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マスター:八神太陽
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/12/31


みんなの思い出



オープニング

 西暦二千十二年十二月、ようやく朝の寒さが抜け出した昼下がりにとある町の孤児院に連絡が入る。公衆電話からの連絡だった。受話器から聞こえてくる声は孤児院に入っている子供二名のものだった。
「でっかいウサギに追われてるんだ。助けて」
「このままじゃ殺されちゃう」
 矢継ぎ早に二人の悲鳴にも似た声が聞こえてくる。
「どこにいるの」
 電話を受けた院長は近くにいた職員に子供達の点呼と周辺確認を命じ、次に電話口の二名に所在を尋ねた。
「町外れの古い家、昔絵描きさんが住んでた所の近所」
 院長には二人の言っている場所に覚えがあった。町の山沿いにある二階建ての白い家、そこにかつて都会から引越してきた家族が住んでいた。特に父親の絵描きは小学校にも何度か呼ばれ子供達に指導もしている。それなりに有名な家族でもあった。
 しかし天魔に襲われ一家が離散、父親にいたっては絵のモチーフにするために進んで人間を辞めたとも言われている。これといった証拠は無いが、口伝の結果周知の事実となりつつあった。
「だったらその屋敷に逃げ込みなさい。そして助けが来るまで隠れている事。合言葉は『元気一杯、夢一杯』。元気一杯って聞かれたら夢一杯と答えなさい」
「早くお願いね」
 電話はそこで切れる。ちょうど点呼に行った職員も戻って来る。
「二人足りません。また外に遊びに行ったようです」
「いい。二人から連絡があった。他の子には外に出ないように家の中に案内して。お昼寝の時間にしましょう」
「わかりました」
 院長はすぐさま学園へと連絡、状況を伝えた後に残る子供達の様子を見に行った。


リプレイ本文

 依頼開始後真っ先に兎を見つけたのは動いたのは影野 恭弥(ja0018)だった。場所は台所、今すぐにでも使えそうなほどに鍋も食器も揃っている場所だった。そんな中で兎が隠れていたのはテーブルの下だった。
 隠れる兎に対しスペツナズナイフで突きいれる。狙いは首、上下に外れても顔か胴体のどちらかに当たる、それが影野の狙いだった。
 確実に命中を狙った理由はもう一つある、マーキングを入れるためである。風呂場で発見したはずの兎が現在台所にいる。今は通気孔からは離れているものの他に逃げられる可能性がないわけでもない。それに何より今目の前にいる兎が先程風呂場で見た兎と同一個体という保証もなかった。
 しかし兎は影野の狙いに反し後ろへと引いた。十センチ程だがバックステップで後ろへと退く。たった十センチ、しかしそれはナイフの軌道から逃げるには十分な間合いだった。
「‥‥」
 僅かに届かない。影野はナイフを突き出しながら、数秒先の未来を想定していた。こちらの動きへの対応力から敏捷性の高さ、そして地形的不利を悟る。長時間はやれない、そう判断した影野はナイフの柄にあるボタンを押した。刃を飛ばすボタンである。そして発射された刃まで兎に回避する術は無かった。
「これで」
 マーキングされた兎を目標にサガ=リーヴァレスト(jb0805)がダークブロウを構える。兎が退避しているテーブルごと破壊するためである。同時にテーブルの破片が兎の退避路を狭くする、一石二鳥の手段のはずだった。
 だが次の瞬間サガは息を呑んだ。気付いた時には自分の視界が赤く染まっていたからである。そしてウィングクロスボウの先には兎がいない。
 視界を左右に振る。しかし兎らしいものの姿は存在しない。あるのは当時使われていたと思われる鍋や食器類だけだった。何より何故赤く染まっているのか理解が届いてなかった。
 その時兎の追撃を避けられたのは偶然でしかなかった。右側に首を振った状態で意識が途切れ倒れかけたからである。兎はサガの懐まで潜っていた。そして首筋に鋭利な刃物のように尖った耳を首筋に突きたてる。それは初撃で兎がサガに傷をつけた場所でもあった。頚動脈である。
「カウンターだったか」
 サガが意識を取り戻したのは数秒後だった。影野はパルチザンに持ち替え、サガから兎を引き離している。そして自分が前回の傷を癒しきれないまま参加した事を後悔した。応急処置で出血だけを停止させる。
 一方で影野も兎に手を焼いていた。引き離すために長物を手にしたまでは良かったが、兎がパルチザンに乗るからである。回避から始まる一連の動きから攻撃に影野もカウンターを狙われていた。だが目の前で首が切られる様子を見ている。それが何よりの強みだった。
 影野が再びパルチザンを払う、それを跳躍で交わす兎。そして繰り返しとなるカウンターへと展開する。再び首の防御へと注意をまわす影野だったが、兎が不意に足を止める。視界外からの攻撃、サガのクロスボウの矢だった。
「‥‥」
 動きを止めた兎に影野は一瞬の勝機を見出した。振り払ったパルチザンを呼び戻すと同時に兎の胴と頭を切り離す。そして飛んでいった頭をサガがエーリエルクローで叩き潰した。
「まずは一匹」
 報告を兼ねサガがスマホに呟く。だが依頼内容である子供の姿はまだ見えない。二人は再び捜索を再開した。

