依頼結構当日、その日は朝早くから慌しかった。大迫の店の従業員は何か言いたげな顔をしながらも沈黙を保ち商品の運搬を行っている。
「誰もやりとうないっていうんなら、こっちで動かさせてもらうで」
家電の配置についてゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は店長である大迫と相談をしていた。しかし問題が浮上する。肝心のワインセラー周りに誰も近寄りたがらないのである。遅々として運搬の進まない様子にアサニエル(
jb5431)が進み出る。従業員に加わり自分も運搬に参加したいというものだった。
「この方が少しでも早く依頼終わらせられるだろうからね、張り切らせてもらうよ。それに問題のセラーも見ておきたいからね」
「それなら私も手伝わせてもらおう」
手伝いを申し出たのはニグレット(
jb3052)だった。
「セラーもだが、現場の下見もしておきたいからな」
ニグレットは不敵に笑う。そんな二人の視線の先には問題のワインセラー、そしてその中身を見つめる城咲千歳(
ja9494)と藤井 雪彦(
jb4731)がいた。
「これ、本当に天魔っすかねー」
「どうだろうねー♪ こうして扉越しに見ると普通の猫なんだけどね」
二人の懸念事項は今回討伐予定である猫三匹が本当に天魔であるかどうかという事だった。セラー前に座り込む二人、そこに弥生 景(
ja0078)を加えた三人が特に気にしている三人だった。
「猫が本物ならこの猫缶に食いつくはずっすー」
城咲が準備したのは市販の高級猫缶だった。どんなグルメの猫でも満足させると宣伝されている猫缶である。しかし缶を開けてみてもアクリル板の向こう側にいる猫が起きる様子は無い。続いて藤井が猫じゃらしを振るがこちらにも反応は無い。
「これを使ってみたらどうかな。猫に曰く付きの武器なんだけど」
いつの間にか二人の後ろに弥生が立っていた。手にしているのは猫槍「エノコロ」、アニメに出てきた猫耳娘が使っていた武器である。
「試してみる価値はあるかもね」
藤井が受け取り、穂先を猫の方へとセラーへと向ける。すると何かに気付いたのか猫の一匹が藤井の顔を見つめる。だがしばらくすると興味を無くしたのか、再び丸くなって目を閉じた。
「これはやっぱ天魔っすかねー」
一応の反応は見せてくれたものの飛び出してこない猫達に天魔への疑惑を強くする三人、しかし見た目が完全に猫である三体相手に弥生が袖をまくって立ち上がる。
「それじゃ中立者使わせて貰いましょうか」
「お願いするねー♪」
二人の期待を一身に受け、弥生が一体ずつ猫に中立者を使用していく。三体目の猫に一度失敗するものの弥生は三匹全てを判定、結果は三体ともカオスレート1の冥魔ということだった。
「準備は終わったよ。結果はどうだったのよ」
そこへ現場準備と総指揮をとっていたアサニエル、ニグレット、ゼロが様子を見に来る。
「冥魔で間違いないらしいっす。これで遠慮なくやれるっすね」
冥魔と判明したため城咲は耳を動かしながら威嚇する。猫も一匹がそれに反応したのか立ち上がり逆毛にして身を震わせた。
「これじゃあ、ワインセラーじゃなくてキャットセラーさね」
城咲と猫のやりとりをアサニエルはそう評した。一方でゼロは戦闘を前に自らの士気を高める。
「酒好きの猫か? ペットにしたら楽しそうやけど壊すつもりなら容赦はせんで…」
ゼロの行動理由はやはり酒だった。
弥生の中立者の結果を元に撃退士達はそれぞれ事前の打ち合わせ通りの配置へと移動。そして戦闘準備に入った。
「できるだけっ痛くしないようにしないとねっ」
