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さて。集まった十人は、早速頭をつき合わせて悩んでいた。
「歓迎会から代理出席かー」
新学期デビューっていうのも羨ましいけどね、とひとりごちているのは並木坂・マオ(
ja0317)。今回の依頼、聞いている分には苦笑するしかないのだが、当事者となるとなかなかそうもいかない。
「さすがにこれははしゃぎ過ぎの気もするが」
冷静につぶやいているのは穂原多門(
ja0895)だ。何しろ十五のトンデモ系部活動だ。それだけ依頼人のサユリがお人好しであるという証拠でもあるのだろうが、わかってはいても皆の口から出るのは唸り声ばかり。
「とりあえず代理出席のメンバーを決めへん? 俺はうまいもん食えたらそれでええけど」
とろりとした関西弁で提案したのは、霧切 左京(
ja5398)である。口にキャンディをくわえたまま、ちらりと仲間たちの顔を見やる。どう見ても代理出席したい部活がパティシエール部に見えるなぁ、とこちらもお菓子を山盛り食べたいと思っていたウェマー・ラグネル(
ja6709)が穏やかに微笑み返すと、左京はちょっと驚いた顔をして、それからそっぽを向いた。
「ですね、最初から飛ばし過ぎると息切れするって野球解説者も仰ってますし……あと、後日、報告会も必要ですね」
楠 侑紗(
ja3231)の考えていたことはみなも同感だったらしくこくこくと頷いた。
そしてそうなれば話は早い。立候補で組み合わせが決まるまでに、それほど時間を要さなかった。
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当日――
「それじゃ、よろしく頼みますっ」
サユリに深々と礼されて、十人の撃退士――というより物好きな学生たちは苦笑する。
「あとで反省会を兼ねた報告会をやるから、さゆりんも参加すること!」
自身の所属する新聞部のネタ探しにもなるしね、と思いつつ、下妻ユーカリ(
ja0593)はぴっとサユリに指をつきつける。もちろん顔には笑顔を浮かべているけれど。こういった小さなネタ探しも大事なことなのだ。……バナナ柄のシャツを着ているけれど。でも大切なことなのだ。大事なことなので二回言うのだ。
「……ま、なんとかなるだろ」
小走りに寮へ向かうサユリを目で追いながら、柊 太陽(
ja0782)が、へらりと笑った。食にちょっとばかりこだわりのある太陽は栄養科学部にお邪魔する予定である。そちらももちろん楽しみではあるが、自分の本分は忘れてはいない。せっかくのチャンスを楽しもうというのは他のみんなも似たようなもので、月臣 朔羅(
ja0820)はケイドロを楽しむために身軽な服を着ていたりする。
「でも、ちょっと新鮮な気分ですね。ハイキングか」
石田 神楽(
ja4485)は普段インドア派。それゆえ体を動かすのが少しばかり楽しみだったりもする。
「まあ……お互い、健闘を祈ります」
神楽がくすりと笑んだその瞬間、可愛らしくお腹が鳴る音がした。見ると折原スゥズ(
ja7715)がお腹をおさえて照れ笑いを浮かべている。
「いや、おなかすかせておこうと思ってっ」
ここに来る前にひと泳ぎしてきていたらしい。誰もが楽しみにしているのは、こういうところからもうかがって取れる。ひとしきり小さな笑いのさざなみが広がってから、それそれの目的地へと向かうことになった。
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「バナナ愛好会へようこそ!」
バナナ愛好会への代理出席を出迎えてくれたのは、人のよさそうな少年三人ほどだった。
「ええと、サユリさんの代理でっ」
ユーカリがそう説明すると、ウンウンと頷いてくる。……シャツの柄をお気に召したらしい。
「うちの部活は見ての通り弱小だから、だれでも歓迎してるんだよ」
部室棟の片隅で山盛りのバナナを前に、そう説明するのは部長らしき男子高校生。聞いてみると部員数はこの三人プラスアルファ程度、普段からおおっぴらに活動しているのではなく、最低でも一日一本バナナを食べ、時に品評会、そして目下の目標は温室におけるバナナ栽培らしい。活動自体は地味である。
「もっとバナナの全国大会とか、そういうのはないの?」
スゥズが口いっぱいにバナナを頬張るのを横で見ながら、ユーカリがちょっぴり残念そうに尋ねる。
「んー……そういうのはないけれど。とは言え、久遠ヶ原ならではの部活の一つとは思っているけどね。何しろ撃退士のスタミナ補給にバナナは格好のフルーツだし」
部長が苦笑しながらそう応じる。
「ですね。栄養価や吸収率は確かに特筆すべきものがありますから」
モグモグと口を動かしながら、スゥズも頷く。水泳を日課にしている彼女、その合間にときおり食べているのだとか。体格に恵まれているぶん、消費エネルギーも多いのだろう。
「いい食べっぷりだねー。むしろスカウトしたい」
