●準備
「まずは会場準備から始めましょう♪」
そう言ったのは木嶋 香里(
jb7748)だ。雨宮 アカリ(
ja4010)、シシー・ディディエ(
jb7695)、玉置 雪子(
jb8344)も誘い、多目的ホールの掃除を始める。
広い多目的ルームだが、四人の撃退士のおかげでみるみる間に片付いていく。
「おっ、めっちゃきれーになってんじゃん」
掃除が終わったころ、花菱 彪臥(
ja4610)が多目的ルームにやってきた。
「こっちも順調だぜ」
花菱の手には打ち上げ花火の時間帯が書かれたチラシがあった。
時はすこしだけ遡る。
彪臥はナースに質問していた。
「打上花火って、何尺玉とかってデカイやつ? 燃えカスとかでそうだけど大丈夫?」
「そういえばそうね」
看護師さんの顔が曇る。打ち上げ花火はできないのだろうか? 花菱の髪の毛がしゅんと萎れた。
「おい。いま花火がどうとか言ったか?」
肩からタオルをかけた、ガタイのいい男が彪臥たちに話しかける。
「うおおおお。いい話じゃねーか」
ことのあらましを話すと感動して泣き出した。
「俺、本業で花火職人やってんだ。そういうことなら協力するぜ。ここから見える場所にも心あたりがあるしな」
「ほんと? おっさんありがとう」
彪臥はおっさんの手を握り飛び跳ねた。
そうして無事に打ち上げ花火をすることが決まり、彪臥は見たい時だけ病室のベランダに出て花火が見られるように、と簡単な工程表を作って配っているのだった。
「わあ。花火ができるんですね。これで夏を満喫でき……いえ、満喫してもらえますね」
思わず本音がでかかったのはシシーだ。彪臥からもらった工程表に目を通し、胸を躍らせる。
「中庭も見てみろよ。すごいことになってるぜ」
彪臥に促され、みんなは中庭に視線を移す。中庭ではユキメ・フローズン(
jb1388)が櫓を組んでいた。
「こちらもおともう少し頑張りましょう。勝利はすぐそこよお」
アカリが間延びした口調で言う。何に対しての勝利というのだろうか。
多目的ホームを車椅子でも通れるよう整える。キリがいいところで香里は多目的ホームをシシーたちに任せ、中庭に出た。
「ビニール袋に穴をあけるの?」
香里と彪臥は一緒に花火の準備をしていた。
「そう。水と花火のゴミが分けられるから片付けが楽になるのよ。昔、お客さんに教えてもらったの」
これで、火の始末は完璧だ。
「さ、あとは自分の屋台の準備をしないと」
「おう。ありがと香里ねーちゃん」
香里は彪臥に微笑み立ち上がる。
櫓にはすでに大きな太鼓が準備してあった。ユキメが借りてきたのだ。ユキメは中庭の準備が終わられたあと、料理の仕込みを始めていた。
●当日
「私は雨宮アカリ。専門は空挺作戦よ。よろしくねぇ」
「よ、よろしくお願いします」
病室に入ってきた白髪の少女に運賀ナイトは真っ赤になってお辞儀した。
「戦闘時は軍服なんだけどねえ。今日は戦闘じゃないから普段着よお」
そういってアカリはウインクする。頭にはベレー帽をかぶっていた。シフォンのスカートからは細い足が出ており、最近病院にこもりっぱなしでナース服しか見ていなかったナイトはドギマギした。
「さ、早く祭りに行くわよお」
「えっ、ちょ」
そんなナイトに気が付かずか、気にせずか、アカリはナイトの腕の中に潜り込む。
軍人っぽい言動とは裏腹に女の子らしい香りがナイトの鼻孔を擽った。
「ほら、立ち上がって」
「じ、自分でできますから」
「そう? なかなか立とうとしないから立てないのだと思ったんだけど」
それはアカリに見とれていただけなのだが……。
