●胸踊る? 恋の大作戦
「告白ですか……まずリボンを用意します」
「ふむふむ」
「そして思い人を自分の部屋に呼びます」
「なるほど、それから?」
「相手が自分の部屋に入ってきたらおもむろにリボンでラッピングした自分を見せて私をプレゼント♪ ……これで良いじゃないですか」
「まぁ、大胆なのねぇ」
相談室にてアーレイ・バーグ(
ja0276)の言葉に上下 左右は大いに感心し、口元を綻ばせた。
「いやいや、それはちょっと!」
突っ込み不在の空間に慌てて古河 ゆいが声を上げる。自分をラッピングした姿を想像したのか、顔は真っ赤だ。
「ま、流石に冗談ですよ。もう少し積極的なのが私好みですが、恋文というのも日本人らしい奥ゆかしさで宜しいのではないでしょうか?」
コーヒーを一口飲んでから、アーレイはさも当たり前のような顔で続ける。
「奥ゆかしさは大事ねアーレイ君」
上下はなるほどと頷く。
「私なら胸をアピールするのですが……」
古河は自らの胸に視線を落とし、次に二人を見る。それを何度も繰り返して涙目になった。
「胸……。わ〜んっ、あてらセンセーとアーレイちゃんはあるからいいけど、アタシそんなに無いよ〜っ」
奥ゆかしさは何処へ行ったのかと言う突っ込み役も居らず、どこかおかしい会話のままだ。
「話は聞かせてもらいましたっ! これは早急に恋愛指南が必要ですねぇ」
そんな時、ツインテールを揺らしながら二階堂 かざね(
ja0536)が入ってきた。
「あら、かざね君いらしゃい、コーヒーにする? 紅茶にする?」
「でも、かざねちゃんも無い方だよ〜」
「紅茶でお願いします。あと、ゆいちゃん……次に ”無い” とか言ったら殴りますよ」
「ご、ごめん」
上下の後ろに隠れるようにして古河が謝った。かざねは頷き何かを許したようだ。
「それで? ミス・かざねは恋愛経験が豊富なのでしょうか?」
「あらぁ、どうなの? かざね君」
「かざねちゃんは髪形とかすっごく可愛いからきっとモテるんだろうなぁ」
アーレイと上下、古河の視線がかざねに集まる。
「悲しいかな、こう見えて恋愛経験が豊富ではないのです」
「そっか……やっぱり”無い”と駄目かぁ……って、痛いっ!」
「殴りますよゆいちゃん」
「もう殴ってるよ〜」
かざねはツインテが上向きに逆立つような勢いで拳骨をお見舞いした。古川は再び涙目でたんこぶのできた頭を撫でている。
「ふふふ、しかしながらご安心ください恋する乙女の強い味方をご用意したのですよ」
「おぉ〜」
かざねの前フリに複雑な顔で四人の生徒が部屋に入ってきた。
●恋バナは相談室に咲く
「ふふふ、まるでOPをもう一度やっているかのようね」
「あてら先生、それはメタ発言です」
落ち着いた天河アシュリ(
ja0397)の声。突っ込み役がいる空間はなんと安定した世界だろう。
「さて、そんなわけでこちらの二人、アシュリとカルムは現役バリバリの恋人同士。恋愛いろははお任せあれということです」
「おまえ、どういう説明だよっ! あ、取り敢えず俺にもコーヒーくれ」
カルム・カーセス(
ja0429)は近くの椅子に座ると足を組む。
「は〜い、カルム君はコーヒーね。他の娘たちはどうする?」
上下は飲み物の用意をするために立ち上がる。
「あ、紅茶をお願いします」
雨宮 キラ(
ja7600)は恋バナと聞いて目を輝かせている。
「あたしはコーヒーを」
恋話には無縁かと言うような銅月 千重(
ja7829)だが、面白い見世物でも鑑賞するかのように椅子に座った。
「紅茶ぬるくなっちゃった人もいるかしら? 新しいの欲しい人は言ってね」
「コーヒーを淹れるのを手伝います。先生は紅茶をお願いしてもいいですか?」
「あら、ありがとう天河君」
相談室にあるコーヒーや紅茶はインスタントだったり安いティーバッグだったりするのだ。電気ポットのお湯でそこまで本格的なわけでもない。そんな部屋の隅で上下と天河は二人並んで飲み物を用意する。すっと立ち上がった銅月は、さり気なく上下の事を気遣ってその手を引いた。そして上下の代わりにカップなどの用意をし始める。
「銅月君、ありがとうね」
「いえいえ」
机の上にチープだがセンスは良いティーカップとコーヒーカップが並んだ。そして、幾ばくかのお菓子類が広げられる。
「砂糖やミルクはそれぞれで入れてね〜」
上下は皆の机から離れた自分の席へと座った。
「はい、カルム」
「おぅ、ありがとなアッシュ」
天河はコーヒーをカルムに手渡す。二人の指先が触れ合い、お互いの視線が絡む。
「……いいですか、皆さん。さり気にさっきのが現役恋人の無意識イチャイチャプレイですよ」
「くくく、可愛いねぇ」
かざねと銅月が二人を茶化す。ハッと我に返った天河とカルムが視線を外すが時遅し。
「まぁ」
「これが……」
「いいですね〜」
「やりますねぇお二人とも」
「私も……」
とそれぞれの口からは呟きが漏れた。
「もぅ、かざねっ!」
すこし顔を赤らめた天河の声が廊下の先まで響いたのだった。
●恋人は手を繋ぎ
「告白ならやっぱりどこかに呼び出して直接言う……かな。メールでもいいと思うけど、折角だし、そうするくらいなら、手紙のほうがいいと思う」
ティーカップの取っ手に指をかけた雨宮が皆を見渡す。
「告白。直接か手紙がやっぱいいですよね。手紙いいじゃないですか! 現代人ぽくメールなんて手段はダメですよ! 味がない! 呼び出すのにはいいかもですけどね!」
かざねはツインテールの髪先が、グッと握り拳でも作るかと言うほどに力説した。
「ふーん、恋文ね……押し倒した方が早いんじゃねえか?」
「ほら、やはり私のリボン作戦をですね……」
カルムとアーレイはまどろっこしいラブレターよりも直接告白派のようだ。
「思いを伝えるなら顔をあわせて自分の口から……ってあたしはおもったけど、緊張して上手くできないかもと思ったら手紙もいい手段だよね。でも直接渡すこと!」
「……アッシュ」
天河はカルムと視線を合わせてはにかむようにして言った。
「二人はどうだったの?」
雨宮が興味深々と目を輝かせている。
「えっ……と」
天河は自分が告白した時を思い出して顔をまた赤らめた。
「俺とアッシュ? 俺がナンパした。屋上で」
カルムは天河の手を握る。天河はそれで落ち着いたのか、少し意地悪気に笑った。
「そう、初対面はナンパぽかったなー」
「あ、アッシュ……まーそうだけどよぉ」
「でも、カルムの事を何時のまにか目で追って、考えちゃって、夜も眠れなくなって。話すだけでも嬉しいのに、少しでも触れてしまったら…心臓が止まりそうに…そんな感じだったかなぁ」
「そうだな。最初はまぁ、冗談みたいに話して、笑い合って一緒に居るのが楽しくて、だんだん惹かれていったな。「付き合おう」とかは無かったが、いつの間にか好きになってて文化祭で告白した」
「好きな人と思いが通じるって奇跡みたいだよね。だから、私もゆいの事応援するわ」
●お菓子でかどわかし
「さて、ラブレターをただ渡すだけではなく、何か一つインパクトが欲しいよね……」
雨宮は小首をかしげた。
「やはり、自分をラッピングしてプレゼントするしか……」
「アーレイ、それはもういいわよ」
天河は冷静に突っ込みを入れる。
「だが、プレゼントはありじゃねぇか? 例えば……手作りのお菓子なんかも女の子らしくてなぁ?」
「うん。お菓子は結構喜ばれるから、いいと思う」
雨宮がカルムの提案に乗る。
「おや、キラさんはお菓子で成功した経験者のようですねぇ」
「えっと……当時の彼氏にだけどね!」
かざねの鋭い言葉に、雨宮は照れ隠しに大声を上げた。
「私もお菓子はいいと思いますよ。小さい頃に仲良しの子と一緒にこう、お菓子を食べるのが楽しみでね! 私に多めに分けてくれるのが嬉しかったのです!」
それは幼い、まだ恋心とも言えない様な小さな出来事だが、かざねの中では確かに大切な思い出だった。
「お菓子かぁ……がんばってみようかな」
古河はその話を聞きつつお菓子作りにも挑戦してみようと決意を固めた。
(なるほど、ラブレターの儀式を成功させるために甘いものを使うのね。確かに昔から甘いものというのは人々を魅了してきた……)
と、上下は中々に見当違いな事を考えていたのだった。
●いざ、恋文指南
「ところで、肝心のラブレターというのはどう書くのかしら?」
上下がふと疑問を口にする。
「そうでふね……(もぐもぐ)。肝心なことを忘れていました」
かざねは食べていたお菓子を飲み込んだ。
「『好き』の二文字でいいんじゃないですか? 文学的な文面など全て付け足しですし、本質的に『好き』以外意味がないと思います」
「そうかしら? 相手を好きになったきっかけを思い出しながら書いた方が気持ちの入った手紙になると思うわ」
アーレイの極論に対し、天河は意外とロマンチックな意見だ。
「素直に好きな気持ちを書く事だよね」
「まーな、オメーさんがどう思っているか素直に書くのが一番だな」
雨宮の意見に頷くカルム。
「恥ずかしかったら、寝不足で書けばいいよ」
実はこれは雨宮の経験談であった。しかし、その後にこう続く。
「……まぁ、朝起きて読み返したら、恥ずかしくて仕方なくなるかもしれないけどね」
(ラブレターを書く際は睡眠制限をするのかしら……そうだわ、きっとトランス状態になるのが目的ね。交霊術か何かで『好き』という文を書くことで魅了の魔術が完成するのね)
雨宮の説明に上下はあごに指を当てて思案に耽る。いくら間違った結論に至っても、流石に誰も脳内にまでは突っ込めない。
「……ちょいと、あんたたち基本的な部分を忘れちゃぁならないよ」
今まで、ずっと皆の声に耳を傾けていた銅月が口を挟む。
「基本?」
上下が銅月の言葉に顔を上げた。
「そうさね。まず、相手と自分の名前を忘れずに、間違った相手に届いたり、差出人を勘違いされたら悲惨だろ」
「なるほど、ラブコメにありがちな失敗ですね」
アーレイはHAHAHAとジョークでも聞いたかのように笑った。
「次に、返事を何時もらいたいのか、手段はどうしてほしいのか」
「今すぐ返事が欲しいのか、後日あらためて返事して欲しいのかは結構重要なポイントね。私は即返事したけど」
天河は自分がカルムにキスで返事をした時のことを思い出す。
「最後に字は読みやすく丁寧にだ」
「手書きだからこそ想いが伝わるってものですねぇ。メールとかではやはり味がないっ!」
かざねは握りこぶしを天井に突き上げるようにし、ツインテールが大きく揺れるほどの勢いで立ち上がった。
●実はロマンス隠れてた?
