転移装置を越えた先で参加者達を雪化粧で白くなった道路と縄張りとしていると思われるホームレス達だった。
「久遠ヶ原学園から派遣された礼野という。この辺りの方だろうか」
装着した携帯スパイクの感触を確かめながら、礼野 智美(
ja3600)が集まった人垣に話しかける。
「今回はあなた方にも迷惑を掛けます。なるべく周辺には被害を出さないように配慮するつもりです」
初対面の相手という事もあり丁寧な対応を心がけたつもりの礼野だったが、ホームレス達は挨拶を返すだけで動かない。
「何か話したい事でもあるのでしょうか」
礼野がホームレス達に問いかける。
「あなた方がこの辺りを住処にしているという話は聞いています。何か約束事のようなものがあるならそれに従いますが」
礼野が言葉を変えて尋ねるが、ホームレス達は何も答えない。そして会釈して去っていった。
「変な態度だったねぇ〜」
無畏(
jc0931)は仲間の顔を見る。
「知ってる顔でもあったのかなぁ〜」
「それは考えすぎでしょう」
橋場 アイリス(
ja1078)は否定しつつも首を傾げる。
「警察との関係を疑われたのでしょうか」
「そういえば立ち退きで揉めているとか話があったな。だが今回の天魔との直接の関係は聞いてないぜ」
天険 突破(
jb0947)は去っていくホームレス達の姿を見つめている。
「聞いておきたい事があるのなら俺が行くぞ」
天検は無畏の顔を見る。
「直接的には関係ないかも知れんが、全く知らないってことはないだろうしな」
「足跡もあったらしいしねぇ‥‥」
黒百合(
ja0422)は思い出したように呟く。だが天検は提案するが礼野は否定する。
「逸る気持ちも分かるが少し自重して貰えないか」
礼野にも懸念材料があった。地面を覆っている雪である。これまでの依頼を通じてどのようなものか少しずつ経験してきている礼野ではあったが、まだ克服したと言うには少し遠かった。
「天魔の姿を確認していない事もあるが、戦闘がどの程度長引くか分からない。まずは彼らを安心させてからにしよう」
白い息を吐きながら礼野は気温に身を慣らしていく。
「確かに亡骸を寒空の下で放置するのも気が引けるか」
礼野の言葉に天検は坊主としての自分を思い出す。
「経の一つでも上げねばなるまい」
天検が合掌すると、他の五人もそれに倣った。そして敵の対応へ三人ずつ分かれて行った。
「人間の犯行の可能性もありますが‥‥」
始めに偵察に入ったのは橋場、天検、無畏の三人だった。橋場と無畏はそれぞれ上空から、天検が地上から区域を見張る。続いて黒百合とアイリス・レイバルド(
jb1510)が陰影の翼で上空から二匹目の探索に入る。だがレイバルドはどう動くべきか悩んでいた。生命探知に一体しか引っかからなかったからである。
「本当に一体だけなのでしょうか」
事前情報とは少し異なる展開に橋場は躊躇していた。
「気になる事はある」
答えながらレイバルドは地面へと目を向けている。そこでは田所がまだ雪の中で大の字に広がっていた。しかし雪は田所から流れた血を吸い上げ四方八方へと赤く染まっている。
「人間とは不思議なものだ。どんな生き方をしていても血は赤い」
そう語りながらレイバルドは持参したデジタルカメラを地面へと向ける。
「誰が血の色を決めたのか疑問に思うよ」
独り言のように呟いた言葉ではあったが、それは橋場の耳にも聞こえていた。
「誰だと思いますか」
橋場が尋ねる。だがレイバルドは首を振った。
「疑問はあるが結論の出ない推察は好みじゃない。それでも答えを出すとしたら私以外の誰かだ」
そこに天検と死体の運び方を相談していた無畏も顔を出す。
「クラクラクラ。面白そうな話してなーいかな」
匂いに釣られた獣のように鼻を鳴らしながら無畏は二人の顔を見回す。
「女の子の話ですよ」
少し内面的な話をし過ぎたと判断した笑顔で橋場は話を逸らす。
「無畏さんは何か気付かれましたか」
「俺の方ねぇ」
唐突に話を振られたために驚く無畏だったが、すぐに顔を引き締め何かを企んだような悪い笑顔を作り上げる。
「死体を運びたいんだ。手伝ってもらえるかな」
「それは当初の作戦ですから勿論手伝いますよ」
橋場は当然の事のように答える。だが橋場には無畏の聞き方に違和感があった。
「でも目的は死体じゃないですよね」
「だねぇ」
橋場の質問に無畏は素直に認めた。
「死体の足元が気になるんだ」
「足元に何かあるのか」
