「なかなかに絶景だなぁ!オイ‥‥やべぇカメラ持って来ればよかったぜ」
エンジンの振動を直接体で感じながら厚木 嵩音汰(
jb4178)はセスナの窓越しに眼下に広がる光景を眺めていた。
「ここから飛び降りるんだろ。今から腕が鳴るぜ」
「私もです」
同じく参加者の一人であるティア・ウィンスター(
jb4158)は窓に手を触れる。
「どんな風が吹いているのか楽しみなんですよ。こんなに上空まで来たこと無いですから」
無表情のままティアは淡々と語る。
「敵が出てこなければ尚良いのですが、この光景を記憶に留めておきたいものです」
窓に触れても風を感じられるわけではない。現在参加者達が同乗したセスナは多少老朽化しているものの窓にヒビが入っている訳でも埃が溜まっている訳でもない。だがティアは少しでも外に近い位置に触れていたかった。
「ところで依頼人は?」
厚木は窓傍から一旦離れて機内へと目を向けた。
「さっきから姿が見えないが」
「ベルトが締まらないとおっしゃってましたよ。アリシアさんと青銀さんが苦戦されてました」
ティアの説明通り、依頼人である高梨はアリシア・タガート(
jb1027)、青銀 朝(
jb3690)の女性二人に囲まれていた。依頼人待望の両手に華の状態であるが、伸びきった鼻の下同様に下っ腹もだらしなく既定の固定具が入りきらなかったからである。
「どうしてこんなになるまでほっといたんっすかー!」
青銀が高梨の体を固定、アリシアがベルトを縛り上げる。二人とも本気でやっているわけではなかったが、一般人である高梨は撃退士二人に抵抗できるわけもなく自由を許された口で抵抗を試みていた。
「そんなに強くしないでよ。入らないものが入るわけないじゃない。僕が今から痩せられる訳ないんだからベルトの方を伸ばしてよ」
高梨としては最もな意見のつもりだった。だが二人は彼の意見を黙殺した。一つは身の危険を感じたから、もう一つは戦闘で邪魔になると判断したからである。
「静かにしてないと空中で切り離すぞ」
威嚇を兼ねてアリシアが睨みを利かせる。そして高梨が怯み上がった所で一気にベルトを締め上げる。
「ちゃんと入るじゃないっすか」
青銀が僅かに涙を浮かべていた依頼人の背中を軽く叩く。それに対し依頼人も必死に睨み返すが言葉を吐く事は無かった。
「そろそろ目標地点に到着するみたいよ」
コックピット傍からルルナ(
jb3176)と桜花(
jb0392)が顔を出す。
「今回は天空のスペシャルステージだよ! 楽しみにしててね」
アイドルであるルルナは自己アピールも忘れない。特にルルナを知らなかった依頼人にはウインクして記憶を植え付けていく。負けじと桜花も自己紹介を開始する。
「君が高梨智也君? 依頼を受けた撃退士の桜花だよ、よろしくね」
顔を売るために桜花も高梨に握手に求める。依頼人は先程まで見せていた涙を忘れたかのように笑顔に戻り握手に応える。だが腫れたままの目と変わり身の速さにはアリシアと青銀も苦笑した。
「ところで固定具は装着終わった?」
自分の宣伝も終えてルルカが依頼へと頭を切り替える。
「今終わった。多少苦戦はしたがな」
アリシアが完了をしめすように高梨へと視線を向ける。
「そっちの方は」
「終わったみたいよ」
そっちというのは御堂・玲獅(
ja0388)と遠宮 撫子(
jb1237)の事である。二人はパラシュートの開傘の仕方、通信機の使用状況の確認をしていたところである。
「ただ実際にやってみないと突発的なハプニングは分からないって」
「それは仕方ない。実際やってみるしかないさ」
やがてセスナが空中で停止、そして開閉口がゆっくりと開き冷やされた大気が機体の中へと一気に流れ込んでくる。
