●
一年生たちが一生懸命書いた依頼書を見て集まった八人の『お兄さん、お姉さん』たち。まずは依頼を請け負った者たちが顔合わせと打ち合わせ、ということになった。
「私もこれでも写真家の端くれ、撮影ならば任せてください」
そう言って白い歯を見せるのは、褐色の肌とドレッドヘアーが印象的な藪木広彦(
ja0169)だった。見た目こそコワモテだが、その眼差しはとても穏やか。なんだかそういうところは野生の草食動物を思わせる風体である。……一年生たちが彼に対してどういう感想を持つか、それはまた別の話だけれど。
「プロのカメラマンさんがいるなら、撮影については十分すぎるくらいですね。せっかくの一年生のお願い、私たちで叶えてあげたいな」
レイラ(
ja0365)が優しく微笑んだ。それにつられて猫野・宮子(
ja0024)も、
「ボクも、一年生の思い出、作ってあげたいな……遠足風にするとかして」
アイディアを持ちだしてみる。お弁当ならまかせて! というふうな表情で。
「遠足か、いいな! 花見をしつつ弁当を広げたりさ!」
フューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(
ja0380)が、ワクワクしている顔で首をブンブン縦に振った。プチ遠足と撮影会、いい思い出作りになりそうだなと思いながら。でもそれより何より、楽しいイベントが大好きなのだ。
「一年生が十人と、ボクたち八人、それにプラスアルファ……量は多いけどなんとかなるかな」
宮子が指を折りながらそうつぶやくと、飯島 カイリ(
ja3746)は、
「あははっ、ボクもすっごい楽しみだなー!」
初めて桜を見るというだけあって、声が明らかにはしゃいだものになっている。新入生にカウントしてもおかしくないくらいかもしれない。……年齢は気にしたら負けだ。
そんな中、いつもの様にポーカーフェイスなのは双翼 集(
ja5017)。気持ちはちゃんとついていっているが、顔はそれに反している、とでも言おうか。
「僕もデジカメは用意しますし、ああ、場所も見つかると思います。あと、新入生には簡単なクイズとかもいいかもしれないですね」
そのカメラにおさめられた写真は風景や静物などを写したものが多いのだが、今回はきちんと子どもたちを撮るつもりでいるようだ。無表情のまま、心のなかで微かに笑む。
(……小学一年生、六歳、か……)
九十九(
ja1149)は、笑顔を絶やすことこそないが、もやもやしたものを胸のうちに抱えていた。自らも体験するはずだったそれらのイベントは、幼い頃に巻き込まれた事件のせいで行なっていない。本人はそれでもいいと思っていた、思っていたけれど、こうやって祝う立場となって改めて欠落していた思いを抱きなおす。
「ま、子供の笑顔は嫌いじゃないからねぇ。入学式の思い出、いいんじゃないかねぇ?」
――それでも自分のことは、今度出会う子どもたちには、関係のないことだから。
そう考えると飄々とした表情でその思いを隠して、とろりとした声で苦笑した。
●
そんなこんなで、依頼を頼んできた小学生にあらかじめ知らせておいた日がやってきた。
「こんにちはー!」
「こ、こんにちはー!」
広彦以外の七人が、だいぶ着慣れてきた制服に身を包んだ子どもたちの前に顔を出してあいさつをすると、可愛らしい声で返事が返ってきた。ちなみに広彦は今どうしているかというと、その一見豪快な見た目が驚かれるかもしれないからと一足先に予定地にいた。それはさておき、
「手紙をくれたのはどの子かな?」
そう瑠璃谷 紫織(
ja0129)が尋ねると、元気のよさそうな男の子がピッと手を上げて立ち上がる。
「今日はよろしくね」
「よろしくおねがいします、おにいさんおねえさん」
少年はまだドキドキしているようだ。まあ、やむをえまい。ほとんど見知らぬに等しい年長者と話すのは、だれだって緊張する。その緊張を解きほぐすかのように、宮子がにっこり笑った。見ると、服装はお手製の……アニメにありがちな魔法少女の服装である。
「魔法少女マジカル♪みゃーこが、みんなに素敵なプレゼントを用意してるにゃ、大丈夫にゃよ」
猫耳をつけた状態で微笑んで、猫まねきのようなポーズ。小学生の女の子たちがぱっと顔を輝かせた。
「おねえさん、まほうつかえるの?」
「みんなを笑顔にする魔法にゃよ♪」
子どもたちの問いに、にこっと笑ってポーズを決める。つかみは十分。
「それじゃあ、まずはみんなで食べるお弁当を作りましょうか」
レイラが微笑んで、子どもたちの先頭にたって歩き出した。
