●雨降りゲコう時間
しとしとと小雨が降る放課後、通学路にて撃退士たちと一体のディアボロが壮絶な戦闘を繰り広げていた!
「――お遊びはここ迄だ。そろそろ昇天の時間だぜ?」
小田切ルビィ(
ja0841)は手にした黒い大鎌を構える。
「つぎのあの子を出さないために」
名芝 晴太郎(
ja6469)が決意を胸に剣を抜く。
「カエルには蛇だ、見てろよコノヤロウ」
月居 愁也(
ja6837)がスネークバイトを手に吠える。
「……」
無言で壬生 薫(
ja7712)は眼鏡の位置を直す。
「ゲコ」
四人の男子の前でディアボロ――巨大カエルは後ろ足に力をため、今にも跳びだしそうだ。
撃退士たちは各々が武器を構えた。
「皆、ヌルドロじゃなきゃ、格好良いんだけどね〜」
気楽に笑いながら雀原 麦子(
ja1553)が言い放つ。
そう、撃退士たちは皆、揃いも揃ってヌルヌルドロドロにされていたのだった!
「それを言うな〜!」
「それは言わないで〜」
「それを言っちゃぁお仕舞いだぁ」
「それは言わないでください」
男子はハモリ気味な叫びもどこか悲痛だ。
対する巨大カエルの目に写っているのは一人の女子。
「……と言うか、何でこんな事に」
功刀 凛(
ja8591)は苦笑いをしながら、少し前のことを思い返していた。
●少し前まで振りカエル
出撃前のミーティングを終え、功刀は資料写真を見ながら眉をひそめた。
(大きいカエルか〜……想像するとちょっとグロい気がするなぁ。雨が降っているときに現れるっていうのは、カエルらしいと言えばらしいけど……)
功刀の紫の瞳に巨大なカエルの姿が映る。
(可愛くないな……)
カエルの姿を暫く凝視してしまった功刀は写真から視線をそらした。
「雨の日以外は何処に隠れてやがるんだ?地面に穴でも掘って寝てんのかね……」
銀髪に赤い瞳の男子、小田切が頬杖をつきながら呟く。
穴の中に眠るカエルの姿を想像した功刀。だが、それは冬眠だ。
「ガマガエルに乗って妖術使う忍者、なんてったけなーうわー思い出せねー」
赤髪の男子、月居が天井を仰ぐ。
「なぁ、何て言ったっけ?」
月居は隣の男子たちに疑問を投げかけた。
「……さぁ?それにしても全くしち面倒臭い……いえ、厄介な敵もいたものですね」
壬生は眼鏡の位置を指で直す。壬生の眉間にできた皺からも、カエルのドロドロが嫌なのだろうと簡単に想像が付く。
「その……女子も多く狙われているし酷い奴なんだろうね。さっさと解決してやらないと」
名芝の眼は真剣だ。
「でも、そんなに強くないって話でしょう?心配要らないわよ。男子たちも頑張ってくれそうだし」
雀原が功刀の肩に手を置いて笑う。
「そうですね。皆さんと一緒ならきっと平気です!」
功刀は雀原の顔を見て頷いた。
●皆がカエル道
下校時間になると曇り空からポツリポツリと雨がこぼれてきた。通学路には一人の人影も無い。
それは当たり前の事だ。巨大カエルは雨の日、下校時間に通学路に現れる。これだけ確実な出現条件があるのだ、自然と一般生徒たちは迂回して帰宅するようになり、学校もそれを推奨した。
故にこの道を進むのは撃退士たちだけであった。
「カエル……」
角を曲がったところで思わず名芝がつぶやいた。目の前にはカエル。そう、身の丈を越す巨大カエルである。
「音立てなきゃ問題ないっつっても、どの程度までOKかわかんなかったが、名芝の呟き程度は平気みたいだな」
小声で月居がしゃべる。他の皆は頷き、小声とジェスチャーで意思疎通。
「とりあえず、俺らが行く」
小田切がカエルを指差す。それに頷く月居と名芝。雀原と壬生、功刀の三人は少し距離を置く事に。
「がんばれー」
小声で雀原が応援する中、三人の男子がしのび足でカエルへと近づいていく。
「よし、いいか、音立てんなよ?気をつけろよ?」
月居が小声で注意を呼びかけるが、あからさまにフラグである。
(ん?小田切が何か言っているが聞こえねぇなぁ)
月居は小田切にジェスチャーを送る。
(何言ってんだ?)
