●ひとりじゃできないもんっ!
調理室に集まった生徒たちは、それぞれ指定されたテーブルへと赴いていきます。
志方 優沙(jz0125)も同様に、テーブルへと向かいます。そこには制服からして上級生でしょうか、八名の生徒がいます。
「はじめまして、オペレー……いえ、一般生徒の志方優沙と言います。本日はよろしくお願いします」
志方は普段どおりの愛想の無い顔で頭を下げました。
そんな志方に対し、眼鏡をかけた女子生徒は明るく答えます。
「ん? あなたが一般生徒の子なのね。私は大曽根香流(
ja0082)よ。今日は一緒に美味しい料理をつくりましょうね」
志方は同じ眼鏡仲間だと親近感を覚えました。
「あなた、料理は得意?」
「……嗜む程度には」
「そう、それなら戦力として申し分ないわね」
当たり障りの無い返答をした志方に、大曽根はウィンク。
「……あの、私は捕獲はほとんどお役に立てないかと」
「私も……荒事は殆ど経験が無いので……自信はありませんけれど、が、頑張りますっ」
申し訳なさそうにしている志方の隣にならんで、鎭守 永久(
ja0270)は意気込みをあらわにします。
「あはは、大丈夫よ二人とも。捕獲の方は男子たちが張り切っているみたいだし」
そんな二人を見て、結城 馨(
ja0037)は大笑いしました。
「そう、みたい、わたしも、お馬さん、捕獲したい」
猫谷 海生(
ja9149)は、どうやら馬肉が食べたいようですね。中々、通なものを食べたいようで……。
「お、お料理はにがてだけど……がんばるの!」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)は、鎭守とは逆方向で意気込みました。
「大丈夫よ、エルレーンさん。そうね……私と一緒に料理しましょ」
「はい、頑張ろうねっ、響さん!」
結城の言葉にエルレーンは安心したのでしょう。不安げな顔は残るものの笑顔を見せました。
さて、献立はメインをカレー。副菜にサラダとデザートと言う事になりました。皆は早速食材たちが歩き回る食材エリア(試験期間のみの仮設置)へと向かいます。
「今日も学園は平和であるな……」
歩き回る食材を前に、麻生 遊夜(
ja1838)は遠い目をしています。まぁ、確かにこの光景を目の当たりにしたら、ちょっと困惑しますよね。
「わしの知っている調理実習とは大分違うんだがのぉ……」
石永正継(
ja1982)も困惑しています。
「……俺も知らなかったぜ」
影野 恭弥(
ja0018)がぶっきらぼうに言いました。
「それにしても、食材が歩き出すなんて、科学部の皆さんって凄いんですね……」
鎭守がやんわりと笑います。
「動く食材……ねえ。一体食材をなんだと思っているのかしら? 」
大曽根は深いため息をつきました。
「一体何の実験してたんでしょうね……」
結城もやや苦笑いです。
「……謎ですね」
志方も眉間に皺を寄せて、思わず呟いてしまいました。本当に、なんでこんな実験をしたんでしょうねぇ。
「……とりあえず、さっさと材料を捕獲しようぜ」
影野が先に歩き出しました。
「そうだやな。材料のメモを見ながら捕獲は分担していこうぜよ。材料を手に入れたら連絡を入れるであるよ〜」
麻生が携帯を片手に皆を見回します。
それに頷いた皆は、メモを片手に材料捕獲に乗り出したのでした。
●基本の野菜たち
さて、食材エリアとして設けられた小さな山の中腹辺りには、肥沃な土地が広がっています。
影野は葉の生い茂った畑に踏み入りました。
突然、葉の影から赤い何かが飛び出してきました。それはまるでロケットのように影野を目掛けて飛んで行きます。
「……ふん」
視界の端に飛来物を見ていた影野は、落ち着いてそれをかわしました。
空中で方向転換したのは、ロケットのように飛ぶニンジンでした。えぇ、形がロケットに似てますものね。次々と畑から飛び出してくるロケットニンジンたち。
