●
「美味しいって聞いたから行こうと思ってたのに、タイミング悪いなぁ」
天宮 葉月(
jb7258)は溜息をついた。
「絶対に聖域を穢させはしないの……!」
その横で小さく固く決意する若菜 白兎(
ja2109)。
「その通りだよ! ボクのおやつのためにも!」
「どんなのがあるかな? 楽しみだなー」
任務内容を覚えているかが怪しいエマ・シェフィールド(
jb6754)とピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(
jb2565)。
「終わったら……何を……頂きましょう……か」
楽しそうに言う秋姫・フローズン(
jb1390)も若干怪しい。
「まあ、依頼主としてもこちらの優先順位は高いと思いますけど」
ヴェス・ペーラ(
jb2743)は依頼と一緒に貰った(押し付けられた)買い物メモを取り出す。
「それは別として、店長はあとで説教だな」
凪澤 小紅(
ja0266)はあくまで任務優先だ。
「自分の店は城ってコトなんだろね、その気持ちはわからんでもねぇやな」
唯一の男として店長をフォローする笹鳴 十一(
ja0101)。
今回の依頼に参加する八人である。
「そろそろ着きますね。準備はいいですか?」
●エンカウント
商店街へ入った討伐組は闊歩する雌型を早速発見した。
「雌型確認」
「賛成。先制取るぞ!」
討伐班四人のうち先頭を走る笹鳴と凪澤が光纏する。同時に凪澤の持つ阻霊符の無力化領域が展開した。
しかしシュクレに近すぎる。
「間に合わねぇ先行くぜ!」
縮地
笹鳴の脚部に急速にアウルが流れる。地面を大きく抉り、掻き消えるように加速した。
凄まじい速度で接近し、雌型へ向けて大太刀を振り抜く。
雌型が爪で応戦した為に鳴り響く硬質な音と共に、力ずくで押し戻す。
「っとぉ! 悪ぃな、こっから先は通行禁止だ!」
雌型が再び飛び掛かる直前、頼もしい後続は続く。
「貴様の相手は私だ!」
凪澤が懐に潜り込む。開放された闘気によって爆発的に増したスピードで薙ぎ払うが、白い巨体は恐ろしいまでの反応速度で跳躍する。手傷は負わせたが、望んだ結果は得られなかった。
さらに直後、鋭利な爪がカウンターとなって凪澤を襲う。
その間に盾を掲げる若菜が割り込んだ。
端から見れば歴然とした体重差を物ともせず、滑らかに受け流しす姿は、六歳の少女とはとても思えない。
さらにタイミングをずらした天宮が、片刃の大斧で足払いを掛けるも、掠る程度で有効打にはならなかった。
「いやいや、今の連撃避けるとかおかしいだろ」
「索敵能力とやらのの認識を改めた方が良さそうだな」
「時間稼いだ撃退士は……鬼道忍軍なの……?」
「あんまり笑えないね」
撃退士たちによる速攻という当初の予定が崩れ、膠着状態に陥ってしまう。
そこに、狙撃ポイントを探していた秋姫から連絡が入った。
『ここなら…………援護……します』
「正直有難いぜ」
遠距離の援護は、実際に雌型に効くかは別にしても、単純に奇襲警戒にもなる。ここからである。
が、光の翼で上空から索敵をしていたエマから、少々慌てた通信が入った。
『大変だよー。あのね、雄が動き始めたよ』
●配点50点
討伐班が雌型との接触する少し前、ヴェスとピアレーチェは、索敵しつつ店内で上崎の無事を確認していた。
「上崎さん、無事ですか」
「上崎殿、無事ですか!」
木刀を握り締め、震える上崎は何を血迷ったのか木刀を振り回し始めた。
「く、来るならコイ!」
「いや、来ちゃダメなんですよ」
素人の腰の入っていない木刀の攻撃など、本物を知る撃退士から見れば子供の遊びのようなものだ。
ヴェスは何でもないかのように木刀を取り上げると、取り合えず深呼吸を促す。
「と、取り乱してしまってすまない。え? ああ、怪我は無いよ」
確かに怪我は無い。サーバントがまだ来ていないので、無事なのは当たり前なのだが。
「よかったー。それじゃあ、チーズケーキが欲しいです! あと新作もあればソレも」
「え?」
「サーバントもですけど、むしろこっちが依頼主の本命でしょうね──」
ヴェスが内ポケットからメモを取り出した。余裕があったらと言っておきながら、殆ど強制である。
「サーバントはこっちでどうにかしますので、コレの用意お願いします」
うろたえながらも受取ったメモには、可愛らしい文字でケーキの名前がずらりと並んでいた。横の数字は数だろう。辛うじて頷くことで了承の意を伝えることが出来た。
「じゃ、あたしは周辺巡回してくるね!」
「私もそろそろ”上”に行かないと……外はどうなっているでしょうか?」
●乱入OK?
