昼下がりの午後、暖かな日差しも幾分の落ち着きを見せ始めた時間に撃退士達は問題の納骨堂を取り囲んでいた。外見は白塗りされた木造住居であるが、窓と換気扇が一つずつであるため人が住んでいるような気配はない。何より壁の塗料の大部分が禿げ落ち、一部は中の土壁が顔を出している。
長年雨風に晒され続けた上に管理が不十分であった動かぬ証拠であったが、今はそんな建物の内側から物音が聞こえてくる。事前調査を総合すると、内部にいるのはやはり噂になっている骨型天魔で間違いないらしい。
「よし、開けるぞ」
錆の浮かぶ南京錠の鍵穴を確認し、鳳 静矢(
ja3856)が参加者の顔を見回した。周囲には現在撃退士しか存在しない。万一の可能性を考慮して役場を通し避難勧告が出されている。
続いて鳳は自分の右手に視線を落とす。そこには依頼人である役場から借りて来た当の納骨堂の鍵が握られている。
息を殺し鍵を鍵穴へと通す。外からはやや強い風の音が納骨堂の屋根沿いの隙間へと差し込み甲高い音を立てている。ゆっくりと鍵を捻り錠前を抜き取る。
「奇襲、来ないな」
北島 瑞鳳(
ja3365)は扉から視線を烏田仁(
ja4104)へと向けた。だが烏田も首を振る。怪しいものの動きは無かった。
「敵は二体だ。噂されている奴だと考えて間違いないだろう」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が屋根から飛び降りる。
「門の正面奥で二人仲良く並んで骨壺磨いてたぜ。こちらに気付いた様子はなさそうだ」
ミハイルが見たのは二体の骸骨だった。右に剣、左に斧を抱えた骸が並んでいる姿だった。
「阻霊符は発動させておいた。いつでも行ける」
鳳が扉に手をかける。それを迎え撃ったのは骸骨の持つ骨壺だった。
「大丈夫ですか」
声を掛けたのはルールライ(
jb4792)だった。
「ただの骨壺だ」
ただのという鳳ではあったが、投げられた骨壺はブロンズシールドに当って破損。中身の骨が鳳の髪にかかる。物理的にはただの灰、鳳自身も一切のダメージを受けてはいない。だが精神的には来るものがあった。
「タダの骨じゃないというのか」
郷田 英雄(
ja0378)は納骨堂側面で待機、影野 明日香(
jb3801)は聞き耳を立てたまま納骨堂の奥で待機している。郷田は突入の時期を見計らい、影野は骸骨の逃亡を防ぐための待機である。烏田も納骨堂から距離を置いたまま動かない。こちらは援軍を警戒しての待機である。
「応戦するぞ」
北島はフレイムシュートを骸骨へと向けて発射する。セリェ・メイア(
jb2687)が不思議植物図鑑を構え、ルールライはクロスボウを引き絞る。だがそれより前に動いたのは斧を持つ骸骨だった。
「これは」
鳳は骸骨の動きを観察する。そして骸骨は大きく右手を振りかぶった。斧が入り口前で攻勢に転じようとする三人に斧を投げ込んできたのだ。
「拙い」
北島の口を突いて出た言葉は嗚咽だった。投げられた斧が北島の肩口を切り裂いていく。とっさにセリェは天使の羽へと変更、上空に逃げる事で被害を足首周りの出血のみに抑える。ルールライのみが完全に回避してみせるが、その背後で音を聞き取った。
「斧が戻ってきます」
ルールライが思わず叫ぶ。しかし気付いていた時には既に斧が骸骨の手元へと戻って来ていた。
「ほう」
郷田は思わず声を上げた。難しい依頼と聞いていたために違和感があったからである。
鳳も鍵と南京錠へとポケットへと仕舞い、代わりに閃光の魔導書を手にした。放たれた光弾は斧骸骨へと光跡を残し飛び立っていく。だがその弾を受け止めたのは剣骸骨の方だった。
「出てくるぞ」
ミハイルは剣骸骨の背後、換気口からスターショットで狙撃。命中範囲の広くバランスの崩しやすい頭部へと狙いを定める。
