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マスター:わん太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/12/10


みんなの思い出



オープニング

●ライブハウス『チカドル』

「もし誰も居なかったとしても気にするな。初めての時は皆、そんな物だからね」

 心配そうに私の目を覗き込む社長に、私は精一杯の猫なで声で「任せて下さい!誰も居なくたってやり遂げる気概です!」とこれからの意思表示をして見せた。

 ――アイドル。私の幼い頃からの夢。

 切欠自体はごく些細なもので、小学校頃、保護者への出し物として「醜いアヒルの子」の劇をやった際、主役を演じ、それが思いのほか受けて称賛を浴びた事だ。
 ステージは体育館、観客は身内と、今考えれば酷く粗末な物だったろうが、他人に「褒められる」経験の無かった当時の私にしてみれば、その経験は強烈な麻薬と変わらぬ快感をもたらし、虜にするには十分で、それ以来私は、お蔭で舞台で主役となる事に飢え、ただそれだけを求めるようになった。

 最初は劇を学んだ。
 しかし「馬糞を塗りたくったゴム草履の様な顔」では主役になれなかった。
 次に声楽を学んだ。
 しかし「すり潰される土鳩のような声」では手の施しようがなかった。
 その次は楽器を練習した。
 しかし「象が踏んでも壊れなさそうな指」では主役になれる演奏は出来なかった。

 勿論、これらの評価は正しい物ではないだろう。
 何故なら言った本人達の顔が曇り切って視線を落として泳がせまくっていたからだ。
 多分、言われた内容でも相当オブラートに包んだ言葉なのだろう。一時期心が折れて夢も捨て、山に籠ろうとすら考えたが、社長に出会ったのはそんな時だった。

「君、アイドルをやらないか」

 最初はなんの詐欺かと思ったが、詳しく話を聞くと、どうやらその事務所は最近立ち上げたばかりで「キワモノ系」だけを扱い、他と差別を図りたいという事務所だった。
 正直な話、面と向かって「キワモノ」呼ばわりとは失礼極まりないとは思うが、しかしそれでも「自分が主役になれる舞台」を用意する、と言う言葉は、何よりも魅力的で、二つ返事で契約を結ぶには十分だった。

 やっと、夢が叶う。

 でなければ、誰が「脂味噌トン美」などという人間らしからぬ、ましてや十七歳という思春期真っ盛りの女子が、こんな芸名を受け入れると言うのだろう?
 少なくとも、私はプライベートでそんな事を言われたならば、相手が泣いて謝って反吐を吐いても殴るのを止めない自信がある。


 頭の中で鮮明に、舞台での快感が思い出され緊張からか鼓動が早くなり、深呼吸を繰り返し、一思いにステージ中央に向かって走り出す。
「皆ー!来てくれて有難う!トン美だよぉー!」
 照り付けるライトに目が焼かれ、客席の様子はあまり見えないが、辛うじて二つの影が動いているのが分かる。
 が、どうにも雰囲気が可笑しい。
 私はMCで場を繋ぎながら目を慣らし、違和感の正体を突き止めようとして、漸く気が付く。

 豚。豚だ。
 ただし私の知ってる豚とはかなり様子が違い、肌はホラー映画で見た腐乱死体そっくりに赤黒く、黒ぶち瓶底眼鏡をかけている。
 額にはタペズリー模様のバンダナを巻き付けており、それぞれが赤と青のチェックシャツを着こんで裾をジーパンの中に入れるという……所謂『キモオタファッション』と呼ばれる姿でもって、仲良く並んで大人しくパイプ椅子に腰かけ、短い鼻と蹄をぷぎぷぎカチカチ鳴らしているのだ。

