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マスター:八神太陽
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:10人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/03/14


みんなの思い出



オープニング

 西暦二千十二年二月、魚頭町の市場会議室では三回目となる討論会が行われていた。議論は漁の継続、市場の責任補佐である中西と隣の市にある魚腹海洋大助教授の松原による話し合いである。
「漁ができないのであれば我々は生きていけない。漁の停止なんて条件が飲めるはずが無い」
 二階の会議室、中西は備品のテーブルを指で叩いていた。会議前に煎れて貰った茶からは既に湯気が消えうせている。だが今の中西には茶のお代わりより目の前の若輩者が消えてくれる事が嬉しかった。
「だれも停止とは言っていない。休止です」
「どう違うというんだ」
「調査が終われば再開できます。このままでは天魔の策略である可能性が高い」
「いい加減にしろ」
 中西は拳をテーブルに叩きつけた。そして立ち上がり人差し指を助教授に向ける。
「お前さんの事は知らんが、俺はこの町で生まれ育った。外は知らんが町の中の事なら目を開き耳を傾けている」
 激昂する中西に対し、松原は淡々と自論を展開する。
「中西さん、貴方の言う事は分かります。そしてこの町に対して愛情を注いでいらっしゃる事もこれまでの話し合いで理解したつもりです。しかしですよ、逆に言うと貴方はこの町以外の事には無頓着だ。天魔がどれ程恐ろしいのか分かっていない」
「面白い冗談ですな。助教授殿のおっしゃる恐ろしさはどれも絵空事ではないか。天魔が人を殺害する、人を攫う、それは分かる。だが天魔が人を飼うというのは理解できない」
「おっしゃる意味は分かります。ですが事実なんです。私は人を集めるために意図的に魚を養殖していると考えているのです」
 松原は一枚の写真を取り出した。中央には鯛が一匹映っている。
「先月中旬に撮影したものです。産卵期を越えたにも関わらず身体に脂が乗っています」
「確かにおかしいな。冬前の鯛に見える。だが写真だと分からんな、本物を見せてもらいたい」
「更に言えばここの魚とは限らん。養殖すれば全部似たような体系になる。大体助教授殿が釣った魚は密漁、その魚に証拠能力があるとお思いか?」
「無いですよ。だから被害が出る前に止めようとお願いしているんです。魚が釣れる事で今一部の観光客が魚頭町に来ています。中には天魔被害が無い事から避難してきている人もいます。天魔の狙いはこうして人を集める事なんですよ」
「だから助教授殿のおっしゃる仮説は大半が証拠の無い推論だと答えているんです。そんな調査に何ヶ月も飯の種を失っていれば、餓死するものがでますよ。私はここにいる漁業組員全員の命を預かってるんです。調査調査と大義名分を持ち出すのは結構ですが、誰が私達の保証をしてくれるんですか」
 どちらも折れない平行線の会議が続く。何の結論も出ないままに二人は市場を去った。そしてその夜に市場で暴動が発生する。首謀者は松原、周辺のチンピラを雇っての市場乗っ取りだった。


リプレイ本文

 港の方でも昼過ぎには動きがあった。海へと調査船を出した撃退士達が不満に漁師達に追われていたからである。
「とりあえず巻けたか」
 色とりどりのコンテナが数多く置かれた港脇の荷物置き場に撃退士達は逃げ込んでいた。秋月 玄太郎(ja3789)、向坂 玲治(ja6214)、守前 飛香(ja5230)、神城 朔耶(ja5843)、松原との交渉用に船を出し海に出た四人である。
「追手はいない。数は多くとも一般人ってことだな」
 向坂は手で日差しを制し、置き場の入り口を確認する。若い男が付近を見回しているが他の男達の姿はまだ無かった。
「クーラーボックスは?」
「よかったら私に持たせてもらえませんか」
 神城が真剣な表情で尋ねる。
「アストラルヴァンガードですから守るものは得意です」
 四人は調査出港に際し何人かの漁師に船を出してもらえないか頼んでいた。しかし魚を下ろす場所が無いからという理由でかなりの漁師が首を縦に振らない。市場の開放を優先すべきというのが彼らの言い分だった。そんな折に助けてくれたのが斉藤という漁師だった。
「それに私が釣った魚ですから」
「そうだね。僕が釣った分は奪われちゃったし」
 守前は腹の底から恨みの声を搾り出した。
「極秘裏に動いたつもりだったんだけど」
「中西さんには連絡しておきましたけど、既に抑えきれなくなってますね」
「市場を占拠されて数日経過した。人質はいないが漁師にとっては両手を奪われたようなものだからな」
 秋月は左頬をなでる。船を降りる際に待伏せていた漁師に一発殴られた場所だった。その後斉藤の船は漁師達によって占領、たまたま別に抱えていたクーラーボックスだけ持ち出しに成功している。
「今更悔いても仕方ない。具体的な対策までは頭回らなかったからな。かなりやばい雰囲気になったことが直に感じられただけでも収穫だ」
 マイペースを崩さず向坂は話す。
「それじゃクーラーボックスは頼む。こっちは適当に漁師の相手してストレスのはけ口になっておくさ」
「交渉成功しても、このままだと松原さん背中から刺されそうな感じだよね。中西さんには報告しても今の様子見ると抑え切れない気がする」
「やりすぎないようにしてくださいね」
 神城がクーラーボックスを抱える。そしてコンテナの隙間を通り抜けていく。
「このままじゃ強行突入しても一波乱あるかもな。どっちがチンピラかわからねえよ」
 置き場の入り口には先程まで追いかけていた漁師達が集まり始めていた。