「案外、早いな……」
影野の眼が金色の炎を上げ、知覚力を研ぎ澄ませます。そして、飛来物を次々に撃ち落していきます。見事なものですね。
元に戻ったニンジンを影野が拾い上げ、メールを打ち出すと今度は土の中から丸い物体たちが現れました。
「ちっ……」
自らの身体を回転させ襲ってきたのは巨大なジャガイモたちでした。
影野はとっさに蹴り返します。蹴られたジャガイモはサッカーボールのように地面を弾んでいきます。しかし、次から次へと押し寄せてきました。
どうやら、影野の材料捕獲はまだまだ続くようです。
同じ頃、むせび泣く麻生の姿がありました。
「まいったぜよ……タマネギは目にしみるのであるなっ!」
現れた歩くタマネギを捕獲のために攻撃をしたのでしたが、思わぬ反撃を受けてしまったのです。まぁ、タマネギを刻むと目にしみるのは当たり前ですが、巨大化して歩くタマネギたちの催涙効果は抜群だったようです。
「まぁ、でもこれでタマネギは手に入ったぜよ〜」
麻生は携帯を取り出すとタマネギゲットのメールを打ちはじめました。
「さぁて、次は肉かカレールーでも探すとするだやな」
●おコメなんです
石永はメールを読むと、手にしたメモの項目に二重線を入れました。どうやら、他の皆は材料集めを順調に進めているようです。
「さて、わしは米狙いじゃが……」
一度、田んぼに赴いた石永でしたが、そこには歩き回る食材とは遭遇できなかったのでした。そのため、方々と歩き回っていたのですが……。
「これは、予想外じゃったなぁ」
現れたのは藁でできた太い手足を伸ばした米俵でした。稲から脱穀し、精米を終えた米はどうやら加工された存在として少々強めになっていた模様です。太い藁の手が石永を叩き潰そうと振り下ろされます。とっさに、身をかわし距離をとってショートスピアを構えます。
米俵は遠くから石永目掛けて米粒の弾丸を発射しました。
「ちと厄介じゃのぉ……こやつ案外難敵かもしれん」
米粒の弾丸は威力は低いものの、数が多く避けづらいようです。石永は槍を回転させて防御をしました。
さらに米俵は大きな足音を立てて向かってきます。
「それにしても、本当に米が襲ってくるんじゃのぉ」
石永は腰を低くし、力を溜めると迫って来る米俵に渾身の一撃を突き込みました。俵は破れ、中の米があふれ出します。
「これも生きる為、許せ。……間違ってはいないはずなんじゃが」
萎んだ俵から出た中身は、そのまま只のおコメにもどりました。
●サラダの材料は?
「おぉ、凄い」
目を輝かせて猫谷は動く野菜たちを眺めています。
「本当にうごいてるわね」
結城が現れたトマトとレタスを見ながら可笑しそうに指差しました。
「あ、あのっきゅうりも居ますよ」
エルレーンが指差した先には、鋭いイボイボをもつ緑色の棍棒が……。
「あら、ちょっと厄介かしら?」
「わ、私頑張ります!」
エルレーンは向かってくる野菜たちに影手裏剣を投げつけます。野菜たちは単調な動きしかできないのか、簡単に影を縫いつけられて動けなくなりました。
「動けないのなら、簡単ね」
結城が放った薄紫色の光の矢は、次々と野菜たちに当たりました。
「うっ、トマト……やっぱり、これも採らなきゃダメェ……?」
動きを止められなかったトマトたちがエルレーンに向かって飛んできました。トマトが苦手なのか、攻撃の手が緩んでしまいまったエルレーン。あっという間に取り囲まれてしまいました。
「えいっ」
そんなエルレーンの回りのトマトを結城と猫谷が光の矢で射抜きます。
「ふぅ……トマトは苦手です」
エルレーンはほっと胸をなでおろしました。
「うん。大体、サラダの材料はそろったかな。他に何か欲しいものがあれば採りましょう」
結城がレタスやトマトを拾い上げながら声を掛けました。
「えっと……ベーコンとか?」
「あ、私はお馬さん、探したい」
そんな風に他の食材を探すのでした。
●肉はどっちだ?