まず始めに藤井は事前に準備したマタタビを体に被り、明鏡止水を使用。続いて城咲が遁甲の術を使用する。
「ちょっとドーピングさせてもらうよ」
アサニエルも忍法「夢幻毒想」を使用。周囲からの視線を他所に禍々しい色をした液体を一気飲みした。礼野も合わせて闘気解放を行い戦闘準備を整える。
全員が配置についたのを確認してセラーの近くに陣取る片瀬 集(
jb3954)が阻霊符を展開。セラーの最前線、扉を開ける役を担当する藤井、ニグレットが全員に声を掛けた。
「今から開けさせてもらう」
扉に最も近い位置にニグレットと藤井、少し離れたところに礼野 智美(
ja3600)と城咲、そして避難させた家具の最終ラインに片瀬、ゼロ、弥生、アサニエルが控える。最後にニグレットがハイドアンドシークを使用し扉を開け放った。
「来たぞ、まずは一体だ」
ニグレットの扉開放と共に出てきた猫は三体の内の一匹だけだった。先程まで藤井のエノコロや城咲の威嚇に反応した猫である。これまでの二人の行為に気が立っているのか、猫は扉を開けたニグレットに向かって真っ直ぐ狙いを定める。
「これは天罰か」
ニグレットにの方にも潜行していた事による油断があったのか動きが一瞬遅れた。 気付いた時には既に猫の顔が二十センチのところまで迫っている。避けるべきだろうか、再びニグレットに迷いが生まれる。元来猫好きであるニグレットにとって、猫に飛びつかれるのは嫌いではない。そんな思いを見透かされたのか猫はニグレットの首筋に歯を突き立てる。その首筋を噛まれる痛みさえもにとっては一種の幸せでもだった。
そんな派手な動きを見せる一匹に対し、残りの猫二匹は姿を現さない。代わりに聞こえてきたのは衝突音、発生源はニグレットの手元にある箱である。
「これはセラーが攻撃されているのか」
一度音が止んだかと判断した礼野ではあったが、音は更にもう一度鳴り響く。
「‥ああ、これは」
音だけでニグレットはセラー内部の状況を予想した。そして彼女の予想通りセラーが悲鳴を上げた。セラーの背板に小さいながらも穴が空いたのである。
「……なんと、財布に穴が開いてしまった」
「ぎゃぉー! もったいないおばけが出るぅー!」
ニグレット、城咲が思わず悲痛な叫びを上げた。しかし猫はそんな二人に構わずワインセラーの内部を爪で引っ掻き回している。
「穴から出てくるよ」
セラーの後ろに前もって待機していた弥生が呼びかけつつ、自身も雷桜を構えて迎撃に控える。だが待たれている事に気付いたのか二体の猫は出てこない。タイミングの見計らいに入ったのである。
「まずは出てきた一体を仕留めるっすよ」
ニグレットを襲った猫に対し城崎は事前の予定通りに鉄線蓮を使用、束縛を狙っていく。指先から解き放たれた糸が猫を四方八方から襲った。しかし猫もいち早く気配を察しニグレットの体を蹴り上げる反動で迫り来る糸から脱出を果たした。
しかし撃退士も二の手を繰り出す。続いて待ち受けたのはゼロ、ワイヤー武器であるクラレットを手に猫の進路を塞ぎにかかる。
「ちょこまかさせん、おとなしくやられとき」
拘束が目的だったクラレットであったが、ワイアーは猫の足、そして首へと絡みついた。好機と見たゼロはそのままクラレットに力を込め締め落としにかかる。
「他愛もないわ!」
ゼロの咆哮と共に一匹目の猫はそのまま動けずに絶命した。
一方で残りの二体は城咲が攻撃を仕掛けたと同時にセラーの背板に空いた穴から連続で飛び出し逃走を図る。そこに立ち塞がったのは片瀬だった。
「小さいから当てにくいね。周囲の備品に当てないよう注意しないと」
