●かくて食材は集う!
「鍋パーティーって聞いたんだが……?」
武田 信朗が扉を開けると、玄関先には時雨 八雲(
ja0493)が立っていた。
手には食材の入った袋をぶら下げている。
「あぁ、いらっしゃい」
「おっ!? 新規の方一名追加〜」
円居 月子がまるでどこかの飲食店かと言いたくなる程、流れるような対応で時雨を奥へと案内する。
時雨が居間に着くと、既に先客たちが居た。
「ジェラールさん。その包みは何ですカ?」
リシオ・J・イヴォール(
jb7327)はニコニコとしながら、となりに座っていたジェラール・アロース=コルトン(
jb3534)の包みを指差す。
「これはですね、私の妻が作ってくれたチキンソテーです。妻の手料理は最高。きっとこれを入れれば、鍋はもっと美味しくなりますよ」
すんごい笑顔だ。
「いえ、それは普通に食べましょう」
只野黒子(
ja0049)の言は尤もである。
「奥さん泣くだろ……」
食器を運んできていたカティーナ・白房(
jb8786)も呆れてしまう。
そんな事はお構いなしに、ジェラールは妻の料理は美味しさについて語っていく。
まぁ、あれよ。彼は愛妻家なんだよ。と武田は心の中でフォローをいれる。
(意外とにぎやかだな……まぁ、パーティだから当たり前か)
と時雨が居間の面子を眺めていると、男が声をかけてきた。
「おう、八雲も来たのか」
台所から顔を出したロベル・ラシュルー(
ja4646)である。
「やぁ、ロベル。鍋パーティーと聞いてきたんだが……」
台所にはロジー・ビィ(
jb6232)と緋流 美咲(
jb8394)も居り、物凄い長いワカメ? を持っているのが見える。
そして、机の上に集められた食材……。
「もしかして、闇鍋だったか?」
「……そうならないように、今頑張っているんだがな……って、ロジーィ、今何入れようとした……?」
こめかみに怒りマークでも出てきそうな表情である。
時雨はなんとなく察してロベルの肩を叩いた。
「でも、お鍋っていいですよね〜。具材を入れるだけで美味しくなるから」
緋流はおもむろにニンジンを鍋へと投入した。
――まるごと。
「ちゃんと一口大に切れっ!」
ロベルがひょいっと、ニンジンを引き上げるが、緋流はまったく悪気のない顔で首を傾げる。
このままでは、豆腐の水切りをしないとか。下処理せずに具材を鍋にと、とんでもない初歩的なポカをやりそうである。
危ない。これは夕飯のピンチだ。
「あ、あかん、あかん子や!」
その光景に円居が腹を抱えて笑っている。
他人事のように笑っているが、後々酷い目にあわないといいのだが……と武田は僅かに心配とともに、そうなっても自業自得かと一人頷いていた。
そんなこんなでそれぞれが、鍋の下ごしらえを始めたのだが、そう簡単にいくわけもなく、どうやら既にカオスへの入り口は開かれているようだ……。
●くっきんぐ くっきんぐ
ちゃ、ちゃら、ちゃらちゃら、ちゃっちゃっちゃ〜♪
なんかお馴染みのクッキングソングを流れてきた。
「ロジー、美咲の簡単クッキング〜♪」
エプロン姿の美少女二人がはしゃいでいる。
台所で始まった寸劇をスルーしつつ、ロベルは白菜を洗い一口大に切り分けている。芯の部分と葉の部分を分けるのは、火の通りに差があるからだ。
「あ、お手伝いしまース」
リシオが元気良く手を挙げる。
「それじゃぁ、そっちの野菜頼む」
「はーい。まかせてくださイ! 旗からザルもの食ウべからズ、でス!」
長ネギを振り回すリシオ。
「?」
「たぶん、働かざるもの喰うべからず、って言いたかったんだとおもいます」
ロベルの背後に居た只野が答える。
切り分けた具材を何枚かの皿へと分けた只野は、その一部を居間の方へ運んでいく。まぁ、皿を分けるのは正解だろう。流石に一度にすべての具材を入れるわけにはいかないし、いざという時の保険にもなる。
実にクレバーである。
「きのこは水洗いじゃぁなくて、こうやって汚れを拭くだけでいいんだ」
カティーナは意気揚々と山の幸の下ごしらえをしている。
「なるほど。そうなんですか」
ジェラールは自分のもって来た椎茸を軽く布巾で拭く。それを受け取ってカティーナは、椎茸を切っていく。
時雨は並べられていく食材のなかに、セロリを見つけて少し顔をしかめる。視界からその緑色を外すと、白いものが見える。うどんだ。
「お、うどんもあるのか……」
「あぁ、あたりまえだろ?」
カティーナは何を今更という顔で時雨を見た。どうやら、カティーナの中では既に『締めはうどん』だと、決定事項だったようだ。
ご丁寧に油揚げもある所からあれを作るつもりなんだろうなぁ。と、時雨は予想を立てる。
背後では大剣片手にロジーが豆腐を切り割き。具材を切ることを覚えた緋流が日本刀を抜いたりと、良く分からないクッキングバトルを繰り広げているのだがとりあえず時雨もスルーした。
●点火! モッと色々入れちゃう鍋
「さーて、出汁もいい具合だし、早速はじめるか」
武田は鍋の蓋を開けて、皆の方を向いた。
「……」
なんだろう。
湯気が立ち込めているはずなのに部屋が寒く感じるのは。
「……うわぁ、オヤジギャグ?」
円居が首を傾げる。
「じゃねーぇよっ!」
「さて、仕切りなおしで、はじめるか」
「おー!」
「待ってたヨ!」
コンロが点火され、鍋がぐつぐつと沸騰する。
時雨が持ってきたモツを主体としたモツとなんかごちゃごちゃ鍋である。
葱、白菜など野菜も十分に入っている。モツは独特の臭いもあるため、ニンニクや韮などを入れてある。
「いただきまス」
とリシオが手を合わせ、それに習うように皆も続く。
「いただきまーす」
「おでんみたいな具も入ってるな」
時雨が摘み上げたのは、おでんでよくある餅巾着だ。
リシオのもって来た正月のあまり物とカティーナの持ってきた油揚げの奇跡の融合である。
「野菜も肉も満遍なく食えよ」
ロベルは意外と面倒見も良いようだ。まぁ、調理の大半は彼が受け持っていたと言って過言ではない。
外見で怖いと勘違いされそうなタイプだ。
「これは中々」
カティーナも餅巾着となった油揚げを一口。想像と違う調理だったが、モツ鍋の汁を吸った巾着が美味かったようだ。
「お豆腐にも良く味がしみこんでいます」
只野の口元も綻んでいる。
「……只野、もっと豆腐食うか?」
ロベルはさりげなく豆腐を他の人の皿へとよそる。
「ん゜?」
時雨の手が止まった。
一瞬の緊張が室内に走る。
「これ、セロリじゃねぇーかっ! なんで、こんなもん入れてんだぁ!」
時雨は慌てて水道まで走っていくと、コップに水を並々注いでそれをあおった。
「春菊と大してかわらないじゃない?」
円居が箸でつまんだセロリをくるくると回す。
「ちげーよ。春菊とは全く違う!」
春菊もセロリもまぁ、香味野菜っぽいから一緒と言うのは分からないでもないが、ちょっと強引か。
「んー、意外と美味しいのに……」
●開戦? 海鮮と間違い寄鍋
「こっちは、海鮮ぽいので寄せ鍋にしてみた」
ロベルが蓋を開けた鍋には、海鮮スープの中に、ワカメや海の幸。えびの赤い色がアクセントを生み出している。さらには、野菜や山の幸である椎茸なども入っており、どっちもとり寄せ鍋である。
「こっちも美味シー、でス」
「この、シュウマイも意外と面白いですね」
ジェラールが、魚介スープの中に浮かぶシュウマイを見て呟く。
「デショ、デショ」
と、リシオは得意げだ。
確かに、スープを吸ったシュウマイは、まるでワンタンのような喉越しで美味い。
只野の箸も進んでいるようで、その口元は綻んでいる。
「ちょっと、何か冷たい飲み物とかあるか?」
ロベルが立ち上がった。確かに、少し部屋が暑くなってきた気がする。何か冷たいものが欲しい。
「あぁ、冷蔵庫の中にあるな。俺も欲しいから、一緒に行くよ」
「ん、そうか? 何なら俺持ってきてやるぞ」
と、ロベルは武田を手で制して台所へ行く。
「セロリには焦ったが……案外、まともで良かったよ。漫画じゃこう言うのって物凄い美味いか物凄く不味いのどっちかしか無いんだよな。まず普通じゃ済まない……」
時雨がしみじみと言ったところで、ロジーが立ち上がった。
「と、言うと思っていたわ! さぁ、隠し玉の登場ですわよ!」
「はい。私、コラーゲン持って来てます! 忘れちゃう所でした〜、早くいれなきゃ!」
えっと……そこ、ノっちゃうのか〜ぁ。と円居が見ている中、緋流が取り出したのは、亀に似たスッポンであった。食いつかれたら大変な生き物だ!
「亀も海の幸だものね〜! 海鮮鍋にぴったり♪」
円居さん。わざと煽ってません? あと、スッポンと亀は違います。
「えいっ」
ドボンッ……プカーァ。
おもむろに投入されたスッポンの甲羅が鍋に浮かぶ。
「こ、こうして見ると、鍋って何でもアリなんですよね〜♪ 囚われのない自由な世界。束縛のない無法地帯なのです〜♪」
ちょっと、鍋から汁が跳ねて、円居の顔に掛かった。
さっきまで、わりと煽っていた円居だったが、一拍置いて、ちょっとビビって鍋から離れる。
危機を察した、只野がまだ無事な具材を引き上げつつ、持参鍋の方へと退避していく。
大正解である。
「では、次いきますわよ〜!」
ロジーはおもむろにチョコレートを投げ入れる。もはや約束された敗戦へのキーアイテムだ。
カカオが溶け出し、まるで闇色に鍋を染め上げていく。甘い香りが部屋に充満するのに比例して、絶望とカオスが増していく。
「ほーら、チョコフォンデュのようですわね〜?」
と、可愛らしく小首をかしげてみたロジー。完全に悪ノリしてるだろ?
「確かに」
ロジーの悪ノリに、ジェラールは真顔で頷いた。
「アッ……俺、いらねぇ事言ったかな?」
カオスが増していく中、時雨は顔を背けるしかない。
「な、なんかヤバイ! ヤバイだろこれ!」
武田も立ち上がって壁際まで後ずさる。
「おぃ、なんか、チョコの臭いがすげぇんだが……?」
そこにロベルが台所から顔を出した。充満したチョコ臭と嫌な予感に顔を顰める。見てみれば、守り続けてきた筈の鍋が、なんだかカオスになっているではないか!
嫌な予感が当った事に気がつき、ロベルは何事も無かったかのように、そのまま台所へとフェードアウトしていった。
「それに、この花火を飾れば、ほら、オシャレ♪」
手持ち花火まで持ち出してきたロジーを見て。
「うわぁ、ロベル。待って〜、こいつらなんとかしてくれっ」
と、武田は半泣きでロベルの足にすがり付くが――。
「あ、いや。俺、チョコ苦手なんで……」
「おいっ、こっち向け〜!」
顔を背けたままのロベルに武田は悲痛な叫びを上げた。
●こってり、あっさり きつねうどん♪
「さて、お前達……私は、『締めのうどん』を楽しみにしていたのに、どうするつもりだ……」
仁王立ちのカティーナの前には、ロジーと緋流、円居が正座させられている。
締めはキツネうどんにしようと画策していたカティーナは、あれよあれよとカオスになっていく鍋を前に、遂に怒りを爆発させたのだった。
そんなわけで、先ほどから悪乗りした正座組は、カティーナにこってり絞られていた。
まぁ、武田としても、止めてもらえて何よりである……。
「とりあえず、勿体無いからあれは食べてもらおう」
と指差したのは、チョコ風味スッポン鍋。
「えっと、私。スッポンあまり得意じゃなく……」
おずおずと手を挙げる緋流だったが……。
「ん?」
と、カティーナの一睨み。
眼光が鋭いですよカティーナさん。
「す、すみません」
と、頭を垂れる緋流とは対象に、となりに座ったロジーと円居が軽快に笑い声を上げている。
「ウフフフ」「アハハハハハ」
「お前たちもだ!」
「えー?」
と円居が不満そうな声を上げる。
「あんなもの誰も食べられないだろ!」
と怒り心頭なカティーナ。
「でも、ジェラールは食べてるわよ?」
と、ロジーが指差した。
「えっ!?」
倍速で振り返るカティーナの目に、カオス鍋をつつくジェラールの姿が映る。
どうやら、あの騒ぎの中。
微動だにせず座ったまま、鍋を食べ続けていたようだ。
「だ、大丈夫なのか? その……味とか」
恐る恐ると言った感じで、カティーナはジェラールへと尋ねた。
「普通ですよ? まぁ、彼女の作る物意外は大体、同じような味にしか感じないので……」
真顔でなんだか嫁自慢を始めたぞ。このイケメンは……。
「ちょっと、頼もシーけど、なんか残念でスね」
「残念です」
リシオと只野がガクリと肩を落とした。
そんな感じでオチついた辺りで、台所から良い香りがただよってきた。
「おい、誰か運ぶの手伝ってくれ」
ロベルの声が台所から呼ぶ。
どうやら、この間にも料理をしていたようだ。
「あ、俺行くわ」
武田は立ち上がる。
「では、私たちもいきましょうか」
「そうデスね」
と、只野とリシオも手伝いへと向かった。
「これは?」
机の上に置かれたどんぶりをカティーナは覗き見る。
「あぁ、只野が気を利かせてくれててな。鍋の具材を別に取り分けてあったんだ」
ロベルは只野の方に視線をやる。
前髪に目が隠れていてアイコンタクト出来たのかは分からないが、それに対して只野は会釈を返した。
「だから、ロベルがそれを元にうどんを作ったってわけだ」
と時雨が言葉を続ける。
「カツオの良い香りでスね〜」
「それに、このお揚げ。ちゃんとキツネうどんにしてくれたんだな」
と、先ほどまで怒っていたカティーナが目を輝かせた。
「まぁ、なんかカティーナはそれに決めてたみたいだから、ロベルに言ってみた」
「よし、とりあえず。うどん食おうか」
武田がまた号令をかける。
「そうだな。円居、ロジー、美咲も食おう」
すっかり機嫌を良くしたカティーナが正座組を呼ぶ。
「はーい」
呼ばれた三人は顔を見合わせた。
カティーナの怒りは、あっさりと解消されてしまったようだと、三人は思わず噴出した。
「美味しい」
「これは、やさしい味ですね」
「ゆで卵まで乗せてあるのか。面白いな」
「あぁ、月見うどん風でもいいが、生卵苦手な奴らも居たからな」
「なるほど、気配りでスね」
あっさりとした和風出汁に、鍋の様々な味が複雑に溶け込み、深い味わいを生み出している。
口の中に広がるのは……そうか!?
みたいな、事をそれぞれが感じつつ、やさしい味のきつねうどんを食べる一同である。
鍋の具材のように、それぞれが主張しつつも、鍋の中では調和する。
唐突に始まった鍋パーティは、やや騒がしい出来事があったが、最後はまるく収まった。
ついでに、鍋もきちんと腹に収まった。
やって良かったなぁと、鍋を囲んだ一同に新たに親近感を覚える武田であった。
因みに、カオス鍋はスタッフ(正座組と味に頓着しないジェラール)が美味しく頂きましたとさ。