豚肉、牛肉さては何を選ぶのでしょう。
「鶏肉であるな」
麻生は巨大な鶏を見つけて一人呟きました。どうやら、ビーフでもポークでもなくチキンカレー狙いのようです。
巨大鶏は嘴で麻生を攻撃しようとしますが、麻生は距離をとって射撃します。鶏はその弾丸を羽ばたきで撃ち落すと、鶏冠をブーメランのように飛ばしてきました!
なんと着脱可能だったようです。
「む……そんなのありであるか?」
ブーメランをとっさに屈んでかわします。その体勢から鶏を狙い撃ちました。こうして麻生はなんとか鶏を倒しました。
●デザートはどうなる?
「こうして動いている食材を見ると、「命を頂いている」という重みを実感しますね」
「……今の台詞を是非、科学部の方々に聞かせてあげてください」
動き回る果物たちを前に、鎭守と志方は科学部の実験の意味するところについて語っていました。絶対に、そんな高尚なことを考えていた実験ではないでしょうね。
「さ、頑張ってデザートの材料を捕獲しなきゃ!」
「はい……どうも、リンゴたちの行動パターンは一度宙に浮いて、暫くすると落下して敵を押しつぶすというもののようです」
意気込んだ鎭守をサポートしようと志方は分析結果を話しました。
「優沙さん、よく見てるね」
「……その、これくらいしかお役に立てないので」
「そんな事ないよ。じゃぁ、頑張って中てるから」
宙に浮いたリンゴに向けて、鎭守は光の矢を放ちました。光の矢はまっすぐ飛んでリンゴを射抜きます。
「やった」
「……お見事です。みかんの行動も似たような感じです」
「これなら、色々なフルーツが手に入りそうだね」
鎭守と志方は二人顔を見合わせて笑いました。
「おや、こっちは大丈夫だったみたいだやな」
サイダーや缶詰、小麦粉や白玉粉を手に麻生が様子を覗きに来たようです。
「麻生さん、いっぱい捕獲したんですねぇ」
「……やりますね」
その後、三人は協力してフルーツ捕獲に精を出したのでした。
●ルールルルー
「ルゥゥゥウウウウ!!」
奇妙な叫び声をあげて四角い箱が左右に揺れながら、大曽根の元に突進してきました。
先ほどまで、皆からのメールで材料をチェックしていた大曽根でしたが、お肉が足りないと思い、単身で肉捕獲へと乗り出したのですが――。
「まさか、お肉を捕獲して油断したところに出てくるとは思わなかったわ」
カレースパイスが何種類も入った製品版のカレールーは強敵です。大曽根は両手にもった剣で攻撃しますが、硬い箱に弾かれてしまいます。
「あっ!」
躓いた大曽根目掛けて、辛い成分を含んだ炎が箱から飛び出します。しかし、その炎をさえぎるように割り込んだ人影がありました。
「大丈夫じゃろか? わしも手伝うぞ」
槍を片手に石永が大曽根を守るように立っていました。なおも炎を出そうとした箱に、横殴りに弾丸が撃ち込まれました。どうやら影野のようです。
「……大体、材料はそろったからな。あとは香辛料だ」
影野は途中で捕獲したのでしょうか、風船ガムを噛みながら歩いてきました。
「あれ、お馬、さんだと、思ったのに」
茂みの中から猫谷が顔を覗かせました。
「猫谷さん……もしかして、馬肉探してたの?」
大曽根は茂みから頭だけ出した猫谷に視線を向けます。
「うん。……あ、でも、あれって、カレールー?」
猫谷は起き上がったカレールーの箱にキラキラとした視線を送ります。
「あれ、大曽根さん?」
茂みの奥からエルレーンと結城が出てきました。
「お、あれってルーだやな。確保ぜよ」
反対側の茂みからは麻生、鎭守、志方がやってきました。思わぬタイミングで皆が揃いました。それを見て大曽根は自信たっぷりに立ち上がって宣言しました。
「ふふふ、全員揃えば怖いものはないわね。では皆さん‥‥美味しいカレーの為に戦いましょう!」
●美味しく上手にできました?
