「どうやって逃げればいいのでしょう」
周辺地形を確認している斉凛(
ja6571)とゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の脳内に木霊していたのは前回戦闘時の概要を教えてくれた町長の言葉だった。
「上からは天魔に見張られています。逃げられるものなら逃げているのですよ」
その言葉の意味は二人も痛感していた。アーケードから出るまで二人とも上からの視線を感じていたからである。
「どう思う」
ゼロは斉凛に尋ねる。
「今は視線を感じませんわよ」
答えながらも斉凛も質問を返す。
「計画されていたGPSはどのように使われる予定なのですの」
「考えたが値段的にはスマホしかなさそうだ」
ゼロが用意したスマホを取り出す。
「問題はうまく天魔に取り付けるられるかどうかだがな」
思案に暮れるゼロ、そんな時に二人の耳に響いたのは人の声だった。
「悲鳴ですの」
斉凛の耳が物音を捕える。一声目は黒百合のもの、それに続いて無数の言葉にならない叫びが聞こえてくる。
「商店街からだな」
ゼロは西側へと目を向けた。そして背中から翼を実体化させるとそのまま視線の先へと直行する。斉凛もそれに続いた。
同じ頃、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)、伊藤司(
jb7383)は商店街の下見を行っていた。商店街の破損具合から前回の戦闘を推し量るためである。
「思った以上に酷い状況ですね」
アーケードの一割近くは既に壊されており風雨に晒されている。アーケードを支えている鉄柱には錆で色が変わっているのが下にいるマステリオからも見て取れた。そして地面の舗装路も所々がヒビの入った状況で放置されている。その中でもマステリオが気にしたのは特に破損の酷い部分だった。
「地面が見えていますね」
伊藤が破片を拾う。大小様々なものがあったが、並べると一枚の絵になっていた。
「後は上ですね。ちょうど真上に穴が出来ている。恐らく天魔はそこから落下して逃走した」
「恐らくそこが落下地点でしょう。しかもそこだけ破損が酷いとなると落ちてきたのは複数でしょうね」
マステリオは前回天魔が逃げた方角へと視線を向ける。だが目の前に広がるのは脇道ではなく商店だった。
「そして天魔は落下後透過能力を使い商店の中を突破、そして逃走ですね」
破損した商店街と比べて商店は破損が少ない。壁が汚れている程度で済んでいた。
「後は御影さんの分身設置と住人の方々の避難が済めば実践ですね」
「上手く行くといいんですが」
マステリオは言葉を濁す。
「何か気になりますか」
「ここを調べ始める時には天魔が一匹こっちを見張っていました。ですが今はその気配がありません」
「言われて見れば」
伊藤が慌てて周囲を見回す。そんな時に二人の耳に悲鳴が聞こえる。
「この方角は住民が避難途中の」
伊藤の脳裏に最悪の状況が思い浮かぶ。隣では既にマステリオが走り出していた。
「俺も行きます」
ざわめく心中を抑えながら伊藤もマステリオの後を追いかけていた。
四人が物音を聞きつける少し前、黒百合(
ja0422)は住人の避難を手伝っていた。だが同時に彼女の行動はアーケードの上から眺める猿達からも監視されている。
「襲ってこないでしょうねェ」
撃退士達が商店街に入って既に一時間近くが経過している。その間上空を陣取る天魔はただ眺めるだけで襲ってくる事は無かった。こちらから攻めない限り襲ってこない、そんな確証の無い自己分析がいつしか撃退士達の中には生まれていた。実際斉凛とゼロは周辺地形の調査のためにアーケードから離れ、御門 彰(
jb7305)は分身の設置に、の両名は個々に商店街の損害状況の確認に赴いている。黒百合の傍にいるのは一般人が数人いるだけとなっている。そんな好機を天魔が見逃すはずが無かった。
