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マスター:八神太陽
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/05/07


みんなの思い出



オープニング

 西暦二千十三年四月深夜、繁華街脇のホテルの一室で一人の女が窓の外に広がる光景を眺めていた。名前は佐々木美緒、普段は会社の事務を務めている。見たいものがあったわけではない。何かを見たかった訳でもない。ただ自分の気持ちを整理させたかった。
 事の起こりは三年前の夏だった。友人と行ったツアー先で美緒は二人の男と出会った。和夫と次郎、隣町の保健所で働く人間である。二人に声をかけられた美緒が惹かれたのは和夫の方だった。
 最初の会話は誕生日が近いというとりとめのないものだった。十二月の末の生まれで誕生日とクリスマスをまとめて祝われた事やプレゼントも一括だった事が共通の話題である。それから何回かデートを重ね、二人は距離を詰めていった。
 美緒は自分のスマホへと視線を落とす。スマホの中には二人で撮った写真が今でも残っている。山を登った時のものや海へと遊びに行った時のもの、枚数はそれなりの数になる。しかし二年前の冬に二人は別れた。仕事の関係で休みが合わずすれ違いが増加、誕生日もともに祝えなかった事が引き金に二人は交際を解消した。
 それから二年、その間美緒は和夫と一度だけ連絡を取ったものの直接会う事は無かった。風の知らせによると和夫には新しい女性がいると聞いている。それが連絡を取りにくい理由の一つだった。そして美緒も今プロポーズを受けていた。相手は次郎、和夫とともにツアーで会ったもう一人の男性だった。
 美緒としても次郎は嫌いではない。大切にしてくれている事を実感している。誕生日も共に祝ってくれ、プロポーズの時も指輪を見せてくれた。だがまだ美緒の中には和夫が存在していた。
「俺と一緒に天界に逃げてくれないか」
 二年前、一度だけ連絡してきた和夫は美緒にそう伝えた。
「人間として生きているのが嫌になった。もし一緒にいってくれるようなら初めに出会った」
 その時は美緒は結局行かなかった。だがそれが逆にその後の美緒の心残りにもなっていた。何故行かなかったのか、美緒自身上手く言葉で説明できなかった。
 その時美緒のスマホが着信を告げる。発信先は和夫、そして通話を終えると美緒は二年前に行けなかった場所に向かっていた。


リプレイ本文

「開いたよ」
 まだ肌寒い空気の流れる春の夜、撃退士達は問題の保健所の前へと集まっていた。入口を塞ぐ門には錠前が下げられているが、鋭敏聴覚と開錠を持つ神埼 晶(ja8085)の前には子供のおもちゃ同然の代物だった。
「潜入偵察ね! なんだかスパイになった気分!」
 遠藤 アオ(jb5419)から借りたナイトビジョン?を装備し、雪室 チルル(ja0220)はいつにも増して上機嫌だった。普段は闇に包まれ見る事の出来ない世界が今は見える。そんな初めての感覚にチルルは興奮を覚えていた。
「アオ、ありがとね!」
 貸してくれた遠藤の手を握り、雪室は感謝の意を表した。
「お役に立てたようで‥‥なによりです」
 必死に照れを隠しながら遠藤は答える。
「準備は整ったでござるか」
 二人のやり取りが終わったことを確認し断神 朔樂(ja5116)が声を掛ける。顔には既にナイトビジョンを装備し、手は先程神崎が開けた門に置かれている。先行して偵察する心
づもりだった。
「行くでござる」
 戦闘に断神、それに蒼桐 遼布(jb2501)が続いて撃退士達は保健所の敷地内に足を踏み入れていった。

