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アウル能力を持たないものが仇討ちを考える。
そのことに不安をいだいたのは鐘田将太郎(
ja0114)だけではなかった。
天魔を倒すための力を求める者には、逆に天魔の力を欲する可能性もある。そうしてシュトラッサーやヴァニタスといった『ヒトではないモノ』にその身を堕したものは決して少ないわけではない。
そして、このカズヤ少年にも、その危うさを垣間見ることができた。瞳の奥に昏く燃える、熾き火のような光。
彼をこのままにしてはおけない。
集まった八人の少年少女は、真剣に討論をした。そして――
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朝。
学校の正門前で待ち合わせていた少年少女は顔を合わせる。そこには昨日の警察官に連れられた、カズヤ少年の姿もあった。
「オハヨウ、ダナ!」
屈託なく話しかけるのは、ミーナ テルミット(
ja4760)。いつも元気いっぱいの彼女は、にぱっと笑顔をカズヤに向けて、そして握手する。
悪意のない印だ。
「とりあえず、君に見せたいものがあるんだ。視聴覚室を借りてある。ちょっといいかな」
冷静をつとめてそう問いかけるのはクインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)だ。何が起きるかまだわからないけれど、カズヤは小さく、だがしっかりと頷いた。
「汝のためにわれわれも考えてきた。ただ、先ず言いたいのは、天魔を殺したいというだけで天魔に挑むのはやめよ、ということだな」
鬼無里 鴉鳥(
ja7179)が、視聴覚教室へ向かう道々、そんなことを話す。年齢以上の落ち着きを見せるその言葉は、さほど年が離れているわけでもないこの少女を老齢の女性のように感じさせた。
「え、あ、はい……ところで、何を見せてくれるんですか」
カズヤがおそるおそる尋ねる。
「お前にとって、見るべきと思うものだ」
ぶっきらぼうな子猫巻 璃琥(
ja6500)の言葉に、少年はまだ首を傾げてはいたが、そのまま静かに頷いた。
視聴覚室で見たもの。
それは、撃退士と天魔との壮絶な戦いの姿だった。撮影をしたのは一般人なのか、離れた場所で撮っているらしいにもかかわらず画面が何度もぶれた。恐怖をそれだけ味わっているのだろうか。
そして、その中の一つに、
「……これは自ら望んで天魔になったものの末路だよ」
名芝 晴太郎(
ja6469)が、相手を傷つけないように言葉を選びながら語る。人にもてぬだけの力を得る代償に理性をうしない、そして――撃退士に討伐される。
かろうじてヒトらしき面影をとどめていたディアボロが討たれる姿。あるいは、シュトラッサーとなったものが天使に傅き、人間と相対する姿。それは撃退士とてもあまり見たいと思わない、醜くつらい戦いの現実だ。
「カズヤくんは、両親が殺されたその場にいたわけちゃうんよな?」
梅垣 銀次(
ja6273)の問いかけに、少年は小さく頷く。
「でも……父さんも母さんも、もういないんだっ」
喉から絞り出すようにそう言葉を吐き出すカズヤ。
「そのことはたしかにそうだろ。ただ、それだけの理由で力を求めるのは、仇を討とうと思うのは、危険だ」
璃琥がややぶっきらぼうに言う。
「というか、なんでそんなに仇討ちがしたいんだ?」
カズヤはばっと目を見開いた。そして唇を噛み締める。
「……そうでもしなきゃ、やってられないんだ」
そのつぶやきは、撃退士の耳に届いただろうか。
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模擬戦を見せよう。
誰がそう言い出したかはわからないが、九人の少年少女は実技のための演習場を訪れていた。
アウル能力をもった撃退士のみが倒せる天魔。
そしてそのための武器がV兵器であり、それを格納するのがヒヒイロカネである。アウルを持つものが装備して本当の力を発揮するこれらのアイテムは、どうやら少年の心を少しばかりくすぐるものがあるらしい。説明を聞いたけれど、ヒヒイロカネから取り出したりしまったりするだけで「おおっ」と興味深そうに声を上げている。その純真さに、ウェマー・ラグネル(