「行きましょう」
通信機の練習を兼ねて御堂が皆に声をかける。しかし口を開けると同時に流れ込む大気が声を出させない。代わりに遠宮が自分を指差し続いて外を指差し、最後に頷いてセスナから飛び出した。遅れずと厚木、ティア、御堂が続く。
「行くぞ、自分のタイミングで飛べ」
アリシアが高梨に言うや否や、高梨は足を進め雲の広がる大空へと踏み切って飛び立つ。
「あ、私達スカイダイビング初めてだから、何かあったりパラシュート開かなかったりしたらごめんね」
護衛対象のダイブを確認し、桜花はその背中に声をかける。そして返事の出来ない依頼人を追随するために青銀、桜花、ルルナも続いていった。
飛び立ってからしばらくの間、桜花は純粋にスカイダイビングを楽しんでいた。依頼人とタンデムを組むアリシアを中心に全員で手を繋ぎフォーメーションを構成する。
「しっかし、スカイダイビングしたいならしたいで安全なところでやればいいのに、お金持ちのやることは良く解らないなぁ」
それは依頼前から内心桜花が抱えていた疑問である。現在世界でどれだけ安全と言える場所があるのかは分からないが、資金に余裕があればできるのではないかと思ったからである。だが同時にスカイダイビングをやる機会を与えてくれた事に感謝し、天魔が出なければ素直に楽しめると考えているのも事実だった。
そんな彼女の思惑を裏切るように御堂が手を上げる。それは降下四十秒を伝える合図だった。
「間もなく上空千メートルです」
はっきりと聞き取れるわけではないがそんな声が聞こえてくる。下には緑の大地が参加者を迎えようと緑の大地が広がっており、障害物らしきものの姿はまだ認められない。一度視線を依頼人である高梨とアリシアへと向ける。何かやらかすのではないかと心配の種だった依頼人も全身を大の字に広げ、全身を包む浮遊感を楽しんでいるようだった。だが安心している所にルルナが叫んだ。
「零時の方向、数一。来るよ」
ルルナを襲ったのは巨大な火の玉だった。不意を突かれた事もあって身体が動かない。加えて固定具とパラシュートの開傘タイミングを狙われた事もあった。だがそれ以上にルルナは回避をするつもりがなかった。避けた場合に最悪火の玉は後ろにいる高梨に当る可能性がある。それを防ぐための防御だった。
「いったいの貰ったわね」
火球に対抗するためにルルナも直前で”GO AHEAD”を使用する。彼女の歌から発生した光の膜が全身を柔らかく包み込み、ルルナ自身も息を吐き歯を噛みしめ防御の構えを取った。
そして瞬きも許さぬ時間に火球はルルナの全身を焼いた。展開した光の膜さえも焼き払い、灼熱の大気が皮膚を襲う。だがそれを痛がる暇を与えず敵は接近をしてくる。ルルナの目の前に現れたのはルルナ自身よりも巨大な翼竜だった。
「鳥か竜か分からないけど突っ込んできます」
ルルナが警告を発する。しかしその声をかき消すかのように翼竜は小さくまとまった撃退士達一行を旋風に包み込む。
「一旦散開だ。このままではパラシュートごと飛ばされる」
ルルナが時間を作った間に開傘した厚木が両手を離しピストルを抜いた。そして銃口を翼竜に向ける。
「こっちだ、鳥野郎」
厚木による威嚇無しの本気の攻撃、狙いは目だった。
「当れば儲けものだ」
目さえつぶせば接近する事が容易になる。接近からの剣戟が厚木にとっての理想形である。それは同時に依頼人から敵の目を外す目的でもある。しかし厚木の放った銃弾は急速旋回した翼竜の頬へと突き刺さる。
「多少は足しになっただろ」
