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「難しいわねー……」
そんな言葉を漏らしたのは、青木 凛子(
ja5657)だ。友達をたくさん持つことが青春の謳歌に繋がると考えている彼女は、過去の経験も手伝ってそんな言葉をついこぼす。しかしその一方で、
「でも、私は共感できます。加奈子さんの気持ち」
「私も……これまで、ずっと一人だったから」
そう口々に言うのは、紀谷詩子(
ja5696)や菊開 すみれ(
ja6392)。友だちを作る機会が少なかった少女達は、しかしサバサバした凛子の言葉に思わず笑みを浮かべた。
「大丈夫よ! 昔っから言うじゃない、友人は何よりの宝だって。加奈子ちゃんにも宝を作ってあげなくちゃ、ね?」
若干おばさん臭い言葉のような気もしたが、そこは気にせず。むしろ、すみれたちがその言葉で安心感をいだければと思いながらの発言は、少女達の心にしっかり響いたらしい。
「でも、そんな素敵な思い出を持つ加奈子さんも、きっと素敵な人だと思いますの。ぜひ、そのお力になりたいです」
依頼の内容を思い出して、ほんのり顔を染めているのは紅華院麗菜(
ja1132)だ。幼い彼女には、甘酸っぱい初恋の思い出というそのエピソードが羨ましい経験なのだろう。似たような思いはRehni Nam(
ja5283)も抱いているのだろうか、絶対に見つけてあげるんだと一人つぶやいている。
「それにしても……一体どうする?」
そう口に出したのは、真宮寺 神楽(
ja0036)。メンバーの中で平静を保っているように見える。まあ、その心中には色々思うところあるらしいのだが、それはさておき。
「うーん……」
全員が、唸ってしまった。何しろ、おせっかいな依頼人に頼まれたことも含めて、実質依頼内容はふたつ、なのだから。
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「とりあえず、探してみましょうよ」
切り出したのはエヴェリーン・フォングラネルト(
ja1165)だった。依頼を聞いてからずっと、加奈子のことを思い続けていたらしい。全員で依頼主から聞いた少女の行動範囲を再度確認し、
「私、木の上を見てみます! 風で飛ばされて、引っかかっているかもしれないのですよ! 絶対に見つけなきゃいけないんだもの!」
するすると器用に木登りするすみれ。それを見て、他のみんなも負けじと通学路、校内、そして買い物をしそうなエリアや寮内まで分担を決め、そして手分けして探そうということになった。
メンバーの中でひとり、ちょっと違う思い――具体的には羨望ともいえる思い――も抱いていたフレイヤ(
ja0715)は、加奈子の行きつけの本屋に足を踏み入れる。店員に聞いたり、見落としそうな隙間なども見てみたり……ひと通り見たけれど、とりあえず見つからないようだ。しかしそのかわり見つけたのは、
「……あ、あれってもしかして」
依頼主から予め聞かされていた風貌とよく似た、おとなしそうな少女の姿だった。フレイヤは慌てて仲間たちに連絡をとる。
「予定外だけど招集。加奈子ちゃんらしき子を見つけたわ。みんな、来てくれるかしら」
呼び出しを受けた仲間たちは、そっと気付かれないように確認する。
「確かに……加奈子ちゃん、のようね」
駆けつける前に保健医から加奈子の写っている写真をあずかってきた神楽がそう言って頷く。
「どうしようか? いっそ加奈子ちゃんを巻き込んじゃいますか?」
たしかにそれもひとつの手ではある。だが、おとなしい少女がそれに是と応えるかどうか――それは、実践してみないとわからない。
すると、
「悩んでも始まりません。出来れば友だちになりたいのも事実ですし。私、ちょっと声をかけてきます」
動いたのはRehniだ。
「……あのう、すみません。ハンカチを探しているのです。心当たりはないでしょうか?」
