●可愛くなろうよ
「ふぅーん、それで驫木センセのためにカワイくなりたいんだぁ」
口元を押さえポラリス(
ja8467)が笑いを堪えつつ言った。
「そっ、そんなんじゃ……ねぇ……ょ」
反論とばかりに声を上げた嵐だったが、その言葉は段々と尻すぼみになっていく。
(わかりやすい(な)(です)(わ)……)
少々、顔を赤らめた嵐の姿に、微笑む者、呆れる者と居たが、皆が同じような事を思ったのは間違いなかった。
「ごきげんよう、素敵なレディ。あなたはそのままでも可愛らしい」
そんな中、一歩前に出たルティス・バルト(
jb7567)は、嵐の前で片膝を折って一輪の薔薇を差し出す。如何にもキザ男だが、その物腰は流麗であり、様になっていた。
とは言え、嵐にはこの手の事に免疫が無いのだ。その芝居がかった姿に動揺してしまうしかない。
「ほら、ルティスは馬鹿やってないでどく」
ルティスを横から押しているのは、やや気の抜けたような表情の少女。何 静花(
jb4794)だ。
されるがままに移動させられたルティスだが、その途中でも「おっと、焼餅かい? 君もとても素敵だよ」などと口説く事を止めはしない。現役ホスト撃退士の面目だろうか。
しかし、静花はまったく動じずに、そのままルティスを室外まで押していった。
「利根さんはどんな『可愛い』を目指しているのかしら?」
神埼 累(
ja8133)の質問は実に的確なものだった。可愛いという定義をまずは作るべきなのだろう。
「か、かわいいって……その、よく分からねぇんだけど、その……」
もじもじとし始めた嵐に、指宿 瑠璃(
jb5401)が近づいていく。指宿は自分に耳打ちすように嵐を促したが、ポラリスも一緒になって耳をたてていた。
「うん、なるほどね。驫木センセが好きそうなカッコね♪」
嵐の代弁とばかりにポラリスは大きな声で言った。
「あぁ、ポラリスちゃん、そんな大声で!」
嵐は顔を赤くし、指宿は慌てるが、皆に知ってもらわないとこの先何もできないのだ。止むを得ないだろう。
それに……。
「ふ、ふおおおおお…! これは、萌えシチュなのっ!」
「ふむ、いいねぇ。若々しい恋の香りは、さ♪」
それを聞いたエルレーン・バルハザード(
ja0889)とジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)のテンションは上がったようだった。
「ま、つまるところだ。驫木センセの好みを聞いてくる必要があるってことだなー」
相談室の椅子を引き、小田切ルビィ(
ja0841)はそこにどかっと腰をおろした。
「その通りだねルビィ」
と、ジェラルドと小田切は、驫木の身辺調査をしようと算段を立てはじめ、女子たちはと言うと嵐を囲んであれやこれやと可愛くするための意見を出していた。
上下は自分の椅子に腰を下ろすと、活気付く皆を見守る事にしたのだった。
●お手入れしようよ
「そうね。どんな風にするかは、もう少し情報を得てからとして、まずは基盤を固めましょうか」
神埼の提案に、皆は元気良く返事をした。
「髪はまずは櫛でとかして、前髪と毛先を整えなきゃよね」
ポラリスが嵐のボサボサの髪を手にとる。
「嵐ちゃんの髪は黒くて綺麗だから整えたらすごくいいと思います」
指宿がまるで授業中かのように手を挙げて発言した。
「あとはお肌ね」
神埼が嵐の傷の目立つ手足に目を向ける。
「じゃぁ、ろーしょんと乳液、ハンドクリームが必要だね」
エルレーンがあれこれと取り出して見せる。
「あ、私はこれ使ってる〜」
鞄を開いたポラリスも自分の手持ちの物をいくつか出してきた。
「ポラリスさん、結構いっぱいあるね」
指宿はその一つ一つを手にとって驚く。