 影野 恭弥(ja0018)は松原との電話を切り、佐藤 としお(ja2489)に連絡を繋げる。
「交渉はかなり難航している。松原は頑なにこちらの提案を受け入れようとはしない」
「魚は釣れたそうですよ」
「一匹二匹増えた所で中西が納得できるとは思えない。どうせなら学園経由で市場の営業停止ぐらいのカードをもってこい、だそうだ」
「そこまでやれば中西さんも応じるしかないでしょうね。でも教師陣は誰も乗ってくれないでしょう」
 佐藤は空を仰いだ。
「強硬手段の事は」
「ご丁寧に人数まで教えてくれた。下に七名、階段に一名、二階に二名。来るなら夜間から夜明け前に尋ねて来い。ノックを三回してくれたら開けるそうだ」
「舐められているんですか、僕達は」
「遊ばれている印象はあった。実際に攻めてくる事はない、そんな感じだった」
「とりあえず嘘がないか調べて見ましょう」
「できるのか」
「一階は不明ですが、二階の会議室はカーテン閉められて無いんですよ。それなりの銃があれば狙撃だってできますよ」
「そんな銃がない事を知っているって事か」
「どうでしょう。ただ突発的に起こした犯行にしては計画性を感じます」
 石田 神楽(ja4485)が駆け寄ってくる。
「厄介な事が一つ起こりました」
「何です?」
「テレビ局が来てるんです」

 同時刻港の正面シャッター前にUCAと描かれた白のワンボックスカーが止まる。ピンクのスーツに赤のピンヒールを履いた女性が一名、背中にUCAと大きく描かれた揃いの青ジャンバーを着た男性が二名車から降りる。図書館帰りのグラン(ja1111)と周囲の下見に来ていた風鳥 暦(ja1672)が三人に話を聞きに入った。
「ここで何を撮るつもりですか」
「何って撃退士さん達の活躍よ。これから突入するんでしょう」
 さも当然の事のように女性は話す。
「申し遅れました。私はウオハラケーブルテレビアナウンス室の八木と言います」
 女性は名刺入れから二枚名刺を取り出し、グランと風鳥にそれぞれ一枚ずつ握らせる。
「ひょっとして撃退士の方ですか。他の方と雰囲気が違いますよね。突入前にインタビューさせてもらっていいですか」
「その前にこっちからも一つ、誰からここの事を聞いたの?」
「匿名の電話があったの」
「男? それとも女?」
「男性だったわね。年はとってるみたいだったけど背後から笑い声聞こえてたから冗談かもしれないと思ったんだけど、知人に電話したら市場の様子がおかしいって聞いたからね。あなた方もこの近くの?」
 右手から音が聞こえる。横目で確認すると、スタッフジャンバーの男の一人がグランと風鳥に向けてカメラを回している。もう一人の男がマイクを二人の上空に向けて伸ばしている。
「私達は偶然立ち寄っただけだ」
 グランは名刺を女性に突き返し、風鳥の手を取って早足で歩き始める。
「いいんですか、逃げちゃいますよ」
 男性の声が背後から聞こえてくる。それに八木の声が続いた。
「いいのよ。こんな時期に偶然立ち寄るわけ無いじゃない」
「尾行しますか?」
「いらないでしょ。撃退士相手に体力勝負するなんて無駄。ここで張ってればきっと来るわ」
 グランと風鳥は何も言わずに足を速めて行った。
 