 普通の豚がそんな事をするだろうか。と言うより、こんな場所に来るだろうか?
 まさか。天魔以外に考えられない。

 私の動揺が伝わったのか、スタッフも事態に気が付き場が騒然とし、同時に「中止だ!避難させろ!」と社長の声も混じる。
 が、中止と言うのが気に食わなかったのか、それとも騒がれるのが気に食わなかったのか、豚は甲高くヒステリックに一鳴きして二匹共、鼻に触る。
 瞬間、何かが私の両耳を掠め、何かの焼ける音と粘着音が背後から聞こえた。
 思わず振り返る。
 右手の壁は赤く熱を帯びて溶解し、ぽっかりとした口を開け、左手の壁には――鼻糞だろう。黒い塊が潰れ、下手から飛び出していた社長に纏わり付き拘束していた。
 しんと静まり返る。
 豚達は、それに満足したのだろう。
 煙の立ち上る鼻を鳴らし、再び椅子に腰かけてぷぎぷぎ喚きたてる。

 ――どうやら、ライブを催促しているらしい。
 それなら私が出来る事はただ一つ。

「今日は来てくれてありがとー!それじゃ聞いてください。『脂塗れの汚ねぇ豚』!」
 私はマイクに向かい、怒声にも似た歌をぶつけて求められるままにライブを強行すると、豚達は一瞬動きを止め、満足げに鼻を鳴らすとどこから取り出したのか、サイネリウムを振り始める。
 どうやら勘違いではなく、本当に私は求められているらしい。

 ならば私は、主役の義務を全うするまで舞台を降りるわけには、行かない。

●斡旋所
「討伐の依頼です」
 事務員が短く告げる。
「地下ライブハウス『チカドル』にて二匹の豚型天魔が確認されました。
 出現時の状況ですが、避難してきた一般人によると『ライブ開始直前に地中から唐突に表れた』との事で、騒ぎになる前に観客の退避は完了しているそうです。
 ですが天魔は何故かライブに執着しているらしく、ライブを中止しようとすると攻撃を加えようとしてくるようで一部のスタッフやアイドルが退避できず、最低限の人数でライブを続行中。

 また、これは運よく避難出来たスタッフからの証言ですが、豚は鼻から何かを高速で飛ばし、触れた物を溶解させる攻撃と、粘液で拘束する攻撃を放ってくる事も確認されており、粘液によってアイドル事務所の社長が拘束され、身動ぎ一つ取れないようです」
 それだけ言うと、事務員は淡々とした口調とは裏腹に、困った様に小さく鼻を掻くと皆を眺めて「話を聞く限り強力な天魔ではなさそうですが」と続ける。

「不明な点も多く、予想外の攻撃があるかも知れないのでどうか、お気をつけて」


リプレイ本文

●ロフト

 鳳 飛鳥(jc1565)はそのスタッフの様子に、違和感を覚えた。

 パイプで組まれた骨組みの上に転落防止用の柵と安物の木で出来た床を乗せられ、中央には、手動のスポットライトが設置されておりその下で、照明に触れる事無く、何故か三角座りをして、息を殺している。

 訝しげにしながらも、飛鳥は出来るだけ静かに床板に足を乗せたが、体重をかけた途端に床は大きく軋んだ。
 反射的に足を引く。慌てて、豚達の様子を見る。
 だが彼らは音に気が付く様子すらなく、濛々と立ち込める煙幕の中、蹄に挟んだライトを振り回していた。どうやら、BGMに紛れて聞こえなかったらしい。

 どうやら、ライトの操作だけではなく、床が軋む為に恐怖で動くに動けなくなってしまったらしい。
 スタッフは豚に気が付かれないか気が気でないのだろう。身体を震わせ、下に居る豚と飛鳥を交互に見比べていた。