部長の言葉に目をぱちくりさせるスゥズ。まさか自分がスカウトされると思ってなかったのだろう。
「そう言えば、他の部活との提携は考えてないのかな? ほら、例えばパティシエール部とか」
所属部活の幾つかを提携関係にしてしまえば、負担は減るのではないか――ユーカリを始めとする何人かはその考えを持っているので、おずおずと提案してみる。
「ああ。今すぐは難しいかもしれないけど、学園内でのバナナ栽培が成功したら、それもありかなとは考えているよ」
にっこり笑って応じるバナナ愛好会一同。ちなみにそんな会話の合間にバナナは一房食べ尽くされている。バナナ愛好会恐るべし。でもその考えがあることがわかって、とりあえず満足した二人だった。
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パティシエール部と栄養科学部は、普段から調理室をよく使わせてもらっているために互いの面識があるのだという。とは言え、目指す方角が異なるために苦労もあるらしい。
今日は第一調理室でパティシエール部、その隣りの第二調理室で栄養科学部が活動している。どちらからも独特の香り……いや、匂い? そういったものが窓を閉めきっているにもかかわらず漏れだしており、自ら近づくものはそうそういない。
パティシエール部のほうではデカ盛りパフェや出来立てほやほやの生キャラメル、とにかく甘いモノがここぞとばかりに集まっている。調理室中が甘い香りで覆われている。甘い物は別腹な女子などでも、ちょっと甘ったるすぎる、かも知れない。
一方の栄養科学部は見栄えのしない料理がフルコースに。ただし、調理室の中には何故かビーカーやフラスコなどもいっしょに並んでいる。薬のような匂いもしていて、一体これは何かとツッコミを入れたくなる。
それぞれの部屋に一歩足を踏み入れるだけでそれなので、パティシエール部担当の左京とウェマー、栄養科学部担当のマオと太陽は一瞬ひるんだ。しかしこれも依頼である。まずはきちんと挨拶をしてしっかりしないと。
「えっと、サユリさんの代理で」
挨拶をするとすでに連絡をしてあったのだろう、それぞれの部活で快く迎え入れられた。
パティシエール部の方は、歓迎会に顔を出した甘党男子の左京とウェマーはこのくらいでめげるタイプではないし、むしろ喜んで食べつくそうという勢いでこの場に臨んでいる。決して身長の高くない左京とのっぽのウェマーの組み合わせがまた他から見ると面白いらしく、そんな彼らがもくもくと甘味を食べ尽くしていくのは圧巻でもあった。
と、左京がピシっと一言。
「こう言うんはな、甘けりゃええってもんちゃうねん」
言いながら、口直し用に念のため持ってきたキャンディを頬張った。甘さ控えめのキャンディは、口の中で優しく広がる。
「納得いかんもんはたとえ先輩でもちゃんと言う。俺はただ甘いもんが好きなだけちゃうから」
ちらっと眼光鋭く部長を見る。部長は女子かと思いきや、ちょっとぽっちゃりした感じの男子生徒だった。いかにも甘党といった感じである。
「ですね。俺も同感です。……でもそうですね、例えばこのパフェ。例えば少し甘みのさじ加減を変えれば、もっと美味しくなるんじゃないかと思いますよ」
ウェマーは口の周りに生クリームをつけたまま、そうアドバイス。色男もちょっと台無しであるが、本人は気にしていなさそうだ。しかもそのままおかわりまで要求している。
一方隣の栄養科学部では、
「ふむふむ。なるほど、そういうスケジュールなら……いや、それにしても両立の難しそうな部活もありそうだな」
オリジナル薬膳もどきを前にしつつ、太陽がひとりごちる。パティシエール部と栄養科学部は活動場所も近いため、交代で調理室を使うこともままあるのだとか。そういった活動の基礎情報をひと通り聞いて、さて歓迎の膳が前に運ばれてくる。
……ただ、それを料理と言っていいのだろうか。いかにも毒々しい色使いのスープや、どう考えても食欲をそそられないメインディッシュなどなどが目の前に広がっている。
一口食べたマオが、なんとも言えない表情を浮かべて
「ちょっと、そこに正座!」
バン、と机を叩いてそう叫んだ。
「料理ってね、美味しいから元気が沸くんだよ? 栄養価だけで元気になれるんなら、今のこのアタシの怒りはなに!」
こちらの部長はひょろっとした女子生徒だった。マオのわめきぶりに思わず正座して、肩を縮こませている。
「確かに、そのとおりだな」
太陽も笑顔を浮かべているが、その奥で細く光る瞳は笑っていない。
「いくら栄養があっても食べてもらえないなら、それはただのゴミだ。頭いいのにツメが甘いな、そういうのを才能の無駄遣いっていうんだぞ」
ただし、と彼はいくつか提案をしてみる。
「例えばこれなんか、料理としてではなくサプリの材料のように扱えば、まだなんとかなるんじゃないか?」
アイディア自体は悪くないのだから、応用をきかせればいいのだ。それに気づいた部員たちはまた熱心にディスカッションを始めていた。