「そりゃ、可愛くなるための努力は惜しみません!」
「お〜(パチパチパチ)」
ポラリスの宣言に、思わず拍手を送る皆。
「こ、こんなにあるのか……」
多少は見聞きした事のあるものだが、嵐には判断がつかなかった。
「基礎化粧品だけど。効果はそんなに変わらないから、好きな香りやデザインで選んでしまっていいと思うわ」
見かねた神埼が、アドバイスを送る。
「そ、そうか……」
「ん」
嵐と一緒になって静花も頷く。どうやら、この機に自分も色々とオシャレというものを学ぼうという事らしい。
「あ、使ってみたらいいんじゃない?」
ポラリスが試しにと差し出す。
「そ、そうか……」
嵐は乳液だろうか、それを手にとって試してみる。
「あ、私も試したい」
「いいよ。じゃぁ、そっちの貸してくれる?」
エルレーンとポラリスは互いの化粧水を渡しあう。それを見ていた指宿と静花も試したくなったようだ。
「あのぉ、私もいいですか?」
「ん、私もいいか?」
皆がそれぞれ、気になった物に手を伸ばす。それではと神埼もそこに混ざる事にした。
「じゃぁ、皆でためしてみましょうか」
と、いつの間にか全員で色々と試す羽目になったのだった。
●調べてみようよ
「不良少女の初恋、か……」
それが教師とくれば、まぁ、中々難しい事だとすぐ分かる。相談室ではぶっきらぼうな態度ではあった小田切だが、その内心はそれなりに熱くなっていたのだ。
彼は学内新聞の取材という名目で、教室をまわりつつ驫木の人となりを調べて歩く。
「評判は上々だな」
その結果、手帳に並んだのは、取材という事もあってか彼の良い点が多くあげられていた。それなりに生徒からの人気はあるようだ。
「話を聞いた限りだと、その驫木センセは既婚者かワケアリって処か……」
小田切は手帳を閉じると、ため息混じりに呟いた。
とりあえず、奥さんの事を調べてみようと、小田切は再び情報収集へと向かったのだった。
その頃、ジェラルドは驫木という人物を直接見てみようと手回しをしていた。
「へぇ、こんな趣味がね……☆」
ジェラルドが向かったのは、植物を育成している温室であった。驫木は趣味で蘭の花を育てていると言う。温室の中ではすぐに驫木の姿を見つける事ができた。
「あの、綺麗な花ですね」
ジェラルドは早速、話かける。
「そうでしょう。この花、何か知っていますか?」
声の主へ振り向いた驫木は穏やかに笑うと、再び花の世話を始めた。
「……蘭かな?」
「そう、これは胡蝶蘭だよ」
ジェラルドは驫木の手の指輪を確認する。少し古いが間違いなく左手の薬指にはめられている。
(既婚者……)
考え事をしていたジェラルドに、驫木が声を掛ける。
「この花はね。妻が好きだったんだ……」
「ふぅん、奥さんかぁ♪ それじゃぁ、奥さんも喜ぶだろうね☆」
「……そうだね」
少し悲しげに笑って見せた驫木の姿に、自らの懸念が的を得ているのではと、ジェラルドはその思いを強くした。
●着替えてみようよ
「形から入るのは大切だと思います。私も、かわいい服を着るとかわいく弾けられますから……」
と指宿が言ったのは、肌や髪のケアを始めて数日後のことだった。
確かに、嵐にはまず経験を積ませるのもいいかと、皆は指宿の提案を飲んだ。
「利根さん、指宿さん、着替えおわりましたか?」
カーテン越しに神埼が声をかける。
果たしてどんな姿になって出てくるか、少し楽しみな皆である。
「みんなー! 今日は私たちのライブに来てくれてありがとうー!」
カーテンが開いて飛び出して来た二人。フリフリできらびやかな衣装。そしてご丁寧に頭の両脇でまとめられた髪。所謂ツインテールである。
指宿は堂々としたもので、どこからとも無く流れてきた音楽に乗って踊りだした。