小田切は指を地面へと向けて何か伝えようとしている。
(ん?)
カーンッ――カランカランッ――。
月居の足元に転がってきた空き缶が宙を舞い、そしてアスファルトに落ちて甲高い音を立てる。
「ゲコッ」
月居はその光景をスローモーションで見ながらカエルの舌に巻き取られた。
哀れ……本日、最初のヌルドロ犠牲者である。
「う……うわぁ〜!愁也ちゃんがやられたぁ!」
離れた場所にいる雀原がおもわず声を上げる。
「ゲコッ」
カエルは口に含んだ月居を吐き出す。
「な……」
月居は呆然と自分の身体を見回す。粘液にまみれ足を震わせて立ち上がる様はまさに――。
「なんじゃこりゃ!ヌルヌルドロドロで生まれたての子牛状態じゃね……」
パクッ
「ま……また、愁也ちゃんが食われた〜!」
雀原が身を乗り出さん勢いでガッツポーズ。
実は楽しんでますね麦子お姉さん。
「ゲコッ」
カエルはスイカの種を飛ばすかのように月居を雀原や功刀、壬生たちのいる辺りに吐き飛ばす。再び口から吐き出され、さらにヌルドロになった月居は怒り爆発。
「テメェこの××ガエルっ!」
月居の振り上げた腕から粘液が辺りに飛び、傍にいた壬生は眉間に皺を寄せている。
「あ、近づかないでもらえますか、汚れますので(私が)」
容赦ない壬生であった。
●恋のピョコピョコ
「くっ、愁也の奴がやられたか……」
足元に空き缶が転がってきたとジェスチャーをしたのだがな……と、思いながら小田切は顔をしかめる。カエルを挟んで反対側にいる名芝も微妙に苦笑いしながら月居の姿を見ていた。
話に聞いていたとは言え、いざヌルドロになった実物を前にすると、なんとも言えぬ緊張感を覚える皆であった。
「ゲコッ」
そんな緊張もお構いなしにカエルは大きな目で辺りを見回す。
「あ……」
功刀が呟く。
「どうしたの凛ちゃん?」
「えっと、麦子さん……なんだか私、カエルと目が合っちゃいました」
「……なんだろ〜、嫌な予感がするわ〜」
苦笑いの女子二人の間に流れる数秒の間。
雀原の言う嫌な予感はあながち間違いではなかった。カエルは目があった功刀めがけてピョコピョコと突進して来た。
いや、ピョコピョコと可愛らしい表現ではない。巨体が跳ね、着地と同時にアスファルトを揺らす様は、怪獣映画のような迫力だ……ただし、B級の!
「しまった!後ろの皆の方に!!」
突然、跳躍したカエルを見て名芝が叫ぶ。
「くっ、でかいくせに早い!」
小田切も予想外のカエルの動きに驚く。
「……こっちに来ますね」
壬生が眼鏡を押し上げる。そういえば、壬生はずれてもいない眼鏡を押し上げてばかりだ。
「やっぱり〜! 嫌な予感あたった〜!」
叫んでいる様で、実は何か楽しむような雀原の顔。
「皆さん気をつけて!」
一方、功刀は真剣な声で皆に注意を呼びかけた。
「いいぜ、そっちからくるならやってやるっ!」
やられっぱなしの月居が怒りに燃えて武器を構える。しかし、それよりも早くカエルは舌を伸ばして来た。
「……すみません」
回避が間に合わないと瞬時に悟った壬生は、月居を後ろから押してカエルの舌を防ぐ盾に。
「のわ〜っ!」
「また、愁也ちゃんが〜!」
カエルの舌に巻き取られる月居を見ながら、雀原はハイテンションで笑いながら叫ぶ!
「ゲコッ」
またまた吐き出された月居に、壬生は悪ぶれもせずに告げる。
「あ、近づかないでもらえますか、汚れますので(私が)」
やはり容赦ない壬生であった。
カエルは諦めることなく功刀を狙って前進。
「危ない凛ちゃん!」
雀原は身を挺して……ではなく、近くに居た壬生を引っ張り盾にした。
「薫ちゃんシールド!」
「ひっ……!?」
壬生は思わず情けない悲鳴をあげカエルの口の中へと旅立った。
まぁ、壬生は自業自得である。仕方あるまい。
壬生がカエルの口から開放される時には、小田切と名芝も皆のところに駆けつけた。
「だ……大丈夫ですか?」
功刀が苦笑いでヌルドロになった壬生に声をかけた。滑った眼鏡を外し壬生は立ち上がる。
「あ、近づかないでもらえますか、汚れますので(あなたが)」
そういう所は意外と紳士な壬生であった。
●くりカエされル悲劇
なおもカエルは舌を伸ばして功刀を狙う。
最初の頃と違い、カエルの表面がややピンクに染まり、目がハートマークになっている……ような気がする。
雀原はそんな状況を楽しみつつも功刀を守るように身を挺して……。
「あぶない麦子さん!」
盾になろうとした雀原を庇うように、名芝が身を乗り出す。すかさず、雀原は名芝の身体を引き寄せ盾に!
「晴太郎ちゃんシールド!」
「うわーっ」
哀れ名芝もヌルヌルドロドロの洗礼を受けた。まったく麦子お姉さんてば……楽しみすぎ!
なおもカエルは執拗に功刀を狙う。
「――おい! ソコの変態カエル! 手前ェの相手は俺だ」
小田切がカエルの目の前に立ちふさがった。
「カエルは変態動物です。変態なのは当たり前ですよ小田切くん」
粘液で艶々になってしまった眼鏡を取り替え、壬生が小田切の発言へ冷静に突っ込む。
「いや、そう言う意味で言ったんじゃねぇよ!」
小田切は思わず壬生へと突っ込み返して後ろを振り向く。
「ルビィちゃんシールド」
振り返った隙に伸ばされたカエルの舌に雀原が小田切を突き出して盾にした。
「うわっ、麦子! 押すなぁぁああああ」
カエルの舌に巻かれながら小田切は叫び、パクッとガマ口の中に納まった。
「ごめーん」
雀原はそんな小田切にむけて合掌。
吐き出された時、どういうわけか小田切のシャツのボタンが上からいくつも外れ、その隙間から水に滴った白い胸板が露になる。そして小田切は妙に艶々で悩ましい感じに乱れた髪をかき上げた。髪先から水が滴り……いや、糸を引いてるか? まぁ、とにかく無駄に妖しい美しさがそこにはあった。
「な……なんか、俺の時とずいぶん描写ちがわねぇか?」
そんな小田切を見て、月居は不満げに頬を膨らませた。いや、お兄さん、それメタ発言ですから!
「……それにしても、ヌルドロな上に生臭ェ……!」
怒りとともに小田切が叫ぶ。
「気持ち悪い……けどこうなったら恐れるものは何も無い」
隣で静かにだが名芝も怒っているようだ。
二人はキッとカエルを睨み付ける!
「あ、ごめーん! ルビィちゃん&晴太郎ちゃんシールド!」
「「えっ!!」」
折角、格好良い雰囲気だったのに、またですか麦子お姉さん!!
小田切と名芝の影に功刀を連れて走りこむ雀原。当然、功刀を狙ったカエルの舌は男子二人を巻き込んでいく。もはやお約束とも言える男子たちの展開に目頭が熱くなる。カエルはもはや男子は事務作業かのように、口に含んだ二人を遠くに吐き出した。あくまで功刀を狙うのを優先しているようだ。
「同じ手はくいませんよ!」
壬生がカエルの舌から飛び退く。
「させるかよっ!」
月居は反撃しようと身構え……再び転がってきた空き缶で足をとられ……。
「な、月居くん何を」
「また、缶がぁぁ!!」
バランスを崩した月居が壬生とぶつかり、二人の動きが止まった。
「チャンス!! 愁也ちゃん&薫ちゃんシールド!」
体勢を崩した二人を押して盾にする雀原。
ん……あれ? 今、チャンスとか言いましたねお姉さん?
「「うわ〜っ」」
やはり、男子二人はカエルの口に含まれ、ヌルドロとなって遠くにまで吐き飛ばされてしまった。
カエルはついに女子二人に迫ってその魔の手……魔の舌を伸ばす!
「し、しつこいっ!」
衰えることなく迫るカエルに、功刀が悲鳴を上げる。
「くっ!凛ちゃん危ない!!」
カエルは功刀を庇った雀原を舌で巻き上げて口に含む。ついに麦子ちゃんシールドとなってしまったか!
「麦子さんっ!」
功刀が叫ぶ。
カエルは暫く口を動かし女子成分を堪能したのか、どこか嬉しそうだ。そして御馴染みになったヌルドロ状態の雀原を吐き出した。
「ちょっと、や〜」
べたべたになったまま座り込んだ雀原は泣き笑いで髪の毛を手櫛で直す。
「やだぁ……もぅ、ドロドロだし服、脱いじゃおう」
雀原はドロドロになって身体に張りつくシャツをたくし上げると、おへそが覗く。滑った肌は無駄に色気をかもし出す。
「……脱ぐ……」
その光景を見た名芝は盛大に鼻血を噴き、辺りを真っ赤に染めた。無駄に想像力を働かせてしまったようだ。しかし、それも青春。
カエルはついに功刀へと迫る。
「ゲコッ」
妙に甘ったるい鳴き声を上げて功刀へと迫るカエル。
「もう、許しませんっ!」
対する功刀は果敢にも手にしたバトルヨーヨーを構えて応戦だ。距離をとりつつヨーヨーを投げつける。
ニュルンッ――。
ヨーヨーはカエルの表皮で滑り、功刀はしまったと腕を引く。
「っ!!」
ヨーヨーが戻るタイミングとともにカエルは舌を伸ばす。功刀は腕を引く動作で反応が遅れた。
ベチャァ!!
カエルの伸ばした舌が功刀の頬を舐め、べったりとした粘液が垂れて服を汚す。功刀は声にならない悲鳴を上げた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
功刀の声にならぬ悲鳴に、ヌルドロになりつつも立ち上がった撃退士たちはアウルの力を解放した。
●無事カエル
「皆、お疲れ様」
ハンカチで鼻を押さえた名芝がねぎらいの言葉をかけた。
ちなみにハンカチはちょっと赤く染まっている。
「気持ち悪い〜、お風呂に入りたい!」
タオルで顔を拭きながら功刀が叫ぶ。
カエルに迫られる羽目になった少女は涙目だ。
「うぉおお、公園かどこか、噴水でもいいから身体洗いてぇ!」
空き缶を手にした月居は何度もパクっといかれたためか他の面子よりもドロドロだ。
そして律儀に空き缶はくずかごへ。
「せめて、どこかで着替えてから帰りたいな……」
未だに肌蹴たシャツから胸板を露にしている小田切。
あの、そろそろしまって下さい。
「全くですね」
壬生も同意しつつ艶めく眼鏡を取り替え、端を押し上げた。
キラーンと眼鏡のレンズが輝く。
壬生、君は終始眼鏡をいじっていたな。
さて、あのカエルのディアボロと言うと、本気になった撃退士たちの前にあっけなくも倒された。
壬生が誰も居ない地面を攻撃で爆ぜさせ、音に反応するカエルを撹乱。それにあわせるように雀原も携帯を鳴らして、さらにカエルの動きを惑わせた。
カエルの厄介な舌に巻き取られそうになった小田切はとっさにアサシンダガーで反撃し、動きが鈍った舌を名芝が剣で地面に縫いとめる。動きを封じられたカエルに月居と功刀の攻撃が決まり、あとは全員でボコスカと……。
「いっそ、銭湯かシャワー室とか借りちゃおうかしらね〜」
ヌルドロになったが一番楽しんでいたような雀原の発言に一同は、名案だとばかりに頷く。
いつの間にか雨も止み、空には虹がうっすらとかかっている。
撃退士たちの手により、そこには平和な通学路の光景が無事に帰ってきたのだった。