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「これがサービスエリア付近の地図だ」
坂本はそう言って、アーニャ・ベルマン(
jb2896)と白野 小梅(
jb4012)に地図を渡した。
「現場はここを5キロほど下った場所だ。救出にヘリを使えないか上層部に掛け合ってみたが、却下されたよ」
「邪魔な鳥に撃墜される恐れがあるから、ですね」
そう言ったのは、里見 さやか(
jb3097)だった。純白の制服と、黒髪のコントラストが美しい。
「そういうことだ」
「別に救助しに行かなくても、先に倒しちゃえばいーんじゃないの?」
バイクのチェックを終えた零那(
ja0485)が、煙草を吹かしながら言った。その瞳には、研ぎ澄まされた刀を連想させる鋭利で冷徹な光がある。
「私は私が楽しけりゃどーでもいいよ」
そう言いながらショットガンを構える彼女の傍にSUV車が横付けされ、運転席から桃香 椿(
jb6036)が顔を見せた。
「皆、スマホのアドレス交換は終わっとうと?」
既に車内には、準備を終えたアウローラ・ボシュ(
jb5507) とエルフリーデ・クラッセン(
jb7185)が乗っている。全員が頷いたのを確認すると、
「じゃ、私達は先に行ってるよ」
雪村 楓(
ja0482)はそう言って、零那と共にバイクで走り去った。
「撃退士さん、頼むぞ。俺達もな、女の子のマンジュウなんか見たくない。必ず助け出してくれ」
「任しんさい。さあ、ぶっ飛ばして行くばい!」
椿は坂本の言葉に笑顔で返すと、アクセル全開で車を発進させた。
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「質問があります」
車内で通話用アプリのダウンロードを終えたアウローラが言った。
「少女のマンジュウを見たくない、とはどういう意味でしょうか。今回の敵には、人を菓子に変える力があるのでしょうか」
「マンジュウっていうのは、死体を指す警察のスラングなんだ。前に警官の父さんが言ってた」
考え込むアウローラを見て、隣に座るエルフリーデが言う。
「なるほど、勉強になります」
アウローラは堕天して日が浅く、人間の言葉や習慣に不慣れなところがある。初任務を確実に遂行するためにも、認識の相違は少しでも解消しておきたかった。
道路を数分も飛ばすと、目の前に横転した車が目立ち始めた。
「皆、ベルトしたね?」
椿はそう言うと、華麗なハンドル捌きで道路上の車を次々とかわしていく。その時、前方で零那のショットガンの銃声が聞こえた。
「1匹釣れた。片付けたら戻る」
アウローラのイヤホン越しに零那の声が聞こえた直後、車のすぐ隣を零那がバイクで逆送しながら走り去った。その後ろを、巨大な翼竜のフォルムを持つディアボロが追っていく。
程なく6人が戦場に到着すると、椿は見事なドリフトで車を急停車させ、真っ先に飛び降りた。
「さあ、お楽しみはこれからばい」
道路には、黒い猿の姿をしたディアボロ達がいた。
(上り車線に猿が2。下り車線に猿が3と翼竜が2)
椿は瞬時に敵の数と位置を把握すると、胸をはって小気味のよい啖呵をきった。
「束になってかかってきな!」
ディアボロ達の目に残忍な光が宿った。目の前の人間達が、自分達に放たれた刺客であることを理解したのだ。
既に楓は阻霊符を使用し、蛇腹剣を構えながら上り車線で敵と対峙していた。緊迫した空気の中、慎重に敵の間合いを探っている。
エルフリーデはガードレールを飛び越えると、楓の加勢に向かった。
「救出の方はよろしくっ。こっちは派手に暴れて引き付けとくよ」
「OK、任せて!」
アーニャはそう言って影縛りの術を放ち、1体の猿型のディアボロに命中させると、遁甲の術で姿を隠して全速力でサービスエリアへと走り出した。
(よーし、頑張っちゃうもんねぇ)