「動いたって雄型ですか!?」
『しかも結構速いの』という通信を聞いた天宮が、一瞬目の前の雌型の存在を忘れかけるほどに叫ぶ。この情報には対峙している面々も驚きを隠せない。これから援護が入って雌型攻略という時である。タイミングが悪い。
『タイミングが悪いよね』
『雄……ここからは……射線……通りません』
雄型が居る方角を見ているのだろう。秋姫の呟きは遠距離からの牽制が出来ないということだった。
「縄張り意識でもあったか?」
乱入を警戒して主戦闘を凪澤に任せ、逃がさないように位置取りで牽制していた笹鳴は、チラリと雄型のいる筈の方角を見て舌打つ。
もう少し、せめて後五分昼寝でもなんでもしていて欲しかった。
そこで、縄張りとい言葉に、若菜が反応する。
「あ、あの! ライオンさんは別の雄が縄張りに……居ると……追い払いに…………来るの」
若干注目を浴び、尻すぼみになりながらも言葉を発する小動物ちっくな姿に、先程まで勇猛果敢に大剣を振るっていた面影は無い。
『へー、そうなんだ。じゃあ──』
当然のように視線が笹鳴に集まった。
「この状態で乱入は遠慮願いたいな」
戦闘中にも確りと聞いていたらしい凪澤の一言がダメ押しとなる。
「俺さんですか……」
「一人は危ないですし、私も行きます」
『ヴェスです。今上空に出ました。索敵ついでに雄の方初撃援護入りますよ』
即席の雄型足止め部隊が行動を開始した。
●路地裏巡回警備隊(独り)
今は表通りも寂れているが、裏通りはさらに荒廃した雰囲気が漂っている。そんな路地にピアレーチェはいた。
「すごいなぁ、電話って話せるの一人だけじゃないんだね!」
『ただの会議アプリだよ。あんまり弄ってると、変なボタン押しちゃうよ』
索敵班として未確認体の捜索を担当する彼女は、エマと会話をしながら横道などを重点的に見て回る。
(雄が動いたって事は、三体目以降も動くかもだよね。それに小型の可能性もあるよね!)
