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「天魔っていうものは本当、どこにでも現れるものだな」
そう言って、天風 静流(
ja0373)は嘆息をつく。たしかに、ここ最近はそんな感じがして仕方が無い。公園に潜んでいるというディアボロ、個体数は確認できなかったがおそらく一体であろう――こんな事件も、そしてそれを倒すことも、撃退士にとっては日常茶飯事。
「とはいえ、慎重には慎重を重ねていくぞ」
そう口に出したのは巌瀬 紘司(
ja0207)だ。ぶっきらぼうとも受け取れるもの言いながらも、その奥底に潜む気持ちにはわずかに憤りが含まれている。本人もあまり自覚ないほどのものではあるが。
「かくれんぼでしょうか。楽しいですね」
その一方でこんなことを笑いながら言ってのけたのは、鳳月 威織(
ja0339)。その笑みには無邪気が故の狂気が含まれていて、カンの鋭いものなら少しゾッとするかもしれない。それに気づいた郭津城 紅桜(
ja4402)が、わずかに眉根を寄せる。
「確かに倒すべき敵ではありますけど、ね……それにしても随分とタフなようですわね」
そう言いながら、てきぱきと準備を整えていく。
自然公園の入り口に貼られている黒と黄色の『Keep Out』と書かれたテープをくぐり、八人の撃退士はゆっくりと足を踏み入れた。
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自然公園と名付けられているだけあって、公園は広い。八人はあらかじめ作戦立てていたとおり、二人一組になって行動する。
広場には、紘司と紅桜が。
静流とニナエス フェアリー(
ja5232)も、先のふたりでフォローしきれない広場部分を。戦闘にまだ慣れていないニナエスは、年下ではあるが経験の多い静流にひとつペコリと礼をしてその後に続く。
そして一方の木立の多いエリアには、威織と舞草 鉞子(
ja3804)、そしてソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)と鬼無里 鴉鳥(
ja7179)がそれぞれ手分けして向かった。
この公園のどこかに潜んでいると思われるディアボロ。知能はそう高くないと聞いているが、いやそれだからこそ慎重にならねばなるまい。相手がいつどうやって襲ってくるのか、それすらわからないのだから。
携帯端末で密に連絡を取り合いながら、なるべく物音を立てぬようにして歩いていく。本来ならば春爛漫、のんびりと出来るスペースなのだろうが――今は自分たちのほか誰も居ない。その静けさに、思わず息が詰まる。
「周囲に気をつけて……襲撃されぬよう……」
鴉鳥がもう一度、改めて言い聞かせるようにつぶやく。冷静ではあるが、それでも言葉にして、沈黙という牢獄を打ち破りたいと思ったのだろう。
そんな横で果物を取り出し、においでおびき寄せることはできないかとしているのがソフィア。果物の甘い香りが、わずかにする。
――と。
ぐるるるるる……
「どうやら本当におびき寄せられたみたいだね」
そんなソフィアの言葉に鴉鳥ははっとして、耳をそばだてる。いや、そんなことをしなくてもわかる。嫌な匂いを振りまいて、こちらをじっと見つめる視線が木立の間から感じられる。
「みんなに連絡をとって、と……さて、実際にどれだけいるかはわからないけど、全部倒させてもらうよ」
そう言って、ソフィアは武者震いした。
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木立の多いエリアでは戦闘を行うのは難しいかもしれない。
そう判断した少年少女たちは、広場に集まった。もちろん、甘い果物の匂いにつられているディアボロに急襲されないように気をつけながら、ではあるが。
広場は文字通り広いが、うまくおびき寄せれば、逃げることのかなわない形に収めることもできる。特に動きやすいところを見つけた紅桜たちと合流し、八人の撃退士は現れるのを固唾を飲んで見守った。やがて草むらががさがさと音をたて、人間ほどの大きさながらどう見ても人間らしからぬ存在――ディアボロが一体現れた。器用な猿に不恰好なツノが生えたような、そんな姿だ。ひどくいびつで醜悪な姿。そして、零れ落ちる吐息ははなれていても生臭さを感じる。
【日常】にありえない存在、それこそが天魔たる存在なのだ。
タイミングを見計らって、ソフィアは果物をぽい、と放り投げた。自分たちの利となる、射程範囲ぎりぎりの場所に引き出せるように。そしてその行動によっておびき出されたディアボロは、果物に近寄ろうとしている。そしてディアボロがその果実を掴んだとき――
「それじゃあ、作戦開始」
感情の見えにくい声で、鉞子が小さくつぶやいた。武器であろうと常に心がけている少女は、自分の役目をしっかり把握している。それは、自分が武器として戦いに身を投じ、そして倒すという目標をすべて見据えてのこと。