小梅も明鏡止水で身を隠し、目的地に向かった。
「お気をつけて」
怜悧な声と共に、さやかの姿も消えていた。
「皆様、ご武運を」
アウローラは愛剣のデュラハンブレイドを鞘から抜き放った。
戦闘開始である。
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(あーあ、面倒だね)
先程から零那の背後では、地面を揺らす轟音が鳴り響いていた。翼竜型のディアボロが、零那の背後から急降下による体当たり攻撃を執拗に繰り返しているのだ。バックミラーに映る道路には、攻撃の威力を物語るクレーターが点々と見える。あれを食らえば、確実に一撃で吹き飛ぶだろう。
防戦一方では埒があかない。だが、バイクの背後からの攻撃では、敵の弱点である背面を射程に捉えられないのである。何とかして降下の瞬間に、相手の背後をとる必要があった。
(仕方ない、あれをやるかな)
再び攻撃を仕掛けてくる気配を察知した零那は、切り札を出す事に決めた。バイクを道路の中央に移動させると、左右に障害物がないことを確認する。
(よし、いける)
敵も馬鹿ではない。恐らくチャンスは一度だけだ。失敗すれば、二度とこの手は通じないだろう。
(今だ)
零那は敵が着地する瞬間、C字型のターンを描いて攻撃を素早く回避した。鋭いスキール音と共に敵の背後に回りこみ、むき出しの敵の背中めがけて構えたショットガンの銃爪を引く零那。
閑散としたハイウェイに、銃声とディアボロの断末魔が響きわたる。
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行方不明の少女は、思ったより早く見つかった。逃げる途中で足を捻挫し、サービスエリアの休憩所に隠れているところを小梅が発見したのだ。
「たっけに来たよぉ」
そう言いながら休憩所に現れた小梅を見て少女はひどく驚いたが、小梅が撃退士だと知ると、安堵のあまりその場に崩れ落ちた。
「私はアーニャ。よく頑張ったね。もう大丈夫だから」
小梅と合流したアーニャが、怪我の処置を済ませた少女を励ましていると、坂本から指定の場所に車を向かわせたという連絡が入った。アーニャは合流の途中で坂本に状況を説明し、車の手配を要請していたのである。
外では戦闘が続いている。この場所に留まるのは危険だった。アーニャは坂本に礼を言って少女を担ぎ上げると、合流場所へ向かうことにした。
「じゃあ白野さん、私行くね」
「気をつけてねぇ」
アーニャと別れた小梅も、戦う仲間達の援護に向かった。
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下り車線では、椿とアウローラが5体のディアボロと対峙していた。
アウローラが影縛に捕まった敵を一撃で葬った次の瞬間、翼竜型のディアボロ2体が、椿めがけて空から突っ込んできた。椿が予測回避でこれをかわすと、彼らの無防備な背中が晒される。
だが、2人はそれを狙わなかった。それを見たディアボロ達は、内心で舌打ちする。何故なら、これは彼らの誘いだったからだ。あえて弱点を晒し、それを突こうと動いた2人を背後から襲おうと考えたのである。だが、次の瞬間――
ひゅん、という微かな弓弦の音と共に、翼竜型のディアボロ1体の体躯がぐらりと傾いだ。その背には、一本の矢が突き刺さっている。敵が矢の飛んできた方角に目をやると、そこには防音壁の上で光の翼を広げ、イチイバルを構えたさやかの姿があった。彼女は敵の目を欺くため、壁の外側に潜伏し、死角から見事に敵を射抜いたのである。
ディアボロが墜落し、地面に激突して絶命するのを見届けると、さやかは再び矢をつがえ、残る1体を牽制すべく、白く輝く軌道を宙に描いて空中の敵へと迫った。
予想外の事態に気を奪われた猿型のディアボロ達は、我に返って身構える。だが椿は、彼らに体勢を立て直す隙を与えなかった。