ここまで話を聞いていたレイバルドが話に参加する。
「足跡の形が変わっているんだよねぇ」
無畏が指差したのは田所の踵辺りだった。
「足跡を見ると被害者は立入禁止の区域に入ってから倒れている地点までは真っ直ぐ歩いてるみたいなんだよねぇ。でも倒れている地点では足跡が崩れてる。多分振り返ったんだと思うんだよ」
笑いながら無畏は話す。
「振り向いた先に誰が居たのか気にならないかい」
独自の路線を進もうとする無畏に二人のアイリスはそれぞれ何かを感じていた。
やがて死体は無事区域外へと運び出される。その間も異界認識へと切り替えてレイバルドは観察を続ける。だがそれでも気配を感じさせない二体目に黒百合が提案したのは手始めに一体を討伐するというものだった。
「このために準備してきましたからァ‥‥」
そういうや否や黒百合はヒリュウを呼び出し、その口に携帯電話を咥えさせて上空へと飛ばす。
「クヒヒヒ、隠れんぼかしらァ‥‥さてェ、どんな奴が隠れているのかしらねェ‥‥♪」
黒百合がヒリュウを使い携帯電話を落とす。しかし反応はない。そこで今度は電源を入れて振動機能をつけたまま落下させた。だがそれでも動き出すものはなかった。
「携帯電話では反応無いか」
地面の様子を眺めつつアイリスは生命探知を地面に使う。しかし反応は確かに一つ存在した。場所は立入禁止の中央、一回目と同じ位置である。
「違うものを試してくれないか」
「あらぁ‥‥残念‥‥」
アイリスの言葉に携帯作戦が不発だった事を悟るものの、黒百合はスナイパーライフルを構えて戦闘に備える。
続いて橋場がシルバートレイを取り出した。
「二番手参ります」
シルバートレイを構えるものの橋場としては半信半疑だった。
「事前情報だと音か重さですか…これでどうです?」
携帯電話が駄目だった事を実際に目にしている事もあり不安は強かった。そして投下されたもののやはり地面に反応は無かった。
「こうなったら私が」
礼野が進み出る。自分が実際に立入禁止の区域に入り囮になる事で天魔をおびき出そうという最終作戦である。だがそんな礼野を橋場が止める。
「もう一つ試して見たい事があります。試させて貰えませんか」
取り出したのはコートだった。
「これでも駄目なら礼野さんお願いします」
一度深呼吸をし、橋場は途中でコートが広がらないように帯紐をつかって丸くまとめる。そして静かに手元から零すように投下する。するとコートはトレイの上へと落下、重い音を響かせる。しかし音は一度ではなかった。甲高い音を立てながら雪の上を転がる。そして禁止区域の中央には先ほどまで何もなかった雪の合間にサボテンらしき緑の物体が姿を現している。
「クラクラクラ。ようやくご登場だね」
白い雪の中から遂に現した緑の表皮に無畏が満面の笑顔を浮かべる。
「今日はきみに会うために遠路はるばるやってきたようなものなんだからね」
無畏が中央へと走りこみながらサイスを取り出す。サボテンもすぐさま体を雪の中へと隠そうとするが、無畏は雪を抉るように鎌を繰り出した。
「ざーんねん、手応え薄いねぇ〜」
勢い余って天へと振り上げられた無畏の鎌には天魔の痕跡が残っていない。それでも逃げられるまいと天検は無畏の傍らをすり抜けて追撃にかかる。
「ここで逃がしはしないぜ」
エリア外からは黒百合が、そして上空からは橋場が天魔の逃げた方向を目で追いかける。しかし三者の攻撃はそれぞれ雪を撒き散らすだけに終わる。
「また潜り込まれましたか」
死体を運び出した礼野とアイリスは二匹目の監視に入る。アイリスの生命探知には未だに一体しか反応を見せていない。そしてその一体が攻勢へと移る。針による射撃攻撃、狙われたのは無畏だった。
「足元です」
上空から戦況を見る橋場が無畏に警告を飛ばす。そこで無畏は逃げずに受け止める選択をした。どの程度の痛みなのかを身をもって体験したいからだった。
「アハギャハ! いいねぇ〜、楽しいよぉ〜! クラクラクラ!!」
サボテンの全身から放出された棘は余すところなく無畏の体の隅々に突き刺していく。噴出される血液は体力を一気に奪っていく。
「援護に入る」
状況不利と判断した礼野とアイリスが加勢に出た。礼野が血界を使った上でのコンポジットボウで攻撃を仕掛けてきた地点に狙いをつける。当たればいい、しかし当たらなくとも天魔を炙りだせれば次に繋がる。そう判断しての一撃だった。
「読み勝ったな」
