全力移動で地下鉄構内へと飛び降り先頭を走るのは縮地と物質透過を併用しようし最短コースを突き進むハウンド(
jb4974)、その後に移動力の高い仁良井 叶伊(
ja0618)、ルナジョーカー(
jb2309)の二人が続く。
「かなり荷物が散開しています。足元注意してください」
駅内の照明は電気系統に異常が生じたのか点いたり消えたりと点滅を繰り返している。壁に貼られた痴漢禁止のポスターは破られ、床にはそのポスターの破片と思われる紙切れ、持ち主の姿の無い靴や財布、携帯電話が散乱。そしてところどころにある掠れた血糊が異常事態を現している。しかし全力移動中の撃退士達ではあったが足を取られるものはいなかった。
「どっちが現場でしょう」
荒れ果てた情景に御剣 真一(
jb7195)は一瞬方向感覚を失いかけていた。撃退士以外の人の姿は当然いない。加えて遮るもののない空洞となった地下道は風こそ吹かないものの気温が低下している。毛布を借りてきてはいるが、それだけでは不十分ではないかとさえ御剣の脳裏に不安が過ぎる。
「あちらが東のようです」
御剣の問いに方位磁針を取り出しアルティ・ノールハイム(
jb1628)が左手で指し示す。
「事前調査では壁面に百メートル毎に点検用の窪みがあるようです。敵に襲われた場合はそこに逃げ込んでください」
依頼人から聞いた話をアルティは電信機越しに伝達する。そして再び全力移動を開始した。
真っ先に地下鉄の車体を発見したのは先行したハウンドだった。
「車両発見したよ」
光信機ですぐさまハウンドは仲間に連絡を飛ばす。
「銀の車体に赤の帯の車両だ! 車輪が外れているのか傾いてるけど、まだ転倒まではしていないよ!」
出来る限り正確に見たままの情報をハウンドは報告する。
「こうすれば車内が荒れてようと関係ないもんね〜! ついでに邪魔な物は壊しておいて、時間のロスを減らして置こうかな!」
意気揚々と目的地である車両へとそのまま乗り込もうとするハウンドだったが、そんな彼を迎え撃つように飛んでくるものがあった。大樹の弦である。
「これが例のしなる棒状の攻撃だね!」
死角からの唐突な攻撃ではあったが、ハウンドはそれをかろうじて回避する。
「早いけど回避できないって程でも無いね!」
虚空を切った弦の行方を見送り、ハウンドはそのまま車両へと直進する。しかしだが回避したはずの大樹の弦が再度飛んでくる。一度目は回避したハウンドではあったが、二度目までは避ける事ができなかった。物質透過を解除さえ間に合わず、受け止めるもののないハウンドの体は地下道の壁面の中をすり抜け飛ばされていく。
その間に仁良井とルナが視界内に車両を捕らえた。
「電気はついていますね。少し戦いやすそうです」
「一部放電しているな。どこかの線が切れてんだろう、気をつけるぞ」
遠目ながら確認できる状況を二人は口早に仲間に知らせてゆく。
「では放電位置は僕のヒリュウに探らせるよ。ルナさんは重傷者の捜索をお願いします」
「了解だ」
アルティがヒリュウを召喚、前方へと向かわせる。返答すると同時にルナは眼前に迫った車両を見回し空いている扉を探す。そして仁良井が大樹に対し挑発を仕掛ける。
「こちらは任せてください」
仁良井は意識を目の前の大樹へと集中させる。間合いを計りながら大樹と対峙した。
「中に入るぞ」
一方でルナは後部車両の開いている扉から車両へ飛び乗る。するとルナの乗った体重で再び車体が揺れた。
「見る限り扉は全部開いているようだ。ただ車体を支える車輪にガタがきているかもしれない。俺が動くだけで車両が揺れそうだ」
「気をつけて移動した方がいいかもしれませんね。振動も怪我には響きます」
遅れて華澄・エルシャン・御影(
jb6365)と飛ばされていたハウンドが合流する。華澄が真っ先に気にしたのは窓だった。大樹のせいなのか乗客のせいか約半分が既に割られており、その破片が車両内外の床に散らばっている。
「窓が割れています。見た限り左の方が割られていますので搬出するには右の方が良いかもしれません」
「それがいいかもしれないね!」
華澄の案にハウンドも同意する。
「後は肝心の重傷者を探すだけだね!」
方針を決めて中に入る撃退士達。すぐさま重傷者への捜索へと移行する。しかし撃退士が集まったところに攻撃が飛んでくる。大樹の弦だった。
「弦の一本がそっちへ行きました。対処をお願いします」
仁良井の叫びが電信機を通して聞こえてくる。その仁良井さえも防御に徹した状態からダメージを受けていた。
先程の経験から受けを試みるハウンド、そのハウンドからの助言でルナとアルティも受けを選択。やや離れた場所にいた華澄だけは回避を選択した。
「これは中々の攻撃だ」
無事回避に成功した華澄を除き、三人は直撃こそは避けたもののそれぞれダメージを受ける。