「そんな見え見えの手に引っかかるほど間抜けじゃなか。残念やったね」
椿の放ったサンダーブレードが敵の片割れに命中し、電撃と共に体の自由を奪う。
「今ばい!」
椿の合図と共に、アウローラの剣が敵の心臓を貫いた。
次々と仲間が屠られる光景に恐れをなした猿型のディアボロは、背を向けて逃走をはかった。もはや万に一つも勝機がない事を悟ったのだ。しかし――
ふいにディアボロの足元に結界が現れ、瞬時にその四肢を縛り付けた。
「つっかまえたぁ♪」
そう言ったのは、仲間と合流しに戻ってきた小梅だった。逃げる敵を視界に捉えた彼女は、呪縛陣を用いて敵を捕まえたのである。
「小梅、ナイスばい!」
椿の放つ烈光丸の剣閃と共に、ディアボロは両断された。
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椿と小梅の背後では、さやかとアウローラが空の敵と戦闘を繰り広げていた。
アウローラのリボルバーDI3による地上からの銃撃と、さやかのイチイバルによる空中からの射撃が織り成す絶妙な連携プレーは、うまく敵を空に縫いとめることに成功していた。
翼竜型のディアボロは足の爪でさやかを引き裂こうと試みるが、彼女は巧みに宙を舞い、紙一重でそれをかわす。次の瞬間、敵の翼にアウローラの銃弾が命中すると、僅かにディアボロの姿勢が傾き、さやかへの狙いが逸れた。
好機と見たさやかは、一瞬で相手の背後に回りこむと、背中目がけてレイジングアタックによる一撃を放つ。だが直撃を食らってもなお、敵には息があった。敵は最後の力を振り絞って空中を旋回すると、アウローラを地獄への道連れと定めたのか、彼女目がけて一直線に突っ込んできた。
それを見たアウローラは、武器を剣に持ち変え、光の翼を展開して飛空の体勢を取ると、あえて敵と正面から衝突する軌道で飛び立った。彼女は未だ、堕天してからの戦闘経験に乏しい。自分の力がどの程度か、それを見極めなければならなかった。
同じく堕天した身であるさやかも、彼女の意図を理解した。
(彼女が勝つ。恐らく、一撃で)
さやかの読み通り、果たしてアウローラは、敵と接触する寸前に僅かに角度を上に変えて攻撃を回避すると、すれ違いざまに相手の背後にとどめの一撃を叩きこみ、ディアボロの息の根を完全に止めた。
「やはり堕天すると能力が落ちますね……ディアボロ如きに梃子摺るとは……」
そう呟いて着地すると、アウローラは剣を一振りして鞘に収めた。
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(100メートル、ってとこかな)
アーニャはサービスエリアの奥にある高架橋から、橋脚の高さを推測した。既に橋の下では、坂本の手配した車両が待機している。
「あの、これからどうするんですか?」
「ここから下に降りるの。大丈夫、10秒で着くから」
恐る恐る伺う少女に、アーニャは笑顔で答えた。
「おんぶするから私にぎゅっと掴まって。怖かったら目を閉じていてね」
あと少しで今の状況から解放されるという希望の気持ちが強かったのだろう。少女は小さく頷くと、素直にアーニャの背中におぶさった。アーニャは制服のネクタイを解くと、少女と自分の体を縛り付ける。
「じゃあ、いくよ。今から10数えてね」
少女が強く抱きつくのを確認して、アーニャは壁走りの術を使った。ヤモリのように橋に吸い付いた彼女の足は、垂直に立った橋脚の壁面を難なく駆けてゆく。地上から吹き上がる風が、2人の髪を乱暴に撫でた。
少女が9を数えた時には、2人は地上に着いていた。
無事に保護された少女を見送ると、アーニャは仲間の元へ駆け足で向かいながら、救出完了の報告のためにスマホを取り出した。
「ふう、もう戦闘終わってるかも?」
