●揺れる波間に月は昇り
波を突き進むモーターボートが二艘、海原を駆けていく。
海水浴シーズンは既に終わり、今日は人の姿は無い……私たちを除いて。
久遠 冴弥(
jb0754)はそんな事を思いながら、揺れる波間を眺めていた。波の向こうにはもう一艘のモーターボートが進んで行く。
「何見てるんだい?」
声をかけてきたのは、銅月 千重(
ja7829)だ。彼女は視線を前に向けモーターボートを操船しながらも、久遠の事を気にかけていたようだ。
「いえ、あちらは何やら賑やかなようなので」
「あっはっは、確かにあっちにはヤンチャそうなのが多かったからねぇ」
銅月はもう一艘に乗っている、四人の事を思い浮かべながら大笑いをした。
「その点、こちらは皆、大人しくて助かっているよ。まぁ、少しくらいはしゃいでも誰も怒らないだろうけどねぇ」
銅月はちらりっと視線を動かす。
「……何?」
銅月の視線に気がついた染井 桜花(
ja4386)は、銅月の方へ顔を向けた。
「いーや、なんでもないさ」
「……そう」
染井は再び視線を海へと向け、無言になった。
「ふむ、こういう状況を眼福というんだったか?」
急に何を言うのかと思えば、そんな事を……。
黒のビキニは染井の白い肌と黒髪にとても似合っている。久遠のスクール水着も慎ましやかで良い。そして、銅月の鍛えられた身体は、それだけでも美しい。天城 暦(
ja9918)は、ボートの上の仲間たちの身体を見回して呟いた。呟いた本人は半ズボンとパーカーを羽織っているので、めだった露出は足くらいである。
ボートはやがて沖に出て止まった。
「くらげさ〜ん、くらげさ〜ん♪」
ボートの上で上機嫌な海原 満月(
ja1372)、はカメラ片手に歌をうたっていた。それで大型クラゲのディアボロを写真に収めようというのだ。海原はファインダー越しにあたりを見回す。
「少し時期外れだけど海で泳げる〜♪ 楽しみなのだ♪ はやく水着に着替えておかないとね〜♪」
焔・楓(
ja7214)がおもむろに服を脱いだ。いくら女子だけとは言え、その行動は大胆と言うしかない。
「アイヤー焔、見える、シテますヨ。でも、ここは私も脱ぐ、するデス」
紅 椿花(
ja7093)は自らも服を脱ごうとする。
「ほ、焔さんっ! 隠して! 隠して〜っ! あと、紅さんも便乗しようとしないで〜」
海原はファインダー越しに服を脱ぎ始めた二人に焦った。
「満月ちゃんも早く着替えようよ〜」
「そうネ、早く着替える、するデス」
注意された二人は一度顔を見合わせると、笑顔で海原の羽織っていた上着を引っ張る。
「ボクはもう着てます! 脱がそうとしないで〜」
「大丈夫ですよミヅキは、私が脱がせてあげますから」
彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)は海原の前に立った。眼鏡の奥の瞳は本気だ。
「えっ!?」
思わず三人が声をあげた。
「いや、冗談ですよ……そっち趣味はありませんから……それよりも、早速クラゲをおびき寄せる準備をしましょう」
海原たちは、ほっと胸をなでおろした。
彩さんは真顔でユーモアを発揮するので困る。分かり難い。
そんなことを思いながら海原は『撒き餌』の準備を始めたのだった。
『撒き餌』と言うのは、女性用ビキニである。
なんだろう、真面目に書くと本当にくだらなさが爆発しそうだ……。
紅たちはクラゲをおびき寄せるために、学園生徒たちからお古のビキニをかき集めてきた。
この生徒たちの中にも今回の被害にあった女子が何人も居たようだ。やっと、退治依頼が受理されたのかと喜んでビキニを提供してくれた。
「えちぃ海月サン、餌あげる、スルです!」
二艘のボートから色とりどりのビキニが海へと舞っていく。
なんだろう、この光景……くだらなさがもう。
波間を漂うビキニの群れ。
もちろんバラバラにならないように釣り糸でつながれているのだ。使用後はきちんと回収する。環境にも優しいね(何)。
それはさて置き、海面にいくつもの泡が吹き出してきた。
そして、海面を持ち上げるようにして、海を漂う月が昇った。
●月は追いかけてくる
「蒼い空、白い雲、そして見渡す限りの巨大クラゲ。絶好の海日和なのです♪(上機嫌)」
海原満月……君はそんなにクラゲが好きなのか。
「さぁ、皆さんも見てくださいよっ! 巨大クラゲ〜ですよ。可愛いですね〜。あっ、一緒に写真とります?」
「いや、いや、私はいいよ」
「私も遠慮する、シたい」
「あたしもいい!」
嬉々としてシャッターを切る海原の後姿を、やや引きつった笑顔で眺める彩、焔、紅の三名。先ほどの着替えの時とは立場が逆転してしまっている。