気さくに話しかけることができるのは、同学年の強みだろう。加奈子は、唐突に話しかけられて驚いたのか、硬直している。質問された案件が、自分の今の悩みと直結しているのだから、余計かもしれない。
「え、あっと、あの」
少女は言葉が出てこなくてオロオロしている。それを見た麗菜が、Rehniたちに近づいて一つ礼をすると、
「すみませんの。実はこれも依頼なので……もし良ければ教えてくれるとありがたいですの」
そうきちんとフォローを入れる。
「依頼……ですか?」
その言葉に、加奈子は一瞬驚いた表情を浮かべた。だがすぐに、
「えっと……私は、わからなくて」
少女はうつむいてしまう。依頼を代理でしてもらったのはおぼろげに知っているのだろうが、まさか自分にその質問をされるとは思わなかったのだろう。自分に直接接触してくるとも思っていないだろうし、いろんな意味で予想外の行動なのだと思う。
「そうだ、もし良ければこれも何かの縁。あしたのお昼でも、一緒に食べませんか?」
「え……?」
若干苦しいところもある唐突なRehniの発言に、加奈子は戸惑っている。それでも、
「せっかくなので、私もそれにお邪魔したいですの。お弁当作りにはまだ慣れないところもあるですが、一生懸命作ってきますの!」
わざと麗菜も無邪気を装い、にこにこと笑う。こういう接触には慣れていないのだろう、加奈子は気圧された風ではあったが小さく頷いてくれた。
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翌日の昼休み。
九人の少女達は中庭のベンチでお弁当を広げていた。それぞれが思い思いのランチボックスに、思い思いのおかずを詰めている。
ほとんどのメンバーと初対面の加奈子はこの人数にも驚いたようで、
「こんなにいるって、聞いてなかったです」
そう言って身を縮こませる。改めて自己紹介を全員が終えると、
「あたしたちもこうやってこのメンツでお弁当ははじめてよ。気にしない気にしない」
凛子が笑って、卵焼きを一つ加奈子のランチボックスに入れる。いかにもおふくろの味という感じで、とても美味しそうだ。
「毎日旦那と子供に作ってるからね、このくらいは簡単なものよ」
凛子の言葉はざっくばらんで、思わず周りのみんなからも笑みがこぼれる。
「うわ、美味しい! これ、ほんとうに美味しいですよ凛子さん!」
料理が苦手で、凛子のお弁当をもらうことになっていたすみれが、もぐもぐと口を動かしながら頬に手を添える。ほっぺたが落ちそう、とでもいいたげだ。それを見たみんなから、また笑いが生まれる。
「加奈子さんですっけ。どんなお弁当を持ってきたんですか?」
興味津々といった表情を見せているのは、詩子。彼女のお弁当は洋風で、ケチャップを絡めたスパゲティや野菜のソテーなどを色鮮やかにあしらっている。見た目ですでに美味しそうだ。
「私のは……寮のまかないさんがつくってくれたお弁当なんですけど……」
見ると、きんぴらごぼうに鳥の竜田揚げなど、和風でちょっとばかりヘルシーそうな、でもちゃんと成長期の子供たちの空腹を満たしてくれるメニューになっていた。そしてそんなお弁当すらも料理慣れしている凛子と神楽以外のメンバーには目新しく感じられるようで、
「うわ、こういうのもおいしそう! 今度和食もチャレンジしてみようかな」
フレイヤがそう言っておかずを交換して欲しい、と申し出た。おかずの交換は友情の印。最初こそ戸惑っていた加奈子だったが、少しずつ緊張もほぐれてきたのだろう、わずかながら笑みを浮かべられるまでになっていた。
神楽の厚焼き玉子。
麗菜のちょっぴりいびつなたこさんウィンナー。
そんな風におかずを少しずつ交換したことによって、加奈子のランチボックスの蓋には様々なおかずが乗っかっている。それを食べるにつれて、加奈子も慣れないこととはいえきっと憧れはあったのだろう、
「こういうのって、楽しいんですね」
と笑った。と、それを見計らったかのように、