 四条 和國(ja5072)とアンジェリナ(jb2716)は二階から侵入していた。狙いは玄関上の出窓、もっとも目立つ窓でもあった。勿論狙われている可能性も考慮している。その上でアンジェリナは出窓に狙いを付ける。
「大切な未来の可能性を壊させはしない!!」
 ペアを組む四条も気合を入れる。それは今から空を飛ぶという現実が待っているからでもあった。
「行くぞ」
 四条に声をかけるアンジェリナ。背に光の翼を発生させ、続いてストレイシオンを召喚する。地面を軽く蹴ると同時に身体が宙に浮かび上がる。そんな変な感覚を四条は体験していた。
 だがそんな遊覧飛行もすぐに終わりを迎える。舞い上がる事およそ十メートル、時間にして数秒でアンジェリナは上昇を止めた。目前に広がる出窓、そこからはフローリングの床にひっそりとたたずむイーゼルが三脚と十枚ほどのキャンバスが確認できた。しかし問題の子供の姿を始め、追っているという兎の姿も見えない。
「何か見えるか?」
 小脇に抱えた四条へとアンジェリナは声をかける。だが四条は何も答えない。何かに取り付かれたかのように出窓の中の一点を見つめている。
 アンジェリナも四条の視線の先を追った。そこに落ちているのは十センチ弱のウェディングドレスを着た人形だった。ただ性別が分からない、服装から女性だろうとはすぐに連想できたが首から上が乗っていない。そして人形の首筋には剣の達人が一刀で斬ったかのように他の傷のない綺麗な切断面が残されている。
「早く探そう」
 四条がアンジェリナに声をかけた。その声にアンジェリナも現実を思い出す。子供が狙われている、それもかなり凶悪な天魔に追われている。軽く息を吐き、現実を再認識させる。
「ストレイシオン」
 名を呼ぶと同時にアンジェリナは召喚獣に命令を下した。
「出窓より侵入、道を作れ」
 呼び出された幼体は主人の命に従い出窓を破壊、人が通れるだけのスペースを空ける。そして同時にこれはアンジェリナの実験でもあった。窓を割られた音に乗じて兎が、あるいは子供が顔を出さないかというものである。
 意図を事前に聞かされていた四条も息を飲んで窓を見つめる。そこに一つ黒い影を発見した。窓ガラスが割られた拍子に倒れたキャンバスの下だった。
「キャンバスの下」
 四条の声を聞くや否やアンジェリナはストレイシオンの開けた穴に身を潜り込ませた。そして影の見えたキャンバスを持ち上げる。もし依頼内容である子供がいたとなれば割れたガラスで怪我をさせたかもしれない、そんな申し訳ない気持ちが二人の中にはあった。だが目の前に現れたのは、子供ではなく兎の方であった。
 不意を突かれた二人に対し兎は喉を狙う。標的となったのは先行したアンジェリナだった。
「ちっ」
 上空へと逃げるために足に力を入れるアンジェリナ、だが兎はそれを見越したかのように跳躍。アンジェリナの足が床から離れる前に懐へと潜り込む。致命傷だけは避けようと顔を右に寄せるアンジェリナ、スローモーションのようにゆっくり感じる時間の中で鮮血交じりの兎の耳が自分の目の前を通過していく。そこまでいってアンジェリナはようやく回避できた実感が追いついてきた。
「次はボク達の番だ」
 四条は太刀を取り出した。烈光丸、光り輝く刀剣の両面に兎と四条がそれぞれ浮かび上がる。そして刃を返した。
 自信を持って振るった一刀だった。だがアンジェリナ攻撃の際に舞い上がっていたはずの兎は再びキャンバスの山へと身を隠す。所在無く振り下ろされた太刀が兎を捕らえる事はなかった。
「すばしっこい」
 続いてアンジェリナが攻撃に移る。一瞬浮かんだ案はブレスだった。キャンバスごと焼き払い、文字通り兎を燻りだすという方法である。しかし実行に移す前にアンジェリナは自分の案を棄てた。この近くに子供が潜んでいる可能性が捨て切れなかったからである。
 仕方なくアンジェリナは通常の魔法攻撃へと転じた。しかし兎の場所が視認できているわけでもない。
「逃げられないようにするのが先決ね」
 アンジェリナが呟くと同時に四条は隠密を開始、兎の捜索を開始した。