「行くなら裏口からの方がいいと思う」
 夜になり、撃退士達は市場近くの食堂に集まっていた。突入作戦を練るためである。
「問題のドア見てきたけど難しい鍵じゃなかった。多分開けられる」
 風鳥が昼間市場周辺で見てきた事を他の参加者に伝えていく。
「正面から行くっていうのも考えたけど、テレビ局が来てる。裏口からなら狭いし同時に入ってくる事は制限できる」
「テレビ局?」
 秋月が疑惑の声を上げるが、グランが同意する。
「私も八木と名乗るアナウンサーとスタッフ二人に会った。ケーブルテレビという事だったから地名度は高くは無いだろうが、頭が回るというのが私の印象だ。既に裏口の存在は調べているだろう」
「やっぱりあれはテレビ局の車だったんですね」
 佐藤が複雑な顔を浮かべた。
「厄介な事にならなければいいんですが」
「誰が通報したんですか?」
「男性の声って言ってた。年はそこそこって事だったよ」
 風鳥の言葉に秋月が全員の顔を見回した。たまたま石田と目が合うが、彼はいつもの笑顔で否定する
「私じゃないですよ、この中では最年長ですけど。可能性があるのは中西さんか松原さんじゃないでしょうか」
「それなら風鳥さんから話聞いて中西さんにも確認したよ。漁師に襲われた報告もしておきたかったし」
 守前が言葉を挟んだ。
「結果は?」
「違うと言ってた。取材は仕事の邪魔になるから好きじゃないらしいよ」
「となると松原さんか」
 影野は電話の声を思い出す。
「確かに声は落ち着いている。年をとった印象を与えるかもしれない」
「でも何のために。報道陣のせいで逃げ道無くなるぞ」
 向坂が疑問を口にする。
「単純に逃がさないためじゃないですか。罠しかけてるとか」
「自慢の罠を披露させるのか?」
「記録に残すためというのはどうだ」
 秋月が一つの仮説を上げた。
「これで少なくとも俺達は手下を殺害できない。死亡させれば俺達の責任問題になる」
「手違いでも?」
「手違いの無いように峰打ちにしておいた方がいいと思うぞ」
「銃使う人ならゴム弾貸しますよ。用意してきていますし」
 佐藤が言うと、石田と守前が手を上げる。
「私も一つお願いします」
「僕借りておくよ」
「それと俺も手下は逃がすつもりだ。依頼内容は松原の逮捕、それ以外は関知しない。その方向でいいか」
 影野が全員に問う。反論は無かった。
「ところで防空壕は?」
 思い出したように石田が尋ねるとグランが答える。
「戦時中の文献によると、裏手の山に古寺があるらしい。そこの井戸と繋がっているようだ」
「今でも使えるのか?」
「神主が戦争で死亡している。息子が一人いたようだが徴兵されて帰ってきていない」
「つまり今は無人と」
「そうなるな。井戸の手入れもされていないだろう」
「だが使えないかどうかは確認した方が良いのでは無いでしょうか」
「それなら夜の内に確認してこよう。場所はメモしておいた。念のため誰かついて来てくれ」
「俺が行こう」
 向坂が名乗り出た。
「短時間だが火を作り出せる。ペンライトだけじゃ物足りないだろう」
「それは助かる」
 グランが礼を言う。
「では私はその間市場を監視しておきましょう。向こうに動きがあるかも知れません」
 石田の声に反論は上がらない。やがて作戦会議は終わり、グランと神城が山へと向かっていった。

 グランと向坂が戻ってくる来たのは夜明けと同時に撃退士達は突入した。作戦通り風鳥が開錠を試みる。五分後確かな手ごたえと共に機械音が響く。
「使いますか?」
 佐藤が手鏡を差し出した。
「ありがとうございます」
 風鳥は手鏡を受け取り、扉の隙間にそれを差し込む。
「こっちから来るの予想されてたみたい。でも気付かれてる様子はないわね」
「内訳は」
「重機に乗ってるのが二人いる。それと柱の影でも何か光ってる」
「刃物と見た方がいいですね。用意しておいてよかったです」
 グランは唐辛子と胡椒を混ぜた煙玉を取り出す。そして風鳥と場所を入れ替わった。
「三秒前から行きます」
 グランが振り返り、全員の顔色を確認する。そして再び向き直った。
「三二、一」
 グランが投げると同時に扉の前から身を避ける。風鳥と秋月が素早く扉を潜り抜けていく。続いて影野と向坂が中に入って行った。
「破っ!!」
 風鳥は真っ先に向かったのは煙玉で狙われなかった方の重機だった。エンジンをかける前に咆哮で乗っていた手下を降ろす。そしてフォークリフトの鍵を抜き、乗れないようにワイアーで罠をしかける。
 一方秋月は無音歩行で柱に近寄り、包丁を持ったチンピラを発見。すぐに叩き落し拾い上げる。
「逃げたければ逃げろ。天魔以外と戦う気は無い」
 それだけ言葉を残し、秋月は二階へと向かっていく。
「残り七名」
 佐藤と守前が煙玉の直撃を食らった男をゴム弾で撃ち落す。そして影野が鍵を奪い取った。
「見えない敵がいるな。防空壕の方を確認してくる」
「お供しましょう」
 グランと神城は防空壕へと向かい走り出した。やや遅れてテレビ局のクルーが市場の裏口に現れるが、無言で石田がカメラの前に立ち塞がった。
「見世物じゃないんですよ」
 カメラは回っているもののクルー達はそれ以上何も言わない。そして二階から風鳥の勝ち鬨の声が上がる。
「松原さんを捕えました」
 向坂が正面のシャッターを開ける。久方ぶりに市場に朝日が差し込んだのだった。

