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制限時間は五日間。
それで、どこまで親しくさせるか、その前にどうやったら親しくなれるか。
悩むことは多いけれど、制限時間内でどう動くか、それをまず決めねばなるまい。
「とりあえず、カナデさんとトオルくん、それぞれに接触しなくてはいけませんね。このメモも、どのくらい参考になるかわかりませんし」
氷雨 静(
ja4221)が渡されたメモを見ながらつぶやくと、一同もひとしきり唸った。
五日間でできることも限られているだろうし、可能なことは可能な限り突き詰めておきたい。
「カナデさんはお料理が苦手と、情報にはありますけれど……これを特訓もありでしょうし」
同学年の少女の恋を後押ししたいと思っているのはレイラ(
ja0365)である。ほかにも、集まっているのは皆、恋の応援をしたい者たちばかり。普段ならリア充なんて(以下略)と思っている戦部小次郎(
ja0860)も、そこはきちんとわきまえている。
「勉強会とかもありじゃないですか? そうすれば面と向かって会う口実もできるし」
「あとこんなのも……」
意味有りげに笑って提案するのは、紅鬼 蓮華(
ja6298)。ちょっと強引かもしれないけれど、その作戦はいいかもしれない。
「ええなぁ。それじゃあ、自分、その役目……」
亀山 淳紅(
ja2261)も、楽しそうにふふっと笑った。
さて、八人の考えた作戦とはいかなるものか。
そしてそれは成功するだろうか?
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その翌日の放課後。
タクミの紹介という名目でカナデのところに押しかけたのは大谷 知夏(
ja0041)やレイラといった面々である。まずはできる限りごく自然に当人たちと知り合うこと、これが大事だ。
「タクミくんから、先輩が教え上手だって聞いたっすよ!」
数学のノートを握り締めているのは知夏だ。今回は料理男子として参加の小次郎は差し入れとして手作りのクッキーも持参している。これは彼女が味音痴であるかどうかをチェックするつもりらしい。
「先輩もおひとつどうぞ」
差し出されたクッキーは、見た目はほとんど同じであるが、いくつかわざと味を変えている。折角だからと皆がつまむのを見て、カナデも1つ2つ口にした。と、その顔がわずかにしかめっ面に変わる。
「これ、味が……?」
恐る恐る尋ねてくるカナデ。そこで今更気づいた、という顔をして、
「あ、失敗作が紛れていたようですね」
そういって苦笑いを浮かべる小次郎。どうやら壊滅的な味音痴というわけでもないらしい。そしてカナデはふう、とため息をついた。
「……おいしいものが作れるって、羨ましいな」
普段から四角四面の優等生である彼女にとって、料理が苦手なことは口にこそ出さないがコンプレックスであるようだ。実際教えてもらっている面々から見ても、その学力と指導力は十二分なものだった。志願すれば、家庭教師のアルバイトの口もきっと数多く見つかるだろう。
しかし料理の腕は、やはり磨かねばなるまいと本人も思っているあしい。これから先、一人暮らしをする可能性も高いし、家庭に入ることになれば当然料理をする機会は格段に増える。
そういえば、とひとり席を離れて自習していた――もちろんわざとである――蓮華がやや近づき、わざと聞こえるようにひとりごちる。
「最近きた、トオルって男の子、カナデさんは知ってる? 友達が気に入ったって言ってたわねぇ……」
ガタッ。
「と、トオルくん?」
「そうそう、中等部の。……あら知ってるの? 顔が赤いみたいだけど」
非常にわざとらしいが、それに気づいている様子はない。本人は名前を聞いてテンパっているようだ。その反応に四人はここぞとばかりにたたみかける。
「もしかして、好きなのっ?」
「もしそれならなにか手伝えることはないでしょうか」
「うんうん、うかうかしてると取られちゃうわよ? いい子だから」
黒一点の小次郎はその話題にはあえてツッコミを入れない。それよりも、うまく魚が引っかかった、それに内心サムズアップ。
「そういえばさっき料理が何とか言ってましたよね。それこそ、今日の夕飯とか、一緒に作りましょうか? カレーくらいなら簡単だし、私達でも力になれますから」
だって、もう友達ですもの。
レイラが微笑むと、カナデも照れくさそうに頷いた。
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一方こちらはトオルと接触するグループ。