「どうやら弦は二本あるようです。一本はこちらが引き受けますので、もう一本に気をつけてください」
「さっき俺が攻撃されたのは二本目の弦ってことね」
回避したはずの攻撃を受けた理由をようやくハウンドは理解する。そこに御剣とVice=Ruiner(
jb8212)が到着、そしてViceが後部車両中程にある座席の影から黒の革靴とそこから伸びる黒の靴下を発見する。
「誰かいるみたいだぞ」
Viceが指差した位置に華澄が駆け寄る。そこにいたのは背広を着た中年の男性だった。
「重傷者の一人のようです」
男の顔は高潮していた。華澄が見る限り外傷は無い。Viceもその場に到達、腰に固定していたフラッシュライトを取り外し、男の周囲を確認する。
「大丈夫ですか」
華澄が男に声をかけて近寄る。そして一つの臭いを感じとった。男の体からは酒の臭いである。
「どうやら眠っているだけのようですね。僕が運びましょう」
搬出を提案したのは御剣だった。寒くならないように持ってきた毛布で男を包み背中に抱えあげる。
「いざとなれば縮地で逃げられます。僕が持ってきた毛布や止血剤は他の人に使ってください」
「木の実の砲撃にも気をつけてください」
華澄の言葉に大きく頷き御剣は車体を降りる。そこに大樹の攻撃が飛んでくる。扉付近を狙った実による攻撃だった。縮地を使う暇さえ与えない攻撃に御剣は最低限の防御策を講じた。背に抱えている男性を攻撃に晒さないよう受け止めたのである。そして大樹の攻撃を凌ぎきった御剣は縮地で一気に大樹との距離を開けた。
御剣が去ったと時を同じくして礼野 智美(
ja3600)、神谷 託人(
jb5589)を引きつれ美森 あやか(
jb1451)が大樹の裏側へと到着する。
「遅くなりました。状況はどうですか」
「今一人、四十代くらいの男性を救助した。残り五人だ」
Viceが簡単に状況を説明する。
「こちらから見て左側の窓の多くが割られて破片が散乱している。注意してくれ」
「後はどこかで放電が起こっているようです。重傷者と合わせてヒリュウに探らせていますが、そちらでも気をつけてください」
Viceの説明にアルティが補足する。
「大体把握しました。それでは乗務員の方二名もまだ残っているのですね」
「そうか、まだ乗務員がいたな」
美森の言葉にルナが反応する。そして大樹の攻撃に注意を払いつつ身を伏せながら移動し、後部車両最後尾にある乗務員室の扉に手をかける。
「普通なら鍵がかかっているはずだが」
しかしルナの思惑とは反対に扉はあっさりと開放される。中には車内での乗車券販売用の機械と共に乗務員だった。
「二人目発見だ。後部車両最後尾の乗務員室、服装から乗務員の一人だ」
ルナが声を上げ手を振り応援を呼ぶ。
「その乗務員さんの様子はどうでしょう」
「頭から出血があるが量は大したことなさそうだ。ただ意識が無いから止血剤と毛布を持ってきてくれ」
華澄が御剣の持ってきた毛布と止血剤を運びにかかる。そこに大樹の弦が飛んできた。
「そろそろ攻撃するタイミングは予想できそうですね」
前もって警戒していた華澄は弦の攻撃を受け止める。そして受け流した勢いのままに乗務員室へと雪崩れ込んだ。
「傷は深くはなさそうです。恐らく壁にぶつけた時に出来た傷でしょう」
大樹の攻撃が車体に衝突したのか車体は再度大きく振動し傾斜を激しくする。とっさに華澄は手を伸ばし乗務員の体を支える。
「ヒールは必要そうですか」
美森は回復を提案したが、残り回数と残り人数を考え華澄は不要と答える。
「そこまでは大丈夫でしょう。頭部以外に外傷も無さそうです」
「分かりました。私も先頭車両から車内へと移動します」
「すみません。こちらに一回お願いします」
代わりにこれまで一人でもう一本の弦の攻撃を耐えてきた仁良井が回復を求めた。攻撃を受ける事には成功しているが、ダメージが蓄積している。
「分かりました。智ちゃん、託人さんには列車周囲を見てもらって、私がそちらに向かいます」
「それじゃその乗務員は俺が護ろう。残りも早く行って助け出して来い」
Viceがパイオンを装備し搬出に進み出る。
「足元を狙ってくるとは限らないようだが敵の出方は分かった。このパイロンで弦の動きを阻害してやろう」
「頭は極力動かさないようお願いしますね」
「分かった」
Viceは首と頭を固定するよう乗務員を両手で抱えあげる。そして車両を後にする。
三人目と四人目を発見したのは車両外で放電箇所の確認に務めていたアルティのヒリュウだった。
「ヒリュウが車両外で重傷者を見つけたようです。進行方向右手に出てください」
アルティが率先して車外へと飛び出す。遅れてハウンド、そしてルナと華澄が続く。騒ぎを聞きつけた礼野と神谷も後部車両へと急ぐ。そこに倒れていたのは十代後半から二十代前半程の若い男女のカップルだった。
「怖かったでしょう。しっかり掴まっていてくださいね? 必ずお助けしますわ。」
