「目標車両発見。尾行開始する」
運転席でハンドルを握る伊藤 辺木(
ja9371)は高速道路に入るなり目標となる車両を発見した。荷台である後部の箱には大きく何でも通運という社名が書かれている。伊藤の運転するトラックと同型のものである。
「サービスエリアの位置までこのまま尾行する」
それが事前の打ち合わせで決まっていた事だった。下調べによると次のサービスエリアまでおよそ十キロ、このままでいけば五分強で到達する位置にある。それまでは息を潜めて後ろで距離を取ることになっている。
「車間距離二百、このままなら大丈夫だな」
周囲の地形と看板で間合いを取りながら前を行く車に注意を払う。だが途中で助手席に座る四条 和國(
ja5072)が警戒を促した。
「バックミラーが動きました。後ろを警戒しているのかもしれません」
「俺も確認した。最悪もう気付いているかもしれない」
そういうや否や前方のトラックがみるみると接近してきている。
「こちらの動きに気付かれたようだ。速度を落としてきている」
「制服借りてくるべきでしたね」
「その手はあったな」
四条の言葉に同意しつつ後悔の言葉を口にしたのもつかの間、伊藤は頭を切り替える。既に目の前のトラックの荷台は伊藤達の肉眼でナンバープレートが読み取れる距離まで迫っている。これを伊藤は慣れた手つきで回避しつつ別車線へと移動、そしてこれからの作戦に向けてトラックをなるべく近くに横付けする。
まず動いたのはラファル A ユーティライネン(
jb4620)、自身が同化するかのごとくトラックの外装に自身を溶け込ませる。続いて自身の腕時計を叩いた。時計合わせをするというサインである。
「お前ら時計を合わせろ。作戦開始だ」
次に動いたのは坂城 冬真(
ja6064)だった。幸か不幸か盗難車の方から距離をつけてきてくれるところに坂城は生命探知を実行。車体全体の中から各人の所在地が仄かに浮かび上がる。
「運転席に一人、助手席にはなし。残りは荷台の中央だね」
「数は」
「五。依頼人さんの話だと行方不明のホストが三人で容疑者の女性も三人。これで全部だと思う」
すぐさま坂城は現在状況と事前情報を照らし合わせる。そして打ち合わせておいたハンドサインで仁良井 叶伊(
ja0618)で伝達、荷台から身を乗り出し人の少ない荷台後部をクロスボウを撃ち込む場所へと定める。
続いてセレステ(
jb8874)がゴーグルを装着、伊藤の運転するトラックから垂れ幕を展開する。セレステが提案した久遠ヶ原学園の校章と「危険・撃退士作戦行動中」と大きく描いた警告布である。伊藤の方と盗難車に垂れ下げるために二つ用意したため準備のため資金的に多少足が出てはいるが、周囲の一般車を巻き込まないことを優先した結果である。
「こちら大丈夫です」
セレステが頭上で大きく丸を作る。警告布が無事に広がったことを示すハンドサインだった。
セレステのサインを確認し、橘も背に翼を生やした。彼の脇にもセレステが広げたものと同様の警告布が巻かれて抱えられている。
続いて仁良井が支給されたクロスボウを構えた。狙いは後部座席付近、荷台の扉を開けるためと同時に誘拐されたホストに万が一にでも当たらないようにする仁良井の配慮である。最後にラファルが機械化した自身の四肢を荷台を捕まえやすいようにと変形させた。
だが撃退士達の垂れ幕を見たのか、相手のトラックは大きく動きを変える。一度強く伊藤のトラックに車体をぶつけ、更に引き離すように加速したのである。クロスボウの矢こそは外れなかったもののロープは一気に引き伸ばされた。
「これは登攀どころじゃないですね」
坂城は思わずロープから手を離した。手の皮がロープとの摩擦により赤く腫れ上がっている。
「ある程度距離を一定してもらわないと渡れないようです」
残りロープが短くなるのを見つめながら心配する撃退士達、だがやがてトラックが一度急減速し再度加速へと切り替わる。減り続けていたロープの残量も停止した。
「盗難車の攻撃を回避して横付けに成功したようです。一気に行きます」
ロープが止まったところで坂城、続いてセレステがロープを手繰る。続いて橘が事前に準備していた闇の翼を使い飛翔、まずは盗難車の荷台に降り立ち荷台のコンテナとの結合部にくくりつける形で警告布を広げる。
「足元気をつけてください。布の上では足が取られるかもしれません」
念のために前を行く坂城とセレステにも橘は注意を飛ばした。
「了解」
坂城は一目だけ背後を確認し前進、セレステはその場に留まり後方を確認する。
「荷台の扉は開けられそうですか」
それはセレステだけでなく橘やロープを渡っている仁良井にとっても重要な関心事だった。
「俺から見る限りはただの閂だ」