ja6709)は思わず苦笑した。
「これくらいで驚いていたら、撃退士はつとまりませんよ」
そして、くるくると渦を巻く光――光纏。アウルの輝きを身にまとったその姿は、憧れるものも確かにいるだろう。
学園での実技演習に使うちいさな天魔もどきを、V兵器を使ってたやすく斬り伏せるその姿は、確かにこの世界に干渉するヒトならざる存在と対峙できる撃退士の姿だった。
「……天魔って、こんなのばっかりなのか?」
カズヤは尋ねる。
「いや、これはあくまで実践練習用。さっきも見せたような人の姿をしたものや、いびつな姿をしたものも多い」
晴太郎が優しげな声音でそう応じてやると、少年は黙りこくった。おそらく、そういったものの姿を想像しているのだろう。そして同時に、その強さも。
「さて、少し休憩しようぜ。小教室を借りてあるから、そちらに移動しよう」
将太郎の言葉に、全員が頷いた。
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「……ところで、この中で、天魔に家族をやられたんはどれくらいいるん?」
そう問いかけたのは、独特の訛りのある銀次である。
手を挙げたものはなん人かいた。ある意味予想通り、とも言える。
「ふむ。この学園にはそういう素性の人、多いですからね」
ウェマーが頷いた。彼は、手を挙げることのなかった一人であるのだが。
「俺の場合は、天魔ではなくテロリストでしたけどね。小さい頃は、それこそ同じ方法で殺してやりたいと思いました」
静かな言葉。その言葉は穏やかで、そのような感情を秘めているようには感じられない。
「でも思ったんです。同じように殺して、それで両親は喜ぶだろうかと。復讐心を失っていなければ、俺もきっとアウル能力でテロリストを殺戮していたでしょうね。でも、その考えに至って、思うようになったんです」
ウェマーの言葉は、皆の心にすっと溶け込んでいく。
「一つ聞かせてください。君のまぶたの向こうにいるご両親は、悲しい顔をしていませんか?」
「……っ」
両親の亡骸を確認することは、できていない。ただ、天魔に殺されたという事実だけを受けて、そしてずっとそのことが頭を占めるようになっていて。
「わかんない……父さんも母さんも、いつも笑っている人だったから」
「ソウカ、ソウだヨナ」
ミーナが頷いた。一見元気そうに見えるこの少女は、何を思ったか肩をわずかにはだけてみせた。一瞬その行動にカズヤのみならず女性に免疫のない晴太郎も顔を赤くするが、すぐにその顔をひきつらせる。
そこにあったのは、見るだけで痛々しい、大きくひきつれた傷跡。
「コレ、前にミーナがサーヴァントから攻撃を食らった時の傷ナンダナ」
そしてこう続ける。アウル能力があったからこの程度ですんだのだと。つまり、下級と言われるサーヴァントですら、一般人には手も足も出ない存在なのだ、と言外に伝える。
「そういう一般人を護るノが、アウル能力者の使命ナんだナ。デモナ、これを治してくれたのは一般人のお医者さんナンダゾ?」
一般人は何もできないわけじゃない。むしろ、アウル能力者だけではどうしようもないときに力を貸してくれる。
「モチツモタレツ、だっけ? お互いにイナイト満足に戦えないっテ、気付かされたナ」
先日京都で起きた、天使との戦い。その時にも、そういう一般人の助けあってこそ達成できたことも多い。人々の救助、傷の手当。そして輸送・運搬。アウル能力者だけではどうしようもできない後方支援の数々が、一般人の手を借りたからこそ達成できたとも言える。それを撃退士たちは思い出す。
「能力者だけが戦ってるわけやない、ちゅうんはたしかに事実やな」
銀次が頷く。一見普通の、人のいい兄ちゃんだが、
「俺も妹が殺された時、すぐに折り合い付くわけにいかんかったし。でも、あいつらは、別に俺の妹やから殺した、っちゅうわけやないんや」
大勢殺した中の、一人にすぎない。一人で恨みを抱えたとて、相手にとってはそんなことは些少なことであり、覚えているわけがない。敵には違いないけれど。
「ほかにも、能力者じゃなくてもできることはあるよ」