残りのサーバントが複数かつ小型であることを前提に探す彼女は、今も今とて建物の隙間に目を光らすのだった。
●そして彼らはぶつかった(痛かった)
『雄を発見しました。先の角を曲がった先20m』
闇の翼によって上空から偵察していたヴェスが接敵を知らせる。彼女の仕事は索敵とマーキングであり、笹鳴と天宮は出来れば初撃で決めてしまいたい。
知らせと同時に笹鳴のスピードが目に見えて上がった。天宮も、大斧を分厚い写本に持ち替える。
角を曲がると雄々しい鬣を靡かせた白いライオンが視界に入った。
笹鳴のスピードがさらに上がる。闘気開放。初手から全力。
「お互い唯一の男だ、正々堂々ガチでいこうや!」
── 鬼神一閃 ──
すらりとした細身の大太刀が紫焔に包まれる。アウルによって生み出された剛撃に、姿だけとはいえ、陸の王者も一切怯むことなく凶悪な爪を振り下ろす。
「グロァァアア!!」
大太刀は雄型の前脚の深く切り裂くも、決定打になったようには見えない。
「雌と違ってパワータイプか。スピードは落ちてる……が」
味方の追撃がいつまでたっても来ない。不思議に思いチラリと後ろを見ると、天宮は本を手に雄型と笹鳴を交互に観察していた。
「な、何してんの?」
「え? 正々堂々と言っていたので、手を出すなということかと」
『私もそうかと』
上空で現在も索敵をしているであろうヴェスが追従する。
「言葉の綾です。手伝って下さいお願いします」
「了解」
『了解』
こうして雄型討伐は残念なスタートをきった。
●終わりの咆哮
大気を切り裂く音と共に、雌型の脚に矢が刺ささる。
「グゴォォォ」
怯んだ雌型に若菜がすかさず大剣で斬りつけるも、素早く跳び退く。しかしそこに先程までのキレはもはや無く、振りぬいた大剣も完全に避けることは出来ない。
秋姫の弓による援護が入ってからは劇的だった。異常な勘の良さは、ある一定以下の大きさには反応しないのではないか。というのが三人の予想である。
「秋姫さんの御蔭で大分当たる様になった」
『やはり…………避けずらいよう……ですね』
右後ろ脚を引き摺る雌型の動きは、既にかなり鈍い。度々逃走を計ろうとするも、その悉くを秋姫に潰されていた。
「もう限界みたいなの」
「締めようか」
若菜と凪澤がそれぞれ武器を構え直す。雰囲気を察したのか、最後とばかりに重低音の咆哮を上げて凪澤に襲い掛かった。
「……だめなの」
そこにすかさず若菜が盾を構えて滑り込む。雌型に彼女を置き去りにするスピードは既に、無い。
「今度は当たるぞ」
一度は外した。もう外さない。
薙ぎ払いが再度襲う。確かな手応え。吹き飛んだ雌型が咆哮した。
長い咆哮。
『遺言は……もう……良いですか……?』
威嚇でも鼓舞でもない咆哮は、正確無比に頭部を貫いた矢によって永遠に止まった。
●始まりの咆哮
雌型が討伐される少し前。残念な初撃を終えた笹鳴・天宮・ヴェスは、地道に削っていた。
「さっきに比べて当たるっちゃ当たるが、タフすぎるだろう」
雄型は雌型と違い、随分なパワーファイターだった。その上でこのタフネスである。一向に倒れる気配が無い。
「どれだけ体力あるんですか……」
天宮も攻撃が当たると判断したため、斧に持ち替えている。
『索敵も反応がありませんし、出来れば早めに倒してしまいたいですね』
いつまでも睨み合いを続けているわけにもいかないと、笹鳴が位置取りを確認したとき好機が訪れた。
「何だこの……咆哮?」
「なんか悲しい感じですね」
少し離れた場所から聞こえる咆哮。恐らく雌型のものだろうソレは、弱々しいが力強いという奇妙なものだった。エマから通信で雌型の撃破を確認する。
直後雄型も咆えた。全身にビリビリと感じる音の壁。地鳴りのような咆哮は恐怖を思い出させるに十分である。
しかし、間違いなく好機だった。
最初に走り出したのは天宮、遅れて笹鳴が後につく。まだ咆哮は続く。
大斧を横に振りかぶった時、目前の巨体と目が合う。このままでは浅い傷をつくる程度。それでは無意味と、無理矢理に柄を軸回転させる。
「線が駄目なら面で!」
極端に跳ね上がった打撃面積が、ギリギリ避けることの出来た筈の雄型に無視出来ない衝撃を与えた。
