●棒のさす方向へ
妖々夢・彩桜(
jc1195)は雪の迷宮に一歩踏み出した。
今の心情はと言えば「迷路、楽しみである」だろうか。まずはどちらに行こうかと、棒を倒して行く先を決める。
――左。
スケッチブックにささっと通路を書きながら、彩桜は歩いて行く。するとまた分かれ道だ。
『次は、前か右……』
再び、棒を倒す。
――前。
そんな風にゆっくりと彩桜は楽しみつつ迷路を進む。
『むっ、行き止りか?』
突き当たりは壁と大きな雪玉があった。戻ろうかと思った彩桜だったが、大玉が転がされた跡に気がつく。
それならばと押してみるのだが、意外と重い。
『しかたあるまい……』
と、彩桜は手にした羽子板を振りかざし、
『邪魔であるっ』
と掛け声(心の中で)と共に勢い良く大雪玉に叩きつけた。
アウルを籠めた一撃だ。雪でできた玉など簡単に砕け散る。
『うむ、やはり』
大雪玉の砕けた先にはスタンプ台があるのが見える。そこでスケッチブックに丁寧にスタンプすると道を戻る。先ほどは直進してきたから、今度は左へと下りていくと、急に雪玉が飛んで来た。
咄嗟に羽子板でそれを打ち返す。
しかし、玉は一つだけではなかった。これも迷路の仕掛けなのだろう。
羽子板を構え、『いざ勝負である』と彩桜は来る雪玉を打ち返しながら、前へと進み左の道へと滑り込んだ。
雪玉は直線に飛んでいくだけなので、わき道へと進めば被害はもう無い。
突き当たりまで行くと二つの障害が行く手を阻んでいた。
『おや、次は坂道であるか……それと先ほどと同じ大雪球』
再び大雪玉は羽子板で『ばーん』し、その先でスタンプを見つけた。
次に、彩桜は坂道を登ろうとして……。
ツツーッと滑り落ちた。
『?』
どうも坂道は良く滑るように作られているようだ。それでも何度かの挑戦の後、坂の上付近まで辿り着くと、その先に出口らしきものを発見できた。
それならばと、彩桜はまだ進んでいない道まで戻る事にした。
スケッチブックには迷路の全てが描かれたわけではないからだ。
彩桜は意気揚々と来た道を戻り(途中、また雪玉羽子板を繰り広げ)、入り口から伸びた直線を進み――。
見事に穴に落ちたのだった。
『意外と深いのである……』
なんとか飛び跳ねたり、上ろうとしてみるのだが、落とし穴は意外と深い。
『流石にまずいのである』
彩桜は思わず天を仰いでいた。
●ピタゴ○スイッチ
「べぶっ……次は雪玉ですか」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は顔面に直撃した雪を払いのけ、手にした大学ノートに迷路の仕掛けのメモをとる。
RPGプレイヤーのサガとして、マッピングをせずにはいられないのだ。
普段なら雪玉を避けることも簡単なのだが、仕掛けを全て探したいと言う欲求もあった。だから、あえて顔面で受けたのだ。
「先ほどの落とし穴と良い、この雪玉と言い、なかなかに手が込んでますね。いやはや、いずれは融けてしまうというのに、よくぞこれだけの物を作ったものです」
などとエイルズレトラは感心していた。
「さて、では次へと行きますか……」
メモをし終え、再び壁に右手をあてながら歩きはじめる。迷路の攻略法の一つ、右手の法則を実践しているのだ。
ただ難点と言えば、時間がかかることだろうか。
「はて、左は坂道、右は何も無さそうですが……」
右手の法則に従うならば、何も無い右側へと進まねばならない。しかし、ふと目を落とした雪の床にエイルズレトラは違和感を覚えた。
「ふむ、という事はもしや……」
エイルズレトラは右には進まず、左の坂道へと進む。
ただの坂では無い。
硬く平らにならしたその表面は、つるつると滑るアイス板になっているのだ。
一歩踏み出した足が、ツツーっと滑る。
「おぉ、これは良く滑る!」
面白くなったのか、今度は助走をつけて中腹辺りまで駆け上った。
もちろん、その先へと進む前に足元が滑り、体のバランスが崩れる。しかし、それも見越していたのか、身体を捻り反転すると尻をつけて滑り台を滑るように下りて行った。
そのまま坂の下まで到着するも、勢いは止まらずにエイルズレトラの身体は壁際まで滑って……壁にぶつかる直前に落下。
そう、行き止りだと思われていた通路には落とし穴、その2が隠されていたのだ。
「おぉ、エイルズ、すっげー滑ってるじゃん!」