クインがそう言って取り出したのは、祖霊符とヒヒイロカネ。
「こういう武器や道具は研究所で開発されているわけだけど……これがないと、僕らだって丸腰と同じ。そしてこれらを作っている研究者や製造者は、撃退士じゃない。彼らの力がないと、僕らの能力は十二分に発揮できないんだ」
能力者と一般人、双方の協力があってこその天魔討伐であると、述べる。
「天魔をいくら殺したって、死んだ人は帰ってこない。それにそんなお前を、親御さんが喜んでると思うかい?」
璃琥の真っ直ぐな言葉に、思わず少年は目をそらす。
「親が向こうで誇れるような生き方をする。それが今の私の目標だ」
いつか『向こう』に行ったとき、土産話をたくさん持っていくことが産んでくれた恩返しなのだ、と。
「もちろんすぐに納得しろとは言わないさ。ただ、直接的な仇討ちだけが全てじゃない。いろんな方法があるんだからな」
「それに、よく考えてみろ。もし万が一お前の復讐が失敗したら、お前のことを心配してくれているじいさんとばあさんはどう思う? 大切な人を悲しませるな」
将太郎がじっと見つめる。少年ははっとした顔で、わずかに涙をにじませる。
「でも、父さんも母さんもいなくなって、どうすればいいかわかんなくて……!」
涙はとめどなく溢れ、そして少年の頬を濡らす。
ああ、彼はまだ自分の進むべき道が見えていないのだ。そう悟った仲間たちは、優しく肩をたたいてやる。鴉鳥はそれを見て、諭すように優しく、しかししっかりと、言葉を紡いだ。
「何のために、誰のために戦いたいというのだ?」
「え……」
まだ涙をこぼしているカズヤに、そう問いかける。
「もし復讐のためなら、殺したいだけというなら、他の者も言う通り、諦めよ。後悔と慙愧で死にたいというなら、ここで汝の命、刈り取ることも容易い。しかし、護りたいものがあるというのなら――撃退士以外にも道はある。それは他の者も言っているであろう? 戦うことだけが天魔に抗う術ではないのだから」
その言葉は優しく、そしてあたたかい。言い聞かせるような言葉に、少年は涙を懸命になって拭った。
「俺……俺、このままでも、いいのかな?」
カズヤが誰にでもなく問いかける。
「もちろん。戦闘をしないでも、それを支えることはいくらだってできる。必要不可欠な存在だよ。もしもアウルに目覚めることがあったら……そうしたら、一緒にいろんなことを学んでいこう。俺たち、みんな味方だからさ」
晴太郎の言葉に、少年はようやく笑みを浮かべることができた。
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「どっちにしても、家出はよくねーぞ?」
ただでさえ祖父母は心配しているだろうからな、と言って将太郎や銀次はカズヤの頭をくしゃくしゃと撫で回す。横で鴉鳥も頷いた。
校門の前、自転車を脇においたカズヤは頷いた。
「……自分だけのうのうと生きてる気がして、悔しかったんだ。でも、確かに、父さんと母さんは、俺が復讐とかして喜ぶ人じゃないと思う。それに、やれそうなこと、きっとある気がしてきた」
自分を心配してくれた人達全てへ、感謝の思いを伝えたいのだと。
「……カズヤ。お前は、幸せになっていいんだ」
璃琥が、初めて彼の名前を呼んだ。周囲は一瞬驚いたが、笑顔のさざなみがみんなを包む。
「不幸になっちゃダメだ。そして、誰も不幸にさせちゃダメだ」
「ウン、そうダナ。ミーナもそう思うゾ!」
晴太郎とミーナも、同じように優しい言葉を投げかけてやる。
「ありがとう。みんな、初対面の俺のために」
カズヤはちょっと笑った。心からの微笑みで、それは彼がずっと失っていたものだった。
「また会うときは、もっと気軽に話したいと思うで」
銀次も笑う。次は学食のおすすめメニューも教えたるで、と言いながら。
カズヤはもう一度深く礼をすると、自転車に乗った。祖父母のもとへと帰るために。
少年にとって、かけがえのない一日であっただろう。
いつかみんなで笑い合える日が来るのを信じて、少年はペダルを漕ぐ。
今日のこの日を、忘れることはないだろう。
生きることは、苦しいかもしれないけれど、それでも人を幸せにすることなのだから。