「安心してください。音楽に紛れて向こうまでは聞こえないみたいですし……もし何かあっても、あたしがいますから」手を伸ばし、微笑む。

 スタッフは一瞬、悩む素振りを見せるが、ゆっくりと、飛鳥の差し出した手を取ろうとする。

●機械室

「どうォ?順調かしらァ?」
 舞台袖から観客席を監視する黒百合(ja0422)に尋ねられ、仁良井 叶伊(ja0618)は「今のところは」と返した。



「大人数で動くと、見つかりやすくなるのでは……と」
 そう言ったのは、最初に機械室を訪れた時の叶伊だ。
 確かに、焚かれたスモークは、それこそ自らの鼻先も見えない程に濃いものだったが、しかしそれは、言い換えれば自分の足元も見れず、状況把握が難しくなる。そんな中を四人、ないし三人で固まって動く事はどうにも、何か予期しない事態を生み出してしまいそうだった。
 問題は――
「残された人はどうするか、よねェ?」
 叶伊が口にする前に、手にした銃を構え、黒百合が言う。
「私、舞台袖であの見苦しい天魔達の監視でもしようと思ってたし、丁度いいわァ。それに、私なら離れててもサポート出来るしィ……だから救出、お願い出来るかしらァ?」



 機械室と言うだけあって所狭しと器材が並び、多少の息苦しさを覚えるが、狭さだけではないだろう。
 入り口から入って右手の壁には――多分、天魔の放った溶解弾とやらの跡だろう。テニスボール大の穴が開いており、そこから延々と焚かれるスモークが流れ込んで周囲を覆い、視覚的に煙たくも見える。

 「よろしくお願いします……!」
 不安そうなスタッフが頭を下げる。
 それに叶伊は頷き応じると、黒百合の脇を抜けてそのまま、立ち込める煙の中を進む。

●ステージ裾

 延々と吐き出される煙に紛れ、戒 龍雲(jb6175)は、ステージの壁に固定されている男に近付くと、豚達に気付かれないよう『喋るな、我々は撃退士だ』『言う通りにしていれば皆無事に帰れるぞ!』と表示されたスマートフォンを突き付け、戸惑いを隠せない男に向かって力強く、頷いてみせる。

 スモークマシーンは舞台の両端、トン美の両脇に設置されており、体勢を低くしている分には大きく身体を動かさない限り、見つかりにくそうではある。が、場所がステージ上という尤も目立つ場所である以上、素早く、そして静かに行動するに越した事は無い。

 改めて、男を拘束する粘液を観察する。

 黒い塊とは聞いていたが、近くで見るとうっすらと透け、元々黒かったというよりも、埃等で汚れたと言った方が正しそうだった。中には気泡が混じり、所々に黒く短い毛が混ざっている。
 表面は艶やかで硬質に見え、アクリルともガラスとも似て、試しに苦無の刃で軽く撫でると、僅かにべたつくが、刃に纏わり付く程ではなく、見た目に反して随分あっさりと切り込みが入る。が、それは表面だけだった。
 奥に行くにつれ、粘度が増して絡みつき、苦無の刃先には切りカスが纏わり付くようになるが、断面を空気に触れさせてば硬化が始まり、取れない、というほどでも無くなった。

 スキルを消費してでも、早く辿り着いて正解だったな。
 内心呟くと、手にした苦無を握り直し今度は浅く、浅く、切り付けて行く。

 と、その時だ。丁度一曲終わったのだろう。BGMが途切れ、戒の後ろで、「以上、『恋するベイブ』でした!続きましては」と、肩で息しながらも曲の繋ぎをするトン美の声が流れて、また直ぐに新しい曲が掛かる。その間、かかった時間はほんの数秒だ。

 だと言うのに、その数秒を待つのも嫌なのか、曲が途切れた途端、背中越しに、苛立ちと殺気を感じ、新しい曲が掛かり始めると一気に薄らぎ、ぷぎぷぎと上機嫌な声が聞こえたのだ。

 ――これは、問題だな……

 そう判断すると、戒はスマートフォンを取り出し『誰か、あの天魔の注意をひけるか?』と全員に宛てたメールを送り、返事を待ちながらもまた苦無を動かし始める。
 刃がくっついてしまわないように、そして男を傷つけてしまわないように、少しづつ、少しづつ。