ナイトは松葉づえを使ってゆっくりと立ち上がる。まだ使い慣れていないからか、それはふらふらと頼りない。一か月以上も体を動かしていなかったので筋力が落ちているらしかった。
「もう。やっぱり捕まって。私が手伝うわあ」
ナイトは黙ってアカリの世話になることにした。
「OK。よく歩いたわね。きっと足のケガも大した事ないわぁ。生きてればすぐ治って後遺症もないわよ。安心なさぁい」
「お、ナイト先輩とアカリ先輩じゃないっすかあ。かき氷いかがですかー?」
多目的ルームの入り口で雪子がかき氷を売っていた。
「夏といえばかき氷! 氷なんて原価ゼロですし、みんな大好きかき氷でボロ儲けしてやりますよ。フヒヒ。楽勝すぎワロタ」
「でももう秋よぉ?」
「ファッ!?」
日は照っているものの、季節は秋。室内は涼しく暑くはない。
ゆえにかき氷屋に並ぶ人もあまりいなかった。
しかし、ナイトはポケットから財布を取り出す。
「ナイトくんかき氷買うのぉ?」
「夏に食べられなかったから」
しかし、松葉づえに体重を預けながら財布から小銭を出すのは大変そうだった。もたもたしているうちに財布から小銭がこぼれ落ちる。
「あらあら」
アカリは小銭を拾い、動きにくそうなナイトの代わりに雪子に手渡した。かき氷もアカリが受け取り、スプーンで食べさせようとする。
「えっ」
「何? 食べたくないの? 食べれる時に食べとかないと治るケガも治らないわよぉ?」
いわゆるあーんであった。陶器のように真白な肌の少女に見つめられ、ナイトの心拍数が上がる。
「立ちながらじゃ食べにくいかしら。じゃあ移動するわよお」
多目的ルームには身体の不自由な方のためにベンチも用意してあった。ナイトはアカリに促され移動する。
ベンチの前ではユキメが看護師さんたちと屋台を経営していた。
「手伝っていただいてごめんなさい」
「いえいえ。みんなが喜んでもらえるならこれくらい朝飯前よ。ね、みんな」
看護師さんたちは元気よくうなずいた。
「ありがとうございます。さ、お好み焼きできたわ」
「ありがとユキメねーちゃん」
受け取ったのは彪臥だった。彪臥は病院内の子供数人と暗くなるまでの間屋台をまわることにしていたのだ。
おいしそうにお好み焼きをほおばる彪臥たちを見て、ユキメは微かに笑顔を浮かべる。
その時、中庭から歓声が上がった。シシーが召喚獣ストレイシオンを召喚したのだ。
「怖がらなくて大丈夫ですよ。この子、とっても優しいですから」
「すっげー」
暗青のうろこに覆われた竜の姿を見たとたん、子供たちの目が輝く。
「お好み焼き食べ終わったら一緒に行こうか?」
彪臥の問いに子供たちは大きく頷きお好み焼きをがっつき始めた。
多目的ルームの入り口で車イスに乗った女の子が動きにくそうにしていた。
「あなたはもう大丈夫よね」
ベンチまでナイトを案内したアカリが立ち上がり、女の人に駆け寄る。
「あっ」
ナイトの声は届かず、アカリは女の人を中庭まで連れて行った。
中庭ではストレイシオンがシシーの言葉をきき、おとなしく賢いところを見せていた。
「よかったら乗ってみませんか?」
アカリに車イスを押してもらった女の子にシシーが声をかける。
「いいの?」
「ええ。どうぞ」
アカリに支えてもらいながらストレイシオンに乗った女の子が歓喜の声を上げた。
前―、後ろーという司令にもストレイシオンは忠実に答えている。
女の子は自由に動いて解放感を味わっているようだった。
院内から法被を着たユキメが出てきた。ユキメが櫓に上がるとBGMが流れ出す。
「さあ、行くわよ!」
ユキメがばさりと法被を脱ぎ捨てた。豊満な胸はさらしに巻き切れておらず、櫓の下から見上げると下乳を拝むことができた。中庭にいた男たちがほうと息を漏らす。しかし、ユキメはそれを意に介さず豪快に太鼓を叩いた。