近寄るや否や華澄は笑顔で二人に語りかける。すると女性の方がゆっくりと顔を上げた。
「アンタ達が天魔ね。そう簡単にはやられないんだから」
腹這いのまま女性は声を張り上げ、隣の男性を庇う様に腕に抱える。しかしその様子がルナの目には異質に見えた。何故腹這いをしたままなのかという疑問である。そしてルナは視界を二人の奥へと向ける。そこで待っていたのは軽い眩暈だった。
「お前達、車体に足を押さえられているのか」
ハウンドも二人の足元へと視線を向ける。すると近くで火花が上がった。放電していた電気が切れたのである。周囲は本格的に暗闇に包まれる。
「車体を持ち上げるしかなさそうだな!」
「それしかなさそうですね。下手に力を入れてこちらに倒れてきてしまいます」
暗くなったため神谷が星の輝きを使用、礼野が二人に毛布で与える。神谷の灯りを頼りにハウンドと華澄が二人を踏まないよう車体に近寄り、アルティとルナもそれに続いた。
「大丈夫、俺達は撃退士だ。今助けるから安心してくれ」
安心させるためにもルナは二人に言葉をかける。しかしそれでも女性は信じきれないのか隣の男性を庇うように身を寄り添わせながら疑いの視線を向ける。そんな視線の先に異物が飛来する。大樹の実だった。
咄嗟に手を離し防御体勢を取る撃退士達、アルティは召喚獣であるヒリュウに命令を下す。
「マスターガードです。ヒリュウ、男性の方を守ってあげてください」
対象を一人しか選べないためアルティはより重傷な男性の防衛を選択、自身も最低限の防御を試みる。
「女性の方も保護を」
ルナが忠告を飛ばすがその前に実が破裂、中身が周囲へと拡散する。しかし撃退士達は更なる絶望の音を耳にした。四人の後ろで軋む車体の音である。
「車体が」
感知を持つアルティ、ルナ、華澄の三人がほぼ同時に車体へと手を伸ばした。だが銀色の巨大な金属の塊は轟音とともに地下道の壁面を削りながら横転する。
「今の音は」
仁良井にヒールを掛け終えた美森が慌てて六人のもとへと駆け寄るが、地面には真紅の血の海が広がりつつあった。そこに救護者を送り届けた御剣が合流する。
「送り届けてきました。一時的に体温が低下しているようですが命に別状は無いとのことです。Viceさんが運んでいた車掌さんも意識が戻られました」
「それは朗報です」
肺の中の空気を搾り出すようにアルティはゆっくり息を吐いた。深夜の凍てつく空気がアルティに現実を突きつけてくる。
「残りの人を助けましょう。助ける側が倒れるなんてシャレにならない。さぁ! 急いで行きましょう!」
「そうだな」
華澄の気丈な振る舞いにルナも短く答えた。
「時間がありません。生命探知を行います」
美森はそう言葉にすると生命探知を活性化させ、使用する。
「前方の車両に二つ、まだ反応は残っています」
その美森の宣言は同時に足を挟まれた若い男女の死を意味していた。
「生存者だ」
残り二人の生存者は前方車両最前列にいた。一人は車掌、もう一人の救護者の肩を支えている。そして最後の救護者はお腹の大きく膨れた女性だった。
「妊婦さんですか」
星の輝きで周囲を照らしながら美森は駆け寄る。酸素が足りないのか女性は大きく息を吸い込みながらも顔は紫に変色しつつある。加えてガラスが刺さったのか背側の服が赤く濁っていた。
「救援者の方ですか」
残る車掌は表情こそ怯えているものの目立った外傷はなかった。ただ救いを求めるような目で撃退士達を見つめている。しかし撃退士達の中に半獣人の姿をした御剣の姿を見つけると死を覚悟したのか念仏を唱え始めた。
「‥‥僕の姿が恐いって思うかもしれない‥‥だけど僕は貴方達を救いたい‥‥だから‥‥助けさせてください‥‥」
それは御剣の偽らざる本心だった。だが未だに車掌は恐怖の表情を浮かべたままだった。その間隙を縫うかのように大樹の弦が襲ってくる。
「仕方ありません。本来なら時間をかけて解決するべきことでしょうが」
美森はマインドケアを活性化させて車掌に、妊婦にはヒールを使用する。そして車掌を神谷、妊婦を礼野にそれぞれ託した。
「公園側が先行してくださったお陰か、公園東側への大樹の攻撃はありませんでした。敵の注意を引きつけながら私達も撤退しましょう」
「全員助け出したんだな」
「さっき最後の二人を礼野さんと神谷さんが運んでいったよ! 後は俺達が撤退するだけさ!」
帰還したViceにハウンドが説明する。
「殿は任せてください。私の雷帝霊符でも有効打は与えられませんでしたが射程はあります。引きながらでも戦えますので」
仁良井を殿に撃退士達は撤退を開始する。その中でも仁良井はいつかはこの大樹を処理しなければならないという思いを強くしていった。
後日依頼人から学園へと連絡が届く。助け出した四名は無事、ただし妊婦の身ごもっていた胎児は流産という結果だった。