●ステージ

「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!」

 曲が途切れると同時に小爆発を起こし、アイドル衣装に身を包んだ指宿 瑠璃(jb5401)はステージに踊り出る。
 
 豚達は、手にしていた筈のサイリウムを床に落とし代わりに、血走った目をして鼻を触ろうとしていたが、今すぐこちらに攻撃を加えて来る様子は無い。
 どうやら、瑠璃の言動でこの爆発がライブの『演出』なのか『そうでない』のか、迷っているらしい。

 それなら、大成功なんですけれど……

 瑠璃は畳みかける様に、必要以上に大袈裟な動きでもってステージ中央に向かい、爆音に驚いてしゃがみ込んでいるトン美を指さし「むむ! ここで会ったが百年目、本物のアイドルのライブってのを見せてあげるわ!」と『挑戦状』を叩きつけてみる。
 と、豚達は『これは演出だ』と判断してくれたらしい。
 何食わぬ顔で床に落としたサイリウムを拾って顔を合わせると、またぷぎぷぎと喚きだす。
 どうやら、作戦は上手く行ってくれたらしい。
 瑠璃は内心胸を撫で下ろすと、「ほら、立ちなさい!」とトン美の腕を持って立たせ
「ほーら! これから私がライブするんだから、トン美は邪魔だからあっち行ってなさい!」
 茫然としているトン美の背中を、舞台袖まで押しやり、急いでステージの中央に小走りで戻る。
「さて、邪魔者は居なくなったし……これからは私の曲で弾けてね! それじゃ、ミュージックスタート!」

 明るい声で宣言するに合わせ、曲が掛かり、全力でパフォーマンスを開始する。
 観客の為ではなく、囮として、人を、アイドルを助ける為に。

●脱出

「もうすぐ出口ですよ、頑張ってください」
 恐怖で足の運びが遅くなるトン美に、木嶋香里(jb7748)は優しく目を見つめながら声をかけ、宥める。

 出口付近は発生源から遠い、というのもあってか、ステージに比べて煙の量も少なく、自分の足元ならうっすらと分かる程に視界が開けている。
 しかし、それが怖いのだろう。
 何も見えない程のでれば「見えない、ばれない」と割り切る事も出来るのだろうが、「見えるかもしれない」という中途半端さが恐怖を助長させ、必要以上に天魔を意識してしまっているようだ。

 今まで以上にゆっくり、慎重に歩みを進めさせる。と、煙の中にぼんやりと、白枠で出来た長方形が浮かび上がった。
出口だ。
 香里はトン美に、慌てないよう一言告げ、更に進む。

 後、数歩。

 それで一般人全ての避難が終了する。そう、思った時だった。

 香里のすぐ横を歩いていたトン美が――ライブで体力を消費していたのだろう。足をもつれさてバランスを崩し「きゃ」短い悲鳴を上げ、パイプ同士のぶつかり合うけ高く、けたたましい音をハウス内に響かせた。

「走ってください!」

 咄嗟に叫ぶ。
 床に這い蹲ったままのトン美を背にし、香里は攻撃に備える為に客席にいる筈の豚達に向き直り――大きな肉の塊が、高速回転し、トン美を押し潰そうと突っ込んでいくのが、目に入る。

 頭より先に、身体が動いた。
 香里は躊躇する事もなく、立ち上がろうとしているトン美の前に立ちはだかり盾を構え、迫る肉塊を受け止めようとするが、咄嗟の事に体勢が整わなかったのか、踏ん張りが効かず、弾かれた。

 足が、地面を離れる。身体が飛ぶ。次に、衝撃。息が吸えない。目の前に星が散る。息が漏れる。そこで漸く、背中から壁に打ち付けられた事に思い当る。
 腕は無事だ。痛みは、あまり無い。
 息を吸う度にひゅるりと音が漏れるが、香里は安堵を覚え、小さく微笑む。