『撒き餌』によるおびき寄せは、思いのほか簡単に成功してしまったようだ。
二艘のボートの間に巨大なクラゲディアボロが姿を現した。
「向こうは何をはしゃいでるんだろうねぇ」
銅月は反対側のボートを眺めて呟いた。
「……さぁ?」
染井はそっけなく答え、立ち上がる。
「さて、あれが例のアホ天魔か」
ボートの上からクラゲの姿を確認し、天城は眼光を鋭くした。
「行きましょう」
久遠も立ち上がる。
「あぁ、まずはクラゲ釣りと行こうかね」
銅月はモーターボートを走らせた。釣り糸で繋がれたビキニが波間を踊りながらクラゲの前を通過する。
クラゲは声にならない声を上げ、その跡を追いかけ始めた。
「しめた、掛かったよ」
「このまま浅瀬へ」
久遠はボートの縁をしっかりと掴みながら、銅月に声をかけた。
「おっと、馬鹿なことしてる場合じゃないですね」
動き出した反対側のボートを見て彩は、自分の乗るボートを走らせた。もちろん、こちらもビキニを引き連れている。
二艘のボートは上手くクラゲを浅瀬の傍までおびき寄せた。
「さぁ、行くデス」
紅が海面を走り最初の一撃をクラゲにお見舞いした。
「それじゃ泳ぎに行ってきまーす♪ 水の中へとごー、なのだ♪」
焔が早速、海へと飛び込む。
それを皮切りに、両方のボートから水着姿の少女たちが次々と海へと飛び込んで行く。
「さぁ、頑張っておいで」
銅月は染井と天城の背を押す。二人の背中にはうっすらと光る刻印が浮かび上がった。
クラゲに、焔、染井、天城の三人が泳いで近づいていく。紅は泳いでいる仲間とは別方向に旋回しながら、クラゲの気を引く。
さらに、両方のボートの上から彩、海原、銅月、久遠の四人が魔法や射撃で援護する。
クラゲも負けじと触手で攻撃と防御を行う。
「あの、触手やっかいですね。本体を守る盾であり、矛ですか」
魔法書を閉じて彩は素手で構えた。
「シャツの下を狙ってますね……なかなかに侮れない」
彩は迫り来るクラゲの触手たちを鉄拳で弾き返す。
クラゲは中々、少女たちを捕らえることが出来ず痺れをきらしたのか、ボートを思い切り揺らした。
「わ、わわわ」
ボートが波でひっくり返り海原はそのまま海へと投げ出される。とっさに彩は海へと飛び込む。
高い波が起こり、泳いでいた少女たちを巻き込む。
「ちっ、あっちのボートがやられた」
銅月は縁に掴まり姿勢を低くした。どうやら、こちらのボートは難を逃れたようだ。後ろから久遠の声がする。
「くっ、皆さんは?」
久遠が視線をクラゲへと向けると、そこには酷い光景が広がっていたのだった。
●月は妖しく揺れて
波に身体を押され染井はクラゲの触手に捕まってしまった。触手は彼女の肌を這うように身体を締め上げる。
「……んっ……ぁ……」
白い肌にわずかに朱が染まった。無表情な染井の顔に焦りのようなものが浮かぶ。
触手は肌と水着の間を通り染井を締め上げると、痺れ針を打ち込んだ。
同じように、焔、紅、天城にも触手が迫る。
「痺れるのは勘弁なのだー。うー、こっちにくーるーなー!」
焔は触手を弾くように手足をバタつかせる。しかし、触手は器用にそれを潜り抜け――。
「にゃ!? 水着が!?」
「ビキニなんて、すぐ取れる水着着ル、してるデスからダメなんデス!」
水上でなんとかバランスを保った紅が自身ありげに声を上げた。
そう、彼女はなんとサラシとフンドシを着ていたのだった!
クラゲはそれでも容赦なく……いや、一瞬ためらったようだが、それでもサラシの端を解く様に引っ張った。
「ア〜〜レ〜〜」
紅は水上を独楽のように回ると、上半身からサラシが外された。
はっ! ダメだこれ以上は映せない!
……ん? 心配ないって?
「な……なんて事スル、シたか」
紅が驚愕の声を上げた。
いや、その光景を見ていた全員が恐怖の形相になった。
なんと……クラゲは気に入らなかったサラシを脱がせて、自分の取り込んでいたお気に入りビキニを紅に着せたのだった。
「あ……あたしはサービスしないよー」
セパレートのフィットネス水着を着ていた銅月は少し不安になった。
……大丈夫だよね?
「と、言うか……クラゲに取り込まれたビキニを着せられるとか、凄い拷問なんだが」
天城は本気で嫌そうな顔だ。
「ぶはぁ、全く厄介な相手だ」
海に飛び込んでいた彩が海面から顔を出してクラゲを睨む。Tシャツは透けて水着がよく見える。
「罪のないくらげさんの評判を落とそうとする悪いディアボロは、お仕置きなのです!」
クラゲの形の光纏をした海原は頬を膨らませて怒っている。
「ん、ちょっと待て……。触手が僕の方にも向かってきているんだが、僕を脱がせても面白くないぞ!」
広い世界には貧乳好きという存在も確かにいるのだよ。クラゲのこの触手はおそらく貧乳担当なんだ! (何がー!?)