盗難車の天井へと全力跳躍で渡りきった仁良井が身を乗り出し閂に手を伸ばす。だが下部についている閂には手が届かなかった。そして仁良井が確認している間にラファルもロープを渡りきる。
「もうロープも回収しとくぞ。これが原因で下手に事故っても困るからな」
誰に言うでもなくラファルはロープを巻き取り盗難車の荷台の天井に纏めた。そこに再び盗難車が動く。伊藤のトラックの前に鼻先をねじ込み、行く手を塞ごうとしたのである。
「避けられません」
四条はギリギリまで逃げる道を模索する。しかしそれでも逃げ道は見えなかった。右から前方にかけては盗難車が行く手を塞ぎ、左手は壁、その先は崖になっている。
「諦めるな」
伊藤が四条に発破をかけた。
「ここで引けば俺達の道は閉ざされるんだぞ」
「しかし」
「しかしじゃないんだ。ここは負けられない。トラックを悪用する連中に引くのは俺のプライドが許さない」
伊藤は車をミリ単位まで壁に近づけながらブレーキを踏んだ。だが完全に踏むと立ち上がりが遅くなる。どこまで踏み込むかは伊藤の経験に委ねられていた。
「まだだ」
「まだって何がまだなんですか」
「向こうはノーズをねじ込んでいるだけじゃない。車体が完全に斜めだ。このままいけば向こうも壁に激突する。だからどこかでハンドルを切るはずだ」
そう言いながらも伊藤も絶対の自信を持っているわけではなかった。盗難車の運転手がこちらの車を巻き込み心中するという可能性も無いわけではなかった。これは伊藤の賭け、自分の人生とプライドを掛けた大勝負だった。しかしその隣で四条は唇を噛みながら次善策を考える。思い浮かんだの説得だった。
「あなた達の目的は」
窓を開け相手の運転手にも聞こえるように大声で問う四条だったが、トラックの動きに変化は無かった。運転席では伊藤の額から玉のような汗が流れている。聞こえてくる音はエンジン音とタイヤのスリップ音だけになっていた。だがそんな伊藤と四条の目に一寸の光明が射した。運転席の制圧に入る坂城とラファルの姿である。
一方荷台でも混乱が起きていた。橘が物質透過で突如壁から姿を出したからである。元々荷台にいたのは五名、両端を女性が囲み中央三名だった。光がついてないため橘から五人の顔を確認する事はできない。だがそれは相手も同じなのか単語になっていない言葉を吐き、途中で盗まれたため未配達のままになっているダンボール箱を投げつけてくるだけだった。その箱も橘の位置が正確に把握していないのか検討違いの方向へと飛んでいる。ほとんど当たらず当たっても大した痛みがあるわけでもないが、本来配達されるべき商品が投げられていると悟ると橘の心が痛んだ。だが同時に本格的な攻撃を仕掛けてこない相手に天魔ではないのではという疑惑が浮かぶ。
橘はまず容疑者二人を刺激しないように距離を取るため後退した。体を容疑者と人質のいる荷台中央へと向けて、容疑者達から見えるかどうか分からないながらも交戦の意思がない事を示す為に両手を上げる。
「大丈夫だの。わしはおぬしらに危害を加えるつもりはないんだの」
刺激しないように優しい声で語りかけながら、橘は荷台の壁へと歩み寄る。そして手だけを物質透過で外に出した。開錠を試みるためである。橘が触った限りではそれほど複雑そうな仕組みではなかった。閂の棒を奥まで差込み、最後に簡単に外れないように百八十度回転させているだけのものである。だが後ろを向いたままで開けるにはすぐに開けることは出来そうになかった。指先に嫌な汗が湧き出ていた。そこにセレステが駆けつける。
「開けさせてもらうっす」
駆けつけると同時にセレステは荷台傍の小さな足場に両脚を載せ、片手で天井を握りながら残る片手でカットラスを抜いた。そして大上段に構えると、そこから閂の棒目掛けて斬りつける。しかし不安定な姿勢からの攻撃ということもあってかセレステのカットラスは棒を一刀の下で断ち切る程の威力を引き出せない。剣は閂の棒の途中で止まってしまう結果となった。
「こんな時にっすか」
極限の緊張状態での思わぬ展開に思わずセレステは頭を抱えた。声は辛うじて押し殺したものの一瞬にして視界が真っ白に変わる。だがそんなセレステの肩に手が置かれる。荷台上で待機していた仁良井の手だった。
「まだ終わっていません。もう一度行きましょう」
仁良井はカットラスの刀身に手を掛ける。そしてセレステと手短に打ち合わせを整えた。
「タイミングを合わせましょう。一、二の三で」
「分かったっす」
仁良井の声に合わせてセレステも自分の武器に力を込めた。そしてタイミングを見計らって引き抜く。
「それじゃもう一回行くっす」
一度大きく深呼吸をし、セレステは気持ちを落ち着かせる。そして再び大上段に構えて一気に振り下ろした。甲高い金属音がセレステの耳に届く。そしてやや遅れてカットラスが何かに接触する感覚から開放される。荷台の錠が外されたのである。
「では私が侵入します。あなたは手筈通り運転席へ」