「ほら、嵐(ラン)ちゃんも一緒に踊って!」
「ら、らんちゃん?」
戸惑う嵐の手を取り、くるくる回りながら指宿は熱唱を繰り広げる。
「かわいー! どこに売ってたの〜。写真とらなきゃ!」
ポラリスは笑いながら携帯端末のカメラを起動させた。
「凄い、ノリノリだ〜」
エルレーンも楽しそうだ。
「い、指宿さん……」
呆然と神埼はその光景を眺める。
「とりあえず、この辺りでとめてくる」
流石に場の収拾がつかないと、ハリセン片手に静花は指宿と嵐の元に進んでいった。
「す、すみません。わたしが思う可愛いってこんな感じだったんですけど」
ジャージ姿に戻った指宿が恐縮して正座している。その隣に未だアイドル衣装の嵐が座っていた。
「可愛いんだけど、なんかねー」
ポラリスとエルレーンがカメラ片手に笑う。その隣で静花もカメラを持っていた。どうやら、馬鹿騒ぎに突っ込みはいれつつも、写真をとって研究する気はあったようだ。
「そうだな〜、私が思うに、ギャル系じゃなくて、ちょっと甘い感じかな。あとはスポーティなのも良いかも!」
「そうね。私もすっきりとした感じが似合うと思うわ」
ポラリスの意見に神埼は同意した。
その後、女子たちは次の休みに皆で買い物へ行こうという話に落ち着いた。
●色々やってみようよ
髪の毛も整えられ、肌のケアも大分効果が出始めてきた頃。
男子達からこんな意見が出た。
「外見だけ取り繕って可愛いってのもあれだから、内面も磨いてみないかい」
と言うのだ。
まぁ、戦闘ばかりで素行も荒れていた嵐に、おしとやかな趣味など全く無い。礼儀作法を学ぶというのもいいかもしれないと言う事で、まずはジェラルドによるマナー講座が開かれたのだった。
その後も料理研究部への仮入部をして、手料理が作れるようにと小田切と出かけたりもした。
そんなこんなで、お稽古事をいくつかしてみた後、ルティスが小さなお茶会を開いた。それはある意味で試験を兼ねており、それに成功することで嵐に自信を持たせようというのが狙いだった。
「なんで、こんな格好に……」
「でもドレスも可愛いじゃん!」
ため息をついた嵐に、ポラリスが笑いかける。
「さ、どうぞこちらへ素敵なレディ」
ルティスが生き生きとエスコートに現われた。
結局、嵐はぎこちないままであったが、年頃の女子としての自覚くらいは持てるようになったようだった。
お茶会が終った後、エルレーンは男子たちが寄り集まってなにやら話しをしているのに気がついた。
「やはり、そうだったかぁ」
「あぁ……奥さん随分前に亡くなってたよ」
小田切とジェラルドはお互いの報告に頷きあう。
「驫木先生が俺のように、全ての女性を愛する紳士ならば問題はないんだけどね」
ルティスはため息交じりだった。
「それはなぁ……、まぁチャンスはあるって事だが」
「でも驫木センセの奥さんへの愛はそうとう強そうだよなぁ」
「まぁ、奥さんの好きだった花を育ててるくらいだしなぁ」
「うーむ」
「そいや、奥さんの写真手に入ったんだって?」
小田切にジェラルドは取り出した写真を差し出す。
「若いな……」
小田切は写真を手にとる。若いという率直な感想のほか、ある事が気になった。
「なんでも、学生結婚されてたそうだよ」
「へぇ……って、これ……」
写真を見たルティスは息を飲む。
「お前もそう思うか?」
小田切は顔を上げた。その視線を受け、ルティスとジェラルドも頷く。写真片手に男子三人はやや表情を曇らせるのだった。
「嘘、えっと……どうしよう……」
偶然に男子たちの話を聞いたエルレーンは慌てて嵐のもとまでやってきた。
まだしっかりと考えがまとまったわけではない。しかし、確かめなければならないと思った。
