●スイカのある日曜日
「お休みの日なのに学校にこなくちゃならないなんて……」
思わず考えていた事が声にでてしまうくらいに、若菜 白兎(
ja2109)はしょんぼりしながら歩いていた。
太陽が燦々と照りつけ、青い空に白い入道雲が聳え立つ。季節は夏だ。
「おい、君もスイカを食べていかないか?」
若菜はスイカと聞いて顔を上げる。声をかけてきたのは老年の教師だった。
「いいんですか〜!」
若菜はスイカが大好きなのだ。ぽわぽわと笑顔になり、さきほどまでのしょんぼり顔が嘘のようだ。
「あら、また新しいお友達ね」
スイカを切り分けていた天谷悠里(
ja0115)は、若菜を見て微笑む。
その周りには三人の男の子たちが、スイカを今か今かと待ちわびている。
「宿題のプリントとりに来たんだけど、スイカが食べられるなんてラッキー! 俺、スイカ大好きだぜっ!」
花菱 彪臥(
ja4610)はちゃんと手を洗ってスイカが切られるのを待っている。
「スイカ、スイカ、スイカ」
緋野 慎(
ja8541)もスイカが楽しみで待ちきれないようだ。ちなみに、緋野は日曜日なのに学園内を探索していた。
「ボクも早く、スイカ食べたいです」
部活帰りでお腹をすかせた音羽 千速(
ja9066)も待ちきれない。
若菜は元気いっぱいな男の子たちにちょっとだけ気圧されて、表情を硬くした。先ほどまでの笑顔が、今は少し怯えた小動物のようになってしまった。
「あなたもいらっしゃい。え〜と……」
悠里は若菜に手招きをする。
「お、また増えたな。俺は緋野 慎! 小等部5年生!」
緋野は若菜にニカッと笑いかける。
「わ……私は若菜 白兎です」
「白兎ちゃんね。私は天谷 悠里よ」
悠里はもう一度手招きをする。若菜はそれに従って近づく。
「おー、悠里ねーちゃん早く切ってくれー」
花菱が悠里にスイカの切り分けを急かす。
「分かってるわ、急かさないで彪臥くん」
悠里はスイカに包丁を入れる。半分になったスイカは見事な赤色だ。
「あの〜、ボク、一度に半分に割ったスイカ一人で食べてみたかったんです。やっても良いですか?」
音羽 千速がおずおずと言う。
悠里は思わず先生の方を向く。老年の教師はうむっと頷いた。
「おー、すげー千速! 俺も俺も!」
と二人の男子が声を上げる。
「あ、じゃぁ僕は種なしスイカの方を半分にします」
音羽 千速はスイカを花菱たちに渡す。
「もう、二人ともまずは切り分けて私や白兎ちゃんも食べられるようにしないと」
「……私一玉丸ごとチャレンジなの」
白兎の発言に息を飲む一同。
「おー、すげ〜!!」
男子たちが盛り上がる。
「もぅ、みんな食べすぎても知らないわよ〜」
悠里はそういいながら自分の分のスイカを切り分けることにした。皆の影響かざっくりと大きめに切ってしまった。
「駄目よっ!スイカは真ん中が一番甘いのよ! 真ん中が当たるように切り分けないと!」
大きな胸のフェイ・ティオル(
ja9080)が、声を上げる。先生がまた歩いていた生徒たちを呼び止めたのだろう。
「う〜ん、スイカがたべられると聞いてきました〜。クジで負けて日曜日に出てきたのも悪くないなぁ」
礎 定俊(
ja1684)はのんびりとしゃべる。
「僕も散歩をしていただけなのに、スイカをご馳走になれるとはおもいませんでした」
つづいて、淡々とした口調でしゃべっているのは冬樹 巽(
ja8798)だ。
「……(コクコク)……ちょっと休憩しようと思っていたところなので……お邪魔させていただきます」
冬樹の言に水無月 蒼依(
ja3389)は頷く。大きめのバックには本が入っている。どうやら、図書館へ来ていたようだ。
「忝い、走りこみで失った水分を補給させていただく」
自主トレの途中で声を掛けられた舞草 鉞子(
ja3804)は汗をぬぐってからの登場である。
「おぉ、また増えたぜ!」
「あ、鉞子さんが戻ってきた」
「早く!早く!俺もう待ちきれないよ!」
小等部男子3人組はわいわいと声をあげた。
●スイカの食べ方
「うむ。それではいただきます」
先生が手を合わせる。
「いただきまーす」
一同は声をそろえて後に続いた。
先生は手にした塩をふりかけスイカを一かじり。
「スイカに塩かけるの?そんな食べ方初めて知ったよ」
緋野は珍しそうに先生を見た。
「ん?なんだ、お前たちは塩をかけないのか?」
「え〜っと、わたしはいいです」
悠里に続いて若菜と音羽 千速も首を振る。
「ふむ、今の子供たちはかけないのだろうか……」
先生にとっては塩を振るのは昔からの定番であった。
「僕は少々かけますね」
「……(コクコク)」
冬樹と水無月は塩を振ったスイカに手を伸ばす。
「おぉ、そうか!同士が居て嬉しいよ」
先生は嬉しそうに頷くと、再びスイカを頬張る。
スイカの食べ方は人それぞれだ。切り分けたスイカをそのままかぶりつくもの。スプーンですくうもの。種だけ先に取り出すもの。それぞれの癖や性格が出る。
「塩や砂糖や醤油もありですが、やはりそのまま自然な甘さを堪能したい。うん、うめぇ」
ちまちまと種を取り除いていた礎がようやく一口噛り付いた。
「身体に水分が染み渡るようです……生き返りました」
舞草は塩が振られていないスイカを食べた後、今度は塩が振られたスイカに手を伸ばす。
その横で二切れをすでに食べ終えたフェイが、スイカをフルーツカービングしようと一玉手に取る。スイカの表面にフェイの手によって段々と花が彫り上げられていく。
「見事なものねぇ」
それを見た女性陣はうっとり。
その横では、小等部男子をはじめとした男性陣がスイカを食べ続けていた。
「美味いな!先生、それに送ってくれた人ありがとー!」
よほど勢いこんで食べたのだろうか、花菱のほっぺたには種がついている。
「(もごもご)次は黄色い方を食べますかねぇ、実は見たことはあっても食べたことはなかったんですよ」
礎は黄色いスイカを意識しているが、口の中には未だ種が残っている。
「……(コクコク)」
黄色のスイカと聞いて水無月も頷く。どうやら食べたことがなかったようだ。
「どんな味なのかな?、食べ比べてみようか」
「俺も食べ比べするぜ」
「わ、私もです」
悠里の提案に花菱と若菜も賛同する。
舞草は赤と黄色のラベルの貼られたスイカをふたつならべると、軽く叩いて音を聞く。
「よく良い音のスイカは美味しいといいますが、私では違いが分かりませんねぇ……食べてみれば分かりますか」
「それじゃ、叩いた意味なくね?」
花菱の突っ込みを舞草はスルーして、包丁を手に赤と黄色のスイカを切り分けた。
若菜はさっそく目をつむって赤と黄色を食べ比べる。どちらも美味しいようで、一口たべるごとに兎のように喜んでいる。それを見ていた他の皆も黄色いスイカに手を伸ばし始める。
「黄色いのは初めてでしたが……これもいけますね」
舞草は感心して呟いた。
黄色のスイカもどうやら皆に好評となった。
「次は種無しも食べよう……ところでどうやって栽培されているのか?」
冬樹は種無しスイカを手に疑問を口にする。
「そんなことはいいから、早く食べましょう?私が切り分けるわね」
フェイが何か物足りなそうに包丁を掴むと、種なしスイカを真っ二つに切った。
「……本当に種がない!」
切られた種なしスイカを目にして若菜が驚きの声を上げた。
フェイはスイカの中心がそれぞれきちんと入るように均等な角度で切り分けた。
「……いちいち種を出さなくて良いので、食べやすいですね」
水無月は一口食べると率直な感想を述べる。
「でも、種がないとなんだか寂しいかも」
悠里は呟く。頭をよぎったのは、種を食べるとお腹から芽が生えるとからかわれた思い出だった。
「ボクの家人数多いから、一度飽きるほど食べてみたかったんですよ〜」
音羽 千速は半分にした種無しスイカをスプーンで掬って食べている。
「こんなに美味いなら、スイカ畑で収穫したいぜ〜」
「収穫かぁ、そういえば……」
花菱の言葉に何人かは田舎のスイカ畑のことを思い起こした。
「お爺ちゃんが赤いスイカを作ってたの」
「あ、俺の爺ちゃんも作ってたなぁ。採れたてを川で冷やして、すっごくうまかった」
若菜と緋野は祖父のスイカ畑を思い出して笑顔になった。
「そういえば私も小さい頃、田舎のお爺ちゃんお婆ちゃんの家でスイカ食べたなぁ」
悠里も懐かしさに顔を綻ばせる。
「私も祖父母に育てられたので思い出しますねぇ(もごもご)」
礎は種をぷぷぷと吐き出して話を続ける。
「曽祖母が夏になると西瓜糖を作ってくれたっけなぁ。私が風邪を引くとそれを薬代わりに出してきたものです」
「あら、いいわね。スイカが余るようなら西瓜糖を作ろうかしら」
フェイは礎の言葉に、本当に西瓜糖を作ろうかと思案しはじめた。西瓜糖はスイカをぐつぐつと煮詰めて作る。利尿作用があり体のむくみや解熱に効くというものだ。
「あの、作り方教えてもらえますか?今度、部活に料理好きな人多いから作ってもらおうかなって」
音羽 千速はメモを取り出してフェイのもとへと駆け寄った。
●スイカ割りをしよう
「よーし、スイカ割りしようぜ〜」
「スイカ割り!?するする!」
花菱の提案に緋野は元気良く手を挙げる。
「スイカ割りですか……僕、したことないんです……」
「じゃぁ、巽にーちゃんもやろーぜ」
花菱がピコピコハンマーをどこからか取り出してきた。
「いいんですか?」
「いーよなー」
「なー!」
冬樹が聞くと花菱と緋野は二人とも賛成した。
「ふふふ、スイカ割りねぇ」
「フェイさんもやりますかー!」
緋野が元気良く聞く。
「昔、お爺様の前でスイカ割りをしようとしたら頭を割られそうになったのは良い思い出よね」
「えっ、フェイねーちゃんの爺ちゃん怖ぇ……」
少年たちが青ざめると、フェイはニヤリとほくそ笑む。
「ふふふ……残念だけど私は眺めておくわ」
さて、スイカ割りの始まりだ。
まず目隠しをしたのは言い出しっぺの花菱だ。目隠し状態で十回ぐるぐると身体を回され、ふらふらとスイカへと歩み寄っていく。
「彪臥くん右、右っ!」
「あ〜、いきすぎましたよ〜」
「あと一歩前」
皆が声をかけ花菱を誘導する。
「そうだ、そこそこ!」
花菱は手にしたピコピコハンマーを振り下ろす。が、しかし、ハンマーはスイカではなく地面を打ったのだった。
「ちぇ〜、案外難しいぜ」
「そうだ、投げれば簡単に安全に割れるよ!」
緋野が良い思いつきとばかりにスイカを持ち上げる。
「こらっ、食べ物であそぶんじゃあない!」
流石にそれは先生に止められた。
「ご、ごめんなさい」
スイカを地面に下ろして緋野は素直に謝った。
「うむ」
(なんだろう……まるで家族で団欒しているような……僕はこういう光景を密かに憧れていたんだなぁ)
冬樹は時に厳しい老年の教師の姿に父親像を重ねる。そして、しゅんっとしてしまった緋野の肩に手をやる。
「さ、今度は緋野くんが挑戦するといい」
「……うんっ!」
緋野は再び元気を取り戻すと、花菱から目隠しとハンマーを受け取る。
「慎くん頑張れ〜!」
音羽 千速が応援する。
「慎!そっちじゃない!こっちだぜ」
花菱が誘導のために声を出す。
「精神集中だ!心の目で見ろ!」
舞草はこれも修行と腕組み。
「えいっ!」
緋野は力いっぱいハンマーを振り下ろす。
ピコッ!
ハンマーはスイカに直撃した。
「当たったけど、やっぱりそれじゃぁ割れないわね」
「でも、当たったの」
「(こくこく)……すごいです」
悠里の言葉に若菜、水無月が緋野をフォローする。
「へへへっ」
緋野ははにかんだ。
●スイカを食べ終えて
「い、いつの間にかこんなに食べちゃったわ」
悠里は知らず知らずのうちに、それなりに大量に食べている事に気がついた。いくらほとんど水分といっても、これ以上食べると……と悩ましい。そんな事を思いながら悠里は周りを見る。
「あ、宿題のプリントもとりにいかなきゃだった!」
花菱が学校にきた本来の目的を思い出して声を上げた。
「宿題は……早目に片付けておかないと、後で大変ですからね……」
「そうだな、蒼依ねーちゃん!トイレ行くついでに取ってくるぜ!」
水無月に諭され、花菱は部屋から出て行く。そういえば、礎もトイレに行っているようで、姿が見えない。
舞草と音羽 千速は戦闘について談義しながらスイカを食べている。二人とも強くなりたいという共通の目的をもっているためか話が合うようだ。
若菜はまた赤と黄色の食べ比べをしている。スイカがとても好きなのだろう、一口食べるごとに幸せそうな笑顔になる。しかし時折、種を噛んで悲しそうな顔をしている。
緋野と冬樹は先生が塩をかけたスイカを食べていた。物静かな兄とやんちゃな弟のようにも見える。なんだか微笑ましい。
そして、フェイは再びフルーツカービングの続きをしていた。
(胸大きいなぁ……腰も細くて大人っぽいスタイルだし良いなぁ……)
悠里は声には出さないが、フェイと自分を見比べてちょっと溜め息。
「何?」
まじまじと見すぎたか、フェイが悠里の視線に気がついて振り向いた。
「ううん、何でもないよ!」
思わずあわてて手を振って誤魔化す悠里であった。
そうこうしているうちに、大量にあったスイカはほぼ平らげられた。
「ごちそうさまでした〜」
皆で手を合わせて食後の挨拶。お腹も心も満足だ。
「じゃぁ、手分けして片付けましょう」
「はーい」
年長者の号令で片付けを始める。皆で手分けすると、あっという間に片付く。やはり人手があると違う。
片付け終わった生徒たちは、先生の前に一列に並ぶといっせいに頭を下げた。
「先生、今日はありがとうございました!」
「……おかげで美味しいスイカもいただけましたし、休憩もできました」
「水分補給もでき、生き返りました」
「スイカとってもおいしかったの」
「ありがとうございました。スイカ美味しかったです」
「いい思い出になったぜ、先生、みんなありがとー!」
「うむ、ありがとう」
その一言を出すのに老年の教師は感極まって、少し時間を有した。生徒たちとこうして触れ合うというのは、なかなか無い機会だったのかもしれない。
それは暑い夏の日にあった、心を繋ぐ思い出。