女性としてのふくらみが一切無い天城にも触手は容赦なく襲い掛かる。ビキニじゃなくて学校指定水着だがお構いなしだ!
……あれ?
「……」
天城も誰も声を上げない。
何故か触手たちは水着を奪うことなく、天城の胸にカップの大きいビキニを着せて去っていったのだ。
「……おい……どういう事だ?」
天城は底冷えするような声で誰かに問うた。
誰も答えられないだろう……まさか、平らだったから大きくしてあげたとかそういう意図がクラゲにあったなんて。
「ふふふふ、オーケー。そんなに逝き急ぐか、クサレ天魔。なら望み通り、“私”自らきみを寸刻みにしてやろう」
天城は怒りと共に剣を構えた。
「でも今がチャンス! あたしの全力を喰らうがいいのだ――!!」
水着を取られただけの焔は、すぐさま反撃に乗り出した。
前を隠して〜っ!
●漂う月を破れ
反撃を受けたクラゲは思わず触手を放し、海の底へと退避しだした。
彩はその跡を追い、クラゲの身体にしがみつく。そして、クラゲが深く潜る前に一撃を突っ込んだ。
クラゲはそのまま海底へと姿を消す。
いかに撃退士とは言え、海底での戦闘は不可能だ。
「くっ、逃がしました!」
「大丈夫です……」
手を放し海面へと戻った彩に、久遠が声をかけた。久遠は一度深呼吸をすると、自らの召喚獣の名を呼んだ。
「応えて、天叢雲――っ!」
水中でも自在に動ける天叢雲なら、追いついて、こちらを追うように押し戻させることも出来る筈だっ……と、久遠は召喚したストレイシオンを海底へと向かわせる。
「へえ、あれが召喚獣! やってくれそうじゃない? 」
銅月は召喚獣の姿に関心を抱いたようだ。
久遠は海底からブレスを吐かせてクラゲを押し返した。クラゲは下からの海流で上へと押し戻され、海面にその巨体を露にした。
「出てきたか、今度は容赦しない」
彩は眼鏡を外して、ランブルホークを手にクラゲに重い一撃をお見舞いした。
「麻痺はキミだけの専売特許じゃないのです」
つづいて海原は光の鎖を伸ばし、クラゲを拘束する。
「喰らう、するデス」
すかさず光る龍のオーラを纏った紅が、クラゲの傘に飛び乗り攻撃した。
「……(甘い)」
痺れ針を刺されたはずの染井だったが、銅月の聖なる刻印により痺れを打ち消していた。すぐさま皆の反撃で緩んだ触手を切り裂き自由を得た。
「……咲かせる、戦場(いくさば)に咲く赤い花を」
染井は敵に槍の切っ先を向けて声を上げる。そして海中に潜り、クラゲの真下から勢いよく跳躍。
「円舞・雀蜂」
染井の掛け声とともにアウルが込められた槍がクラゲに突き刺さった。
上下からの攻撃により、クラゲは沈黙した。
皆は転覆を免れたボートに集まった。流石に狭いが文句は言えない。
「さ、お仕事も終わりましたし海の家でお疲れ会をするのです」
海原はカメラを持ってご満悦な表情だ。
「勝利♪ これでまた海の平和は守られたのだ……くしゅんっ」
焔が元気良く声を上げたのだが、くしゃみをした。
「でも流石に時期外れで水は少し冷たかったかも?かも?」
「そうさね。よく体を拭いたら上着を着ておくんだ」
銅月が焔の頭をタオルをかける。
「さ、他の皆もだ」
「……ありがとう」
「ありがとうございます」
タオルを渡された染井と、久遠は素直にお礼を言った。
●月は沈んで
「クラゲ退治、お疲れ様でした」
オペレータの志方が戻ってきた皆に声をかけた。
「無事、任務を達成されたようですね。ただ……転覆したボートの引き上げの分、今回の報酬から引かせていただきました」
「……まぁ、それは仕方ないな」
彩と銅月は転覆の可能性もあると思っていたため、それも仕方ないと納得した。
他の皆も苦笑いだが、それはそれだ。
「……その、今回の報酬とは別にですが、クラゲ被害にあわれた方々が皆様にお礼がしたいとおっしゃっています」
「ん?」
皆は志方の言葉に顔を見合わせた。
そうしている間に、数名の女子生徒たちがやってきた。
「この度は、憎きあのエロクラゲを退治していただきありがとうございました」
「あのクラゲにお気に入りやおニューの水着を奪われた子も数多くいました」
「皆さんが退治してくれたお陰で、気分がすっきりいたしましたわ」
少女たちは口々にお礼を言う。
「つきましては、お礼といっては難ですが、皆さんに水着をプレゼントしたいと思います……あ、わたくしの家、衣料の販売店をしておりまして」
そんな訳で、季節外れにも水着をプレゼントされた一同であった。
誰も居ない海岸には、夏の忘れ物が流れ着いていた。