「死骸から作られたなら、あいつらはディアボロか?」
ミハイルは骸骨の様相からそう予想を立てた。そしてクロスファイアを頭蓋へと向ける。動きも鈍重、しかも直線。狙う箇所こそ小さく絞られるものの今のミハイルに不可能は無かった。銃声音にやや遅れる形で剣骸骨へと放たれた弾丸は頭蓋骨に大きな亀裂を作成する。
だが骸骨はミハイルから受けた痛みをものとも感じさせずに全身、そして手にしていた剣を力任せに振り上げそのまま叩き下ろす。狙われたのは最前線に立つ鳳、そしてルールライだった。
「この程度か」
先程の斧と違い、剣はなぎおろすだけの単調な動き。しかし腐っても天魔か、その一撃は回避能力の低い者に対するには十分な鋭さを見せた。剣が振り上がったと認識した次の瞬間には、既に振り下ろされていた。
ルールライは一歩も動けなかった。そして剣骸骨から繰り出された無慈悲な一撃は彼女の脳を揺らし一時的にではあるが意識を飛ばした。
「引け」
待機していた郷田が剣骸骨とルールライとの間に割って入った。
「あっちの斧の方を頼む。逃げ出すかもしれない」
気付いた時、斧骸骨は北島のフレイムシュート、セリェの不思議植物図鑑から放出された種子の直撃を受けつつも直立。透過できない事を悟ったのか納骨棚を破壊し壁に大穴を開ける。影野がそれに対峙しているが一対一ではどうなるか、ルールライは今もを持ってそれを体感している。
「分かりました」
不安はあったが今は動くしかなかった。
その頃影野はニーズヘッグを手に斧骸骨と距離を置いていた。先制が取れるという圧倒的優位に立ち攻撃を当てているものの、影野も骸骨の斧の脅威に晒されていた。カイトシールドで受けようも力任せに弾かれるからである。斧による直接のダメージこそ無いが、腕の筋肉は疲労を重ね痙攣を起こしかけている。
「待たせたな」
そこに颯爽と現れたのはミハイルだった。
「中立者の結果が出た。こいつらは冥魔だ」
「だろうな。予想はついていたよ」
お互いに攻撃が命中し、お互いに被害を与えている。そんな状況から影野は目の前にいる骸骨が冥魔だと予想はつけていた。だが予想がついていたとしてもカオスレートを変えられない影野にとって突破口になるわけでもない。ミハイルの合流は素直に有難かった。
「北島とセリェがこっちに向かっている。あとルールライにライトヒールを頼む。向こうには烏田が合流した」
「了解だ」
手短に状況を説明し、ミハイルはクロスファイアを剣骸骨へと向けた。
「ここからは俺が相手をしてやろう。骨だけに多少の骨のある攻撃を期待してるぜ」
時が止まった。少なくともミハイルにはそう思えた。影野だけでなく剣骸骨さえ凍りついたかのように動かない。自分が絶好調なのか、それとも自分とこの骸骨達が余程相性がいいのかは分からなかったが自分が優位な立場にいる事に違いは無かった。
「……そこジョークじゃねぇから!」
攻撃へと転じる中でミハイルは北島の姿を目に止めた。そして引き金を引く指を遅らせる。北島の表情こそ普段と変わらず無表情を装っているが、攻撃の狙いが斧骸骨のスタンにある事を悟ったからである。
「足元ばかり見てると頭ぶつけるぜ」
狙いは脳天だった。命中範囲が広い事も一つ、そして敵の位置から頭の位置が想像できるのがもう一つの理由だった。だが欠点も一つある。軌道が単調になり読まれやすいということである。剣骸骨が回避に成功したのもこのためだった。
しかし回避行動直後を狙って二の矢のミハイルがスターショットを発動させる。だがこれも読まれていた。再び頭部へと狙った一撃は後頭部を掠めるものの大したダメージを与えきれずに弾丸は通過していった。
北島、ミハイルの連続攻撃を受け流した斧骸骨は二人の方へと向き直り前傾姿勢をとる。投擲の構えだった。狙われたのは北島、投げられた斧は回転しながら北島へと向かっていく。