巨体の体勢が崩れる。今はこれで十分だ。後は任せられる仲間がいる。
後続の邪魔にならない様、大斧の遠心力に任せて斜め前に上体を倒す。
「────鬼神一閃!」
背後から聞こえる声に、天宮は勝利を確信した。
上空20m程を滞空しているヴェスは、雄討伐が無事完了したことに安堵していた。
「雄の撃破を確認────
合流した後のことを考えていたヴェスの視界で、何か小さなものが動く。
反射的に銃を向け、即座に下降した。
────それと未確認体発見!」
マーキングの撃ち込みに成功し、ヴェスは追跡を開始する。
●路地裏巡回警備隊(独り)弐
「そろそろ出てきてくれないと暇だなー」
横道やら建物の隙間やらをうろうろしていたピアレーチェだが、若干探し方が雑になっいた。
「ここかなー?」
そういえば見てなかったと、放置されたポリバケツの蓋あける。
「なーんて、冗だ────
「ニャ”ーオ」
猫にしては大きい。トラのようにも見える真っ白な何かは、一目散に走り去っていってしまった。
何が起こったのか、ピアレーチェは思考の再起動にしっかり五秒程かかった。そして
「エマちゃん、エマちゃん!」
『はーい』
「ライオンの子供って、にゃ”ーって鳴くんだね!」
『はい?』
●ノクターン
『さっきピアさんが子ライオンを発見したよ! 場所はシュクレ裏路地のゴミ箱で、今は逃走中!』
地上10m程度まで下降したエマは、奇襲対策に電磁防御を用意する。見つかったのは二匹。
『オス近くにいた子型はシュクレ方面へ現在追跡中。挟み撃ちお願いします』
『了解』
凪澤も細かい場所を聞きながら、足早にシュクレ前を離れた。
『生命探知使う暇が無かったの……多分これ。あ! お店の真後ろ──横にも!』
『いつの間に!?』
隠れていただけだったのか。タイミングから言ってあの咆哮か。
『いた!』
エマは取り合えず一番近くにいた子型に氷のルーンを放つ。不意を突けたのか、子型を地面ごと凍らせた。
『捕まえ……た!』
エマと同じ子型を探していた秋姫に、身動きの取れない小型は射抜かれる。
『ヴェスです。こちらの子型は討伐完了しました』
子型は見つかれば早い。だがまだ後一匹残っている。そう思いエマが店の裏へ急行すると、何かが割れるような音がした。
例えば窓ガラス。
近くに居た撃退士達が次々と店内へ駆け込んでくる。若菜が弾く様にドアを押し開けた。
「上崎さん!」
焦って室内に入った面々が見たのは、気絶した上崎と窓から侵入しようとしているエマ。そして寝ている子型とやりきった顔のピアレーチェだった。
●シュクレにて
「何故、避難指示に従わなかったのですか? 」
「はい、その、すみません」
「すみませんではありません。店は壊れても直せ────命はそうも────そもそも 敵の目的は────していれば店の周辺で────」
「ねーまだかな? ボク注文したいんだけど」
選定が終わったのか、エマが正座した上崎と呪文のような何かを唱えている(エマ視点)凪澤を見つめていた。
「あ、僕のわがままでこうなってしまったので、お金はいいですよ。好きなのを選んでください」
その言葉の後に女性陣から黄色い歓声が上がる。
「あ、これも美味しそう〜」
「ん〜! やっぱりチーズケーキだよねー」
「どれにしようかなー……あ、ショコラはどこかな」
「色々……ありますね………サヴァランケーキ?」
「彼女と食べるのにお勧めとかありますか?」
「ああ、これなんかどうだろう? 中に愛のメッセージが──」
「いや、そういうのはちょっと……」
「レアチーズ……とタルト、えっと栗の……ミルフィーユ?」
「皆、依頼品持って帰るの手伝ってくださいね」
わいわいと店内は騒がしい。それでも騒音にならないのは皆が笑顔だからだろうか。
普段はおとなしい子も、活発な子も、自分の好きな甘いものの前では皆笑顔になる。
「僕はそんな笑顔を見るのが好きでパティシエになったんです。だから、ありがとう」
「いえ……あ、ちなみにまだ話は終わってないので」
「……はい」
一週間後、シュクレは相変わらず賑わっている。