすっきりお目覚め即戦闘が出来るように快適な睡眠をとる様にしよう」
佐藤の言葉に同意するものもいた。鈴蘭(
ja5235)である。
「寝る子は良い子、良く育つ子、って言葉があったよねー?」
鈴蘭の案は二つあった。一つは鈍器で寝そうになったものを起こす、そしてもう一つが素直に寝るというものである。
「はうー、眠いときは素直に寝ちゃうのが健康にはいいんだよー?」
案その一には最低二人一組にならなければいけないという欠点がある事を鈴蘭自身も理解していた。だがその二には欠点がない。寝袋、アイマスク、耳栓、さらには快眠用のアロマがあれば申し分がなかった。
「あとはアラームがあれば猶良しだな」
二人はすっかり熟睡モードへと移行してしまっていた。
その二人の笑顔を微笑ましく眺めつつ、アレクシア・フランツィスカ(
ja7716)はノートに書き留めていく。そしてそのノートには参加者数名の名前が記されている。今日見つけたアレクシアお気に入りの美男美女の名前だった。
「眼福眼福」
口には出さないように心の中で留めつつ、久遠ケ原学園での美男美女豊作具合をほくそ笑んでいた。
「‥‥う〜む、はてさて‥‥」
石田 神楽(
ja4485)も睡眠魔術による影響を考えていた。特に自分の身の回り、学生全般での事である。
「全員寝ていて授業数や単位が不足して休日に登校‥‥なんて嫌でしょうね〜」
そんな笑えない事態が石田の脳裏を過ぎる。そして首を振り頭に沸いた疑念を払いのけ、対抗策をひねり出した。
「瞼をテープで固定してみたらどうでしょう。昔知り合いに実践させて一応効果があったと聞いています」
「結局気合いって事‥‥?」
相変わらず部屋の隅を定位置としながら柊が小さな声で尋ねる。石田はいつもの笑顔を浮かべながらも首を傾げるしかなかった。
やがて日は傾く。西日の差し込み始めた教室で続いて討論されていた内容は『京都出身の撃退士による調理人部隊の設立』だった。
「ボクが問題視するのは『料理人』、つまりは『食』の問題だね」
桐原 雅(
ja1822)が声高に説明するのが食事に関するものだった。
「確かに、そんなのは自分達で料理をすれば問題無いって言う人もいると思う‥‥でも、せっかく京都に居ながらその土地の名物料理を食べられないなんて状況は戦う上での士気に大いに関わってくる問題なんだ」
桐原の考えするものも二名いた。楠 侑紗(
ja3231)とフェリシア・リンデロート(
ja7423)である。二人とも少しずつ考える所は微妙に異なっていたが、根本となるところは食べ物ということで一致していた。
「お料理をしている人が途中で寝てしまったら、大変です。火事になりますし、何よりせっかくの食べ物が勿体無いです」
楠が警戒するのは火事と腐食である。
「そのまま駄目にしてしまうのはあんまりなので誰かが火の元を確認するついでに、回収してきた方が良いかと思います」
大規模作戦を前提に楠は自分の役割を考えていた。腐食から始まる衛生状態、健康状態の悪化は間近に迫る大規模作戦に際して冗談ではなく本当に差し迫った問題だと楠は考えていた。
「警察や医者もそうですが、消防の問題は更に深刻だと思います。 万一火でも出れば‥‥いえ、それは万一ではなく十分に起こりうる事態です」
フェリシアが考えていたのは火事の先、消防に関してだった。
「事故や不始末で火が出れば、それは瞬く間に大火となり、昏睡中の人々や貴重な文化遺産を次々と嘗め尽くしていく事でしょう。人が昏睡状態にある今、防火も消火もできず‥‥祈るしかない状態です」
フェリシアの考えていた事は今回の舞台が遺産の多い京都ということだった。日本の神々八百万、それらに対抗するためにはスリーマンセルの必要性を仮説を立てて真面目に議論している。
反面フェリシアとは違う形でアプローチを試みたのは雫(
ja1894)だった。
「天魔が後方支援や救助者の運搬をする人々を眠らせて困っている? それは、無理に有効範囲に行こうとするからだよ」
消防を始めとする後方支援には実際に戦闘する人間と同様に多くの人手が必要となる。だが雫は根本的に考え方を変えていた。
「逆に考えるんだ「人が行かなくてもいいや」と考えるんだ」
雫は更に説明を続ける。
「睡眠魔術の範囲内に物資の輸送や昏睡者の運搬を人以外がすれば良いのです。案として救助犬や犬ソリを活用したり、ベルトコンベヤーを範囲外から伸ばしていけば安全です」
言い終わると同時に手近な紅茶カップへと手を伸ばす。だが紅茶と見間違えて烏龍茶に雫は一人涙目を浮かべる。その様子を見ながらラグナ・グラウシード(
ja3538)は一人悩んでいた。ラグナはこれまでとは全く違う仮設を立てていたからである。
「その魔術が空気中に何かねむくなる物質を撒く‥‥というモノなら、アレだ。気密性の高い、防護服とか宇宙服とかを着ればいいのではないか」
誰がそんなものを準備するのかを聞かれる前にラグナはまた別の説を提唱する。
「‥‥いっそのこと、重度の不眠症の者だけで隊を構成する、というのもあり得るな。効果があった際、意外と喜ばれるかもしれん!」
一人納得するラグナ、彼は他の参加者がいなくなるまで自分の説を解説し続けていた。