片瀬が仕掛けたのは奇門遁甲、逃げ出した二体に対し同時幻惑を与える範囲技である。そのお陰か突如二体の内の一体が動きを変えた。真っ直ぐ撃退士の群れを逃げ出していたはずが反転したのである。
「最低限の仕事は出来たみたいね」
胸を撫で下ろす片瀬、そこに弥生が到着する。狙いは反転した猫、幻惑にかかった方の猫だった。
「天魔と分かっていても、ちょっと気が引くわね‥‥」
好球必打で確実にトドメを狙いに行く弥生、しかし雷桜を大きく振り上げたところで猫は至高の一鳴きを放つ。それが弥生の剣の起動を微妙に狂わせた。
「これは卑怯なのです‥‥」
歪められた剣先に対し猫は二三歩だけだった。しかしそれだけで見切られたかのように弥生の剣は空を切るだけで終わってしまう。だが幻惑にかかっているため猫は逃亡の様子を見せない。反対に撃退士達へと攻撃を仕掛けていく。標的となったのは事前にマタタビを被っていた藤井だった。
「かもぉ〜〜ん♪ 子猫ちゃーん☆ ボクの胸に飛び込んでおいでよぉ!」
当初から猫を迎え入れるつもりだった藤井は両手を広げ猫の到来を迎え入れた。導かれるがままに飛び込んでいく幻惑猫、その進行先にあるのは藤井の頭だった。しかし攻撃される事を悟っていた藤井はタイミングを見計らい乾坤網を使用する。おかげで顔をひっかかれるだけで被害だった。
親交を深めるためにも藤井は友達汁を使用する。その効果があったのかは不明だが、猫は藤井の頭に飛び乗った。そしてそこを新たな居場所とでも見なしたのか丸くなったのである。
ひとまず落ち着いた猫を後回しし、撃退士達は狙いを未だにバッドステータスにもかかっていない最後の一匹へと狙いを絞る。まず攻撃を仕掛けたのは礼野だった。巧みにチタンワイヤーを操りゼロと同様に拘束を狙っていく。しかしゼロのワイヤー捌きを参考にしたのか回避不可能と思われた礼野のワイヤーを紙一重で避け続ける。
「いたずら猫もこれでおしまいさね」
次に動いたのはアサニエル。礼野のワイヤーから逃げ続ける猫に対しアウルのナイフを作り出し投擲した。狙い通りとは言えないまでも上々の位置へと飛んでいくアサニエルのヴァルキリーナイフ、しかしこれも猫は礼野からの攻撃に続き一連の行動かのように華麗な跳躍を見せた。
「あら、やるじゃない」
回避した猫に感嘆の声を上げるアサニエル。だが次の瞬間その表情が凍りつく。猫が商品棚へと飛び込んだからである。慌てて妨害へと向かう撃退士達、その行動に流石の猫も驚いたのか跳躍する際に液晶テレビに足をぶつけて転倒する。
「ここで押さえさせてもらおう」
転倒の衝撃でヒビ割れたテレビのモニターの上で鎮座する猫にニグレットは回り込み、これ以上自由に動けないようにと忍法「胡蝶」を展開する。更に非常事態と判断した城咲が救援に回る。狙いは変わらず束縛の付与、鉄線蓮による攻撃である。
「同じ猫でも可愛くても天魔な時点でアウトなんすよねぇー」
ワインセラーを破壊した原因を前に攻撃を仕掛ける二人であるが、猫は更に逃亡を図るために陳列された商品の中を走り抜け二人の死角へと回り回避する。
「やっぱり相手が猫だと狙いが鈍っちゃうっす」
城咲が苦笑する。その傍らで別の意味で苦笑していた者がいた。礼野である。
「挑発、活性化させておくべきだったかもしれないな」
礼野の視線の片隅には先程猫の転倒とともに壊されたテレビがあった。電化製品に関してはそれ程明るくない礼野ではあるが値札には一万五千という札が付けられている。依頼人に対しての申し訳の無さと同時に、報酬からの天引きされる値段に頭が痛かった。
「はよぅせんとまた逃げられるで!」
そんな礼野を他所にゼロは猫に対して攻撃を仕掛けた。武器はクラレット、先程
一緒にいた別の猫を倒した武器である。
