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マスター:八神太陽
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/03/01


みんなの思い出



オープニング

 西暦二千十二年某所競馬場、一人の男が入り口で右往左往していた。近藤孝之、主な職業は家具等の輸入代行である。そしてもう一つの顔が去年ようやく認められた馬のオーナーであった。馬の名前はコンドハルガクル、近藤が三歳の栗毛牝馬である。
 戦績は正直よくは無かった。新馬戦では二着と検討は見せたものの、その後は三着二回五着一回と奮っていない。引退させるかどうかの決断を新年明け初レースである今週末に伸ばしていた。だが問題が発生した。そのコンドハルガクルが競馬場に到着していないのである。
「それなら一昨日に出発しましたよ」
 留守を預かった調教師の見習いによると、既に馬を乗せた輸送車は出発。高速道路のインターに向かったとまで連絡は受けているという。
「先生も雪を心配していらっしゃいましたけど、高速道路に乗れば除雪はしっかりしていますから。途中でドラマのロケやってると聞いてますし、それのせいで渋滞できてるんじゃないですか?」
「そんなものなんですかね」
「みんな娯楽に飢えてますからね。前検量には間に合いますよ」
 見習いは心配しないようにと言ってくれるが、近藤の中では焦りだけが高まっていく。そして学園に依頼を求めるのであった。


リプレイ本文

 撃退士達は焦っていた。山に入った時から何者かの気配を感じていたからである。
「轍から追うのは無理があるな。他にも何台か車が通っている」
 影野 恭弥(ja0018)が周囲の地形を確認しながら先頭を進んでいた。撃退士達の進む道には雪が残っており、幾つかの車の轍が残っている。
「他の道を通ったというのはどうでしょう?」
 御堂・玲獅(ja0388)が周辺の地図を見ながら尋ねる。
「ルートとしては他にも幾つかかあります。車の通りが多いのに、これまで目撃証言が無いというのが気にかかります」
 撃退士達が山入りしたのは昼前だった。その頃はまだ天気が良かったものの今はガスが出てきている。加えて道幅が広くないと悪い条件が整っているにも拘らず車の往来が稀にある。イアン・J・アルビス(ja0084)が確認した所、ドラマの見物客や道具等の輸送車らしい。
「確かに目撃証言が無いのは気になりますね」
「だがカーナビでの反応はこの辺りだ。他の道では一キロほど西になってしまう」
 新田原 護(ja0410)はコンパスを取り出し、御堂の広げた地図を覗き込む。そしてカーナビの反応地点と自分達の位置、迂回ルートを順に指で示した。
「学園で確認してきたがこの西のルートも三年ほど前に作られたものらしい。カーナビによっては表示されなかったのだろう」
「輸送車のカーナビにも?」
「可能性の話だ」
 新田原は周囲を一度見回す。
「それにしても、まだ見張られているのか?」
「見張られてる」
「見張られているな」
「見張られているわね」
 影野とイアン、大崎優希(ja3762)と感知持ちの三人がが声を揃えるように答える。
「それは信頼性があるな」
 モハヤ(ja0844)が苦笑した。
「だが喜ばしくは無いな。ほぼ確実に誰かに見られているわけだろ」
 モハヤは荷物を背負いなおす。学園から借りてきた除雪用のシャベルや信号弾が詰められたリュックである。イアンと二人で分けて背負っているが、それでも相当な重量になっていた。
「攻めてこないものを気にしても仕方ないさ。それより先を急ごう」
 竹林 二太郎(ja2389)も学園から借りた簡易担架を背負っていた。運転手と調教師が負傷していることを想定しての事だった。
「問題は馬だな」
「それに関しては竹林さんにお任せするしかないでしょう。救急病院と動物病院には連絡入れておきました」 
 楠 侑紗(ja3231)が右手を見つめる。落下防止用のガードレールが続いているが、カーブの部分など一部の部分に取り付けられていない。楠の心配はそこにあった。
「対向車だ」
 影野が他の撃退士に注意を喚起する。
「御堂、頼んでいいか」
「任されました」
 一礼をして御堂は一歩進み出る。そして車にも分かるように腕を上げた。やがて一台の車が止まる。若い夫婦が乗っていた。
「すみません。この辺りで馬の輸送車見ませんでしたか?」
 夫らしきドライバーは露骨に残念そうな顔をして教えてくれた。
「それかどうかは分からないけど、さっき馬の鳴き声が聞こえたよ」
 撃退士達は一斉に顔を見合わせた。
 