「どんどん行くわよ!」
「おねーちゃん、次この曲演奏してー」
「ええいいわよ」
突然のリクエストもユキメは受け付ける。
「あの、すみません」
ユキメに声をかける青年がいた。
「僕、太鼓習っていて。毎年、夏祭りで太鼓を演奏しているんです。でも、今年は入院していたからできなくて……。心残りで……。もしよかったら僕にも演奏させてもらえませんか?」
「そういうことなら」
「ありがとうございます」
「あー僕も太鼓叩きたーい」
会話を聞いていたらしい男の子も名乗りを上げる。
「いいわよ。みんなで順番に演奏しましょう」
ユキメは雪が解けたかのように微笑みを浮かべた。
太鼓の演奏につられてぞくぞくと人が集まってくる。ナイトも中庭に出てユキメのサラシ姿を見、真っ赤になってバランスを崩しかけた。
「ちょ、大丈夫?」
アカリが駆け寄ってくる。
「あら、ナイト様」
青年が演奏する間、櫓の下で男の子に太鼓の叩き方を教えていたユキメもナイトに気が付いた。
「よければナイト様も太鼓を叩いてみませんか?」
「え、いいのか」
アカリに支えられながらナイトは櫓の下まで移動する。
「あっ、ナイトにーちゃん」
彪臥がナイトに駆け寄ってきた。その後ろにはすっかりナイトに懐いた子どもたちがいる。
「ん、どうした?」
「ナイトにーちゃんにね、花火の進行してほしいんだ」
「俺に?」
彪臥は頷いた。オレンジ色の瞳がナイトをじっと見つめている。断るなんてできなかった。
「わかった。やるよ」
「ありがとう。じゃあ頼んだぜ」
彪臥はナイトに頼み終わると、子供たちと競うようにしてその場を去っていった。
一方そのころ、シシーは子どもたちと一緒に屋台を周っていた。
「おねーちゃんこっちこっち」
こどもに引っ張られてきたのは香里のお店だった。
「メニューは色々と楽しめる様に工夫しているのでお好きな物を選んでくださいね♪」
店先には大きくて読みやすい字で使用食材・調味料一覧を一緒に書き出したメニュー表を張り出してあった。アレルギー持ちの子に配慮しているのだ。
「まあ! ソース焼きそばにフランクフルト、フライドポテトもおいしそう! どれから食べようかしら?」
「冷やしキュウリもありますよ」
シシーは身を乗り出して屋台の料理を見ていた。ジュージューと鉄板で焼ける音やソースの香ばしい匂いが漂っている。
「あっ、あっちでは看護師さんたちがたこ焼きを売っているのね。せっかくだからかき氷も食べたいしどれから食べようかしら」
看護師さんがふるまうたこ焼き屋もさまざまな人で盛り上がっていた。
「うーん。氷が足りなくなってきたの」
雪子のお店も案外繁盛していた。今年最後であろうかき氷をみんな楽しもうとしていたのだ。
「こうなったら氷結晶で」
足りなくなった分を集約させたアウルで補う。
「おねーちゃん何してるのー?」
「ファッ!?」
その様子を小さな男の子がじっと見ていた。
「なんかぱーってなった。すごい。もう一回やって」
「も、もう一回?」
男の子は大きく頷いた。
「フ、フヒヒ。了解しますた。お坊ちゃん。雪子の本当の姿を見せてあげましょう」
雪子はどこからかパスケースを取り出し、ベルトに取り付けた音楽プレイヤーの再生ボタンを押した。
「変身! 雪子参上」
「すごーい。かっこいい」
喜ぶ子どもたちに雪子はなんだかこそばゆい心地がした。
外は暗くなってきている。
「ねえ、彪臥にーちゃん知ってる?」
花火セットの袋を開けて、花火の準備をする彪臥に小さな声で男の子が言った。
「多目的ルームにお化けがいるんだって」