「お弁当作りって大変なんだなー」
お弁当作りをひと通り終えると、フューリがひとつため息をついた。決して不器用ではない彼女ではあるが、どちらかと言うとみんなの迷惑にならないようにとうしろに控えていたのだ。
「ほらほらっ、ボクも頑張ったよ!」
一方でカイリは一年生たちといっしょにずっとはしゃいでいる。自作のお弁当、といってもかんたんなおにぎりやサンドイッチがメインなのだけれど、それらを自分たちで作るというのが子どもたちもお気に召したらしい。中にはキャラ弁の作り方を知りたいという子どもまでいた。お弁当作りはそういう意味でもおおむね成功といっていいだろう。
「おいしいかなー」
味見もしっかりしているが、子どもたちはそれがやっぱり気になるらしい。
「大丈夫、心をこめて作ったものがおいしくないわけ無いでしょう?」
集が表情を変えずにつぶやくが、安心してはいないようだ。そこへ手を伸ばし、おにぎりをひとつ口にひょいといれたのはフューリ。
「だーいじょうぶ。十分うまいよ、これ」
もぐもぐと口を動かしながら、ニカッと笑った。その言葉に子どもたちの顔もぱあっと明るくなる。
「でも、ほんとうにほんとう?」
子どもたちがそれでもまだドキドキしながら尋ねると、もちろん! という意思を示すためにピースサインをした。
「きっといい思い出になりますね」
この風景もデジカメに収めながら、レイラと紫織が頷きあう。
「じゃあ、行きましょう。桜と一緒に写真をとりにね」
●
「それにしても、新入生も多いもんだねぃ」
屋外に出た九十九が糸目をさらに細くして、そうつぶやく。入学式が終わったばかりのこの季節、やっぱりどことなく浮き足立っているのが新入生だろう。特に小学一年生ならば、はじめての出来事ばかりで緊張も見えるため、一発だ。さて、彼らと仲良くするには……
「だいじょうぶ! ボクたちが学校のことを教えてあげるってすればいいんだよっ」
カイリはそう言いはなつと何人かの子どもに声をかけ、見事に連れてきた。年長者と話すのが苦手な子どもたちにも、カイリの無邪気さにまるで同年代のような親近感がわいたのかもしれない。もちろん突発的に呼んだ子どもたちだから、どうしても固くなってしまっているみたいだが、それもピクニックへのお誘いということでお弁当を見せるといくらか笑顔をみせてくれた。
そこへ、魔法少女ルックから制服姿に戻った宮子がヒョイッと顔を出した。
「あれあれ、なにかいい事でもあったのかな?」
もちろんさっきの魔法少女が普段おとなしい彼女であるとは、子どもたちは気づいていない。
「ううん、なんでもないよ!」
一年生たちはそういい、それを見た集が内心苦笑している。もちろん表には一切出していないので、みんなには気付かれていないけれど。
「まあ、ゆっくり歩いていきましょうか。桜の場所まではちょっとあるけど、大丈夫ですよね?」
トレードマークの日傘をさした紫織が尋ねると、子どもたちは首を縦に振る。今来たばかりの子どもたちも、よくわからないなりにこくんと頷いてくれた。
「それじゃあ、歌でも歌いながら行こうか!」
カイリは教科書にあるような童謡をいくつもそらんじてきたらしく、子どもたちといっしょに歌い出した。それに合わせて九十九が龍笛を取り出し、美しいメロディを奏でる。まだ桜の下ではないが、春の風にのってきた花弁は歩いていくうちにふわりとあたりにただよいはじめ――だんだんみんなの心が弾んできた。歩くペースもあがり、歌う声も大きくなる。一年生たちは手をつないで、すでに少しずつうちとけはじめている。
そんなふうにして、小さな丘の上までやってきた。そこはまさに桜の森、満開の桜の下にははらはらと花弁がこぼれ落ちる。そしてそこには、
「待っていましたよ、一年生のみなさん」
――広彦が、仁王立ちして待ち構えていた。
褐色の肌で体格もよく、しかもドレッドヘアーとくれば、小さな子どもたちは驚かないわけがない。でもその優しい目をした顔は人のよさそうな笑顔を浮かべており、子どもたちは最初こそ身構えたものの、むしろどっしりとしたその佇まいに安心したようだった。中にはその雰囲気が動物園のサイかなにかのようだ、と思っている子もいる。とは言え、手にカメラを構え、脇に大きなケースを持っているその姿は、間違いなくカメラマンである。
「それじゃあ、写真を撮りましょうか」