「嵐ちゃんは、ずっと撃退士やるんだよね」
「まぁな。それが性に合ってるとも思うし」
やぶから棒な質問だったが、嵐は即答する。
「……驫木先生の事……好き?」
「ちょっ」
飲み物を思わず噴出した嵐は、エルレーンに食って掛かる。
「お前、何を急に言い出すんだ」
「そう、大怪我、したことある?」
「お前、話を聞けよ」
嵐の言葉を遮り、エルレーンが続ける。
「私でも、死にかけたこと、いっぱいある。その時になって後悔しても、……遅いんだよ」
エルレーンのいつになく神妙な面持ちに、嵐は息を飲んだ。
死んでしまった人の「好き」はどこに行くのだろうか。それが気になったのかもしれない。
「だから、ちゃんと気持ちをつたえなきゃ!」
「お、おう……」
半ば勢いに乗せられた形ではあったが、嵐自身も決心したようだった。
●告白してみようよ
「これが……私……」
鏡に映った自分の姿に、嵐は少なくない高揚感を得た。
「んー、メイクも髪型もバッチリ♪」
ポラリスは改心の出来だとばかりに上機嫌だ。
髪は爽やかさをかもし出すポニーテール。ショートパンツとカラータイツ。足元はスニーカーでスポーティな感じにまとめられていた。
動きやすく可愛らしいその姿は、嵐に良く似合っていた。
「良いわね。髪も可愛らしいわ」
「すっごくいいです」
「ん」
「まぁ、見られるようになったかな」
「それじゃ、行ってくる」
嵐は皆に見送られて、驫木が居る温室へと歩いていった。
そして暫くの時間が過ぎた。
温室の中に二つの人影が立つ。
暫く温室に咲く胡蝶蘭を眺めていた。
その短い時間が嵐にとっては永遠に等しい時間だったかもしれない。
やがて驫木が一輪の花をそっと嵐の髪に挿した。
嵐は顔を上げる。
見詰め合った二人。
ついに意を決したのか嵐が口を開いた。
しかし、驫木は首を縦には振らなかったのだ。
そして、そのまま驫木は去っていった。
温室の外から見たその光景はサイレント映画の一場面が繰り広げられているようだった。
相談室に戻ってきた嵐を迎えたのは、温かい笑顔の仲間達だった。
「あの、嵐ちゃん」
指宿に嵐は首を振ってみせた。
「駄目だったよ。俺が死んだ奥さんに似てたんだとよ……」
そう言って笑う嵐の目からは涙が溢れた。
指宿、エルレーン、ポラリスが嵐の身体を支えるように抱きとめる。それを包むように神崎も皆の肩を抱いた。皆に包まれ嵐は泣いた。
小田切、ジェラルド、ルティスは奥さんの写真を手に、悪い予感が当ってしまったとやりきれない気持ちになった。
少女の恋は実らなかったのだ。と、上下は静かにそれを見守っていた。
「でも、後悔はしてないんだ」
漸くその泣き声も収まった頃、嵐は笑いながら言った。
「俺、分かったんだよ。何で戦うのかって……、誰かを好きになるって、この気持ちを知って良かった。俺はきっと戦っていける」
多少の強がりもあったのかもしれない。
けれど、少女は本当にそう思ったのだろう。
「それに、まだ俺、先生の事好きなんだ……」
嵐は穏やかな笑顔で去って行った。
その場に居た皆も、大切な誰かに思いを馳せ。また、ある者はまだ見ぬ誰かを思った。
「はぁ、駄目だったかぁ」
ポラリスは嘆いた。
「私たち……役に、立てたのかなぁ」
指宿はまだ涙ぐんだままだった。
「それは分からねぇ……」
「ん……」
「終っちゃったんだねぇ」
未だエルレーンの表情は暗いままだ。その頭を神埼は優しく撫でる。
「あながちそうとも限らないわよ」
神埼の視線は嵐の髪に飾られた『ピンク色の胡蝶蘭』を見ていた。
その、花言葉は。
「そう……「愛」って強いのね」
驫木が託した花に息づく想いに気づいた時、嵐は一体どんな顔をするだろうか。
去って行く嵐の後ろ姿に上下は微笑んだ。