「お、おばっ」
彪臥の心臓が跳ね上がる。しかし、子どもの前で怖がるなど情けない。
「それって本当かな?」
だから彪臥は強がろうとした。
「いないって絶対。ほら」
しかし、その時、顔をあげた彪臥は見てしまった。男の子の後ろの闇の中になにやら白い物体が浮かんでいるのを。
「ぎゃーー」
「何? 奇襲?」
彪臥が悲鳴を上げた時、アカリは櫓の上で演奏するナイトを支えていた。
「櫓の上は危ないわぁ」
とっさに判断するなりナイトを担いで櫓を降りる。
「え、何?」
「ここで待ってなさぁい。大丈夫、必ず戻ってくるわぁ」
アカリは突然担がれパニックになるナイトを櫓のふもとに寝かせると、ライフルを持って声がしたほうに駆けて行った。
暗闇に青白い物体が浮いている。
「お、おまえなんか怖くないんだからな」
手に持っていた線香花火をお化けに向ける。しかし、線香花火はふにゃりと萎え、彪臥の声も震えていた。赤毛の髪もどういう理屈か萎れている。
「じゃ……わし……わし」
「しゃ、しゃべっ……。い、いや怖くないぞ。ああ、怖くない。怖くないんだからな」
「彪臥にーちゃん」
男の子が彪臥のジャージを引っ張った。
「し、心配するな。俺が守ってやる!」
「違う。お化けじゃない」
「そうだ。お化けじゃない。……え?」
冷静になりよく見てみると、その青白い物体には目があった。首も身体もある。
「院長先生?」
それば院長先生だった。院長の頭が光を反射して、暗闇に浮かんで見えたのだ。
「な、なーんだ……」
「怪しい光。覚悟なさぁい」
彪臥が安堵する後ろからアカリが駆けてきて院長にライフルを向ける。彪臥は慌ててアカリを止めた。
「おおっ。今度はお空に青いお花が咲きました。なんて綺麗なお花なのでしょう」
櫓の上でナイトが司会をしている。中庭からはちょうど打ち上げ花火を見ることができた。その隣ではユキメが穏やかなBGMに合わせて太鼓を演奏している。
「はい。人に向けないようにな。終わったらバケツの中にいれるんだぞ」
櫓のふもとでは彪臥が手持ち花火を配っている。
「着火!」
その合間に噴出花火に火をつけることも忘れない。子供たちの笑顔は絶えなかった。
「秋といえど熱中症にはご注意を。水分補給は必須と看護師さんからの注意です。ドリンクは多目的ルームにて撃退士である木嶋香里さんがラムネなどを販売していまず。ぜひご活用ください」
ナイトは宣伝も忘れなかった。司会を頼んだのは正解だったのだろう。
「以上で打ち上げ花火は終了です。楽しい夏祭りも終盤を迎えてまいりました。最後は撃退士、ユキメ・フローズンさんのソロ演奏でしめてもらいましょう」
「さあ、最後よ」
静かな空間に太鼓の音色が響く。太鼓の音色は人々の心を捉え震えさせた。
「もう、終わりなのですね」
屋台を片付けながら香里は呟く。看護師さんはもう早々と店じまいし、雪子は子どもたちと一緒にヒーローごっこをしながらどこかに走って行ってしまった。
「楽しい夏の想い出は作れましたか?」
香里の目の前には、お好みやきにかき氷にとさまざまなものを食べたシシーがベンチに横たわっている。
「美味しかった」
「それはよかったです」
太鼓の音が止んだ。演奏が終わったらしい。人々は皆それぞれ自分の病室に向かっていく。
「いいのよ。またね。貴官の武運を祈ってるわぁ」
アカリは敬礼をしてナイトを見送っていた。
その時、中庭を光が包んだ。彪臥がゴミ拾いをするために星の輝きを使ったのだ。
「すごーい。きれー」
「こら。早く病室に戻りなさい」
看護師さんが子どもを叱る。はしゃぐ子どもたちには笑顔があった。
「夏祭りやってよかったのお」
院長が呟いた。