礼野の攻撃は外れる。しかし逃げきれないと考えたのか雪から飛び出し、天魔は宙へと舞ったのである。
「今だ」
好機と見たアイリスはサジタリーアローで狙う。その意図を読んだ黒百合と橋場もタイミングを合わせて確実な撃退を目指したのである。自由落下しか動く術のないサボテンにこの三連撃から逃げる手段は無かった。
「結局天魔は一体でいいのか」
「異界認識にも生命探知にも反応は無いな」
アイリスが答える。
「元々禁止区域の広さから多くとも二体という話だった。一体という事もあるだろう」
礼野は無事完了したことを警官へと報告に向かう。その一方で天検は死体を前に祈りを捧げる。
「人の道から外れた行為もやっていたようだが、願わくば向こうの世界では悔い改める事を」
見様見真似で橋場も天検に倣う。そして一通り祈りが終わった後で橋場は死体へと手を掛ける。しかしいざ触ろうとする時に橋場は思わず手を止めた。
「どうした」
天検が声を掛ける。
「こういうものはできるだけ指紋を残さないようにするべきなんだろうけど、なにか準備してくればよかったですね」
「俺もハンカチぐらい持ち合わせがあればよかったか」
自分の荷物を漁る天検だが、使えそうなものはマフラーだけだった。そんな天検の隣からアイリスがゴム手袋を差し出した。
「使うか」
「お借りします」
「返されても困る。私の分はあるからそれは自分で処分してくれ」
アイリスはもう一つゴム手袋をつける。そして改めて検分に入ろうとするが、そこに報告に向かっていた礼野が警官を連れて戻ってくる。
「お疲れ様でした。この先は私がやりますので」
止められた事にアイリスは残念そうに視線を外した。そんな撃退士達の傍で突如陽気な音楽が鳴り響く。音源を捜す一同、やがて視線は被害者へと向けられた。
「探しても」
橋場は警察に伺いを立てる。そしてしぶしぶ了承されるのを確認してアイリスとともに漁り始めた。やがて上着から携帯電話が雪の上へと零れ落ちる。液晶にはママと記されていた。
少し考え橋場は携帯電話を警官に渡す。すると警官は二三事を話し、再び携帯電話を橋場へと返す。
「君達と話したいんだそうだ」
「どなたからでしょう」
「被害者の友人。最期の様子を聞きたいらしい」
「もしもし、突然のお電話すみません。私、久遠ヶ原学園の撃退士の者なのですが‥‥」
一度呼吸を整えて橋場は電話に出る。聞こえてきたのは女性の声だった。
「先程簡単に話は聞きました。田所の最期を看取って頂いたそうで」
電話越しではあったが女がすすり泣く声が聞こえていた。
「看取ったと言える程の事はできませんでしたが」
電話する事は前もって考えていた橋場だったが、こうして関係者から声を聞くと言葉が出てこなかった。それでも一瞬で頭に上った体温をゆっくりと冷ましながら言葉を紡ぐ。
「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」
橋場が尋ねると相手もこちらの状況を想像していたらしく提案を返してくる。
「でしたら私の店に来てください。鍋を温めていますので」
その後住所を聞き橋場は携帯電話を警官へと返す。そして用件を他の参加者に伝えた。黒百合、礼野、レイバルドが参加を表明する。だが天検はこの申し出を断った。
「俺はホームレスと話をしてくる。当初の予定だからな」
天検は荷物の中からたこ焼きを取り出した。
「とりあえずこれを一緒に突いてくる」
しばらく足跡を調べていた無畏はいつしか姿を消していた。そして雪原に一つ取り残されていた穴の空いたシルバートレイを礼野は拾い上げる。
「何か分かれば連絡を入れる」
そう言いながら天検はバリケードの一つに腰を下ろした。
天検がホームレス達の下を去ったのは日が落ちた後だった。
「話さなくて良かったのか」
天検が見えなくなってからホームレスの一人が質問の声を上げる。
「信用できるようにも見えたが」
たこ焼きでついた青海苔を落としながら一人は答えた。
「だが俺には懐柔して警察に売るようにも見えた」
「生憎俺もだ」
ホームレス達の意見が食い違う。
「全てはあの男が悪い。俺達の忠告を挑発と受け取ったんだから」
昨夜意気揚々と禁止区域へと足を踏み入れ、それでも天魔に襲われなかった事を振り返って自慢する田所の顔はその場にいた全員がまだ覚えていた。だが見様によってはホームレスが田所を殺したとも言えるのではないか、そんな考えが彼らの恐怖心として支配していた。