「ゴミ焼却場ねぇ‥‥これまた面倒な所に居着いたものさね」
ゴミの投入口を見つめながら九十九(
ja1149)は溜息をついた。
「仕事とはいえ臭いが染み付いたらライムに嫌がられそうなのさぁねぇ‥‥」
マスク越しにも届く悪臭は撃退士達の感覚を遠くさせていた。
「‥‥要らない物が、集まる場所。‥‥私には、おあつらえ向きの場所かも知れないわね」
口元に布を巻き両手に板を抱え、霧原 沙希(
ja3448)は投入口へと身を滑らせる。
「‥‥それにしても、酷い臭い」
ゴミへと近寄り、霧原は臭い醜悪さを実感していた。目からも涙が零れている。
「祖霊符発動させます」
浪風 悠人(
ja3452)は恋仲である浪風 威鈴(
ja8371)の手を一度強く握り、その手で続いて祖霊符を取り出す。
「時間はおよそ一時間、余裕をみるなら四十五分で切り上げたいところです」
御堂・玲獅(
ja0388)は時計を手に現在状況を全員に知らせる。
「最善を尽くすぞ、頼むな」
共に戦う事となったA班の面々の見つめる矢野 古代(
jb1679)、その隣でシィタ・クイーン(
ja5938)はペンライトやブルーシートなど自分の準備したものを確認している。
「火への警戒は大丈夫か」
「私は暑いの嫌いだから」
シィタの問いにアレーシャ・V・チェレンコフ(
jb0467)は言葉少なに答える。そして撃退士達はゴミの投入口へと入っていった。
ピットに降り、トカゲを真っ先に見つけたのは九十九だった。即座にマーキングの準備に入る。だが九十九より先にトカゲが動いた。
「動きは機敏みたいなのねぃ」
トカゲは九十九に背を向けたかと思うと、尻尾を大きく振りかぶり九十九目指して振り下ろす。危険性を判断する材料にするためにも九十九は強弓で暗紫風 気吹南斗星君を発動、牽制を入れた上で腕を突き出し防御の構えを取る。トカゲの尻尾が振り下ろされたのはちょうど腕の部分だった。
「威力はそこそこなのさねぃ」
袖口を捲くり尻尾の振り下ろされた地点を確認すると、腕は赤ではなく紫に腫れている。内出血によるものだった。
「でも潜られるよりはいいさねぃ」
近寄られたためか、トカゲは九十九に対し敵意をむき出しにしていた。相変わらず尻尾を左右に振りながらタイミングを取っているものの、ゴミの中に逃げる素振りはない。気を取り直し、九十九は再び矢を番える。そしてマーキングを発動させて矢を放つ。
「当てさせてもらいますかねぃ」
狙い済ました九十九の一撃に対し、トカゲはとっさに回避を試みる。しかしトカゲにとってもゴミの足場は不安定だった。不意に足を取られたトカゲの背に九十九の矢は命中する。そこに霧原が襲い掛かる。
「これでどこに逃げても丸分かり」
噴出す闘気を腕に装着したパイルバンカーの先端に集約させ、霧原は自身の必殺技ともいうべき黒耀砕撃を繰り出す。狙いは眉間、トカゲの両目の間にある僅かな皮膚だった。ゴミの中に身を隠そうとするが、すでにマーキングされたトカゲの行く先は撃退士にとって障害にはならなかった。止めを刺した、霧原にはそれだけの手ごたえがあった。だがパイルバンカーを引き抜く霧原の目に映ったのは痙攣しながらも動いているトカゲの姿だった。
「‥‥どきな」
シィタがバスタードソードを右手に持ち、既に虫の息となったトカゲを睨みつける。
「‥‥ゴミ溜めにでるとはいい度胸だ。火葬の手間を省いたつもりか」
続いてシィタはバスタードソードを刀身をトカゲの方に向けたまま手にした右手を右脇腹へと当てる。そして剣に左手を添えると同時にトカゲへと直進する。
「‥‥貴様等の急所は知らん。だから全てを叩き潰してやる。楽に死ねると思うな」
既に開けられた眉間の穴に剣の切っ先を突き入れ、ブーツで口を塞ぐ。手ごたえがあったのを確認し、シィタはバスタードソードの先端をトカゲの先端にねじ込ませたまま力任せに尾まで切り払う。
「‥‥これで流石に抵抗できまい」
言葉を発するや否やシィタは足元から抵抗が消失するのを感じた。トカゲはもう二度と動く事はなかった。
その頃B班は二匹目となるトカゲと対峙していた。だが先手を取ったトカゲの動きが異なっていた。僅かに歯の見える程度に口を開くと外気を取り込み、歯の摩擦で取り入れた空気と混ざった体液に火をつける。
「これは」
トカゲの口元から蒸気が上がっているのを見つけ、御堂はランタンシールドで自分の身を隠す。倣うように悠人、威鈴も手で顔を覆う。しかしアレーシャだけがその動きに一瞬遅れをとった。気付いた時には先程まで彼女の視界を捕えていた今まであったゴミの山さえ紅蓮の炎で焼かれ始めていた。
