「やれやれ、一軒家のお掃除‥‥というか大掃除ですねぇ」
小脇に水を入れたペットボトルを抱えて三途川 時人(
jb0807)は家を見上げる。既に人がいなくなって久しいのか、元々白だと思われる壁の色が薄黒く変色している。触ってみると新品の軍手の指先が埃が付着している。
「しかし時期遅れな」
脇に抱えたペットボトルの寒さが身に染みた。太陽は出ているが、体感気温は一桁だった。
「でも廃墟の冒険なんて、ワクワクするよね♪」
一方でこの状況を楽しんでいる者もいた。一色 万里(
ja0052)である。こちらは脇にバスケットが抱えられている。
「何しに来たかは覚えてますよね?」
眼鏡をかけなおし三途川は少し懐疑的な視線を一色に向けると、彼女は慌てて両手を振った。
「えーと、片付けだよね。忘れてないよ!? 本当に忘れてないんだから」
答えながらも一色の目はあちらこちらへと泳いでいる。そしてそばにいた紅 アリカ(
jb1398)に飛びつき助けを求める。
「‥‥うん、男の子が多いから、おっきな荷物は任せたよ! ボクたち、かよわい女の子だもんねー」
「‥‥そうね‥‥」
紅の背中に隠れようと逃げる一色だが、紅は手をまわして一色を前に押し出した。
「‥‥でも自分達が出来る事は自分達でやらないとね‥‥」
「だよねーボクもちょうどそう思ったところだよ」
助けてくれる、そう考えた紅が想定外の言葉を口にした事で一色は素早く同調してみせた。
「ボクもやる時はまじめにやるからね」
右手を握りしめて力瘤を作ってみせる一色。だがそれを見ている相手は誰もいなかった。
「そういえば子供が入り込むという話がありましたね」
話題を変えるように黄昏ひりょ(
jb3452)は誰ともなく話しかけた。そして地面へと視線を落とす。
「スナック菓子のかけらが落ちています」
それはチップスのようなものだった。蟻が列を作りかけらを一つずつ運んでいる。その列の先には野球選手の描かれた袋が落ちていた。
「この様子だと来たのは最近でしょうね」
黄昏は袋を拾い上げる。まだ中にはチップスが残っていたのか僅かに音を立てる。中を覗くと幾つかのかけらとそれを運ぼうとしていた蟻の姿があった。
「これは子供以外にも客がいるかもしれないな」
石動 雷蔵(
jb1198)もその袋を覗きこんだ。そして蟻を一匹つまみ上げる。
「気になることでも」
「天魔かと思ってな」
石動の脳裏に過ったのはつい先日の事だった。この屋敷を舞台として天魔と一戦交えている。生命の危機を感じた一戦だった。だがその危険性と自分の中にある正義感がこの館へと石動の足を向けさせていた。
「‥‥違うようだな」
しばらく観察して石動はそう結論を出した。摘み上げた蟻は逃げ出そうともがくものの反撃を見せる様子はない。他の蟻達も必死に袋から逃げ出そうと上へ上へと登ってはいるものの袋を透過しようとする様子はない。
「だが蟻や蜘蛛などの虫の類はいるもののとして考えた方がいいだろうな」
「それも含めての掃除って事だ」
虎落 九朗(
jb0008)が両手を合わせる。
「そろそろ玄関開けてもいいか。このままじゃ日が暮れちまう。どうせこの様子じゃ暖房なんて親切なものが使えるとも思えねーし、明るい内に終わらせよーぜ」
虎落は防寒対策としてマフラーとニット帽を備えている。だがその隣に立つファレル(
jb3524)は暖を取るためにタートルニットの首の部分を長く伸ばし顎の先を埋めている。
「どれくらい散らかっているかもわからないしな。被害が大きいという台所とトイレ周りも見ておきたい」
「そうですね」
青戸誠士郎(
ja0994)も同意する。
「どうやら子供達の遊び場になっている事に間違いはないようですし、小さな冒険が可能なぐらいには片づけておきたいものです」
青戸はもってきたポリ袋の一つを広げる。
「そのスナック菓子の袋をこちらに。他にもあるかもしれません」
青戸に促されるように黄昏がポリ袋へとスナック菓子の袋を投下する。
「それじゃ行こうか」
虎落が玄関のノブに手をかける。軋みを上げて扉は開け放たれた。