 爆音に紛れて、乱暴に戸の開けられる音と、遠ざかる慌ただしい足音が聞こえた。
 どうやら無事逃げられたようだ。
「よかった……」
 香里は安堵の息を吐くと、豚と戦闘を始めた仲間に向き直る。


 椅子が蹴散らされ一瞬、歌が途切れた。
 刹那、青シャツは、苛立たし気に吼えると全身をバネにし、蹄で床を削り取りながら瑠璃に襲い掛かろうと、天井を、壁を、床を使い、ピンボールにも似た動きで襲い掛かろうとする。
 が、失敗に終わる。叶伊の作り出した、植物で出来た鞭が豚の身体に巻き付き、そしてそのまま、床に引きずり落としたのだ。
 豚は短い、驚愕と痛みの混じったような鳴き声をあげ、身体を叩き付けられる。
 しかし、豚の怒りに満ちた目は、その姿を正確に捉えた。瞬間、豚の鼻奥が赤く光り、膨らむ。
「……!」
 それに叶伊が気付くのと殆ど同時に、鼻から火球弾にも似た赤く光る弾が噴出され「あ、危ない、です!」
――何処かから投げられた瑠璃の手裏剣が豚の鼻に突き刺さり、豚が不意の痛みに体を捩り、弾は叶伊の頭のすぐ横を通り過ぎる。
「ぐ……う……」
 僅かに触れた左肩が異臭を放ち、焼かれ、皮膚が爛れているのが分かる。動かす。ひりつく痛みが残り、治るまで力を籠められそうには無い。
 ――が、あまり支障は、ない。
 叶伊は未だ痛みに悶える豚に駆け寄ると、その頭に向けて右腕を振るい、頭を、視力を、潰そうと、牙にも似た刃を叩き付ける。



 赤シャツの豚が回転しながら、トン美に攻撃を仕掛けようとするのが、分かった。
 間髪入れず、黒百合はライフルを構え、引き金を引く。
 ――だが、見た目以上に早い回転なのだろう。正確に赤シャツへと向かっていった筈の銃弾は、その回転に阻まれて届かず、あらぬ方向へと跳んで行き、天井にめり込み、豚の接近に気が付いた香里が豚の前に飛び出し、香里が弾かれ壁に激突する。
 しかしそれで勢いが殺されたのか、若しくは動けなくなった邪魔者を排除しようというのか、赤シャツはすぐさま回転を止めると、立ち直れて居ない香里に向かい、腕を振るおうとする。
「させるか……!」
 戒は短く叫ぶと体勢を低くし、香里に気を取られ、無防備となった赤シャツの足を蹴り、払う。
 重力に負け、赤シャツの身体は横に半回転した。転がったパイプ椅子に強か身体を打ち付け、豚らしい鳴き声を上げる。立ち上がろうと、その場でもがく。
 が、無様にのたうつ豚に追い打ちをかけるよう、飛鳥が椅子を蹴散らしながら駆け寄り、無防備にさらされているその背中へと駆けた勢いのまま、拳を叩き込む。が。
「――っ!」
 足が、裂けた。
 もがいていた蹄に足がぶつかり、切り裂かれたようだ。足元が滑り、傷がひくつき動きにくさを覚える。が、辺りを翡翠色をした光が覆うと、出血が止まり、傷が塞がってゆく。
 香里が、自分の回復もそこそこに傷を癒してくれたらしい。「大丈夫ですか!?」との声に飛鳥は頷くと再び拳を構える。