「下がってください」
焼かれるアレーシャを現実へと引き戻したのは悠人だった。持ってきた板を足元に敷き、持ってきた祖霊符を発動させる。
「大きく足元が崩れます。一度体勢を立て直します」
悠人はトカゲと威鈴の位置を確認する。その視線に気付いたのか威鈴は小さく頷いた。悠人はやや緊張を緩ませる。だがすぐに気を取り戻した。トカゲの姿が見当たらなくなっているためである。
「アレーシャさんはこちらに」
トカゲを悠人に任せ、御堂はひとまずアレーシャを誘導しヒールを試みる。
「これで大丈夫です。まだ痛みはありますか」
心地よい光がアレーシャを包む。だがアレーシャはまだ身体の不調を感じていた。火傷ではなく身体自体の重みである。しかしその重みにも経験があった。
「いけます。これでも鍛えているので」
アレーシャはマスクの位置を正した。そして改めて自分が安物のマスクを避けた自分の予感を感心した。ゴミが原因なのかトカゲが原因なのかまでは分からないが、大気中に不純物が入っている。それが少しずつ自分の、そして恐らく他の撃退士達の感覚を鈍らせていく。
「早く倒しましょう。猶予は余りありません」
「そうね」
御堂は時計を確認する。確かに説明会開始予定までの時間はそれほど残されていない。アレーシャは視線を逸らす。自分の感じているものと御堂の感じているものの差を実感してはいたが、敢えて今はそれの説明を避けることにした。
「呼び手行きます」
トカゲに対し異界の呼び手を発動を試みるアレーシャ、しかし肝心のトカゲの姿が無いため中断を余儀なくされた。
「トカゲ‥‥狩り‥‥とる‥‥ぞ‥‥」
鋭敏感覚で威鈴はトカゲの足音を探る。
「零時‥‥方向‥‥、三メートル‥‥先‥‥」
微かに耳に捉えたゴミを掻き分ける音を聞き分ける。その言葉に悠人が動いた。全力跳躍から一気に距離を詰め、威鈴の指摘したポイントにハルバートを振り下ろす。
「まだ」
当たった感触はあった、だが手ごたえは薄い。ハルバートで切り裂いたゴミの隙間からは逃げるトカゲの姿がある。尾付近に切れ目を入れるが動きは鈍っている様子は見て取れなかった。そして逃走すると同時にまた炎を吐き、火の回りを早めていく。
「しかし位置は確認できました」
場所を捉えた事でアレーシャは再び異界の呼び手を使用する。無数のうごめく手がゴミの中へと侵攻し逃げるトカゲを追いかけていく。
「捕まえました」
目には見えないものの確実な手ごたえが伝わってくる。
「これで逃げられないはずです」
御堂も生命探知で位置を確認し同意する。そして大きく息を吸い込んだ。
「火傷と酸素確保に気をつけてください」
悠人の置いた板の上で状況を確認する。支給された防御服にも熱で溶け始めている。それに何より酸素不足から思考が鈍っている事の方が多かった。
「温度障害が出ています」
時計を確認する。迫って来てはいるが、既に一匹目を倒したA班は三匹目に当たるトカゲの方へと向かっている。まだ余裕はあった。
気を取り直し、御堂はランタンシールドを手に前線へと移動する。その背後にアレーシャが回る。そして跳躍で前線に出た悠人の後ろに威鈴が回る。動きを封じられたトカゲは再び炎を吐き、全面のゴミごと前に立つ御堂と悠人を炎で燃やし尽くしていく。
「まだいけます」
守るべきものがある、それが悠人を支えていた。いつの間にか炎が髪を焼き始めている。火の粉が周囲を舞い、ゴミを焼いた悪臭が嗅覚を狂わせて行く。だが自分の後ろに恋仲がいる事は確かな感触として伝わってくる。
悠人は再びハルバートを振りかぶった。そして肩越しに威鈴がラップドボウを構える。
「悠‥‥足元‥‥狙うから」
「ならば俺は頭からいこう」
威鈴の言葉に悠人も動く。先に動いたのは威鈴、矢が寸分の狂いも無くトカゲの足へと当たる。そして注意を逸らした所で悠人は頭を叩き潰す。
「これで」
悠人は勝利を確信していた。通常攻撃とはいえトカゲの頭を割ったからである。その威力はトカゲを貫通し、炎を裂き、足場となったゴミの山さえも断ち切った。だが目の前のトカゲの口元からは蒸気が零れ出てきている。
「トドメ刺させてもらいますよ」
アレーシャは空中に氷の塊を生み出した。
「氷刃式回転掘削機、またの名をクリスタルダスト。この氷錐で炎を鎮めさせてもらいます」