撃退士達が始めに向かったのは台所とトイレだった。
「‥‥台所は一番使うところだから、しっかりやっておかないと‥‥」
気合を入れて台所に足を踏み入れたのは紅だった。
「‥‥これはまた、ひどい散らかりようね‥‥」
そしてその紅が台所で真っ先に目にしたのは大破したテーブルだった。中央で二つに割られているおり、割れ目はささくれ立っている。
「‥‥うまく使えるかどうかはわからないから、練習がてらね。こういうのはちょうどいいわ‥‥」
キオノスティヴァスを振り上げる。しかし石動がそれを止めさせる。
「悪いが少し時間をくれないか」
「‥‥何か気になることでも‥‥」
何か手違いでもあったのかと周囲を見回す紅、そんな視線を気にせず石動はテーブルに手を当てる。
「そちらの様子はどうですか」
青戸が台所へと顔を出す。
「玄関周りの蜘蛛の巣取りは終わりました。台所周りはどうですか」
蜘蛛の巣取りに使っていた木の棒をポリ袋に入れ、青戸は台所を一望する。その途中で静止している石動に目が止まる。
「気になるというほどでもないんだ‥‥ただこのテーブルにも思い出が詰まっているんだろうなと思ってな」
石動は言葉を続ける。
「きっと住人はこのテーブルを家族で囲んで色々な話をしたのだろう。画家の作品の出来、奥さんが聞いてきた噂話、子供の学校であった事。このテーブルが一家の平和の象徴だったような気がしてな」
「そうだな」
青戸が同意する。
「玄関右手の壁に絵が飾ってあった。小学校低学年ぐらいの女の子の絵だ。本来の住人のお子さんなのだろう。その椅子に座って笑顔を振りまいていたよ」
青戸が手を置いたのはテーブルそばに置かれていた同色の椅子だった。テーブルのように壊れてはいないが、背もたれや肘掛にさえ埃が積もっている。
「‥‥二人とも詩人ね‥‥」
遠い過去の様子を思い浮かべる石動と青戸に紅はそう表現した。
「‥‥でもその家族はもういない。次の世代へと生まれ変わらせる必要があります‥‥」
「そうだな。テーブルは外に持ち出して解体しよう。紅は端を持ってくれ、青戸は椅子の掃除を頼む」
「了解だ。ついでに三途川から水を借りてこよう。せっかくだから磨いてやりたい。せめて在りし日の姿に一歩でも近づけるよう」
「‥‥よろしくお願いします‥‥」
紅と石動がテーブルを抱えて外へと出ていく。青戸はそれを見送り水道が生きているかを確認、無理と判断して三途川の下へと向かっていった。
その頃トイレでは虎落、三途川、ファレルが便座の前で顔を見合わせていた。
「こいつも運び出した方がいいよな」
虎落が腕組みをして二人に尋ねる。
「運び出すべきでしょう」
「瓦礫には違いない」
三人とも意見は同じだった。しかし中々に手が出ない。それは三人の前に落ちているのが強烈な臭いを放つ壊れた便座だったからである。
「よし、俺がやろう」
虎落が手を上げる。
「いやいや、ここは僕が」
三途川も慌てて挙手する。それに遅れまいとファレルも手を挙げた。
「それじゃ俺が」
「どうぞどうぞ」
どこかで打ち合わせでもしたかのように息をそろえて一歩下がる虎落と三途川。ファレルは恨めしそうな視線を一度二人に向け、そして便器に対峙した。
「壊れているのは水槽タンクだな。上半分が破損、下半分にはひびが入っている。
水は止まっているがタンク内部に水が残っている。これが悪臭の原因だな」
想定外の展開ではあったが、ファレルは冷静に状況を分析する。
「まずは上だけ運ぼう。このままでは水の処分ができない」
「よし、そいつは俺に任せな」
虎落が進み出る。
「こう見えても力には自信あるんだ。任せてくれ」
軽々とタンクを持ち上げて虎落は外へと持ち出していく。
「残りは破片を取り除いて水の処理だが」
「こいつを使ってみますか」
三途川が空になったペットボトルをファレルに差し出す。
「ですね。やってみましょう」
「僕はその間にタンクの破片を片づけましょう。箒と塵取り持ってきます」
進んで三途川は掃除道具を取りに行くのであった。
台所とトイレを片づけた後、休憩と下見を兼ねて撃退士達は二階のアトリエへと向かった。