調理は料理が得意な大曽根、結城、鎭守、志方の四人が中心となって行われています。
皆さんが苦労して捕獲した材料を並べて、大曽根は頭の中のレシピと照らし合わせます。一体どんなカレーができるのでしょうか。
さて、大曽根はカレーを幾つか作るというチャレンジャーな方針を決めたようです。志方は大曽根を手伝って野菜の皮むきを始めました。
ジャガイモは青くなった部分や芽の部分はきちんと取って、ニンジンやタマネギの皮も剥きはじめました。
「やっぱり、志方さんも手際がいいわね」
「……いえ、普通程度かと」
それを見て安心した大曽根は、早速、刻まれたタマネギを炒め始めました。飴色に変っていくタマネギ。
お肉もヨーグルトに漬けることで、臭みを抜き柔らかくしていました。流石は料理研究会の部長さん。
「米をといたんじゃが……」
石永が炊飯釜を持ちつつ大曽根に声を掛けました。
「ありがとう、ん〜、カレーといったらサフランライスかな」
「そうですね。……サフランなら影野さんが手に入れてましたね」
志方は影野を見ながら言いました。
「……ほぅ、結構本格的だな」
影野は道中に捕獲したガムを噛みながら眺めていましたが、手に入れた調味料類などを机に並べました。
その隣の水道では、結城とエルレーンがサラダのために野菜を洗っています。
「さ、包丁は猫の手でこうやって切るのね」
「うん。うん」
結城が手本を見せつつ、エルレーンがそれを真似ていくという事を繰り返しています。エルレーンもしばらくすると大分慣れてきたのか、ベーコン細かく切り分けてカリカリに炒めてサラダに乗せようなどとフライパンを手に取りました。
「およ?」
まぁ、案の定、ベーコンを焦がして落ち込んでしまったのですが……。
鎭守は麻生とともにフルーツポンチを作り始めました。フルーツをカットしたあと、可愛らしく型抜き。
「おぉ、これは可愛らしいぜよ」
麻生は星型やハートにくりぬかれた果物に興味深々。
「でも、型を抜いた後のはどうするであるか?」
「あぁ、それは細かく刻んでシロップの方に混ぜたりするんですよ」
白玉を丸めながら鎭守が答えました。無駄なく使うことを聞いた麻生は、安心したのか再びフルーツのカット作業に戻ります。
程なくしてフルーツポンチは問題なく出来上がり、冷蔵庫の中で冷やされることになりました。
●いただきます と ごちそうさま
さて、調理実習はとても上手く行き、家庭科の先生からも好評でした。
皆はテーブルについて、盛り付けられた料理を食べ始める事に――。
「いただきます」
鎭守が手を合わせます。他の皆もそれに続くように挨拶をしてから、スプーンに手を伸ばしました。
出来上がったのは、カレーライスとサラダとフルーツポンチ。
大曽根が張り切ったお陰もあり、カレーはチキンカレーだけでなくスープカレーやポークカレー、素上げした夏野菜などをトッピングすることも可能です。しかも、サフランライスやナンまで焼いてしまいました。
これには「ナンだって〜!」と家庭科の先生も驚き。
皆は食べ終わると、笑顔で「ごちそうさま」と言ったのでした。