痛がる様子を見せない翼竜だが、降下してからの戦闘を考えていた厚木は今はそれで十分と判断を下した。続いてルルナが“プリンセスクレイドル”を高梨に、御堂がアウルの鎧を高梨とアリシアのパラシュートに対して発動させる。
「怖いよね……でも少しでも楽しんでくれたなら私たちが来た意味もあるのかな。大丈夫、次に目が覚めた時は安全な地面の上だよ」
聞こえていない事は理解しながらもルルナが高梨に囁きかけた。続く青銀は厚木と同様翼竜の注意を向けるために敵側へとパラシュートを移動、桜花もアリシアと高梨から距離をとりつつ高度計を確認。そしてバヨネットハンドガンを撃ち込んでいく。
「パラシュートは無事に開いたけど、後はアレの機嫌次第なのね」
ハンドガンの弾は翼竜の羽に当る。貫通はしないものの翼竜は僅かにバランスを崩す事に成功した。そこにティアが弓を放つものの姿勢を立て直した翼竜は翼を仰ぐ事で矢を吹き落す。
「先に降下します」
一先ず先に降下ポイントを確保するために遠宮が加速、それにアリシアが続く。眠りについた依頼人を起こさないように気を使ったアリシアだったが、着地後も高梨がまだ深い眠りに落ちている。
「これでこっちも攻勢に出るっすよ」
地表に近づいた事を確認し、青銀とティアが光の翼を発動させる。高度計を見る御堂と桜花が許可を出すと同時にパラシュートを切り離し、翼竜へと飛びかかる。
だが二人がパラシュートを切り離すと同時に突風が起こる。体制を崩す青銀とティア、しかし限界まで伸ばした指先が翼竜の爪を捉えた。
「やりましたね」
自由を取り戻したティアは聖火で攻撃、そしてまだパラシュートをつけたままの厚木は先に翼竜を捕まえた青銀に対し苦虫を噛みしめた。自分が兜割りを決めつつ地面に叩きつけるつもりだったからである。
割り切ってダメージ役を徹するティア、厚木。そして桜花もその二人に加わる。その構成の中で青銀は翼竜の羽を抱え込み膝と肘で極めにかかった。狙いはパイルドライバー、三十メートル分の重力と加速度を上乗せした青銀のフィニッシュホールドである。
だが青銀には一つ誤算があった。体格差である。青銀の小柄な手足に対し翼竜の身体はあまりにも大きかった。翼竜が暴れるたびに極めていたはずの羽が手から抜けて行ったのである。そして地表間際に剥がされ、逆に青銀が跳ね飛ばされる結果になった。急ぎ御堂とルルナが救援に向かったお蔭で軽傷で済んだものの、代わりに翼竜はもう空の彼方へと消えていくところだった。
「ようやく眠り姫ならぬ眠り王子のお目覚めだね」
翼竜退散後、パラシュートを枕にしていた高梨の起床に気付いたのは睡眠をかけたルルナ自身だった。
「空の旅はどうだった?」
自分の苦手意識を顔に出さないように高梨に尋ねる。それに対し高梨はしばらく悩んだ様子を見せて言葉を選んで答える。
「不満かな」
絞り出すように言葉を吐いた。
「僕はここの景色を刻んでおきたかったんだ。天魔に襲われると地形が変わるという話も聞いた。その前の今の光景を覚えておきたかったんだ」
「だったら始めからそう言えばいいのに」
桜花はまだ横になっている高梨の横に座った。
「ただ単にわがままな男の子って思われたよ」
「それはそれで事実だよ。女性とタンデム組むのも健全な男の子なら誰でも考えることじゃないか」
「その一言が余計なんすよー! 折角いい話だと思って聞いてたのに、もっとマイルドな表現の使い方を学ばないと、せっかくの脳みそが腐るっすよ?」
「そうだな」
ティア、そして遠宮が手を差し伸べる。
「今回はあなたをお守りしましたが、いつか守ってあげられる素敵な人になって下さいね」
二人の手を借り立ち上がった高梨、そして終了を聞いて駆けつけてきたじいやに見送られ、撃退士達は学園へと戻ったのだった。