「これだな」
 教えられた位置から数メートル、影野が見つけたのは崖側に向かって伸びる轍だった。
「ブレーキを踏もうとしたのか、はっきりと轍が残っている。崖先が不自然にえぐれているのは輸送車の重量に耐え切れなかったせいか」
「下には何か見える?」
 大崎も崖の下を覗く。
「らしきものは見えるね。問題の輸送車かどうか分からないけど」
 雪に紛れた崖の下では緑の物体の姿が垣間見えた。
「降りて確認した方がいいと思う。どっちにしてもここからじゃ救助も出来ないし」
「自分が行こう」
 立候補したのは新田原だった。
「登攀は陸上自衛隊高等工科学校に習得した。ロープを貸してくれ」
「頼んだ」
 モハヤが積荷からロープを投げて渡す。
「こっちの端はガードレールに結んでおく。安心して行ってきてくれ」
「すまない。そっちも気をつけろ」
 新田原は言葉少なにロープを身体に巻きつけ、一気に崖を降りていく。
「手馴れたもんだな」
 感嘆の言葉を竹林が漏らす。思わず新田原の動きを見つめていた。そこに横からイアンが声をかける。
「天魔です」
 竹林はおもむろに後ろの様子を伺う。背後に迫っていたのは犬か狼のような姿をした敵だった。
「手分けしましょう。ここを放置してロープを切られるわけにはいかない。ここは僕が守ります。皆さんは一旦下に」
「輸送車確認した」
 タイミングよく崖下から新田原が叫ぶ。
「運転手さんと調教師さんはどうですか?」
「車が横転している。人手が足りない。誰か来てくれ」
 新田原の要望に影野、御堂、モヘヤ、大崎そして竹林が降りていく。イアンと楠がここに残った。
「救急車を呼ぶにしても、ここまで誘導しなければいけません。敵がいるなら私も応戦します」
 状況を察したのか、楠は百科事典を手にしていた。
「車の交通整理も必要でしょう。まだ車も通るでしょうから」
 その言葉には強い意志が込められていた。
 
 崖の下では雪に覆われた木々の隙間に吸い込まれるように輸送車が横転していた。撃退士達からはちょうど車体の裏側を見せた状態である。
「車体から黒煙が上がっている。恐らく落下の衝撃で駆動系に負荷が掛かったのだろう。かなり危ない状態だ」
 先に下りた新田原が状況を簡単に説明する。
「運転手と調教師は?」
「まだ見ていない。運転席も相応の被害を受けているとは思う。馬の方もだ」
「それじゃ私は運転席の方を見てきます」
 御堂は言うや否や車体前方へと駆け出した。
「希も行きますねー」
 大崎が御堂に続いた。一方で後部にはモハヤと竹林が向かう。
「馬の鳴き声が聞こえたというのが気になるんだ。逃げ出したんじゃないかって気もしてね」
「だったら俺達は周囲を見回ろう。天魔が潜んでいる気がする。人手がいるようなら呼んで来れ」
「道具は一旦置いておく。必要そうなものを持っていってくれ」
「それじゃ発炎筒だけ預かっておく」
 影野と新田原も移動を開始した。