「よろしくお願いするっす」
軽くタッチしセレステと仁良井は立ち位置を交換、内側にいる橘にも開錠成功を示すために三度荷台を叩く。それに合わせて橘も物質透過を合わせて軽く助走跳躍、中央に陣取る容疑者達の頭上を飛び越える。頭が荷台の天井へと当たるが、物質透過のお陰で障害になることもなく荷台前方へと着地した。
「そっちか」
着地の音を聞きつけた容疑者二人は再び未配達のダンボールを手にする。だがそこで仁良井が荷台の扉を開けた。
「大人しくして下さい。天魔でなければ危害は加えません」
扉が開けられた事により今まで闇に包まれていた荷台の中に突如として日光が差し込んでくる。光に背を向けていた橘と仁良井は影響がないが、扉の開く音に気を取られた容疑者と人質の計五人は直接光を目にし思わず目を背けた。その間に仁良井が更に動く。まずは状況を確認、容疑者と人質の位置関係を確かめた。
容疑者と思われる女性は二人、中央に人質と思われる男性を固めてその両端を陣取り見張っている。男性三人は手を縛られているらしく両手を後ろに回していた。
仁良井は一先ず既に立ち上がっている右側の女性に狙いをつけた。ホワイトアウトによりスタンを狙う。抵抗した場合に備え身構えていた仁良井であったが、相手は目を剥いたまま尻餅をついた。動き出しの遅さやスタンへの抵抗の低さから仁良井も相手が天魔ではないと予想を立てる。
そんな中で残る向かって左の女性は仁良井が右側の女性と相対している間に立ち上がり、手近なダンボールに手をかけていた。
「来ないでよ。アンタみたいなのはタイプじゃないんだから」
罵声を浴びせながら女性はダンボールを仁良井目掛けて投げつける。だが筋力が足りていないのかダンボールは仁良井の足元までしか飛ばなかった。
「それは申し訳ありません」
侘びの言葉を入れながらも仁良井は女に対し手加減を実行、気絶させる事に成功させた。
その頃、盗難車の運転席ではハンドルの取り合いが行われていた。窓の外からはラファルが張り付き、異形化させた義手で窓枠とハンドルを握り締める。助手席側からは坂城が窓を蹴り破り侵入、ラファルがハンドルを奪うのを補助するために運転手の女性に向けて風塵のリングを向ける。それに対し運転手は狭い運転席の中でも大きく仰け反って回避してみせる。だがその仰け反ったところを物質透過で出てきた橘が脇の下から手を回し拘束する。
「これでお前も終わりだな」
ラファルがハンドルから運転手の手を払いのける。そこで運転手も諦めたのか力を抜いた。
「抵抗しなければ悪いようにはしませんよ」
四条が伊藤のトラックの助手席から説得を試みる。それに反応したのか運転手は助手席へと移動する。そこで橘は拘束を坂城に交代して貰い運転席に着席、恐る恐るハンドルを握る。
「こういう状況だと緊張するでござるな」
何度か感触を確かめるようにアクセルを踏み、サービスエリアへと運転したのだった。
無事サービスエリアへと二台のトラックを運転した撃退士はすぐに後処理へと取り掛かった。四条がストローベレーを通じて依頼人へと連絡をとり、垂れ幕を下ろした橘とセレステが担当した垂れ幕を取り除く。坂城とラファルはそのまま運転手を拘束、仁良井が気絶した容疑者二名を介抱。伊藤がエリア係員と話をつけ、散乱した荷物したダンボールの後片付けについた。
「ベレーじいちゃんと北条さんと連絡がつきました。ホスト三人とトラックの状況を確認したいそうだから、とりあえず店まで来て欲しいとのことです。ささやかながらパーティーもやってくれるとの事でした」
四条の言葉に色めき立つ一行、だが伊藤は不満げな表情のまま盗難車の荷台を見つめていた。
「どうしました」
四条が尋ねると伊藤は荷台に視線をむけたまま答える。
「この荷物どうしたらいいかなと思ってさ。元運送屋としては無事な荷物は運ぶのが筋だと思うんだよ。この襲撃ってお客様にとっては無関係だしさ」
「そう言ってくれると思ってましたよ」
状況を飲み込めない伊藤に対し四条は説明を続ける。
「何でも通運の鳴神さんからの伝言です。無事なものは帰る途中配達してきて欲しい。その分は別途料金を支払うだそうです。あと天魔討伐中も布も買い取りたいんだとか」
「何に使うんですかね」
垂れ幕を取り外した橘とセレステが戻ってくる。
「縁起物として事務所に飾るそうですよ。こちらも準備に足が出ましたので、それで相殺って事で話つけましたが大丈夫ですか」
「そういうことならそれで」
橘とセレステが頷いてみせる。すると伊藤も口を開いた。
「だったらこの荷物運びもロハでいいよ。無茶な運転もしたから整備とか出さないといけないだろうしな」
「いいんだ」
伊藤は即答する。
「トラック乗りとしてそうするのが正しいと思うからな」
撃退士達の顔はいつにも増して晴れやかだった。