「こいつで二体目も動きを止めさせて貰うわ!」
一体目と同様ゼロの手から解き放たれたワイヤーは再び猫の行方を阻むように四方八方から伸びて行く。だが一度見た攻撃であるためか猫は軽快なステップでワイヤーの網を抜け出そうとする。そこに礼野が手ならぬワイヤーを差し伸べた。
「一人分のワイヤーなら逃げ切れたかもしれない。しかしこれなら逃げ切れまい」
礼野がゼロの作った逃げ道を塞いでいく。それは猫にとって即席のトラップだった。ゼロのワイヤーから逃げようとしたつもりが結果として礼野のワイヤーに捕まったのである。
「責めて苦しまずに頼む」
礼野はアサニエルにトドメを頼む。アウルのナイフを構えるアサニエル。だが投擲しようとしてところをニグレットが止めた。
「この生命体は既に許された。次へ行こう」
ニグレットがクロスボウを番える。その矢の先にあるのは藤井の頭上にいる三体目の猫だった。
最後の猫は既に幻惑から目覚めていた。これまでは藤井の頭の上で髪の毛を使い爪を研いだり歯を研いだりしたが、幻惑解除とともに本格的に頭に噛み付き始めている。当の本人である藤井は自分の頭上に向けて
弥生から預かったエノコロを振りながら機嫌をとるが猫は威嚇を続けている。
「これで機嫌治してよ☆」
だが藤井の思惑とは別に少なくとも猫は藤井の頭に居座っている。それは間違いなく猫を討伐する好機だった。
まず始めに片瀬が動く。対象が一体になったということもあり太極烙印第二種術式<束縛ノ茨>での石化が狙いだった。砂塵を巻き上げ猫をオーラで包みあげる。だがこれまで藤井の頭を安住の地としていた猫も巻き込まれる直前で跳躍する。その着地先はこれまで二度攻撃を外した弥生の元だった。
「舐められているのでしょうか」
猫に選ばれた事に弥生は迷いもあった。だがこれまで猫を観察してきた自信もある。猫が噛み付いてきたところに敢えて右手を差し出したのだ。
「猫の扱いに慣れてるんだね。私も魅せてやらないと」
弥生の行動にアサニエルの手にも力が入る。そして通算三度目となるアウルのナイフを作り出し猫を追わせた。
「今度は当てるよ」
アサニエルの攻撃はあまり鋭いものではなかった。だがそれはアサニエルの狙いでもある。これまで猫には何人もの仲間が何度も鋭い攻撃をしてきた。しかし猫はその攻撃をことごとく回避している。その結果、猫が早い攻撃に対し目が慣れてきたのではないかという読みがアサニエルにあったのである。
そこでアサニエルは逆に緩い攻撃を繰り出す。これが効を奏した。猫がナイフを見ながら回避へと以降するものの避けきれなかった。
「動き止めたよ」
アサニエルの攻撃は致命傷には至らない。そこもアサニエル自身予想していていた事だった。だが戦っているのは一人ではない。トドメとして城咲が鉄線蓮で追い討ちをかける。アサニエル、城咲の連続攻撃で最後の猫も絶命する。こうして三体の猫は全て退治されたのだった。
「ああ猫よ、さらば。次は普通の猫として生まれるがよい」
死んでしまった猫三体にニグレットが祈りを捧げる。厳かな言葉がようやく場を包んだ。
戦闘が終わった後、撃退士達は依頼人と再び会合した。依頼の報酬や店の再建について話し合うためである。
報酬は酒がいいというゼロ、だが酒を取り扱う事は法律上問題があるため依頼人は認めない。代わりにワインセラーの別の使い方が提案された。
「オリーブオイルやチーズの保管とかどうだろう。他は生物の育成とか」
「後は目を惹くキャッチーさが必要なんじゃないかな。今ならやっぱり可愛さだよね♪」
商品陳列を元の配置に戻しながらの話し合いは店が開くまで続けられたのだった。