「一度見た技を二度も食らう義理は無い」
意表を突かれた一度目と違い今回は軌道が確認できた。徐々に接近し拡大して見えてくる斧の様子がはっきりと見える。だが回避しようとしたその時、先程怪我を負った右肩が疼いた。
「ちっ」
思わず舌打ちをした北島。油断したわけではなかった、だが一瞬視線を斧から離した後に再び斧を見つける事ができなかった。
「大丈夫か」
すぐさま影野が北島の元へと向かいライトヒールを試みる。しかしそれを防ごうと斧骸骨は自ら投げた斧を受け取りに走り、北島に追撃をかける。追いついたセリェとルールライが足止めしようと植物図鑑とウイングクロスボウを斧骸骨へと向ける。
「許せません、よ‥‥!」
セリェの脳内には申し訳ない気持ちで溢れていた。斧骸骨の逃走を許した事、棚が破壊された事、北島が傷を負った事。全てが自分に非がある、自分の連係ミスではないかという気持ちに苛まれていた。
一方でルールライは天魔が出てきてしまった事に対して気持ちを必死に切り替えていた。防御力の高さには自信があったが、カオスレートの関係もあり過信はできない事を自分自身に言い聞かせる。そんな思いを乗せた二人の攻撃はルールライの矢こそ骸骨の肋骨の隙間をすり抜けていったが、セリェの不思議植物図鑑から放たれた種子は骸骨の膝関節に命中。僅かな隙間へと挟まり、一時的ではあるものの動きを封じ込めた。そのセリェの作った時間に影野は北島を救助、ライトヒールを試みる。
「数の上ではこっち有利か。一気に決めちまいたいもんだ」
影野に礼を言い、北島は再び立ち上がった。
同じ頃、烏田が郷田、鳳と合流。三人で剣骸骨を取り囲んでいた。
「骨野郎とは、相手が悪かったな」
郷田がシュガールを実体化させ右手で柄を握りしめる。
「肉を切らせて骨身断つ、それが俺の今の二つ名だ」
闘気解放からの郷田の気合を乗せた大上段ではあった。だが剣骸骨はこれを剣で難なく受け止める。そしてシュガールを払い飛ばすと同時に剣で郷田を薙ぎ払いにかける。それにいち早く反応したのは烏田だった。剣骸骨の側面からショットガンを放つことで骸骨本体にダメージを与えつつ、骸骨の握る剣にも散弾を当て動きを鈍らせたのである。このお蔭もあり郷田はバックラーで骸骨の大太刀を受け止め被害を最小限に留める。そして郷田が骸骨の矢面に立っている間に鳳が武器を魔導書から柳一文字へと持ち替える。そしてミハイルが作った頭部の傷に狙いを定めた。
骸骨の標的となっていた郷田が一先ず骸骨を引きつけ鳳が頭部を狙いやすい位置へと誘導、攻撃を仕掛けつつ骸骨に防御の構えを取らせる。そこに鳳が柳一文字を突き立て、最後に烏田がショットガンで頭蓋骨を粉砕する。頭部を失った剣骸骨は再び立ち上がる事は無かった。
一方で斧骸骨と対峙する五人は距離を取りつつ確実にダメージを積み重ねていた。疲労を感じない骸骨ではあるが、ダメージにより削られていく骨身が動きを鈍らせていた。
「そうか」
敵の動きから北島は事態を察した。
「コイツら、自分の力の際限を知らないのか」
斧を振う度に骸骨の身体から粉のようなものが舞っている。
「自分の身体のスペアのために骨を探していたんだな」
一度は外れた北島の攻撃ではあるが、再び骸骨が回避を成功させる事は無かった。状況を察したセリェは攻撃をエナジーアローへと切り替え、ルールライも再びスクールシールドを手に前線に上がる。斧骸骨が動かなくなったのはその数分後の事だった。
鍵を返しに行く前に簡単に掃除を済ませ、撃退士達は納骨堂に一礼する。
「お騒がせして済まなかった。安心して休んでくれ」
「お騒がせしました‥‥っと」
天魔は倒したものの棚を破壊を阻止できなかったことを気負いながらも、それぞれの思いを胸に撃退士達は学園へと戻っていった。