「ここは他ほど荒れてはいないね。でも物が多い分だけ狭く見える」
黄昏がゆっくりとアトリエを歩き回る。部屋の中心では一色がバスケットを広げている。中身はスイートポテト、この日のために一色が準備したものである。
「マットか何か持って来ればよかったかな」
床を見回して一色は呟く。
「流石に埃の上では食べてもらいたくはないからね」
「だったらポリ袋でも広げますか」
黄昏がポリ袋を取り出す。
「こうして見ると雰囲気という意味では足りないですね」
「‥‥応急処置としては十分です‥‥」
黄昏から袋を受け取り、紅はそれを広げて腰を下ろす。
「これも一つの思い出だな」
紅に青戸と石動が続く。しかし虎落は動きを止めた。
「どうしましたか」
スイートポテトと一緒に持参したお菓子を配る三途川、だが虎落の様子が違う事に違和感を覚えた。それに対して虎落は何も答えず足音を忍ばせ窓のそばへと近寄っていく。
「問題の子供達だ」
虎落に促されるように三途川も視線を下に向ける。そこには十歳前後の男の子が二人歩いている姿があった。
「僕の出番かな」
事情を察知したのか、スイートポテトを口にくわえたまま黄昏が立ち上がる。
「ちょっと行ってくるよ。それとスイートポテトありがとうございます、おいしかったですよ」
黄昏が一色に手を振り一階へと降りてゆく。
「‥‥私達も作業に戻りましょうか。早く終わらせてシャワーを浴びたいわ‥‥」
スイートポテトを食べ終えて紅が席を立った。
「そうですね。折角ですからここの浴室もすぐに使えるように綺麗にしておきましょう」
「いいですね、それ。でもタイルとか割れているかもしれませんから古新聞を持って行ってください」
三途川は準備して来た荷物の中から古新聞を取り出し青戸に手渡した。
「準備いいよね、三途川君」
一色が率直な意見な意見を口にすると三途川は猫背になり照れ臭そうに笑った。
「腕力には自信ないので自分が活かせる場所を見つけているだけですよ」
そんな三途川を他所に虎落は持参したコーヒーを撃退士達に振舞っていた。
「それはそうと食後のコーヒーはどうだ? 水仕事で体も冷えてるだろ」
「作業に戻る前に飲み物を頂いてもいいですか」
「俺も一杯貰おう。甘いものだけでは口の中が少しな」
要望を出すファレルと石動に虎落はコーヒーを配っていくと、やがて黄昏が子供達に事情を説明する声が二階にも届いてきた。
「僕達はこの辺りの廃屋を掃除しているんだ。でも勝手が分からないところも多いから君達にも手伝ってほしい」
押さえつけないように子供を立つつつ黄昏は子供達の自尊心を促していく。
「大きな瓦礫は既に取り払ったから、そんなに時間はかからないよ。暗くなる前には帰すからね」
その言葉に安心したのか子供達は黄昏に倣い箒と塵取りを手にしたのだった。
「それじゃ君達も気を付けて帰るんだよ」
掃除が終わったのは夕方過ぎだった。子供達は一色のスイートポテトと三途川のお菓子をお土産に孤児院へと帰っていく。だが石動と青戸はまだ悩んだ様子を見せていた。
「大分綺麗に片付いたが‥‥ただ、それなりに傷んでるから、子供の遊び場としては少々考え物、か」
「住む人がいればいいんだが‥‥色々と曰くつきだからな。後は静かに朽ちていくばかり、か。少し寂しいものだ」
これからの事を考える二人、そんな二人を一色が一蹴する。
「使えるものは使う、それでいいんじゃないかな。道具をゴミにするのは簡単だけど、今の時代は修理してリサイクルだよ。前に住んでた画家さんの楽しい心、引き継いでくれる人はきっといるって」
「‥‥そうですね‥‥」
ふと紅の脳裏に飼っている猫の姿がよぎる。こんな家で遊ばせてやりたいという気持ちもあった。
「うまく締まったところで最後の仕事と行こうか」
虎落がポリ袋の一つを抱え上げた。今日の掃除で出たゴミの入った袋である。
「立つ鳥跡を濁さずだ。一人一個持てば大丈夫だろ」
「僕も持つんですか」
「大丈夫。一色さんや紅さんも持ってるんだから」
頭数に入れられている事に慌てる三途川だったが、子供達のように途中で抜け出すことは許されなかった。