「奇襲よォ」
黒百合が声を挙げた。そして自分はその場に留まり住民を走らせる。だが猿達はアーケードを割りながら住民達に破片を降らせていく。すぐさま黒百合が装備を実体化させ破片を払うが広範囲に降り注ぐ破片の雨を全て防ぐには手が足りな過ぎた。
「何が起こったのですか」
やや遅れてマステリオと伊藤が現場に到着する。二人は黒百合の返答よりも先にそれぞれハートとストレイシオンを召喚、アーケードの上で悦に浸る猿天魔へと向かわせる。
「ひょっとしたら待ってたのかも知れないわねェ」
黒百合は天井へと視線を向ける。奇襲を受けての危機的状況ではあるが、そんな場面でも黒百合は笑っていた。
「ひとまず住人の退避を優先しましょう。天魔には召喚獣で対応させます」
「この騒ぎで御影さん達も急行しているでしょう」
伊藤が言葉を口にするや否や御影も逃げる住人の反対方向から姿を現した。
「待たせたみたいだね」
悠然と笑みを湛えたまま御影が答える。
「分身は設置してきたよ。ただこの調子だと無駄になるかもしれないけど」
御影が上を見上げる。アーケードの上の猿は召喚獣に足止めされているものの御影の作った分身の方向には進んでいなかった。
「とりあえず住人の方々をまず逃がそうか。例の毛玉を投げつけられても困るし」
黒百合、マステリオ、御影、伊藤と四人で逃げる住人の救援と後備を固める。既に破片で相当数の住人が負傷している。しかし回復手段を事前準備していなかった四人は守りを固め逃亡補助へと徹している。上ではマステリオの召喚獣ハートと伊藤の召喚獣ストレイシオンが交戦しているが、撃退士側二に対し猿天魔の数は三。天魔の好戦的な性格が幸いしてか天魔は住人の方へは向かっていない。だが押し込まれているのは下から見ている四人の目からも明らかだった。
そんな中で猿の一匹がハートの上を取った。両手を上げて勢いに任せて振り下ろす。そのまま地面へと叩きつけられるハート、だがやや遅れて殴った方の猿も背中には大きな横薙ぎの傷を作ってアーケードの上に倒れこむ。そして肩に巨大な鎌を抱えたゼロが翼を使い静かにアーケードに降り立った。
「懲りひんサルにはお仕置ききっちりしとかんとなぁ」
そして倒れた猿に遠方からの追撃が迫る。斉凛のスナイパーライフルからの攻撃である。
「わたくしから逃げられると思って?」
狙いを定めた一撃ではあったが、猿は背筋を活かして跳躍し回避する。だが無理な体勢での動きが災いしたのか着地地点に亀裂が入った。
「無駄に動きの素早いお猿さんですわね」
斉凛がライフルのスコープを覗きながら毒づいた。そしてスコープ越しに見える猿はヒビの入った天井をそのまま破壊、そして視界外へと降りていく。
「逃げ出したわよォ」
黒百合が警告を飛ばす。
「きゃはァ、逃げるなら逃げてもいいのよォ…まァ、結局は私に撃ち抜かれる運命だと思うけどォ…♪」
落下していく天魔に黒百合は照準を合わせる。だが黒百合は引き金にに指を掛けるも発射する事はできなかった。落下地点に御影がいたからである。
「スペシャリストとしての腕前を見せてあげよう」
御影はマンティスサイスを構える。しかし天魔の方も落下しながら攻撃へと転じる。勢いをつけたままの踏みつけである。
御影の選択は回避してからの後の先だった。猿が着地した瞬間の硬直時を狙って鎌を振るい影縛の術を入れる。それが御影が瞬間的に判断した計画である。鎌の射程に収まる程度で数歩後ずさる御影、そして猿天魔は御影の予想通り数歩手前に着地する。踏み付けが不発に終わって悔しいのか天魔はけたたましい雄叫びを上げた。
「品性が足りないね!」
御影は鎌を薙ぐ。だが同時に伊藤が警告を飛ばした。
「それは囮です。次が来ます」