狙いを定めてアレーシャは手をかざす。それは当たるはずの一撃だった。無数の手によって動きの制限されたトカゲに逃げる手段はなかった。だが命中する刹那、トカゲは最小限の動きで尾を氷錐へと向ける。そして尾を切り離した。
「何ですか、あれは」
御堂の呟きよりも早くトカゲは動く。尾を切り離した事による動きの変化さえも見せず、未だに炎を吐き続ける。御堂は癒しの風を使うかを悩み始めていた。まだ一匹残っているが、火の手の周りが早く息が上がっている。だがその心配を砕くように悠人がハルバートを薙いだ。
「頭が駄目なら身体ごと断たせてもらいましょう」
力の篭る一撃はトカゲの腹部に命中する。そして乗った勢いのままに身体を切断した。
「次行きます」
御堂の言葉と共にB班も三匹目の位置へと移動する。
その頃A班は残る一体を追い詰めていた。独自行動を取った矢野はトカゲに先手を取られたものの逃走を計るトカゲに対し一撃でマーキングに成功させていたからである。
「予定より早かったな」
早期合流を果たした九十九、霧原、シィタの顔に労いの言葉をかけながら、矢野自身も自身の緊張を解きほぐす。
「ですが火の手があがっているようですねぃ」
移動しながらも九十九が見たのは炎に焼かれるB班の姿だった。
「敵の動きを先回りしてみまさぁね。口を押さえないことには火を吐かれるみたいなのさぁね」
言うや否や九十九はマーキングの進行方向へと回り込む。
「‥‥結局こうなるか」
準備したペンライトが無駄になった事に対し苦笑しつつ、シィタは再びバスタードソードを振るう。
「逃がさんよ」
ゴミの中を縦横無尽に突き進むシィタの剣はトカゲを身体を持ち上げ、ゴミの山からトカゲを取り出すと同時にピットの壁に突き刺した。
「動きを封じさせてもらう」
シィタは最後にバスタードスキルに捻りを加えた。そして動けなくなったところに霧原が飛び込む。
「一思いに逝かせてるわ」
二発目であり打ち止めでもある黒耀砕撃を発動。身体に立ち込める闘気と傷口から湧き出る黒い液体をパイルバンカーへと集約する。
「あああぁぁ!」
逃げられないトカゲに自分の姿を映しながら雄叫びを上げる霧原。回避もできないトカゲの身体に風穴を開ける。
「やったか」
マーキングの仕事を終え、矢野はスキルを切り替える。だが矢野の希望とは裏腹にトカゲは刺さった剣から自力で抜け出した。
「これは生半可な気持ちではやれないねぃ」
死に物狂いで逃走を計るトカゲに九十九は覚悟を決めなおす。そして手当たり次第振り回す尻尾に対して南斗星君の力を借り九十九は回避成功させる。だがトカゲも続くシィタ、矢野、霧原の攻撃を全て回避してみせる。
「この生に対する姿勢、学ぶところがありますね」
敵の事ながら矢野はトカゲの姿勢を素直に認めた。
「だが死ぬつもりは無い。俺は、生きて帰るんだ」
二匹目のトカゲを倒したB班もA班の元に合流する。
「酸素は足りてますか」
御堂が全員に確認する。
「この温度のせいで身体の動きが鈍くなっています。感覚は伴わないかもしれませんが、意識的に攻撃の軌道を変えてみてください」
「それが三連続回避の仕組みね」
御堂の言葉に霧原は頷く。そして意識が温度障害へと意識が向いた瞬間を狙いトカゲは再度炎を吐いた。
「逃げるつもりですか」
撃退士達が一箇所に集まった事でトカゲは上部へと逃亡を計る。その先にあるのは撃退士達も入ってきたゴミの投入口である。悠人は再度ハルバートを構える。しかし頭に過ぎるのは温度障害の事だった。
「私が捕えます。それで敵の動きを抑制すれば五分でしょう。足元だけ気をつけてください」
アレーシャは異界の呼び手でトカゲを追い立てる。必死に逃げるトカゲだが、生への執着はアレーシャが勝った。そして束縛されたところに悠人のハルバートが降ろされる。
「悪いけど俺にも譲れないものがあるんだ」
火の手は酸素を求めて上へ上へと伸び始めている。撃退士達はそれから逃げるようにごみピットを後にした。
ピットに火が回ったことで焼却場の職員達はスプリンクラーを作動、消火自体はさせるもののゴミが水を吸い、焼却予定は大幅に遅れる事になる。
「天魔のリスク削減という名目で第二焼却場の話は進めてみます」
依頼人は撃退士達にそう説明し、近場の銭湯を案内した。
「焼却場で発生した熱の有効活用しようという話がありまして。これといったもてなしはできませんがお使いください」
依頼人の好意に反対する声は撃退士達の中から一つも無かった。