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「ウツルさん、おはようございますぅ〜」
普段は人が一人も来ない写真館に神ヶ島鈴歌(
jb9935)の高い声が響いた。
「今日はよろしくお願いしますぅ〜」
鈴歌がお辞儀すると髪を止めていた鈴リボンが揺れる。小さな鈴歌の姿に椅子に腰かけたウツルの目が垂れ下がった。
「すまんのう。腰を痛めて何もできなくて」
「いえいえ。気にしないでくださいですぅ〜」
「まだまだ痛むっすか?」
写真館に入ってきた大谷知夏(
ja0041)が尋ねる。
「そ、そうじゃのう」
ウツルは堂々とウサギのキグルミを着た知夏に驚きながらも、頷いた。
「ウツルさん、いきなりで恐縮っすけど、試しに腰に回復スキル掛けてもいいっすか?」
「かい……?」
意味が分かっていないウツルを無視して、知夏が手をかざす。しかし、なにも変化は起こらない。眉をよせて、また手をかざすと、今度はアウルでできたウサギが救急箱を持ってウツルのもとに駆け寄った。しかし、そのウサギたちもウツルの様子を見ると、首を横にふった。
「きくかと思ったんすけどねえ」
「いや、ありがとう。その気持ちだけでもワシは嬉しいよ。なんだか痛みがひいた気がするわい」
立ち上がったウツルがふらつく。知夏は慌てて手を差し伸べた。
「ウツルさん無理しちゃだめっす! お店の掃除とか、買い出しとか何か雑用があれば、知夏が全力で引き受けるっすよ?」
「ありがとう」
「衣装持ってきたよー」
青空・アルベール(
ja0732)が服を抱えて写真館に入ってきた。男性用、女性用、さまざまな服がそこにはあった。
「他にも簡単な服ならここで作れるよ」
「ほう、すばらしい」
知夏に支えられながら、ウツルが服を眺める。
「しかし、こんなにも服はいらないのじゃないのかね?」
「実は、撃退士体験撮影会をしようってことになったんだ」
青空が、服をクローゼットにかけながらこたえる。
「撃退士を体験してもらって少しでも良い思い出を作っていただきたいのですぅ」
「おお。それは面白そうじゃな。わしも腕がなるわい。そういえば他の子はどこにいったんじゃ?」
「みんな外で宣伝してるっす!」
知夏が窓の外に視線を投げる。ちょうどその時、フルートの綺麗な音色が聞こえてきた。
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公園で、蓮城真緋呂(
jb6120)がフルートを演奏していた。
茶色のセーラー服の少女が奏でる音色に通行人が足を止める。曲が終わり、フルートから口を離すと拍手が沸き起こった。
「ありがとう。午後からこの公園の近くにある写真館、おもひでカメラで撃退士撮影会をするので来てね」
集まった人には今朝作ったばかりのチラシを渡す。
「撃退士? お姉ちゃん撃退士なの? かっけー」
チラシを受け取った男の子の目が輝いた。
「もっとかっこいいものをみせてあげるわ」
真緋呂は男の子に少し下がるように言うと、【炎の烙印】を発動し、大剣を振り回す。細い腕で大剣を振り回す姿に、男の子だけでなく多くの人が圧倒されていた。
「あれ、雪?」
白いキラキラしたものが降ってきて、真緋呂の剣舞を見ていた人が空を見上げる。
「撃退士体験しませんかー?」
雪と思ったのは北條茉祐子(
jb9584)が使ったダイヤモンドダストだった。
「すごーい。すごーい」
スキルの影響で気温が下がったが、そんなことは気にせず、公園に遊びに来ていた子どもたちがはしゃぐ。
「もしよかったら来てねー」
茉祐子は子どもにパソコンで作ったチラシを手渡す。
「なにこの武器? かっこいい!」
子供がチラシを見て茉祐子に尋ねる。
「これは苦無っていうの」
チラシには苦無を持った茉祐子を背景にしていた。お気に入りの魔具を褒められて茉祐子は嬉しかった。
ところ変わって公園から少しだけ離れたところにある商店街。電柱には写真館のポスターが張られている。そのわきにいた黒猫が突然電柱を蹴り、店の壁を走り出した。
「な、なんだ。あれは」
「猫か? 忍者か? ……いや、撃退士だ!」
黒猫――カーディス=キャットフィールド(
ja7927)は商店街にいる人の視線を総なめにしたあと、緑色の光を身にまとって着地する。
「どうです? 今日の私は冬毛仕様でふわふわですよ」
カーディスはドヤ顔をして、今目にした光景は夢だったのかとぽかんとする人にチラシを配っていく。小さな子供には風船を手渡した。
「写真館おもひでカメラで思い出を残しませんかですにゃ」
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「みんな頑張っているですぅ〜」