エイルズレトラが滑っていくのを見た花菱 彪臥(
ja4610)は、キラキラと目を輝かせ、自分も自分もと坂道へと走っていく。
そして坂の上から勢い良く滑り降り、そのまま壁際の穴まで一直線。
「あははは、すげーツルツル路面! 滑り台かよ!」
彪臥は穴に落ちてもケロリと笑っている。
「やぁ、彪臥。君も迷路に来ていたんだね」
エイルズレトラは立ち上がると身体についた雪を払う。
「おう。なんか面白そうだったからな」
彪臥も立ち上がる。
「ん、なにしてんだ?」
「いえ、迷路の地図を作ってるんですよ」
エイルズレトラは仕掛けの連携が思っていた通りだったと、ノートにメモを取る。
「へぇ、俺は頭の中で想像しながらやってたけど、メモか〜。やるなぁ」
彪臥はエイルズレトラの地図を覗き込み感心する。
●落ちた天使
「私とあろうものが、ありえませんわね。まったく……」
雪穴の底から天上を見上げて鴉真 マトリ(
jb4831)はため息をついた。
生徒が作った迷路と侮っていたが、ここは久遠ヶ原学園。
一癖も二癖もある者揃いである。
それを失念していたマトリが、迷路の中の落とし穴にはまってしまったのは必然と言えるだろう。
幸い、雪は柔らかく着地も上手く行き怪我は無いが……、それにしても穴は深い。
上るのも一苦労だろう。
そんな風に考えていると、穴の上をすーっと通り過ぎる人影があった。
「あ……」
マトリの声に気がついたのか、戻って穴を覗きこんだアサニエル(
jb5431)が声を掛けてきた。
「あんた落とし穴に嵌ったのかい。なんなら手をかそうか?」
にやにやと笑いつつ手を差し伸べて来たアサニエルを一瞥し、マトリは自分も天使である事を思い出す。
「いえ、自分で出られますので」
マトリが翼を広げ穴の外へと飛び上がる。
「なんだ、あんたも天使だったのかい。それなら、最初から飛んでれば良かったものを」
「……その、忘れていただけですわ」
「忘れてた? あんた変な子だねぇ。とりあえず、ここには“天使の落ちる落とし穴”っと……」
笑いながらメモを取るアサニエルに、マトリは顔を赤くしながらそっぽを向いた。
二人はそのまま直線を進み、角の雪玉を避けつつ坂の前へとやってきた。
そこで、坂を滑り落ちていく二人の少年を目撃してしまったマトリとアサニエルは、素直に坂を上るのではなく羽を使う事にしたのだった。
「まぁ、あんだけ派手に滑っていくのをみせられたらねぇ」
「まったくですわ」
と二人は坂の上の先の行き止りへと進む。
「さてさて、セオリーだと隠し扉だとかテレポーターやらがあるはずだけど……ゆきのなかにいる、だけは避けたいところだね」
アサニエルは雪の先をじっと見つめて、慎重に雪の壁に上半身を滑り込ませた。マトリはぎょっとしてしまうが、これこそ天魔の保有する透過能力だ。
「急に透過なさらないで下さる、驚いてしまいますわ」
「ははは、天使が何言ってんのさ。どうやら、この先に部屋があるよ」
そう。天使ならば当たり前の事だ。アサニエルは身体を壁から引き抜き、周囲を見回す。
すると、雪壁の隅に人が潜り抜けられそうな小さな抜け道を見つけた。
「本当ですわね……」
マトリもそれに気がつき、透過は使わずに抜け道の中へと進む。
「あ、スタンプありましたわ!」
その先にスタンプ台を見つけた二人はスタンプを押し、来た道を戻った。
途中、坂でまだ遊んでいたエイルズレトラと彪臥にスタンプがあったと告げると、二人は我先にと坂を駆け上がって行った。撃退士にとってはあの坂はやはり遊びのようなものだったようだ。
そんな訳で、アサニエルとマトリは再び入り口からの直線の道へと帰ってきた。
「あの落とし穴の道ですわね……」
マトリが何やら途方にくれているのを横目に、アサニエルは、
「まぁ、今度は飛んでいけばいいだろ」
と、笑い通路を進む。
すると、また誰かが穴に落ちていた。
二人が覗き込むと穴の中の人物は、無言でスケッチブックを掲げる。
そこにはこう書かれていた。
『出してくれぬか?』
●閑話休題
「おっ、落とし穴から出たな。では、総員かかれ!」
落とし穴を見張っていた係員が合図を出す。
その合図とともに複数の生徒が落とし穴付近まで走り出した。
それぞれ手にしたスコップを大きく振り上げ、有無を言わさず突き刺した!