レイラに言われて、子どもたちははっとした。ここに来たのは、みんなと仲良くなって、記念写真を撮るためだ。カメラマンらしきお兄さん(広彦のことである)は準備をちゃくちゃくと整えてくれている。しかし、最初に呼ばれたのは秋入学の子どもたちだけ。彼らは嬉しそうにはしゃいでいる一方、新入生たちはちょっと羨ましそうにしてそれを見つめている。するとその視線に気づいたのだろう、写真を二、三枚撮影してから広彦が向き直り、わざとらしいくらいに大きな声で高らかに宣言した。
「何しろ私の仕事は依頼主を撮ることでしてね! 新入生ども、撮って欲しかったらゲームで勝負だ! ハハハァ!」
白い歯を見せつけるようにして笑う。子どもたちは口々に文句を言うが、そのゲームを用意してくれたのはこれまた感情の読みにくい集だ。
「それでは、久遠ヶ原学園についてクイズをつくってきました」
あいも変わらぬ口調でボソリとつぶやくと、一年生たちにいくつかの問題を出した。階段の段数、特別教室の場所、学食のメニューなどなど。もちろん校内を熟知しているわけでない新入生には難しいものだが、秋入学の子どもたちにはかんたんな問題ばかり。教えあいながらその問題を解いていく。
「じゃー、次は鬼ごっこ! ボクもやるよっ」
「あ、それならあたしもやろうかな〜。ね」
カイリとフューリが子どもたちを誘うようにしてはしゃぎだす。子どもたちはきゃっと言いながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。鬼役は九十九の担当だ。もちろん、程よくそれと分からない程度に手を抜いてやる。紫織や宮子の影に隠れてなかなか動かない、引っ込み思案そうな子もいたが、そんな子たちには
「大丈夫だよ、怖くないからね」
と仲間に加わるように優しく導いてやったりなど、フォローも忘れない。レイラはそんな様子もデジタルカメラで撮影する。
他にもかんたんなフォークダンスやだるまさんがころんだ、そんな遊びを夢中になってやっているうちに子どもたちも打ち解けあい、そろそろお腹が空いてきたというあたりで、
「さてみんな、そろそろごはんにしましょう?」
紫織がやわらかな声でそう微笑みかけた。
●
お弁当のことをすっかり忘れていた子どもたちは、わあっと歓声を上げて包みを広げる。みんなで作ったおにぎりやサンドウィッチの他に、お弁当の定番であるからあげやタコさんウィンナーなども準備されていて、なんだか本格的にピクニックだ。みんなでいただきます、と声をあわせて言うと、口元をところどころで汚しつつ一生懸命になって食べていく。こうなってくるともう、いつ入学したかなんて関係ない。すっかりそんな壁を乗り越えてしまったらしく、にこにこしながら他愛ないおしゃべりなどもしている。
「んー、レイねぇのもるりねぇのもおいしいねー! もちろんボクが作ったのもだけど!」
カイリも満足そうににっこり。インドア派の集は見ているだけだった割にちょっとばかり疲れた様子も見える。それでも子どもには気付かれていないらしく、黙々とおにぎりを頬張っている。ひと心地ついた九十九はあらかじめ準備をしていた二胡を操り、明るい音色を奏でていた。別の一角ではフューリは子どもたちにいつかプロレスラーになりたいと言い、逆に子どもたちのなりたい職業などを聞き出している。本音を言うと花見酒といきたいのだが、それは我慢だ。
紫織はあらかじめ準備していた桜の花の砂糖漬けを取り出し、子どもたちにおみやげとして渡してやる。
「ほら、きらきらとしていてきれいでしょう?」
そう言うと子どもたちもうれしそうに頷いた。
そこをまた撮影するのが広彦やレイラだ。思い出をたっぷり記録してあげたいのだ。
広彦は普段使う一眼レフではなくインスタントタイプのカメラで何枚も子どもたちを撮影し、それを渡す。子どもたちは一瞬不思議そうな顔をしてそれを受け取る。インスタントカメラは画像が現れるまで時間がかかるからだ。
「写っていないとしたら、それは友情がまだまだな証拠。さて、どうかな?」
そう煽るような言葉で不安がらせるが、白いカンバスにはやがてゆっくりと画像がピントを結ぶ。
「おにいさん、ぼくたちもうなかよしだよ! ほら!」
それを見せあいっこしてきゃあきゃあと喜ぶ子どもたち。広彦は参りましたといった表情をわざとらしく浮かべて、
「それでは、最後にみんなで写真を一緒に撮りましょう。せっかくだから、お兄さんやお姉さんともいっしょに、ね」
その言葉に笑いながら撮影のセッティングを手伝うフューリとカイリ。
「最高の笑顔で、最高の思い出作り! せっかくだし、ねっ」
「うん、記念は多いほうが楽しいよ」
宮子も言いながら子どもたちを整列させ、そして――
「はい、チーズ!」
子どもたちの笑顔はそのカメラに収められた、最高の笑顔になったのだった。