写真館内で鈴歌がウツルに優しく話しかける。
「さあ、ウツルさんも準備しましょぉ〜」
「おう。そうじゃな。えっと、大谷さん」
「知夏でいいっすよ!」
「知夏さん、悪いんじゃがその戸棚の中にあるカメラをとってもらえないか」
わかったっす、と元気よく返事して知夏は戸棚からカメラを取り出す。
「私は宣伝を手伝ってくるよ」
青空は写真館から出て、待ちゆく人に宣伝をし始めた。
「撃退士体験撮影会に来ませんか〜?」
「お兄ちゃんも撃退士なのか?」
「かっこいい。ヒーローみたい」
公園に向かっていると子供たちに囲まれた。
「写真撮るんだろ? 俺、今からかーちゃんに頼みにいくんだ」
どうやら、撮影会のことは聞いているらしい。
「大きいカメラで撮るんだよね? いつも公園にいるお兄さんみたいなの」
「お兄さん?」
青空の質問に男の子たちは大きく頷く。
「公園でいつも写真を撮っている人がいるんだ」
「ほら。あそこにいるよ」
女の子が指さす先にはカメラで写真を撮るフイルの姿があった。青空は子供たちにお礼を言い、フイルに近づいた。
「写真撮るの好きなの?」
突然、話しかけられ、フイルは驚いてカメラを落としかける。地面に落ちそうになったカメラは青空がキャッチした。
「すごく綺麗な写真だね。将来はやっぱり写真の仕事するつもり?」
モニターに映っていた写真を見て青空が尋ねる。フイルは小さく頷いた。
「もしよかったら近くの写真館で撮影のお手伝いとかどうかな?」
突然の提案にフイルは目を見開いた。
「私も写真は撮ったことあるけど こんな風に綺麗には撮れないし、詳しくもないから。それにたまには人物撮るのも、楽しいと思うのだ! 」
「て、手伝いたい、です」
小さな声で、でもしっかりとフイルは言った。
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太陽が真上に来た頃、鈴歌が写真館の前に大きな看板を出した。
「これで目立って場所の特定がしやすいのですぅ〜」
人が集まる前に撃退士のモニター撮影をする。一番目は真緋呂だ。真緋呂は茶色のセーラー服姿で大剣を振り回す。三種類の格印をつかい、水は流れるように、炎は激しさを、風は軽やかさを意識して振り回す。
「すごい……」
「ウツルさん、写真撮るのを忘れてるですぅ」
鈴歌に指摘され、ウツルは慌ててシャッターをきる。パシャパシャとフラッシュが撮影室に瞬いた。
何枚か撮影が終わると、順番を交代する。
「知夏の番っすね! 任せてくださいっすよ! 元気に楽しく写ってみせるっす」
知夏は真緋呂と入れ違いにスタジオに入ると、【幻想夢想】を使って撮影に挑む。小さなウサギに囲まれたキグルミ姿の知夏は、子ウサギに囲まれる母ウサギのようだ。
「わー。ウサギさんがいっぱいだー」
写真館に来た女の子が撮影途中の知夏に抱き着いた。受付を見ると多くの人が集まっている。
「こんなに人が集まるのは何年ぶりかのう」
ウツルは楽しそうに撮影をする。
「腰痛めているんだから無理なくなー」
「ねーねー。お兄ちゃんみたいな服ってある? 着たい!」
ウツルに声をかけていた青空の服の袖を、小さな男の子が掴んでいた。青空は笑顔で、衣装を置いてある場所に男の子を案内する。青空に連れられて写真館に入ってきていたフイルは、置いてけぼりにされて自分が何をすべきかと視線を泳がせた。
「君! せっかくいいカメラをもっているんだからぼーっとしていないで写真を撮りなさい。こんなにすごい写真が撮れる機会、なかなかないぞ」
「はっ、はい」
ちょっと興奮気味のウツルに叱咤され、フイルはカメラを構える。
「世の中にはな、行動しないといけない時があるんじゃ。ワシも今回撃退士にモニターを頼んでよかったよ。なんせ、こんなに楽しい写真を撮れたのだからな」
フイルはウツルを見た。自分はなにも行動できていない。写真館に何度も足を運んで引き返してきた。でも、もう行動しないといけない時が近づいているんじゃないか。
「さーてまだまだ撮影がんばるか」
ウツルはフイルから目を反らすようにカメラを構えた。
「お写真いかがですかー?」
外ではカーディスがチラシを配っていた。
「あっ。猫さんー」
風船を持った女の子が駆け寄ってきてカーディスに抱き着いた。
「ねえ、お母さん。私、この猫さんと写真撮りたい」
女の子が後からついてきていた母親にせがみついた。母親は困惑顔を浮かべる。
「え、でも、撃退士の方が迷惑なんじゃない?」
「そんなことないですよ」
カーディスは紳士らしく首を横に振ると、女の子の手を握る。
「そうですか。じゃあ、一緒にお願いします」
カーディスと母子は写真館の中に入った。
「いらっしゃいませー。少々混み合っていますのでこちらでお待ちくださいねー」