 松原は二階の会議室で椅子に縛り付けられた。事情を一度聞こうと多くの漁師が会議室に向かうが石田が彼らに待機を命じる。
「ここに天魔を誘き出し、貴方の大切な人たちを骸に変えてしまえば、その考えは覆りますか?」
 笑顔で放たれた一言に漁師達は一斉に静まる。。
「ならば代表して俺だけ話を聞かせてもらえないか」
 中西が一歩前に進み出るが、石田はこれにも反対した。
「あなたを前にしては、松原さんは本音を口にしてくれないかもしれません。それに私はあなたの行動を全面的には信用していません」
「防空壕の中を見させてもらいました」
 グランが石田から言葉を引き継いだ。
「私はここ数年誰も足を踏み入れていないと思っていた。しかしいざ入ってみれば足跡がいくつか残っている」
「医療品の置かれた棚が荒らされていました。誰かから盗まれたのでは無いでしょうか」
 神城が言葉を続ける。
「管理不行き届きの疑いがあります。警察沙汰にするつもりはありませんが、私達は全面的にあなたを信用する事はできません」
 漁師達が同情の眼で中西を見つめる。中西も引き下がるしかなかった。

 一方二階では松原が暴挙に出た理由を撃退士と警察に訥々と語っていた。
「魚頭町の異変に気付いたのは秋の終わりぐらいだった。俺も自分で釣りに行った時に他の客が大勢来ていたんだ。そしてほとんどの釣り士が大漁だったんだ」
 撃退士達は何も言わない。松原は言葉を続ける。
「魚というのは無尽蔵に釣れるわけじゃないんだ。必ず限りがある。そこで怪しいと思ったわけだよ。だがね、何匹か魚を釣っても証拠は掴めないんだ」
 松原の語り口に熱が篭る。
「異常の原因は一つしか考えられない」
「天魔ですね」
「そうだ、水揚げ高を調べた。秋口から徐々に増えている。だが異常の証拠は見られない。代わりに気になった事がある。治安が悪くなったことだ」
「チンピラが増えたそうですね。中西さんが嘆いていました」
 風鳥が相槌を打つ。
「感情は感染する。チンピラがチンピラを呼んだんだよ。漁師の中にも暴力的な連中が増えているだろう」
 守前は昼過ぎに漁師に追われた事を思い出し、静かに頷いた。
「漁師にも監視をつけていたのか」
「つけていなくても分かる。毎晩零時頃にシャッター叩きに来るんだ。昨夜は窓に石を投げ込まれたよ」
「成程。ストレスは感じているからな」
「海に証拠が無いと踏んだ俺はディアボロかサーバントを探そうと思ったんだ。候補者は秋口にこの町に移住してきた人間だ。だが簡単に尻尾を出すはずが無い。そこで芝居打ったわけだよ」
 松原が息を吐いた。
「怪しい人間を三人に絞った。片山、衣笠、桑原。この三人が占拠後も裏口を使って出入りしている。誰かと通じているのだろう。この三人を探せ」
 松原はそれだけ言うと警察に連行されていく。階段を降りる時に中西とすれ違うが互いに何も声をかけない。撃退士達はその背中を見送るのだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
Silent Candy Girl・
更科 雪(ja0636)

中等部1年12組 女 インフィルトレイター
天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
撃退士・
風鳥 暦(ja1672)

大学部6年317組 女 阿修羅
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
秋月 玄太郎(ja3789)

大学部5年184組 男 鬼道忍軍
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
守前 飛香(ja5230)

高等部3年27組 男 インフィルトレイター
夜を見通す心の眼・
神城 朔耶(ja5843)

大学部2年72組 女 アストラルヴァンガード
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト