●カエって来たのはお前だけじゃない!
久遠ヶ原の中心地からは少し離れた住宅街の外れ、雨も降っているせいか人通りは少ない。
そんなどしゃ降りの中。
カラフルなカエルたちがゲコゲコ鳴いている。
今年もカエって来たのだ……奴らが!
「だが、帰って来たのはお前らだけじゃないぜ!」
そう叫んだのは小田切ルビィ(
ja0841)であった。いつぞやのカエルディアボロとの戦いを思い出し、その身は震えている。それは恐れではない。怒りだ。
あの屈辱的なまでにドロドロにされた恨み。餌食にされていく仲間達の姿が思い浮かぶ。(たまに喜んでいるのもいるのだが、それは見なかった事にする)
「――またヤツと戦う事になるとはな。あの時の屈辱(笑)の礼は返させて貰うぜ!」
と、ビシッと決めたポーズ。
「えぇ、今回は以前のような失態はしませんよ」
クイッと眼鏡を押し上げ、壬生 薫(
ja7712)が小田切の横に並ぶ。
彼も以前、カエルの餌食になっていた。
「それにしても……進化しているのか退化しているのか、少なくとも成長は見られませんね」
特殊な能力を持って進化したと言うべきか、やっていることは変らずドロドロスケスケなので、小さくなった分を退化と考えるのか……。事前にオペレータから知らされた情報を頭の中で整理しつつ、壬生は呆れかえる。カエルだけに。
「あれが蛙さんかな?かな?一杯いるけど、さくっと倒してしまうのだ♪」
傘もささずにはしゃいでいるのは焔・楓(
ja7214)である。実に元気印な少女である。
焔の目の前には、赤青黄色。緑に紫……色とりどりのカエルたちが所狭しとアスファルトや壁に張り付いていた。それらを見て焔は雨に濡れるのもお構いなしに喜んでいた。
「わぁからふる(棒読み)」
その隣で、全く感情の篭らない喜びの声(叫び)を上げたのは砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)だった。こちらは焔と違ってまったく嬉しくなさそうである。まぁ、当たり前なのだが。
「……目がチカチカするな」
カラフルなカエルたちを眺めていた門音三波(
jb9821)は、目を休めて眉間を揉み解す。
「毎年この時期、珍妙な蛙が出ると噂には聞いていたからな。一体どんなものかと思ったが……」
再び眺めたカエルたちは段々とモザイク画のようにも見えてくる。
あれ、もしかすると芸術的なのでは?
という一瞬の気の迷いを振り払い、門音は再び眉間に手をやり、揉み解す。
そんな門音と同じように、6月になると現れるカエルの噂を聞いていた永宮 雅人(
jb4291)は、妙なテンションに心躍らせていた。
(これが6月になると現れると噂の! 久遠ヶ原名物やらしいカエルたち!! うっわーもう全力で遊ぶしかないよね!)
永宮は視線の先に居る壬生をロックオン! ある意味で潔いくらいの決断である。
盛り上がっているのか、盛り下がっているのか良く分からない面々の中。藍 星露(
ja5127)は一歩引いた所から皆を見ていた。
イケメンいっぱいの撃退士チームを見るその目は肉食系女子の目。
っと、いつもなら色々とアッピールするのであるが、さてはて……少女は色々と思いをめぐらせていたのである。
以前もこのカエルディアボロと戦った彼女としては、あれのスケスケとかドロドロとかの効果は既知であり、今回もその餌食になるのは少々気が引けたのだ。
そんな藍を見た壬生が気を利かせたのか。
「こんな敵です。女性には少々酷でしょう。攻撃が行かないよう我々、男性陣がフォローしましょう」
と、眼鏡を指で押し上げる。
「お〜、壬生さんやっさしー!」
永宮がからかうと壬生は「君もですよ、永宮君!」と指差す。その指先の延長から外れるように身をかわす永宮。
壬生は永宮の方へと指を向けるが……、また永宮は指先をかわす。段々、ムキになって壬生が指差すのだが、永宮は飄々と交わし続けた。
(あら、壬生さん何か勘違いしてるわね。でもこれはこれでいいかしら?)
「じゃぁ、申し訳ないけど、私は後方で待機しますね」
とじゃれあう男性二人に笑顔で言う藍。中々にしたたかである。
でも、女の子はしたたかじゃないと生き残れないのかもしれない。だって、女の子だもん!
雨は止む気配を見せず。
黒い雲に覆われた空の下、薄暗い昼下がりの街外れ……。
アスファルトの上のカエルたちの……原色バリバリのカラーだけがやけに目立っているような気がした。
●カエって被害がましたじゃない!
「うげェ〜こりゃまたびっしり総天然色な蛙共だぜ。毒々しさがパワーアップしてらぁ」
小田切は無数のカエルを前に武器を持つ腕を振り上げる。
同じように焔も武器を構え……。
いきなりカエルに衝撃波をぶち込んだ!
「ゲ、コォォォオ!?」
衝撃を受けたカエルたちがプクーッと膨らんで破裂していく。そして周囲に飛び散るペンキ。
それが戦闘開始の合図だった。
壬生もその攻撃と範囲が被らないように衝撃波を放つ。
「おー、一気になぎ払えるのいいな〜」
永宮は飛びかかってきたカエルを一匹ずつ処理しつつ、壬生たちの猛攻を見ていた。
「赤が連鎖して爆発するなら、敢えて狙うと一掃出来ないかな?」
ふと、安直だが中々に計算高い事を砂原が言い出す。
「なるほど、確かに一理あるな」
飛び散るペンキをひょいっとかわして門音が頷く。
「いや、しかし、赤の位置を計算しないと、想定外が起こ……」
壬生が懸念事項を述べる間も無く。
「それ、楽しそうなのだ! 赤が一杯いるところをなぎ払うよー♪」
と、焔は一目散に駆け出した。
「ちょっと待ちたまえ、焔さん!」
壬生の伸ばした手が空を切る。彼の眼鏡に映ったのはスローモーションで駆けて行く焔の後姿。
なぜか映像的にはスローモーションになっている辺りが物悲しい。
「そんな訳で、いけ!ファイヤーブレイク!」
「なっ!? 砂原君まで!」
振り返りつつ叫ぶ壬生。
「どっかーん!」
焔の一撃により赤いカエルがまとめて爆散した。
そして、砂原の攻撃により隣の赤も一緒に。
その隣の青が弾け、緑がはじけ、再び赤もはじけて、黄色もはじけて、赤、青、黄色。きれいだな〜!
っと思わず謳いたくなるような光景の中。
「ど、どうぅゎぁぁぁあ!?」
ちょっとばかし、前で戦っていた小田切に黄色いペンキが降りかかる。
黄色は潤滑油だ!
油塗れでツヤツヤした小田切は足を滑らせてしまう。しかし、なんとか身体を捻って水溜りに踏ん張るように足をつけぇぇぇ滑ったぁ!
水溜りの上に油の膜が出来、それによって小田切の足は水を弾いたのだ! そうさ! 油は水と混じらない! だから〜、小田切はそのままカーリングストーンのように壁際まで滑って激突した。
「む、これは……少々……想定外では!?」
門音の足元にも青カエルが飛んできて……飛び散る。とっさに傘で防ぐが、ぽつぽつと服に小さな水玉が飛び散り透けてしまった。そこから水着が見え、なんだかちょっとオシャレな格好である。
「いかんな。ここまで規模が大きいのは傘でも防ぎきれんか……」
門音の姿が傘越しに映し出される。
素敵傘も青カエルの前ではただのビニール傘のようにスケスケになってしまうのだった!
でも、海外ではビニール傘もオシャレアイテムだ!
(あ、ちゃんとカエルが倒されればペンキは落ちて元通りですが……)
「わーカエルが飛びかかってきたー払いのけなきゃー」
永宮は膨らみかけの青い果実ではなく、カエルを空中で掴むと壬生に投げつける。
「むっ、永宮君。先ほどから、やたら私の方にカエルが飛んで来るのですが!」
眼鏡をクイックイッと押し上げ、壬生は永宮を睨んだ。
「えー、そんなこと無いですよ(暗黒微笑)」
と、これはもう確信犯ですよね壬生さんと言いたくなる様な良い(黒い)微笑みである。
「おいっ、お前! やっぱり俺を狙ってるだろぅ!」
壬生はその微笑の黒さを見抜き叫ぶのだが――。
「だから、そんなこと無いですってばー、現に壬生さんの方のカエルも撃ち落してますよね〜」
と、間髪入れずに壬生の直上に飛んで来た青カエルを撃つ!
ベチャッ。
頭からペンキを被り、眼鏡の右端もべったりと青く染まった壬生が完成した。
「うっひょー! やったぜー!(大丈夫ですか! 壬生さん)」
滅茶苦茶心配そうな表情を作って永宮が叫んだ。
だが、本音と建前が逆だ! ギャグだ!
「ところで……壬生さんって意外と良い体してるね?」
そして、青ペンキがスケスケになると真顔で永宮は言ったのだった。
「お、思った以上に……激しい、ね…?(汗)」
皆への甚大な被害を見つつ砂原は一歩あとずさる。その肩を後ろからポンッと叩かれ、振り返るとそこには藍が居た。
「……かえって被害がましたじゃない」
呆れを通り越したのか藍は笑顔で固まっていた。
「あはは〜、何か大連鎖が起こったみたいで楽しいのだ♪」
雨の音を掻き消すように、焔の笑い声だけが響き渡っていた。
●唐突に振りカエっていくぜ!
「あれは遡る事数年前。俺がまだ初々しい高校生だった頃の事――」
壁に激突した後、なんか良く分からない力で地に伏せた小田切は、過去のカエル話を振りカエる。
それは壮絶なまでにドロドロな戦いだった。粘液的な意味で。
「あいつらの舌でぺろりと飲み込まれた事を俺は忘れない。あのドロドロで屈辱的なカエルの口の中……それと比べれば、こんな油塗れでなんか体重いくらい……ん? 風邪か俺?」
あ、雨で体が冷えるんで、よく温まってくださいね。
小田切が自分の不調を疑っている一方で……。
「さ〜は〜ら〜ぁぁぁ……これ、あんたでしょ!」
「あ、やっぱり駄目だったかい星露ちゃん?」
小田切と藍も含め、周囲の身動きを封じていたのは砂原であった。
「やー、緑カエルの特性からヒントを得た僕はカエル達を動けなくしちゃえば被害も減るかなって力を使ったのでした!」
「私たちまで動けなくてどうするのよ!」
後方で高みの見物のはずだった藍も今は身動きが取れないのだった。
そして、力を使った張本人の砂原まで!
藍の周囲に集まっていく青カエルたち。
えぇ、分かっているのさカエルたちも美少女って奴をな。へっへっへ……っとゲス顔をしたカエル本体がどこかにいるのでしょうが、僕たちはまだ知らない。
そして青カエルたちは無情にも身動きの出来なくなった藍を襲う!
「うぉ〜、すみませんでしたー!」
その叫びが力を与えたのか。たまたま効果が切れたのか……砂原は藍の目の前のカエルたちに特攻。見事、青いペンキを浴びたのだった。
「っは!? 如何、過去のカエルたちの事を思い出していたら意識がとんでたぜ……」
小田切は体の自由が戻った事に気がつく。
何故か、スケスケになった砂原が花束で色々とあれな部分を隠しつつ立っているのが見えるが、見なかった事にしておいて。
「――くッ!また仲間が毒牙に……。仇は討ってやるぜ!」
と格好良さげに叫びつつ周囲を見回す。……なんか、壬生もスケてる。しかも、永宮が爆笑しているのが見える。
「――くッ!また仲間が毒牙に……。仇は討ってやるぜ!」
本日二回目である。
「本体を探し出せ、……っつったってなぁ?」
とまぁ、お茶らけていた小田切も本気モードへと入ろうとしていた。
(色んな色をぶちまけると、紫っぽい色になった様な? だとしたら……)
閃きを頼りに紫カエルを見つけると、それを追う。
「ウォォォ!」
紫カエルへの一閃。小田切の振るった刃が捉えた瞬間……。
ブォォォンッ!
紫ペンキが超重力を発生させたのだ!
(親方……空から……野郎がふってきやがったよぉぉ!)
小田切の真上から落ちてきたのは、紫ペンキの重力操作で落下した門音であった。
思わずお姫様抱っこしてしまった小田切りに「すまんな小田切殿」と、門音が片手でジェスチャー。
しかし、重力で重くなった男子を支えるので精一杯な小田切は、それどころではない。
「なんで、空からぁっ!」
「いや、上から見れば何か見えるかと……」
門音は力を振り絞って天を指差した。
●いつまでたっても、カエれないじゃない!
(上から見ればか……)
藍は門音の言葉を聞き、ふと空を見上げる。厚い雲からは未だに雨が降り続いている。
(屋根の上からみてみようかしら……)
藍はアウルの力を脚部に集中し跳躍。手近な屋根へと降り立つ。
「思ったよりも緑が綺麗に並んでるわね……」
上から見るとカエルたちの並びがよく見え、藍はある事に気がつく。
これだけ膨大な数のカエルを操っているのだ、その全体像を掴むためには……。
「ゲコ」
どこかでカエルが鳴いた。
「あははは〜」
チュドーンッ! チュドーン! チュドーンッ!
焔の笑い声の後に続く赤カエルの爆発連鎖。雨やら青ペンキやらでスケスケなのをものともせずに、焔は駆け回っていた。そして、その後ろを慌ててタオルを持った壬生が走る。紳士だな。
それを楽しそうに眺めているのは永宮であった。こちらも結構なスケ具合である。あと、さり気に緑を踏んで動けないで居たのだが、迫り来るカエルはとにかく撃ち落すというスタンスで乗り切っていた。
同じくスケスケの砂原は花束ガード状態のままだ。
さて、なんとか重力の檻から抜け出した、小田切と門音もカエルへの猛攻を続ける。
素早い動きでカエルを倒して周る門音。時折、黄色を踏んで着地で滑るのだが……。まぁ、それは愛嬌だろう。
しかし、カエルは減らない。
カラフルカエルは無限に増殖し続ける……。
「……っていうか。いつまでたっても、カエれないじゃない!」
地上で戦う撃退士たちを眺める藍の横で”奴”は静かに佇んでいた。
雨の中。
薄っすらと白い体が浮かび上がってくる。
それは巨大な白。
緑カエルたちの並びから導かれた親玉の正体。
さて、それに気がつくまで撃退士たちは無限に戦い続けるのだ。
「どんなにあられもない姿になっても最後まで諦めず、不屈の闘志で己の使命を全うする!!」
既に上半身スケスケ、油でテカる肉体を曝しながら勇者のように剣を構えた小田切の声が木霊する。
勝利はどっちだ!
●そして着ガエル。
「はぁ〜、いい湯だったのだ〜」
「そうねぇ〜」
風呂上りの焔と藍は仄かに頬を上気させている。
あのドロ沼のあと、門音の提案で銭湯へとやって来たのだ。
「あぁ、身体も温まって風邪も引くまい」
同じように湯上りの門音が待合室の椅子で寛いでいた。
「汚れも落せて、着替えも出来る。実に効率的ですね」
その横には、換えのスーツと眼鏡で元通りな壬生が立っている。
そして、何故かバスタオル一丁の砂原。
「着替え持ってきてなかったな〜」
と恥ずかしげも無く笑っている。
「あー遊んだ遊んだ。予備の服に着替えたしかーえろ」
と、永宮が出てきた。
「あら? 小田切さんは?」
藍が聞くと男湯の方から叫び声が聞こえた。
「うわぁ〜、パンツ忘れたぁっ!」