「運転手さん発見したよー」
 大崎が影野と新田原を呼びに向かったのは、撃退士達が散開してすぐの事だった。だが二人を待っていたのは身体が座席とハンドルに挟まれている運転手だった。
「意識はあるか」
「かろうじてですね。窮屈な姿勢を強いられているせいで血流が悪いみたいです」
 治療箱片手に御堂が答える。
「もうちょっと隙間を広げられれば助けられそうなんですけどね。このままでは凍傷になるかもしれません」
「何とかしてみよう。それと調教師については?」
「助手席側のドアが外れていたので投げ出されたか助けを呼びに言ったかだと思います」
「調教師さんは荷台の方だ」
 モハヤが息を切らし駆け寄ってくる。
「馬の方が心配になっただったらしく、荷台の馬のそばに寄り添った状態でさっき見つけた。意識ははっきりしているが指も動かせない。救急車が来られる位置まで担架で運ぶ。誰か手伝ってくれ」
「馬の状態は?」
「見た目的には異常は無かった。詳しくは専門医に見せるしかない」
「そっちに希が行くよ。力仕事は得意じゃないし」
 やがて救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
「崖の所は俺が背負う」
「了解だよ」
 二人は颯爽と去っていく。
「こっちも何とかするか。テコの原理で隙間を作ろう」
「除雪用のシャベルを間に挟むか、取ってこよう」
 影野が荷物を取りに向かう。すれ違いざまにモハヤと大崎が担架に年配の男性を乗せて通り過ぎていく。
「こっちも助けますからね」
 御堂が祈るように運転手に語りかける。
「必ず助けます」
「そうだ。救い出してやる」
 運転手は僅かに笑顔を作った。二人にはそれが喜んでいるのか嘲笑ってるのかまでは判断できなかった。
「シャベルだ」
 いつの間にか戻ってきた影野がシャベルを差し出す。
「少し身体を左右どちらかに寄せてくれ」
 運転手は顔を歪ませながら首を右側へと曲げる。そして出来た隙間に影野がシャベルの柄を挟んだ。
「イチニのサンで行くぞ」
 影野と新田原がシャベルを握る。それぞれ自分の力の入れやすい位置を確かめた。
「イチニのサン」
 車体が揺れた。運転手の表情が再び歪む。額からは汗が噴出している。御堂がガーゼで丁寧に汗を拭き取っていく。
「もう1回行くぞ。イチニのサン」
 再び車体が揺れる。僅かながら座席が押し出された。
「今だ。引き釣りだしてくれ」
「待ってください。まだ足が挟まっているようです」
「角度を変えて何とかならないか?」
「やってみます」
 運転手が悲鳴を上げた。血液がたまっているのか足首には紫の斑点が帯状に広がっている。
「これ以上動かすのは危険な気がします」
「俺が何とかしよう。ここをしばらく頼む」
 影野がそっと手を離す。三度車両が軋むが、新田原が辛うじて支える。それを確認して影野はダガーを取り出した。
「足のそばに突き刺してこじ開けるぞ」
 言うや否や影野はダガーを刺し込む。そしてゆっくりと隙間を広げていく。すぐさま御堂が隙間に手を入れた。
「ゆっくりと足を動かしますからね」
 患部に触れないように御堂が運転手の足を引き抜く。そこに先程調教師を運んだモハヤと大崎が戻ってくる。
「手伝える事はありますかぁ?」
「今ちょうど運転手さんを救出した所です。こちらの方も搬送をお願いします」
「分かりましたー」
 二つ返事で大崎とモハヤは運転手を簡易担架に乗せ、再び崖の上まで連れて行く。
「後は馬か」
 一息つき新田原はスコップを引き抜いた。だが休む間もなく荷台から爆発音が響く。遅れて竹林と一頭の馬が駆け抜けていく。
「逃げろ。ガソリンに引火した」
 竹林が叫ぶ。
「どこかから漏れていたんだろう。今はとにかく逃げるぞ」
 竹林は片腕に荷物を入れたリュックを背負い走っていく。馬はそんな竹林を気遣うように併走する。影野、御堂、新田原もそれに続いて走っていった。
 
 撃退士達が道路に戻ってくると、狭い山道は救急車と消防車でごった返していた。
「火が見えたので、消防の方にも連絡しておきました」
 楠が状況を説明する。
「道が狭いのでイアンさんに交通整理をしてもらっています。依頼人の近藤さんにも連絡を入れておきました」
「近藤さんは何と?」
「競馬は止めるということでした。出走取り消しの手続きをしたそうです」
「それは申し訳ない事をしたな」
「でも踏ん切りがついたとおっしゃってましたよ」
 楠はゆっくりと話す。
「自分にはやっぱり競馬は向いていない。自分の名前も入れたこの馬以上に愛着が持てる気がしないということでした」
「本人が割り切ったのなら部外者が口を出すべきじゃないか」
 モハヤは大きく息を吐いた。
「知り合いに牧場やってる人がいるので相談してみるということでした。暇を見て会いに行くそうですよ」
 楠は空を見上げる。いつしか周囲のガスは晴れ、上空には一面の青空が広がっていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
守護司る魂の解放者・
イアン・J・アルビス(ja0084)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Drill Instructor・
新田原 護(ja0410)

大学部4年7組 男 インフィルトレイター
撃退士・
モハヤ(ja0844)

大学部4年301組 男 鬼道忍軍
学園の先輩・
竹林 二太郎(ja2389)

大学部6年149組 男 ルインズブレイド
雪の城主・
楠 侑紗(ja3231)

大学部3年225組 女 ダアト
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト