●日差しの中には無い
春のうららかな日差しの中、人々の明るい声が響き渡る。
「無い……か」
橋場 アイリス(
ja1078)は、公園内で美しく咲き誇る桜の木々を見上げる。空は青く、暖かな太陽の光に目を細めた。
橋場は依頼のあった人食い桜を探しに来ていた。
「やっぱり、見つからねーな」
「噂どおり、夜にしか現れないということかしら」
声の主は一緒に調べに来ていた笹鳴 十一(
ja0101)と田村 ケイ(
ja0582)だ。
二人は依頼主から、桜について色々と話を聞き。自分でもウェブなどで調べていた。
「で、どうする?」
笹鳴が橋場に聞く。
「……もうしばらく、探してみます」
橋場は笹鳴と田村の二人に目配せしてから、人食い桜を探すと宣言した。
「そーかい。おまえさんがそう言うなら、俺さんももう少し付き合うか」
「あぁ、私も気になるしね」
三人は日が暮れるまで人食い桜を探して歩き回った。
しかし、噂はあれど。どうしても、その桜を見つける事は出来なかったのだった。
噂どおり、夜にしか現れないのだろうか……。
薄暗い公園の道は春とは言え気温は下がり、静まり返っていた。
「夜は肌寒いな……」
風羽 千尋(
ja8222)は肌寒さに腕を摩る。
今、撃退士たちは夜の公園へと訪れていた。夜ならば、噂の人食い桜が見つかるかもしれないからだ……。
「暗いから足元には気をつけるんだよ少女たち」
ルティス・バルト(
jb7567)が女性陣へ気遣いの言葉をかける。
「はい」
「そんなに心配しないでも、ライトなら持っているのでぃすよー」
淡々と応えたのは山里赤薔薇(
jb4090)。特徴的な語尾で応えたのは、NoA(
jb4570)だ。
「前にも桜の近くに敵が出たのでぃす。桜は天魔を呼ぶのでぃすか?」
NoAの疑問に、リチャード エドワーズ(
ja0951)が首を振る。
「そうではないと思うよ。確かに、桜には怪しい美しさがあるけれど……私は好きだな」
「桜は人を惑わす、か。まるで魅惑的な女性のようだね」
リチャードの思惑とは、違った位置にルティスは着地したようだ。
「でも、実際。都市伝説みたいな天魔って増えたと思うわ。まぁ、私たちがやることは変らないのだけど」
田村の言葉は確かに的を射ていた。
撃退士の仕事は、敵対する天魔を倒す。例えそれが、化け物だろうが、都市伝説だろうが、やる事は変わらない。
ただ、もしかすると人間の感情を吸収するために、都市伝説という噂を媒体とするのは便利なのかもしれない。もちろん、定かではないが……。
「オカルトかよっ……肝試しには早すぎるだろ」
そんな話に、風羽は鼻で哂った。肝試しと言えば夏の風物詩ではないか……。
「結局、昼間は見つからなかったんだろ?」
風羽の言葉に、橋場は短く応える。
「えぇ……」
「昼間は活動して無いんだろうな。どこかに潜んでいるのかもしれねぇ」
笹鳴が言葉を続け、警戒を促す。
「面倒な……大体、怖い噂って奴は人を近づけたくないから流すんじゃないのか? それなのに近づいてどうするんだよ」
風羽は吐き捨てるように言ったが、その実、犠牲者達を悼んでいたのだった。
●影絵の桜と誘う女
街灯の下を歩く影の行列。
撃退士たちのもとを生暖かい風が――舞う桜の花弁が一枚――吹き抜けていく。
「おや?」
ルティスは少し離れた街灯のしたに佇む少女を見つけた。
こんな暗い公園に、一人とは無用心である。
「お嬢さんどうしました?」
ルティスはフェミニスト精神全開で声をかけた。
「あの、桜を見に……行きたいんです……」
少しおどおどとして、少女は応えた。
「誰かとご一緒ですか?」
「えっと、私……友達……居ないんです」
恥ずかしそうに、俯いた少女に、ルティスは優しく語り掛ける。
「では、私とお友達になりましょう」
「えっ?」
「えぇ、キミのような美しいお嬢さんなら大歓迎だよ」
ナンパまがいのおしゃべりもルティスの本領発揮である。とは言え、この程度はナンパとも言えないただのお友達宣言だったのだが……。
一方。
「ん? あんた……」
笹鳴の目の前に立っていたのは、行方不明になっていた依頼主の”先輩”であった。事前に調べた時に、その姿は写真で確認済みだ。
「ねぇ、一緒に桜を見にいきましょうよ」
先輩は妖艶に笑った。それは今までの彼女が見せた事も無い程の色香だった。そのギャップは、彼女を普段の何倍も美しく見せるのだが、普段を知らない笹鳴にとってはそうでもなかった。
周囲に居るはずの仲間の姿が見えない……。笹鳴は理解する。
「中々キレイだけどさ……俺さんの彼女にゃ及ばんね」
軽口を叩いた笹鳴の前、先輩は桜の花弁に包まれていく。
ルティスは少女の手を引いて公園を歩く。
いつの間にか仲間の姿はなく、このおどおどとした少女を案内することになった。
「暗い中、一人では危ないですからね。一緒にいきましょう」
「……桜……探してる?」
少女はルティスの一歩後ろで立ち止まった。
「えぇ、知っていますか?」
振り返ったルティスは、柔和な微笑を浮かべている。
「うん。一緒に……桜をみにいこ?」
ルティスを見上げ、少女は顔を赤らめて笑顔を”作る”。
「そうですねぇ。出来れば、人食い桜じゃない桜を見に行きたいですが」
二人とも、もう笑っていなかった。
「「残念……あなたは、来てくれないのね」」
誘う女たちは赤い目を爛々と輝かせ、獲物を見つめていた。しかし、その姿は桜の花弁となって散る。
幻影から抜け出した笹鳴とルティス(二人にとっては、殆ど効果は無かったのだが)は、周囲に仲間達の気配とディアボロの気配を感じる。
「今の……幻覚だったのか」
風羽とリチャードも桜の色香に惑わされていたようだ。
一方女子は、突然現れた桜の木に警戒をしていた。
「こんな所に、桜なんてあったかしら?」
田村が眉を顰める。
「無かった……」
橋場が悔しそうに唇を噛む。昼間は確かに無かったはずなのだ、と。
「移動してきたのかもでぃすねー」
「もしかすると、地中から現れたのかもしれません」
NoAと山里も警戒を強める。
闇の桜から舞い散る花弁が渦を作り。
その中から、女たちが現れた。
●胎動する魔の開花
闇の桜は禍々しい気配を漂わせ、その木下に自らの使役する少女たちを集わせた。
血の色に染まる桜は、白から徐々に紅色へと変わっていく。
桜に囚われた赤い目の少女たちは、ふらふらと歩く。まるで無防備だが、周囲には桜の花弁が舞いその身を守っていた。
一見、少女達は桜の指揮下で統制がとられているかのようだが、本当は一度に大量の少女を”自由に操っている”わけではない。
闇桜ができるのは、少女たちの恋心を刺激する事だけ、少女の本能に任せて餌を集めるのだ。
そう、闇桜はより強い生命力を吸収できれば良かった。つまり、少女達が気になった男性を連れてくる事。その一点だけが重要だった。
まるで釣りのように、少女という餌を撒いて待つ。
「来るなら容赦はしないのでぃーす」
「待って! 僅かにだけど……命を感じる」
NoAを田村がそれを制する。
「あいつら、生きてるのか?」
「……生きてる……ただし、あの子だけは……」
田村は静かに指差した。それを見て、笹鳴は軽く舌打ちをする。
「あいつらは任せた。俺さんは桜を……潰す!」
「あぁ、行って来い!」
風羽は笹鳴の背に向けて、聖なる力を刻む。本来なら無謀に突っ込む味方を止めようと思っていたが、笹鳴の意志を尊重し、背中を後押しした。
体内の闘気を爆発させ笹鳴は、闇桜へ向かって飛び出した。
それを追うように、リチャードも桜の木へと走る。
「たすけなきゃ」
山里は迫り来る桜の根や蔦を避けながら、少女たちへ意識を集中。
近寄ると少女達の足元から、桜の根が槍のように飛び出してくるため、下手に近づけない。
身体能力的には普通の人間と変わらないのに、それだけで手が出しづらい。下手に攻撃して操られているであろう人を巻き込んでしまうのは悪手だ。
「アリスちゃん合わせて!」
「はい。ケイさん!」
田村と山里は少女達の動きを止めようとスリープミストを放つ。眠らせてしまえば、傷つけなくて済むという判断だった。
眠気を誘う霧が少女たちを包む。少女達は霧を吸い込むと、ゆっくりと地面へと崩れ落ちた。
「今のうちでぃーす!」
NoAは倒れた少女の下へと走る。しかし、闇桜もそう簡単には少女達を手放すつもりはないようだ。地面から伸びた根がNoAを襲う。
NoAは、しなる鞭のような根を扇で打ち払い、間合いを詰めると、少女を抱えてその場を離れる。
それに続いて、山里や橋場も少女たちを助け出す。
●闇に咲く炎
闇桜は迫る脅威に、その戦闘本能を発揮し始めていた。
近づく笹鳴へ花弁の渦が襲い掛かる。
幻覚を催す花弁ではなく、魔力を乗せた切り裂くような刃の渦だ。
「くっ!」
急停止した笹鳴の前に、リチャードが割り込んだ。
「仲間は私が守ります!」
前方に展開された盾が、渦を受け止める。盾にぶつかった花弁は、はじける様に周囲へと飛び散った。
全てを呑み込もうとする渦の流れに逆らい、リチャードは一歩。また、一歩と闇桜へと迫る。
闇桜が喋れたならば、「馬鹿なっ!」とでも叫んだだろうか。
無数の傷を受けながらもリチャードは笹鳴を背に、花弁の渦を押し切った!
「くらいなさいっ!」
リチャードは幹に刃をつきたてた。
アウルの力を込めた一撃だ。その衝撃に、桜は枝を震わせた!
防衛反応をとった桜の木を中心に、漆黒の闇が溢れて辺りは染まっていく。
闇の中、ただ怪しく赤い桜が浮かび上がる……。
魔力を含む闇で視界を遮られた笹鳴は、思わず体勢を崩す。すかさず、地面から伸びた根がその足を掴んだ。そして、そのまま大地へと叩きつける。
「がっ」
闇の中。笹鳴の苦悶が漏れた。
なんとか受け身を取ったが、不意のダメージは中々にキツイものだ。
「光りよ!」
ルティスの掌から、アウルの光球が生み出され、闇を照らす。
桜はその光に気圧されて、根や蔦が引っ込めた。
「笹鳴!」
風羽が癒しの力を笹鳴へと送る。
笹鳴は、肩膝をついた状態から立ち上がった。
「うおぉおお!」
体内のアウルを再燃焼させ桜へと近づくと、笹鳴は手にした火炎放射器のトリガーをひく。
放たれた炎は桜の根や花を焼き払った。
闇の中、明るい炎の花を咲かせた桜の木。
それを眺めて、少女は佇んでいた……。
●土くれに還る
「桜が……燃えている」
山里は救出した少女を離れた場所に横たわらせると、闇桜の方を振り返る。
笹鳴たちによって桜の木のディアボロは焼失しようとしていた。
「ふぅ、なんとか無事ね……」
田村も同じように救出した少女を横たわらせていた。
「こちらも平気そうでぃす〜」
NoAが抱えていたのは、依頼主の”先輩”だった。
救出された少女たちは、命には別状は無いようだ。
しかし、あの桜の木の下には、犠牲となった男性たちの遺体があるのだろう……。
そして……。
「桜……燃えちゃった。私も行かなくちゃ……」
幹が朽ちていく桜の前で、おどおどしていた少女は呟く。
「ねぇ、あなたは一緒に来てくれるよね?」
少女は傍らに立つルティスの方を向くと、その赤い目で哂う。
ルティスは静かに首を振った。
「そう、残念ね」
彼女の表情からは、先ほどまでのおどおどとした雰囲気はなく。妖しく艶かしい。
死人のような白い肌には、薄紅のルージュ……。
その姿が本性……。
「私が救うのは人間のみ。仇なす者は当てはまらないんですよ」
冷ややかな声とともに――橋場に切られた少女の頭は、乾いた音を立てて地面へと転がった。
頭部をなくした乾いた体は、枯れ木が朽ちていくようにボロボロと砕けていく。
田村が指差した―― あの子だけは……禍々しい! ――のは、彼女だったのだ。
「あらぁ、酷い事をするのね……」
声は上空から響く。
橋場が切ったのは桜の根によって作られたダミーだった。
「ちっ、まさかヴァニタスか……」
風羽が舌打ちする。
焼けた桜が音を立てて崩れ落ちる。
「それでは、また、いつか、どこかでお会いしましょう。撃退士の皆様」
空中でスカートの裾を摘んで、一礼すると女は闇へと消えた。
こうして、人食い桜と誘う女の怪談にまつわるであろうディアボロは滅ぼされた……。
●あなたを誘うのは
後日。救出された少女たちは桜に操られている間の記憶は失っていた。
そのため、精神的なケアもほどほどに、復学できる者も多かった。
ただ、依頼主とその先輩は友人であった男子生徒を犠牲にしてしまった事を酷く悔やんだ。
ただのディアボロ退治かと思いきや、ヴァニタスという脅威を垣間見た撃退士たち。
好奇心は猫も殺す。
藪を突付いて蛇を出す。
古来から言われてきた事だが、どうして人間というものは未知を恐れながら、それを知ろうとしてしまうのだろうか。
例え、それが自らを滅ぼす結果となろうとも。
人は知識を求める。
それは、天魔が人間の感情や命を奪おうとする事と同じような性なのかもしれない。
結局。
人は、怖いもの見たさには勝てないのだろう……。