 同じ頃、月詠 神削(ja5265)も全力跳躍で二階へと侵入を果たした。ィトゥルゥ=ンヴィー=ヒティラ(jb3281)も闇の翼を生やして空に舞い上がり月詠に続く。侵入と同時に襲われる事を警戒した二人だったが、幸か不幸か兎の姿も子供の姿も無い。周囲を見回し見つかったのはダブルベッドに姿見だった。ただ双方とも使われなくなって久しいのか、ベッドのマットレスは外装が破れ、姿見も埃を被っている
「夫婦の寝室か」
 事前情報から月詠はそう結論を出した。
「ベッドの下を確認する。そっちはクローゼットを頼む」
 月詠の指示したクローゼットはちょうどベッドの反対側に位置した。ベッドの周囲を探す時に敵に背後を取られたくない、それが月詠の意図でもあった。そんな意図に気付いてか気付かずかィトゥルゥは二つ返事で提案に応じる。
「良かろう。音を出せばいいのだろう?」
 二人の作戦は敢えて音を立てるというものだった。耳の大きな兎は音を敏感なはず、そんな仮説に基づいた作戦である。だがマットレスを叩きながらもクローゼットを開け閉めしながらも兎は現れてこない。
「考えが外れたか」
 十分ほど挑戦し、効果が得られなかった事を確認して二人は物音を立てるのを止める。相変わらず兎が現れる様子はない。だがィトゥルゥは何か動くものの気配を感じた。左手三メートル先、部屋の入り口付近でドアの影に隠れながらわずかに身を乗り出している。
 月詠もィトゥルゥの異変に気付いたのか、ベッドの周辺を探す振りをしながら入り口へと注意を向けた。同時に入り口から死角になる右手で武器を確認する。暗器使いを心情としている以上、見つからないように行動に移す自信があった。だがその全てが徒労に終わる。向こうが話しかけてきたからである。
「誰?」
 か細く甲高い声だった。蚊の羽音のように小さい割りに耳に残る、声変わりをする前の男女どちらか判断できないような声である。
「元気一杯?」
 ィトゥルゥはリボルバーを手放し、代わりにスマホを見つめた。手放していても反応している。半信半疑ではあったが人間の技術に驚嘆するしかなかった。
「夢一杯」
 細い声が部屋中に響き渡る程の大声に変わる。
「もう一人の子は」
 月詠もシャイニングバンドを手放した。そして子供の方へと向き直る。
「二人と聞いていたが」
「一階にいるんだ。トイレに篭ってる。さっきまで一緒に居たんだけど、音が気になって僕だけ見に来たんだ」
「手洗いだな」
 子供に確認し、スマホ経由で一階ににいる撃退士に伝える。
「発見した」
 間を置かずにミハイル・エッカート(jb0544)がTOILETと書かれた扉を発見する。だがドアノブを捻ろうとするも途中でノブが止まる。確認するとノブの上の溝が赤くなっていた。
「カギか」
 カギのかかる場所に子供は身を隠している、ミハイルの中で自分の予感が確信に変わった瞬間だった。二回扉をノックし、少し大きめの声で扉越しに呼びかける。
「元気一杯?」
 ミハイルの呼びかけに答える前に扉の鍵が解除された。そして子供が姿を現す。
「夢一杯だね」
「よく頑張ったな、強い子だ」
 今にも泣き出しそうに目を晴らした子供の頭をミハイルが撫でる。だがそんな感動の対面にすぐにヒリュウが反応を見せる。偵察に向かわせていた石動 雷蔵(jb1198)のヒリュウである。手洗いのすぐそばからの反応だった。