その声に御影は咄嗟に腕を止めようとした。だが動き出した手は止まらない。次の瞬間には脳が震えていた。
「御影さん」
膝を抑える御影に伊藤が駆け寄る。そして御影を攻撃した猿に邪炎のリングで攻撃をしかける。
「俺だって、俺だって出来るはずなんだ」
負傷する味方に伊藤は自身を奮い立たせる。しかし猿はこれを回避、そしてそんな伊藤の目の前を影が縦断した。それが三匹目の猿である事に気付いたのは腹に拳を決められ、伊藤の腕の中で倒れる御影が口から血を吐いた時だった。
「こういう状況だからこそ冷静になりましょう」
三匹の落下を見届けてからマステリオが動く。狙ったのは一匹目、ゼロの攻撃で負傷した手負いの天魔である。クラブAで束縛を狙いつつ天羽々斬で猿の腕を切り落とした。
「その調子や!」
天魔が全て落下した事でゼロと斉凛も追撃に入る。ゼロは猿の開けた穴に入り、全力疾走のまま二匹目の猿へとスマホを投げる。だがこのスマホは大きく外れ商店街を滑っていく。続く斉凛は昏倒した御影の救援へと向かった。
「ライトヒールを掛けましたわ。これで大事には至らないはずですの」
斉凛は念のために脈を確認する。すると御影の荷物からボールが零れ落ちる。天魔逃走時に備えて御影が用意したペイントボールである。
「大事に使わせていただきますわ」
斉凛が治療している間にもマステリオは束縛していた天魔にトドメを刺す。そしてアーケード上に居た召喚獣を呼び戻し逃がさないように取り囲みに入った。
「左右への移動を封じましょう。屋内に入られると厄介です」
伊藤も倣う様にストレイシオンを呼び寄せる。だが動き出したは伊藤と猿天魔全くの同時だった。ストレイシオンが伊藤の下に戻る前に天魔が囲いを破り商店の中に逃げ込んだのである。
「誰か阻霊符を」
ゼロは鎌を手にしたままスマホを拾い上げる。壊れてはいないらしく液晶には日時が記されている。そして斉凛はペイントボールを手にしたまま阻霊符を使ってくれそうな人を探すが誰も動いていない。斉凛自身が使うしかなかった。
「敵が出てくるかもしれませんからそれぞれ準備を」
耳を澄ませる一向ではあったが物音は襲われた住人の声に塞がれる。それでも諦めきれないのか方向だけを頼りにマステリオ、黒百合、ゼロと全力で追いかけていく。だが伊藤と斉凛は動けなかった。御影を始め多くの住人が負傷して倒れているからである。多くの住人は自分の家族を元気付けようと声を掛けている。だが中には幾つか言葉にはしないものの冷たい視線を撃退士に送っていた。
「ここは治療に専念した方が良さそうですの」
斉凛は追いかけるのを断念する。すると伊藤もそれに同意した。
「俺もその方針に従います。このままだとさっきの天魔倒せても後悔しそうですから」
伊藤がスマホを取り出し救急車を連絡。そして住人の方へと歩き声を掛けていく。
「まもなく救急車が来ます。もう少し頑張ってください」
「天魔は俺の仲間が追っています。きっと倒してきますから」
二人は日が暮れるまで怪我をした人々の世話に奔走していた。
一方で追いかけている三人は未だに天魔の姿を見つける事ができなかった。足の速さでは決して負けていないマステリオ、黒百合、ゼロの三人だったが阻霊符の範囲を超えたところから一切の手がかりを見つけ切れなかった。
「ひょっとしたら翌朝また戻ってくるんじゃないのォ」
黒百合の意見により三人は夜半過ぎに商店街へと戻る。そんな三人をようやく動けるようになった御影が迎える。
「その様子じゃ無理でしたか」
「今日は生かしてやっただけだ。明日出てきたところを捕まえてやる」
ゼロは啖呵を切る。だが日が明けるまで待っても天魔が戻ってくる様子は無かった。
日が登る撃退士達はアーケードの掃除を行い岐路に着く。だが住人達は遠巻きにそれを眺めるだけで声を掛けてくるものはいなかった。