あぁ、なんという事だろう。
「よし。これくらいにしてやろうじゃないか」
満足げに頷く係り員たちの目の前には……落とし穴が修復されていたのだった。
「班長、A地点の大玉が破壊されたようです!」
「よし、次は大玉の修復だ! 行くぞ!」
「おーっ!」
●落ちた天使再び
「って、なんだい。あんんたも天使か!」
彩桜を穴から引き上げたアサニエルは、流石に呆れたとばかりにマトリを見る。マトリは「何のことかしら」とばかりに目を逸らした。
「いやはや、こいつは本当に“天使の落ちる落とし穴”だな」
笑いを堪えつつも、アサニエルは自分のメモに二重丸をつけた。
アサニエルが何を笑っているか分からない彩桜であったが、
『助かったのだ』
とスケッチブックを掲げる。
「皆さん、お集まりでどうしました?」
「何してんだー」
そんな事をしていると、隠し部屋のスタンプを推し終えたのだろうエイルズレトラと彪臥がやって来た。
「いや、ちょっとな」
とアサニエルは未だに笑いを堪えている。
「あ、それスタンプだよな! どこで推したんだ」
彪臥が彩桜のスケッチブックにスタンプが推されているのを見て聞いた。
「俺たちもこの先で見つけたぜ〜」
と、彪臥がスタンプを見せると、彩桜は地図を描いたページを出して自分の見つけたスタンプ台の位置を指差した。
「おぉ、こっちにはまだ行ってなかった!」
「僕もです」
彪臥とエイルズは顔を見合わせると、その場から駆けて行った。
「あんがとー、彩桜にいちゃーん!」
途中、彪臥が振り返り手を振っった。猫の耳のような髪の毛がぴょこぴょこっと跳ねて、彼のテンションの高さを物語る。
その勢いのまま、エイルズレトラを追って彪臥も直線の角を曲がって消えた。
少年二人はその後、競うように大雪球を退かし、時には飛び交う雪玉を潜り抜けスタンプをゲットするのだった。
「さて、あたしも行くかな。あんたたちはどうする?」
アサニエルはようやく笑いが収まったようで、マトリと彩桜に聞いた。
「ふぅ、私は出口にもう行きますわ」
マトリはひらひらと手を振る。
『わっちはスタンプを集めるのだ』
と、彩桜はスケッチブックを掲げた。
「そうかい。それじゃぁ、出口で」
「ですわね」
『そうだな』
と、三人は分かれた。
●辿り着いた者たち
出口から勢い良く飛び出してきた彪臥は、武田を見つけると凄い勢いで駆け寄ってきた。
「信朗にーちゃん、迷路作ってくれてサンキュ! すっげー面白かったぜ」
と、ストレートな感想だ。
「おーい、エイルズ。このにーちゃんが迷路の制作者だぜ」
と、エイルズレトラを手招き。
「あなたが迷路の制作者さんですか。とても楽しかったですよ。そうそう、折角なのでマッピングしてみたんですよ」
と、エイルズレトラはノートに記入したマップを見せる。
「これ、君が?」
これには武田も「良くぞここまでしっかりと書いたな」と唖然としてしまった。
「この抜け道は、マッピングするのが難しかったですね。それと……」
と、エイルズレトラは迷路で気がついた事やギミックの改良案などを並べ立てた。
これは凄い参加者が居たものだと、武田は思っていたのだが、それはまだ始まりでしかなかった。
続いて出てきたアサニエルもしっかりとしたメモを取っていたのだ……。
そして最後に出てきた彩桜もスケッチブックにしっかりとマップを書き、感想まで添えられていた。
ここまで堪能してもらえれば武田も本望だった。
後に、涙ぐみつつ迷路を眺め満足げに頷いているのを目撃したと円居月子が語っている。
「ところで…・・・武田先輩?」
マッピングの話を終えたエイルズレトラはノートを閉じ、粗品を取り出した。
「あ、いやそれは……上下先生がだな……」
武田は居た堪れなくなり、粗品から目を逸らした。
「はい、お疲れ様でした」
出口のスタンプ交換所で円居月子から粗品を渡された彩桜は、それを大事そうに両手で持っていた。
「お、出てきた出てきた」
それをアサニエルが見つけて、彩桜の側までやって来た。側にはマトリも居る。
「ご無事でなによりですわ」
『うむ。問題ない』
彩桜はスケッチブックを取り出し、二人に見せる。
「簡単かと思いきや、やっと到着さね。なかなかいい出来だったんじゃないかい?」
アサニエルは意外と迷路を満喫していたようで、額には薄っすらと汗がにじんでいた。
『楽しかったのである。だが、落とし穴はもう少し親切設計だとありがたいのである』
「まったくですわ」
とマトリは彩桜のスケッチブックを見て大きく頷いた。
「って、あんたら天使だろ」
とアサニエルがまた笑い出す。
それにつられるように三人は笑った。
「そういえば、粗品みなさんも貰ったのですよね?」
マトリが取り出したのは恋愛成就と描かれた御守り。
「ん、あたしのはこれさね」
『わっちも……』
とアサニエルと彩桜は幸運の御守りを取り出そうとする。
その時、はらりと何かが落ちた。
「あー、上下先生〜。久しぶり」
出口で暖かい飲み物を配る上下 左右を見つけた彪臥は駆け寄ってきた。
「あら〜、花菱君も迷路に参加したの?」
「おう! 楽しかった」
「そう。今年は私も景品作りを手伝ったのよ」
と、上下は得意げに言う。
「おぉ、これか〜……ん、あれ? でもこれ……」
彪臥は手にした幸運の御守りを裏返す。
はらりとハリボテが剥がれ、思わず皆が声を上げた。
「中身は学業御守りじゃねーか!!」