「どうやら近くにいるらしい。まずは子供達を運び出そう」
 石動がミハイルと子供に注意を呼びかける。続いてスマホで影野とサガに合流の要請を告げヒリュウを引き返させた。
 だが引き返すヒリュウの後を追うように兎が姿を現す。
「俺の後ろに隠れろ」
 兎が飛び掛ってくるのを確認し、ミハイルは子供を自分の背に隠した。しかし飛び掛られて身体に緊張が走る。
「これじゃ回避できねーじゃん」
 一瞬の逡巡を見せるものの、ミハイルは内なる声を掻き消した。そして刃物のように研磨された耳に自分からリボルバーを握った右腕を差し出し、兎の眉間に突きつける。
「ただ食えないのが残念だな」
 腕に感覚の残る内にミハイルは銃の引き金を引いた。腕を切断されれば撃てない、そんな考えが巡ったからでもあった。結果として兎は致命傷を免れたが、ミハイルも腕が残る。しかし兎に対しては追撃が入る。石動の拳である。
「必ず助け出すと決めたんでな」
 こちらを狙ってくれればカウンターが入れられたのに、石動は残念に思いながらも今回は命中させる事に集中する。他者に対して攻撃力の低さを自覚していた石動だったが、拳が兎の体内をめり込む感触が拳を通じて伝わってくる。機敏だが脆い、それが石動の出した答えでもあった。
「待たせました」
 影野とサガが到着する。
「ここを頼む」
 言葉短く交代を頼み、ミハイルと石動は子供を連れて家を出る。同じ頃アンジェリナとィトゥルゥももう一人の子供を連れて地上に降り立った。だがミハイルと石動が連れてきた子供と違い顔が青ざめている。
「ちょうどよかった、少し見てやってくれ」
「安全運転したが少しまいっているようだ。二階で隠れている兎の捜索を手伝う」
 光と闇の翼を生やした元天使と元悪魔の複雑な表情にミハイルと石動は事情を察した。
「ついでに家ごと捜索を頼む」
 ミハイルと石動は再び飛んでいくアンジェリナとィトゥルゥを見送る。兎型天魔の退治が確認されたのはそれから五分後の事だった。
 
 依頼後孤児院に編みぐるみが届けられる。宛名は無し、子供達の書いた感謝状は今でも贈られた箱の中で送り主の元に届くのを待っている。その中には「あの時は信じきれなくてごめんなさい」という手紙も含まれていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: God of Snipe・影野 恭弥(ja0018)
 Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 能力者・アンジェリナ(jb2716)
重体: −
面白かった!:6人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
真冬の怪談・
四条 和國(ja5072)

大学部1年89組 男 鬼道忍軍
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
影に潜みて・
サガ=リーヴァレスト(jb0805)

卒業 男 ナイトウォーカー
懐裡の燭・
石動 雷蔵(jb1198)

大学部5年135組 男 バハムートテイマー
能力者・
アンジェリナ(jb2716)

大学部5年190組 女 バハムートテイマー
撃退士・
ィトゥルゥ=ンヴィー=ヒティラ(jb3281)

大学部6年289組 女 インフィルトレイター