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上り車線では、楓とエルフリーデが敵と戦っていた。相手は猿型のディアボロ2体である。
エルフリーデは一瞬で敵との間合いを詰めると、峻烈な攻撃を次々と繰り出した。相手に連携の時間を与えずに、力で押し切る戦法を選んだのだ。楓も彼女の意図を理解し、蛇腹剣を構えて残る1体に向き合った。仲間の背中を守るためにも、眼前の敵に連携の隙を与えてはいけない。
楓はワイヤーを緩めて剣を鋭利な鞭へと変えると、すぐさま攻撃を仕掛けた。楓の操る鞭が1匹の大蛇さながらと化し、牙をむいて標的に襲いかかる。
だが、敵も黙ってそれを受けるほど間抜けではない。機敏な動作で攻撃を回避し、楓を嘲笑うかのように、目にもとまらぬ速さで彼女を翻弄する。その視線の先には、エルフリーデが映っていた。楓の攻撃の隙をついて、2体がかりでエルフリーデを潰す気なのだろう。
「こんの! 猿だけにすばしっこいったらありゃしない!」
そうはさせじと鞭を操り、変幻自在の技を繰り出す楓。彼女の攻撃を避けながら、エルフリーデの背を狙うディアボロ。両者の一進一退の攻防が始まった。
そんな楓の背後では、エルフリーデが死闘を繰り広げていた。彼女は先程から、蹴りの小技で相手の足を集中的に狙っていた。スピンブレイドを通じて放たれる足技が、ゆっくりと、しかし確実に敵の機動力を奪ってゆく。敵の動きにも、次第に焦りが生じ始めた。
そして次の瞬間、敵はふいに防御を解くと、彼女に捨て身の体当たりを仕掛けた。このままでは確実に敗れることを悟った敵は、一か八かの賭けに出たのである。
だが、まさにこれこそ、エルフリーデが待っていた瞬間だった。
力をこめた渾身の攻撃は、フェイントを加えることが難しい。それはすなわち動作が直線的になるという事であり、一撃の威力が高い反面、動きを読むことも容易なのである。
「動きが速いなら、足を潰すか……」
決死の一撃が虚しく空を切ると同時に、エルフリーデの腕に装着されたマグナムバーストのシリンダーが射出される。
「狙いやすいタイミングに合わせる……っと!」
次の瞬間、彼女の放つスマッシュは敵の顔面に深々と食い込み、その体を跡形もなく粉砕していた。
背後に響いた爆砕音で、楓はエルフリーデの勝利を確信した。それを証明するように、花楓と対峙するディアボロの目に、動揺と恐怖の色が生まれる。その一瞬の隙を楓は見逃さなかった。
ディアボロは楓の鞭に捉えられ、五体を切り刻まれて息絶えた。
アーニャから少女の救出完了の連絡が入ったのは、その直後だった。
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「どうにか終わった……かな?」
持てる力を振り絞り、道路に座り込んだエルフリーデの頬に、ふいに冷たい感触が触れた。驚いて見上げると、椿が冷えたペットボトルを手にして立っている。
「お疲れさん。ほい」
生き残った敵がいないことを確認した椿は、クーラーボックスに用意したドリンクを仲間達に振舞っていたのだ。
「お茶に炭酸、好きなのとり」
運転席に腰掛け、ノンアルコールビールを美味そうに煽る椿。小梅も助手席に腰掛けて、一緒にジュースをくいくいと飲んだ。
「うまかぁ♪」
「かぁ♪」
「思ったより手間取ったね」
「ええ。でも、怪我人が出なくて何よりでした」
缶コーヒーを飲み終え、どこか他人事のように呟く零那の隣で、アウローラとさやかは優雅な仕草で冷えた緑茶を飲んでいた。その後ろでは楓が至福の表情を浮かべながら、バイクに跨っている。ツーリングを堪能して帰るつもりのようだ。
「ぬっふっふ〜折角だからこの独り占め状態の高速を流さない手は無いよね……不謹慎だけどこんな状況滅多に無いし」
椿はジュースを飲み終えた小梅に、笑顔と共に新しいボトルを渡して言った。
「持ってってやり」
道路の向こうから、手を振りながら走ってくるアーニャの姿が見えた。