 奥へと進みながら蒼桐は自分の不快感が高まっていくのを感じていた。獣臭さが強まってきたからである。極力平静を装っているものの心拍数が増えているのを自分で実感している。和夫を逃がさない、その強い思いが力となっている。しかし足を踏み出そうとした時に後ろから服を引っ張られる。振り返ると桐村 灯子(ja8321)が蒼桐の足を指差していた。
「木の枝です」
 小声で桐村が話しかけてくる。
「罠かどうかは分かりませんが音は鳴るでしょう」
 そこまで言って桐村は青桐の掴んでいた服から手を放す。
「すまないな、気を付けよう」
 蒼桐はそう言うと足を一度引き、次に大きく踏み出して枝を超える。そして先行している断神が足を止めている事に気付いた。
「どうしたんだ」
 声をかける青桐、そして返答を待たずに断神が足を止めた理由を悟った。獣の遠吠えが聞こえてきたからである。
「一つじゃろうか」
 美具 フランカー 29世(jb3882)が聞き耳を立てる。しかしすぐに遠吠えに反応し、また別の遠吠えが聞こえてきた
「三つ、なのかな」
 サキ(jb5231)が呟く。耳の中でも何重にも反響しているが幾つか反響の違うものの存在がある。
「いや、五つだ。距離が微妙に違う」
 サキの言葉を神崎が否定する。
「先に三体来るかもしれない。準備を」
「もう見えているでござる」
 神崎は警戒を促すも、それより先に断神は蛍丸を抜いていた。彼の視線の先には闇を照らす小さな光が闇を見ていた。高さは人間の腰ほど、数はニ。だがすぐにもう二つ増え四つになった。色は白からやや金を帯びている。
「あれは目のようじゃのう」
 美具はナイトビジョンを装備している遠藤に尋ねる。
「合ってるじゃろうか」
「ですね」
 遠藤は力強く頷いた。ナイトビジョン越しに見る遠藤の目には光のそばに物体を確認していた。色までは断言できないが細かい獣毛、そして歯というよりは牙に近いものが見て
とれた。犬というよりオオカミに近い外見だった。
「消臭剤つけていたはずなのに」
「消臭剤と言っても完全に臭いを消せるというわけでは無いのでござろう。市販品でござるからな。あるいは消せるわけでも市販の消臭剤では誤魔化せない嗅覚をもっているのでござろう。こちらの気配を嗅ぎ取る能力の高さ、サーバントと考えてほぼ間違いないでござる」
 悔しそうに桐村の疑問に断神が答える。
「どうせなら激臭ぶつけた方がよかったかもね」
 サキは後悔するものの既にオオカミには発見されている。
「二体であってるでござるか」
 断神が他の撃退士達に確認を取る。それを訂正したのは雪室だった。
「二じゃなく三だね」
 雪室は訂正しつつツヴァイハンダ―FEを抜き中立者でカオスレートを確認する。結果は−1だった。
「予想してたけど、天魔化してる。レートは1よ」
「残り一匹はどこに」
「正面二匹の中央」
 ナイトビジョン越しで見る雪室の目には前方に控える犬の間やや後方にもう一匹の姿を見つけた。
「遠吠えが五つ、ということは残り二匹か」
 蒼桐は周囲を見渡す。夜目が利くわけではないため気配を探るが、それらしいものを見つけることはできなかった
「和夫と美緒の姿は」
「ありません」
 蒼桐の質問に遠藤が答える。
「ならいいんだ」
 既に睨み合いを始めている断神や雪室とは違い、蒼桐は不安を覚えた。この状況は和夫が時間稼ぎをしているように思えたからである。だがすぐに頭を切り替えた。和夫は魅了をしてくるというのが参加者の総意でもある。実際に見てはいないものの、蒼桐もその意見に依存は無かった。この暗闇の中で乱戦はしたくない、そんな思いがあるのも事実である。
「もし見つけたら教えてくれ」
 それだけ遠藤に伝えて蒼桐は蛇矛を抜く。その前を一陣の風が吹き抜ける。先行する断神、そしてそれに続く雪室だった。
「悪いが邪魔者は排除するでござる」
 断神が剣を抜きアスファルトで固められた大地を走る。狙いは正面左側だった。前方にいるオオカミ二体は共に左足を前にしている。左から攻め込めば隙が狙える、そう直感的に考えたからである。