「ふふふ、もしかして銅月君はラブレターに詳しかったのかな」
「私、千重ちゃんの話も聞きたいな〜」
上下は微笑み、雨宮が千重に期待の眼差しを送る。
「え、あたし? あたしはいいよ」
「いーえ、千重さんだけずっと聞いてたんですから、何か話してくれないと」
かざねが食い下がる。
「んー、何か話さないと不公平?」
「そうですよ〜。私なんて恥ずかしい自分ラッピングの事まで話したんですから」
「ごほっごほっ……アーレイちゃんあれって本当のことなの!?」
古河は飲んでいたコーヒーを喉に詰まらせるほど驚いた。
「いいえ」
しれっと否定するアーレイ。
「仕方ないねぇ……何度かラブレターを貰ったことはあるよ」
「おぉ〜!」
観念して話し出した銅月の言葉に、皆は興味深々である。
「でも、貰ったのはみんな女の子からだったけど……あ、そこ、引かない引かない」
「いや、なんてーか……なぁ」
「あら?私は分かる気がするわ。さっき、あてら先生の手を引いてあげていたでしょ? とっても素敵じゃない」
「アッシュお前まさか!」
妖しく笑う天河の表情にカルムは慌てた。
「もぅ、カルムの馬鹿。私はあなただけよ」
「はーい、熱々はもうお腹いっぱいですよー」
そんな惚気た二人の間にかざねが割り込んだ。
「ところでラブレターを貰った後はどうなったの?」
雨宮は話の続きをせがんだ。
「ん? 付き合ったのかって? その話はまた今度ね」
銅月はからかうような口調でニヤリと笑った。
「でも、銅月君は男の子にもモテるんじゃない? やさしい女の子は人気だって何かで読んだ気がするわ」
「……先生、話を蒸し返すねぇ。ま、それはどうだろうかね」
上下の言葉に銅月は微笑む。その一瞬の顔はまごうことなく恋する乙女のものだった。
●それからそれから
「……できた」
古河は、薄い桃色の便箋に並ぶ自分の文字を眺めていた。徹夜気味だが、その顔はどこか清清しい。数日前の相談室での恋文指南は彼女にすさまじいエネルギーを与える事に成功した。彼女の机の上にはラブレターが完成していたのだった。
「あとは先輩にこれを渡す」
古河は相談室の皆を思い出す。
「頑張れよ。上手くいく事を祈ってるぜ」
カルムは励ましの言葉を送ってくれた。
「結果はどうあれ好きを伝えるのは大事なことだと思います……失敗しても伝えないよりはよほど良いのです」
と、アーレイは敬礼でおくりだしてくれた。
古河は深呼吸してから学校へと向かった。
そして放課後の相談室。
部屋の中には上下と二人の生徒が、古河の帰りを待っていた。
実はこの数日の間、古河の相手の先輩の動向を調査したり、お菓子作りの手ほどきをしたりと各自がそれぞれ協力をしていた。それもあってか、皆が古河の恋愛成就を祈っていた。
「うまくいくでしょうかねぇ」
かざねが心配そうな声を上げた。
「きっと平気よ。カルムたちもついているわ」
天河は落ち着いた口調だが、さきほどから教室の扉の方を気にしている。きっと、今頃はカルム、銅月、雨宮、アーレイの4名が古河の告白に邪魔が入らないように、交通整理をしていることだろう。
あまり大勢で行動すると逆に目立ってしまうかもしれないと、天河たちは先に相談室へと戻ってきた。
「あてらセンセー、皆〜」
廊下を駆ける足音と古河の声が遠くから聞こえる。 相談室に駆け込んで来た古河は息を切らせて俯いている。古河に続いて、カルムたちが教室へと戻ってきた。
そして、乱れた息を整えた古川は顔を上げた。
そこには満面の笑顔が咲いていた。