受付をしている茉祐子が待合室に親子を案内する。
「うふふ〜、撮影会に来てくださりありがとうございますぅ〜。これは待ち時間にでもお食べくださいなぁ〜」
待合室にいた鈴歌が自作したハーブクッキーとレモネードを笑顔で親子に手渡す。
「おいしい!」
女の子はハーブクッキーを懸命に頬張った。
「うわっすごい。軽いー」
スタジオで真緋呂から刀を貸してもらった男の子が声を張り上げた。男の子には格印が付与されているので、いつもよりも自分の背丈ほどの大きさの刀でも持てるのだ。
「じゃ、じゃあ写真撮るよー」
フイルは休憩中のウツルに変わって撮影を任されていた。しかし、人物の撮影に慣れていないためぎこちない。その緊張が伝わったのだろうか。男の子も硬くなってしまう。
「二人とも表情が硬いっすよ! もっと楽しんでリラックスっすよ!」
知夏が叫ぶとともに、アウルで出来たウサギが出現した。ウサギはフイルの身体によじ登り、首筋をペロリと舐めた。
「ひゃっ」
驚きカメラを落としそうになったフイルを見て男の子が笑い出す。フイルはシャッターを押した。
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「おもひでカメラでは、只今撮影会をしているっすよ! 飛び入りでの参加や、見学大歓迎っすよ!」
写真館の外で宣伝をしている知夏の大きな明るい声が館内にも聞こえてきている。
「次の人ー、撮影場所に移動してねー」
真緋呂に促され、カーディスと親子は撮影場所に移動した。休憩から戻ってきたウツルが撮影の準備をしている。
「ねーねー。さっきの壁走るやつやってー」
「お安い御用です」
女の子に頼まれ、ゴーティスは壁を走って、手裏剣を人に当たらないように投げた。
「す、すっごーい。私もやってみたい」
「忍者の衣装もあるよ。着てみるかい?」
青空の提案に女の子が元気よく頷く。はにかみながらも忍者服に腕を通した女の子は溢れんばかりの笑みをウツルのカメラに向けた。
「じゃあ撮るよー。はい。チーズ」
パシャリとシャッター音が響く。鈴歌は待合室からその様子を見ていた。
「ウツルさんもフイルさんも皆さんも楽しそうな笑顔なのですぅ〜……。ふふふ〜。幸せ溢れるおもひでカメラですねぇ〜」
「そうだね」
女の子が母親をひっぱって一緒に写真を撮ってもらっている。青空は楽しそうな親子を見て目を細めた。
「こういう場所がずっとずっと続いていくといいよな」
撃退士体験撮影会は人が途切れることなく、暗くなるまで続いた。
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数日後。
「ウツルさん。ポストにこんなのが届いていました!」
フイルがおもひでカメラに駆けこむなり叫んだ。それは、撮影会で撮った写真で作った宣材ポスターだった。青空が作ったものだ。
「これで、これからの宣伝に困ることはないですね」
「ああ、それはいいのじゃが……なぜ君はここにいるのかね?」
撮影会が終わったあとも、フイルは毎日のようにおもひでカメラを訪れていた。率直な疑問をぶつけられ、フイルは目を泳がし、唇を噛みしめると言った。
「ここで働かせてください!」
叫ぶと同時に頭を下げる。それは今まで言えなかったこと。何十年間もずっと思い続けていたことであった。
「それは本気か」
「はい!」
今まで、笑っていたウツルの表情が一変し、険しいものになる。今まで見たことがない表情に思わず竦みそうになったがぐっと堪えた。
「写真だ」
ウツルが手を伸ばす。フイルは意味が分からなくて手を握る。ウツルに睨まれた。
「君が撮った写真を見せてくれと言っているのだ」
慌ててウツルは手を離し、かばんの中からアルバムを取り出す。そこには先日撮ったお客さんや撃退士の写真が入っている。
「ワシは四十年以上この写真館を経営し、守り続けてきた」
アルバムをめくりながらウツルが語りだす。
「しかし、これは決して簡単なことではなかった。写真館はこれからもっと険しい道を歩むことになると思う。しかし、君は何があっても、お客さんのことを考え、思い出を映し続けると誓ってくれるか?」
「はい。誓います!」
「……よろしい」
ウツルがゆっくりと立ちあがった。
「ここで働いてワシの跡を継いでくれ。しかし、そうと決まったらワシは厳しいぞ。君はまだまだ未熟だ。わしはこれからワシのすべてを教えよう。かなりきついことを言うかもしれん。それでもかまわんな?」
「はいっ。もちろん。どんなことでも我慢します!」
「そうと決まれば早速練習じゃ」
おもひでカメラにすこしだけ活気が戻ってきた。この写真館、おもひでカメラがのちに地元民に愛される写真館になるのはまた別の話である。