淳紅はいつもの髪留めを外して髪を後ろにくくり、更に中等部の制服を着てタクミといっしょにトオルの前に現れた。
(年上の人に想いを寄せられるって、羨ましすぎるで……)
本音をつい漏らしたくなるが、そこはあくまで我慢。そして、
「自分、中学三年の亀山淳紅や、よろしゅう。明日、サッカークラブの体験入部するんや」
としっかり学年を偽って紹介してもらう。そのほうが相手も気兼ねなく話してくれるだろうという目算からだ。こちらには静やミーミル・クロノア(
ja6338)も顔を出している。
「あたしたち、今度の依頼でサッカーが必要になっちゃったんだ。トオルくんが上手いと聞いたから、もし良かったら教えてくれると嬉しいんだけどな」
ミーミルが小柄な体格を逆に武器にして、ジーっと見つめる。
「なるほど。俺でよければ、教えることはできるよ」
こちらもどうやら評判通りの爽やか好青年である。
(メモの方はだいたい合っているようですね)
静は注意深くちらちらと観察しながら、小さく頷く。
ところで淳紅は相談の時にある提案を持ちかけられていた。それはすなわち――
「淳紅!」
後ろからニコニコと笑って近づいてくる女性、雀原 麦子(
ja1553)との恋人ごっこである。カナデとトオルを近づけるきっかけになればという、いわゆる当て馬。
年上の彼女と年下の彼氏という構図はたとえそれが「ごっこ」だとしても、妙に愛らしい。淳紅のほうが身長も低いというのもそう思わせる一因かもしれないが。
「あ、麦子……」
お姉さんの包容力で麦子が微笑むと、わかってはいても淳紅も顔を赤らめる。
「明日は体験入部よね? 差し入れ、持って行こうかなあ」
「おお、おおきに」
「当然でしょ、ね」
そんなやり取りを見て、トオルがほうっとため息をついた。
「あら、どうしましたか」
静がその小さな表情の変化に、興味ありげに尋ねる。
「ん。……いや、いいなって。俺も好きな人、いるから」
「え、なになに!? なに話してるの?」
ミーミルも喰らいつく。トオルの顔が、ほんのりと赤くなっていた。
「えっとその。アイツの――タクミの姉さん、いいな、って思う……」
聞こえないくらいの小声で呟くが、恋バナは女の子の大好物。麦子がほっこりと微笑んで、
「なるほど」
その回答にみんなが安堵する。なんだかんだで、お互い想い合っているということだ。
それならば、話は早い。まずは会えるきっかけを作り、しかる後にイベントを起こす。これも作戦の一つだ。
(楽しくなってきそうだよ)
ミーミルが、にぱっと微笑んだ。
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勉強会もそこそこに、料理の特訓をしたカナデたち。その日は簡単に作れるカレーだったが、ちょっと不器用な手つきではあるものの飲み込みは早いらしく、それなりにこなしていた。
調理もひと通り終わって、一息ついているところに、
「明日そういえば、サッカークラブの練習っすね! 応援に行くっすよ!」
指先に幾つか切り傷を作ってしまった知夏が息巻いて言う。カナデははじめこそとんでもないといった感じだったが、
「今日の復習も兼ねて、お弁当を持っていくのはどうですか? 私達も同席しても構いませんし」
レイラの提案に、おずおずと頷いた。顔は熟したりんごのように赤い。
もちろん、トオルと接触している仲間たちのことはおくびにも出さない。でもこれは彼女自身で決めたこと、これからどうなるか――楽しみだ。
「じゃあ、僕のレシピを幾つか教えます。簡単なものですけど」
習うより慣れろ。今回は料理のコツを伝授していた小次郎が、ノートにサラサラと書き起こしていく。それを脇から見ていた蓮華も、ちょっと苦笑い。
一度決めたら、恋する乙女は強いのだ。
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サッカー部の練習は、土日に行われる。
各々が身軽なトレーニングウェアに身を包み、ウォーミングアップをする。部員であるトオルはもちろん、体験入部の淳紅もともにストレッチなどを行なっていた。
そのグラウンド近くにあるベンチには、カナデや、レイラたちのような【カナデ班】、そして静たちのような【トオル班】が、偶然を装って見物している。
トオルもそれに気がついているようで、時々ちらりとベンチの方を見やってはすぐに顔を逸らす。照れ隠しなのだろうが、その気持ちを知っている面々はそれをつい見守りたくなってしまう。