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依頼斡旋支援部は、斡旋所にいく程でもない学園内の小さな騒動を解決したり、あるいは斡旋所に代理で依頼を持ち込んだりする部活動である。
「なるほど……それでケイドロなのね」
学園内の何でも屋、斡旋支援部。体力勝負の部活でもあるのだろう、朔羅がふうむと頷いた。その横では侑紗が部長らしき大学部生に尋ねている。
「でも、具体的にどのくらい時間を割くべき部活なんですか? もちろん私はサユリさんの代理ですけど、興味が無いわけではないので」
「ああ。その点は大丈夫だよ。メンバーの中にはけっこうやんちゃな奴も多いけど、逆にそいつらが率先して依頼を受けたりするから。新入生で掛け持ち部活もあるなら、そのあたりは考えるよ」
部長もさすがにサユリの部活動の多さを聞いて驚いたのだろう、そう苦笑した。
「部長さんがそう言うなら安心ね。サユリさんにも報告しておくわ」
朔羅は準備運動をしながら納得したように艶然と微笑む。部員の中には一瞬見惚れたものもいたようだったが、これから始まるゲームではちゃんと役目がわかっている。朔羅は鬼で、侑紗は追いかけられる側だ。
「負けませんよ、月臣さん」
「さてどうなるかしらね」
朔羅にはなにか作戦があるらしく、負けないと言った侑紗もちょっとビクッとしていた。
そしてゲームが始まる。……圧倒的に鬼が優勢で進むことになったが。
「おや、あれは……ああ、このあたりでケイドロをやっているんですね」
それを遠目で見ていたのは、散歩同好会の歓迎会におじゃましている神楽である。この散歩同好会、一日一万歩を目標に歩くという実はけっこうハードな部活であった。とはいえ多門も神楽も体格と持久力に恵まれており、今日の十キロ行軍もさほど苦ではない。
しかし他の部活とかけ持ちすることとなるサユリには、かなり厳しいだろう。多門はむしろ自分向きだなと考えているようだ。
「いい天気に恵まれましたね。あ、あんなところに野鳥が……」
スマートフォンを取り出して、そのカメラに収める神楽。普段はインドア派の彼も、決して運動神経が悪いわけではないので、息を切らせることもなくついていっている。
「散歩なんて、って思う人も多いと思うんですけど、やっぱり自分の体は資本ですからね」
そう微笑むのはこちらの部長、なんと中学生の女子である。もともと歩くのが好きで、趣味が高じて今年部活を立ち上げたらしい。つまりは新入部員ばかりということだ。
サユリも編入してばかりで右往左往している時に見つけて、気楽な気持ちで所属することにしたらしい。年下の女の子が作った部活だから、ということも理由の一つだったのだろう。
「まだ試行錯誤なところも多いので、サユリさんにも伝えて欲しいんです。一日一万歩はあくまで目標で、もっと気楽に構えて欲しいので」
照れくさそうに笑いながら、部長がそう言う。
「了解、伝えておく。……ところで、ハイキングコースなら学園島内だけじゃなく他にもまわるのか?」
ちょっと興味が湧いている様子の多門であった。
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「みなさん、ほんっとうにありがとう!」
数日後の食堂。サユリはいきおいよくお辞儀をして、感謝の意を述べた。
「いや、俺たちも楽しませてもらったし」
そう言って笑う太陽。
「おう、珍しい体験はさせてもろたな」
「取材のネタにもなったしね!」
左京とユーカリも、決して嫌な顔をしない。それぞれが行ってきた部活の内容などを簡単にまとめて、スゥズがバナナといっしょに差し出した。
「聞く限りでは兼部ができない内容ではないし、どこも噂ほど悪い部活でもなさそうだった。……ただ、それに入り過ぎるのはどうかと思うがな」
多門が冷静にそう忠告すると、サユリもちょっとしょげている。
「ただ、そのことをきちんとわかって、きちんと対応するのであれば、面白いことはできるかもしれませんよ」
これはきちんと言わないと、とウェマーが注意をした上でフォローをした。
「そうそう。例えば栄養科学部でバナナをメイン食材にしてもらうとかっ」
マオも、ウェマーの持ってきたお菓子をぱくつきながら笑う。それを聞いて、サユリがぱっと顔を明るくした。
「そうか、それぞれの部活の架け橋みたいになれるんだ、私」
「そういうことです。活動の範囲はもちろんもう少し狭めたほうがいいでしょうけどね。でも、本当にやりたいこと、それを見つけるのはとてもいい事だと思いますよ」
侑紗は微笑んだ。
「これからの課題よね、サユリさんの」
朔羅も、
「もしこれからも何かあったら手伝うから。友達になりたいものね」
と付け加える。
「ありがとう!」
サユリがまた嬉しそうに微笑む。
「さて、それでは。私たちの新しい友人のこれからを祈って、乾杯でもしましょうか」
神楽がそれぞれの前に缶ジュースをおいてやる。用意周到さに驚いたが、すぐに笑いに変わった。
「そうだね。本当にみんな、ありがとう――乾杯!」
少女の顔は、とても嬉しそうな笑顔を作っていた。