 断神の動きに合わせて雪室は正面右側のオオカミへと向かった。迎え撃つために右のオオカミも突出、大きく口を開けて雪室の腕を狙う。
「ここは迅速に片付けさせてもらうよ」
 雪室はツヴァイハンダ―をオオカミ向けて横薙ぎする。攻撃が主目的ではあるが、同時にオオカミの口を封じる事ができれば防御へとも繋がる。攻防を考えての動きだった。
 そこにもう一体のオオカミが姿を現した。片手の塞がった雪室の頭を狙う。氷柱のような巨大な牙が眼前に迫る中で雪室は背筋に任せて身を逸らし回避する。しかしバランスを崩したところをツヴァイハンダーで抑えていたオオカミが剣を雪室の手から引きはがした。
「やばっ」
 気付いた時には既に剣が雪室の手から離れていた。そこに残ったオオカミが追撃にかかってくる。避けられない、雪室の直感がそう伝えてくる。
「フロストディフェンダー!」
 緊急的に発生させたオリアクスロッドで受けを試みる。急に発生した目の前の物体に驚いたのかオオカミが怯み、かすり傷を負うだけに終わる。そこに蒼桐が救援に駆けつけた。そして蛇矛をツヴァイハンダ―の間合いの外から狙い撃つ。
「それじゃ、双極active。Re-generete!! 悪いけどこちらも急いでいるんでね」
 蒼桐の言葉に応じるように蛇矛は変幻自在の動きを見せた。そして翻弄したところでオオカミからツヴァイハンダ―を弾き飛ばす。
「ありがと!」
 弾き飛ばされたツヴァイハンダ―を空中で掴む雪室、それを更にオオカミが大きく咆哮して追撃に走る。それを止めたのは美具の召喚したティアマトーによるダイレクトアタックだった。
「これがテイマーの力じゃ」
 ティアマトーの攻撃は回避こそされたもののオオカミの足を止める事に成功したのだった。
 一方で断神はオオカミの喉に狙いを定めていた。
「吠えられれば厄介でござる」
 蛍丸から流れるような動きで死角へと回る断神、そして不意打ち気味に蛍丸をオオカミの喉笛に一閃を入れる。
「まだでござるか」
 手ごたえはそれなりにあった。だが十分とは言えなかった。喉という急所を狙った事は違いないが、それでも黙らせる程の感触には遠かった。
 手負いになったオオカミは喉元から血を流しながらも遠吠えを上げる。音量はほとんどない。近くにいる断神でようやく聞き取れる程度の音量である。そして咆哮を上げ終えると断神へと向かってきた。
 既に怪我を追っているためかオオカミの動きは遅くは無いものの先程までと比べると格段に遅い。フェイントが二度入るもの遠藤が鉄心護符でオオカミの行動を妨害、更にサキが囮として介入しオオカミの狙いを逸らす。そして断神がオオカミの傷ついた喉に更に再度蛍丸を突き立てた。
「今度こそ死んでもらうでござる」
 断神が蛍丸を引き抜く。しばらくは足を痙攣させていたものの、やがてオオカミはアスファルトの上で動かなくなった。
 その頃、残る二体のオオカミに対し神崎と桐村が参戦。だが二人とも苦戦にしていた。夜間の暗さは夜目で相殺しているものの敵の動きが早く捕えられないからである。
「すばしっこい」
 神崎の44リボルバーマグナムが闇の中で火を噴いた。当ればダメージは期待できる。しかしかすりはするものの致命傷には至らない。もう一匹のオオカミに向かって放たれた桐村の天翔弓も回避される。だが桐村にも一つの考えがあった。二匹のオオカミを近い位置に寄せるということである。そして二匹が接近したところで美具がティアマトーに命令を下す。二匹をまとめて攻撃するボルケーノである。
「ティアマトー、ヴォルケーノを」
 美具の命とともにティアマトーがオオカミへと攻撃を下す。縦横無尽に繰り出されるティアマトーの攻撃に当初は回避を試みる二匹のオオカミだったか、やがて二匹とも攻撃の渦に飲み込まれる。そして攻撃が済んだ所に雪室、蒼桐が走り込む。残ったのは二体のオオカミの死体だった。