「そういえば、加奈子さん、って素敵な名前ですよね。でももし良ければ、カナさん、てお呼びしてもいいですか?」
おにぎりを食べながら、エヴェリーンがそんなことを尋ねてみる。
「先輩なのはわかっているんですけど、カナさん、って響きもいいですし……」
そんなエヴェリーンの無垢な問いに、加奈子は真っ赤になりながらそれについてはどちらでもいいと応じた。あだ名を付けられることに慣れてないことが、こういうやりとりからも伺える。今までずっとひとりで、かたくなに過ごしていたのだろう――そう思うと、ちょっと切ない気分にもなった。
「もし良かったら、明日もここで食べませんか?」
詩子が、そう声をかける。それは加奈子にとって、初めてかもしれない気の許せる相手たちからの願ってもない言葉で――
「こんな私でも、よかったら」
そう言って、笑みを浮かべた。
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「それにしてもハンカチは、どこかなあ」
すみれがうーむ、と唸る。翌日のお弁当までには出きれば見つけて、そして返してあげたい。
「もう一回、探してみましょう。もしかしたら、今日になってから見つかることだってあるかもしれないし」
加奈子の第一発見者でもあるフレイヤがそう言って、もう一度手分けして探すことを決めた。もしかしたら、は、あるかもしれないから。
そして、ようやくそれらしきハンカチの情報を凛子が手にいれた。
水たまりに落ちてどろどろになっていたものを洗濯して、今日になって拾得物として学園の事務室に届けられたチェックのハンカチがあることを――。
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翌日。
昼休み、再び昨日と同じ場所に集まった九人であったが、その表情は緊張していた。
「加奈子ちゃん」
Rehniの声は緊張を押し殺すような、かすかな震えがあった。
「これ……」
麗菜がそっと、紺のタータンチェックのハンカチを、差し出す。
「……!」
加奈子ははっとして、そこにいる少女達の顔を見た。
――彼女たちはなんと言っていた?
――ハンカチを探していると、言っていなかったか?
差し出されたハンカチはしっかりとアイロンプレスされて綺麗な状態だ。でもわかる。これは、あのハンカチなのだと。それを恐る恐る受け取ると、加奈子の目からポロリと一滴、涙がこぼれ落ちた。
「依頼の品物です。……ゴメンね、ずっと言えなくて。でもね、加奈子ちゃんと仲良くなりたかったのも本当」
凛子がそう言ってフォローする。
「うん。私たちみんな、あなたのことを大切な友達だと思ってる。だからね、もしまた何かあったら相談して?」
すみれはそう言ってちょっと笑った。
「ほら、泣かないで。ね?」
そう言ってフレイヤが支えようとする。
「人と接していくのはたしかに怖いことかもしれない。でも、そのまんまじゃいつまでも変わらない……だから、がんばって自分を変えよう?」
もしそれでも怖いなら勇気の出る魔法をかけてあげる、とフレイヤがおどけた調子で続ける。ひとりであることが多いからこその言葉だ。それを聞いた加奈子も、少し笑う。
「大丈夫、加奈子さんなら」
神楽もそう言って頷いた。仲間がいるよ、そう言いたげに。
「あ……あ、ありが、とう……っ」
そう言葉を搾り出し、加奈子はぎこちなく微笑んだ。
「よし、じゃあ発見を祝して乾杯なのですよ! あとで携帯の番号、教えて下さいね!」
Rehniがそう言って、ペットボトルに入ったお茶をつき出す。他の少女達も、くすくす笑いながらそれにならった。
春の日差しが心地よい中庭のベンチ。九人の少女が楽しそうにランチタイムを繰り広げている。その中にあって、加奈子は、
「……これからも……友達でいさせてね」
今までは勇気がなくて出せなかった言葉。それをそっと口にして、少女は心の中の階段をひとつ、のぼった。