八人はディアボロを囲い込むようにして位置を確認し、そこで力を解放――光纏し、輝かしいオーラを身にまとう。もちろんそれぞれの光纏は色も形も異なる。が、それらこそがアウルの持ち主であるという証であった。
「とりあえず、攻撃しましょうか――っと」
禍々しさすらも感じられるほどの金色に彩られた威織が、笑みを絶やさずに打刀をスラリと抜き放つ。近づいてひと薙ぎし、四肢の自由を奪おうと考えているようだ。
しかし接近攻撃を試みようとしているのは彼一人ではなく、静流は得物のハルバードで突きを繰り出そうと構えているし、鉞子はトンファーを構えていつでも攻撃できるようにしている。
また抜刀術の心得がある鴉鳥は、その構えを崩さぬままに近づいている。
近接攻撃に自信のないニナエスや紅桜も、魔力で生成した矢をいつ放たんかと少しずつ距離を詰めつつあった。
それにようやく気づいたのだろう、果物に気を取られていたディアボロがはっと顔を上げる。しかしそれと同時に静流の繰り出した刃が天魔の足をかすめ、その勢いでディアボロは思わず顔からつんのめって転んだ。不運なことにツノが土に刺さり、行動が封じられてしまっている。それでもじたばたともがく姿は滑稽ですらあった。
「注意を引き付けるまでもありません、ね……無様な」
背後から行動不能にさせることを考えていた鉞子は拍子抜けしたという感じで見つめている。それでも、その視線はあくまで針のように鋭い。いつこの状態から復帰するかわからないからだ。
「単純な動きをする敵ほど楽ではありますわね。……もちろん、油断は禁物ですけれど」
似たような考えであった紅桜もひとつため息をつく。今のうちに四肢の自由を奪うのもそう難しいことではなく、情けなくもがき続ける天魔の足を狙って威織が笑いながら刃を振るう。出血の量こそ少ないけれど、それは確実に足にダメージを与えた。
その予期せぬ痛みに驚いたのか、ディアボロが不快な叫び声を上げ、もがいていた身体をガバリと起き上がらせる。しかし時すでに遅し、両手は動くけれども足は満足に動かない……それが相手にとってひどく腹立たしかったのだろう、近くにいた鴉鳥に向かってしっちゃかめっちゃかに腕を振り回す。しかし、
「ああ、お前のその姿――実に目障りだぞ」
そう言って、鴉鳥は冷静に抜刀し弾き逸らす。金属質の音が高く広場に響いた。
「鬼が如き姿をして、これほど弱いとな」
それを思うのは他の仲間も同じこと。先ほどの唸るような叫び声で仲間を呼んだのではないかという注意は払っているものの、その心配は今のところなさそうだ。
「逃亡阻止も、する必要は無いでしょうかね」
ニナエスがあらかじめ準備していた祖霊陣も、今回はたしかに必要性が薄れてしまった。
しかしそれは幸いなことであるとも言える。なにしろ、そのぶんだけ攻撃の手数を増やせるのだから。
体力はあるものの、移動を封じられ、そして取り囲まれている――正直、もうこのディアボロに勝ち目はないだろう。ひとりずつ攻撃をしても、十分に倒せると思われる。でも、折角ならば。
「その角ごと、砕いてくれよう――いざ」
推して参る。
その鴉鳥の言葉が合図になったのか、撃退士たちはいっせいに、思い思いの方法で攻勢に移った。
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力をのせた刀を振るって確実に体力を奪うのは威織と鴉鳥。
紘司はショートスピアに力を込めて繰り出し、これまた確実に体力を消耗させていく。
鉞子はトンファーを軽々と使って相手に見た目に反するほどの重い一撃を叩きこみ、ハルバード使いの静流はもともと短期決戦を考えていたこともあって、斬、と得物を力強く一閃させる。命中した箇所からは怨嗟の声の如きものが響き、身体がまるで何かに蝕まれていっているかのような錯覚すら与えた。
物理的な攻撃力に恵まれていないソフィアは魔力を叩きこむように念を込め、またニナエスや紅桜は魔力で作られた矢をディアボロめがけて射かける。
……まともに動くことのできないディアボロにとって、これだけの攻撃を避ける間もなく。
何度目かの一斉攻撃で、ディアボロは確実に倒れ伏した。異形の証とも言えたツノも気がつけば無残に折れ、そして転がっている。
……これで、ひとまずは安心だろう。
撃退士たちがそう思っていた時、猫のか細い鳴き声が聞こえた。ふとニナエスがそちらに目を向けると、トラ猫の親子が心配そうにこちらを見やっている。
撃退士たちは、この猫が犠牲者に可愛がられていたことを知らない。けれど、その姿を見たことで、少年少女たちの胸に安堵の気持ちがふわっと湧いてきた。
猫は子猫を連れてトテトテと歩き、そして目の前をするっと通りすぎる。
――そう、日常の象徴のように。
「せっかくだからスケッチをしましょうか」
ニナエスがそう微笑みながら、スケッチブックを取り出す。紘司は神妙な面持ちになって、そっと犠牲者のために花を手向けに向かった。
本当の日常に戻るにはまだまだ先かもしれないけれど、それでも心なごむ猫の姿に、皆の顔がふっとゆるみ――そして、事件の終わりを実感したのだった。