「これが殺すということなのですね」
 アスファルトに転がる三体のオオカミの死体を見下ろし、遠藤は必死に込み上げる嘔吐感を抑え込んでいた。やらないとやられる、それは戦いながら遠藤も実感したことである。だがこうして実際に倒した敵の死体を見ると、これでよかったのだろうかと悩んでしまうのも事実だった。
「行くよ」
 蒼桐が先を促す。蒼桐にも嫌な予感があった。時間がかかり過ぎたということである。先程の戦闘ではオオカミは執拗に遠吠えをしていた。その声は和夫にも聞こえていたのではないかというものである。蒼桐に従うように後ろ髪を引かれながら遠藤は奥へと向かった。

 室内に入り予め室内の見取り図を調べていた雪室、神崎、サキが先行する。下調べによると保健所は大きくはなかった。事務室や応接間のある一階と会議室のある二階、そして倉庫を兼ねた地下室があるだけである。三人はそれぞれ分担して和夫と美緒を追っていく。
 しかし捜索を開始して数分、誰からも発見の声は上がらない。他の五人も手分けして捜索の手伝いに参加した。そして神崎が参加者に告げる。
「電気をつけて」
「いいのじゃろうか?」
 思わず美具が反論した。しかし声に出してようやく本来ここにいるべき相手である和夫と美緒がいないのではという仮説に到達する。そしてその証拠が神崎の声に和夫と美緒が反応していないことだ。
「分かったのじゃ」
 神崎の言葉を待たずに美具は電気をつける。照らし出される室内、そこに肝心の和夫と美緒の姿は無い。何かの資料と思われる書類が散乱しているだけである。
「標的が逃げた。誰か阻霊符を」
 言われて全員が顔を見回せる。そして誰もが阻霊符を使ってないという事実に全員が気付いた。慌てて発動させる雪室、そして蒼桐は来た道を戻る。
「まだその辺りにいるかもしれない。探してくる」
「私も行きます。まだオオカミも二匹残っている。夜目が利いた方がいいでしょう」
 蒼桐の後に桐村も続く。だが心の中では見つけられる可能性が限りなく零に近い事を悟っていた。この建物に入ってからオオカミは何度となく遠吠えを上げている。迅速に倒しはしたが断末魔まで上げたあの音量で聞こえなかったとは考えにくかった。
 そんな考えを巡らしていると撃退士達の耳にもサイレンの音が聞こえてくる。パトカーのサイレンだった。
「依頼人にも連絡を入れましょう。事態の説明をしないといけませんし、このままでは最悪私達の方が不法侵入で警察に捕まります」
「そうね」
 誰がパトカーを呼んだのか、サキはそんな疑問に捕われた。だが同時にそれが意味のない事である事にも気付いた。オオカミの遠吠えは何も特定の誰かに向けられたものではない。近所の住人が何らかの異変を感じ通報してもおかしくないものだと考えないしたからである。

 やがて現場に依頼人が到達する。事情を説明してもらい撃退士達は開放される。
「逃げるとは思いませんでした。申し訳ない」
 撃退士達にも頭を下げる依頼人、だがそれを直視できるものはいなかった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
銀炎の奇術師・
断神 朔樂(ja5116)

大学部8年212組 男 阿修羅
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
余暇満喫中・
柊 灯子(ja8321)

大学部2年104組 女 鬼道忍軍
闇を斬り裂く龍牙・
蒼桐 遼布(jb2501)

大学部5年230組 男 阿修羅
怪傑クマー天狗・
美具 フランカー 29世(jb3882)

大学部5年244組 女 バハムートテイマー
撃退士・
サキ(jb5231)

高等部3年10組 女 阿修羅
撃退士・
遠藤 アオ(jb5419)

大学部3年184組 女 バハムートテイマー