 僅かに骨の砕ける音がするが、威力の殆どは分厚い脂肪に阻まれ、頭骨を完全に砕くには至っていないようで、青シャツは血走った眼を向け、再び鼻を膨らませようとする。が、鼻に穴が開けられたからだろう。赤い光が滲んですぐに、豚は痛みに悲鳴を上げ、光が消える。
 もう一度、先程と同じ場所に腕を振るう。
 豚は、悪足掻きとでも言わんばかりに、腕を、頭を、かみ砕こうと、大口を開け、生臭い息を吐きかけるが「う、後ろ失礼します……!」後ろから手裏剣が投げられ、だらしなく伸びた下に突き刺さり、豚は舌をひっこめ、口を閉じる。
 大きな弧を描くようにして身体をしならせ、その勢いのまま、刃を立てた。
 脂肪に守られてるとはいえ、二度目には耐えられなかったのだろう。骨が砕け、温かく柔らかな脳を抉り、振り切る。
 そして青シャツを着た豚の頭は破壊され、何度か痙攣するとそのまま、動かなくなった。



 仲間の死に、形勢不利だと悟ったのだろう。
 赤シャツは再び、身体を丸めてその場で高速回転を始めると、出口に向かってそのまま廻り逃走を図る。だが。
「そう同じ手は食わないよ……!」
 回転を警戒していたのか、飛鳥は豚が身体を丸めるといち早く駆け出し、逃走直前となった、肉塊にしか見えない物を全身で掴みかかり、そのまま両腕で、圧迫する。

 自身の指が、爪が、剥がれる。肉が千切れ、骨が悲鳴を上げる。回転は止まらない。腕が焼ける。体が焼ける。廻る勢いに負けて膝が震え、後退する。豚を掴む腕に更に力を籠める。爪が弾け飛び、細く赤い線を残して宙を舞うのが、見えた。
 それでも、飛鳥は退く事をしない。更に力を籠める。豚の回転が鈍くなり、次第に、止まるに近くなる。

「そのままよォ……!」
 良く通る声だ。
 瞬間的に距離を詰め、天井近くまで飛び上がった黒百合が、落ちて来る。
 逆光に照らされたその姿は何処までも暗く、黒く、塗りつぶされている。が、爛々と輝く金の瞳が、只の丸まった豚と化した天魔を捉えそして――槍が、貫いた。
 槍を通じて肉を裂く感触が伝わる。骨が砕け、内臓をぶち破り、脂肪を掻き分け、固く、無機質な床に刺さり、縫い止める。
 豚が断末魔を上げる。が、自らの肉に阻まれ声にも出来ず、それはくぐもった音となって、消える。
 そうして豚は、自分の声を出す事も出来ないままに、活動を止めた。

●エピローグ

『今日こうして皆と会えたのは、撃退士の皆さんが助けてくれたからです!』
 討伐から時間も経っていないと言うのに、ステージの上にはトン美の姿があった。

「何かお礼がしたいから」
 トン美たっての希望で、ハウスを片して再び、ライブは開かれた。
 観客は、関係者を入れても20にも満たない小規模な物だ。
 しかしそれとは裏腹に、ハウス内は熱気に包まれ、男達の「アーブラ!」「ミソミソミソ!」と、アイドルの物とは思えないコールが喉の千切れんばかりに繰り返されている。
 そんな光景に黒百合は男達を一瞥すると
「ぬるぬるりィ!」
 溶け込んでいた。先程まで静寂を求められていた鬱憤を晴らすかの如く周りに合わせ、コールする。
『みんなー!ありがとぉー!』
 笑顔のトン美が手を振る。
 生の活気に満ちたこのライブはきっと、体力の続く限り、終わらない。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 夢見る歌姫・指宿 瑠璃(jb5401)
 限界を超えて立ち上がる者・戒 龍雲(jb6175)
重体: −
面白かった!:4人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
撃退士・
仁良井 叶伊(ja0618)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
夢見る歌姫・
指宿 瑠璃(jb5401)

大学部3年195組 女 鬼道忍軍
限界を超えて立ち上がる者・
戒 龍雲(jb6175)

卒業 男 阿修羅
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド
撃退士・
鳳 飛鳥(jc1565)

大学部2年119組 女 阿修羅