とりあえずは二人の関係を接近させること。それを第一に考えているので、下手な口出しはしない。あえて何かしているのは当て馬役のふたりだが、それもタイミングを見計らってのことだ。休憩時間に汗を拭きに行ったり、スポーツドリンクを差し入れしたり。タクミのゲーム仲間という名目でカナデともすでに挨拶を交わしている麦子は、ちょっぴり積極的だ。
昼ごはんの休憩の時は、折角だからとトオルも巻き込んで、全員で輪になって弁当を食べることになった。カナデの作った弁当はシンプルだが、昨日の指導の賜物もあってか見た目も味も上々だ。要領の良い彼女故かもしれないけれど、皆がワイワイと弁当をつつく姿はみてみてとても楽しい。トオルも少し戸惑いつつ、それでもおいしそうにおにぎりを頬張っている。
と、そういえばと蓮華が何かを取り出した。見ると、比較的近くにある遊園地の期間限定割引券である。しかもご丁寧に、全員分。用意周到がすぎる気もするが、気にしない。
「もし良かったら、明日の練習を休んで、みんなで遊ぶのもいいんじゃない?」
驚いているのはカナデとトオルだ。周囲を見回して、そして真っ赤になる。
「まあ、息抜きもたまには必要、ってことで」
「遊園地! 知夏は大好きっすよ!」
「うん、あたしも!」
嬉しそうにはしゃぐ知夏とミーミル。小次郎も頷いて、賛成の意を示す。
「明日が楽しみですね」
静が嬉しそうに微笑むと、カナデははにかむようにして小さく頷いた。
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遊園地のチケットは、ひとときの夢の片道切符だ。
楽しい一日はあっという間に過ぎていく。おやつに買ったアイスクリームを食べ歩きながら、みんなが笑顔を浮かべている。と、目についたのは「おばけやしき」。
「せっかくだから、二人一組で入りませんか」
そう提案したのは静だ。市松人形のような可愛らしさを持つ彼女の提案に、仲間たちも乗り気になる。
「それじゃあ折角だし、カナデちゃんはトオルくんと組むといいんじゃないかしら?」
麦子は淳紅の手を軽く握りながらにっこり笑う。ある種余裕の表情だ。
「えっ」
ふたりがふたり、目を丸くして、そしてわずかに目をキョロキョロさせる。でも、反対意見をあえて言うわけでもなかった。というより、言えるような状況でなかったといったほうが正しいかもしれない。
「じゃあ先にいってるわね」
「あ、待って、あたしもー」
蓮華とミーミルが、一足先にとおばけやしきの中へ吸い込まれていく。……残されたのはトオルとカナデのみ。
「……いきます、か」
わずかに緊張した声で、トオルが尋ねる。カナデはぽっと頬を赤く染めて、小さく頷いた。手をとりあって、ふたりはゆっくりと歩みだした。
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そして火曜日。
「みんな、どうだった?」
八人が集まっているところに、タクミが姿を現した。
「ええ、私達にできることはやったつもりです」
レイラが優しく笑う。
「うん、昨日も勉強会をみんなでやったしね。トオルくんも一緒に!」
「最初は緊張していたみたいだけど、だんだん親密になっていくのがみてとれて。初々しくて、見ているだけで幸せになりそうだったわ」
嬉しそうに微笑みながら、ミーミルと麦子が報告する。
「うん。俺もね、トオルに聞かれたよ。お前の姉ちゃんに彼氏とかいないのか、って。あいつがすっげー真面目な顔でそういう事聞いてくるの初めてだったからさ、俺も嬉しくて」
タクミの方も結果がそれなりに出ているらしく、嬉しそうに笑っている。手にしていたカバンから弁当箱を取り出して、
「この弁当もさ、前なら寮母さんが作ってたんだけど、今日は姉ちゃんが自分で作ってくれて。料理を指導してくれたんだろ? すっげー助かった!」
そう言ってニコニコ笑うのだ。
「ここから先は、カナデさんとトオルくん次第だけどね」
「せやな、二人がどういう関係を築いていくか。今度、それは自分たちにも教えてくれると嬉しいな」
蓮華と淳紅もこくこく頷いた。小次郎はもし良ければまだレシピを紹介できると言わんばかりに『お手軽料理読本』をタクミに手渡す。タクミもサンキュ、とそれを受け取った。
「そういう事っす。あとはお二人の心の問題ってやつっす!」
知夏が満面の笑みを浮かべる。
「本当にサンキュ。やっぱり、みんなが幸せでハッピーエンドが、一番嬉しいよなっ」
「ええ。それは私達も同じですよ」
タクミの言葉に、相槌を入れる静。
そう、みんなの心は同じ。
一人ひとりに、小さな幸せを掴んでもらいたい。
だから、手を伸ばす。
この先、二人がどうなるかはわからない。
だけれど、そのきっかけは、作った。
さあ、少年少女よ。
扉は今、開かれた。