●笹の葉のあのイベント
「お兄様っ」
弾むような少女の声に城里 千里(
jb6410)は、一瞬足を止めた。しかし、振り返らずにそのまま歩き出す。
「っちょっと、お兄様ーっ」
少女は非難の声と共に走りよってくる。千里は、近づいてくる気配を感じながらも、無視を決め込んでいた。
「お兄様ったら! ……もぅ……」
放課後の学園では、情熱を燃やした生徒たちが部活動にいそしんでいる。千里は、それを横目でやり過ごし、普段どおりに直帰しようと歩く。
「お兄様、討ち取ったりいいいい!!」
少女の声と共に、千里は背後から凄まじい衝撃に襲われた。瞬間的にアウルで衝撃をカバーし、受身をとりつつ転がった千里は、砂埃の中、立ち上がりって叫んだ。
「この万理っ! 俺じゃなかったらどーすんだ! 今のヤバイだろ。俺じゃなきゃ死んでるぞっ!」
「あら、やだお兄様。死ぬほど強く蹴ってませんのに」
と、千里の妹、城里 万里(
jb6411)は、すまし顔で断言した。
「……で、なんだよ?」
「さ、お兄様。一緒に行きましょ」
「ん?」
「コレですの」
万里は手にした短冊を見せた。千里は、そういえば七夕の時期だったな。と思い至るが、妹の真意が分からない。
「……イベントか何かか? なら、参加しないぞ」
「イベントか何かです。 でも、参加してくださいね♪」
「……」
「……」
どうやら、妹はこのまま帰る事を許してはくれないようだ。と、千里は、ため息をついた。
一方その頃、別の場所でも、女子に連れられた男子が居た。
「で、俺が参加しなきゃならない理由は無いよな」
月島 祐希(
ja0829)は無愛想に口を尖らせた。中性的な顔立ちだが、男子である。
「あはは、ごめんごめん、今度、ジュースおごるからさ」
そんな祐希の背を叩いて、市川 聡美(
ja0304)は調子よく言う。こちらは、男勝りな女子である。
「まったく、お前は調子いいなぁ……」
「そんな事言いながらも付き合ってくれる月島君って、ホントいい人〜」
祐希は半ば強制的に、聡美が笹飾りを探すのを手伝う事になったのだ。無愛想に見られがちだが、祐希は結構、真面目でいい人なのだ。
「で、市川。何か目当ての笹でもあるのか?」
「ん? いや〜、無いよ〜。私は記事になりそうな写真とかが取れれば満足だから」
こういうサッパリした辺りが、オトコマエと言われる所以なのだが、聡美は気にしない。
「そっか。じゃぁ、俺の探したい笹にさせてもらうぞ……そうだなぁ、強いてあげれば勉強かな」
「おっけー。でも、月島君ってそんなに成績やばかったっけ?」
腕組みをした祐希は、かるく首を振った。
「試験近いし……負けたくない奴もいるからな」
「え?」
「……なんでもないっ」
二人は、勉強運アップの笹飾りは図書室だろうとあたりをつけ、そちらへ向かう事にした。
●五色の短冊 あの色は?
学園の有志による笹飾りと短冊は、校内に数箇所あるらしい。
短冊にも色があって、願い事によって効果が違うなど演出されているようだ。
「なんだか、宝探しやスタンプラリーみたいで楽しそうッスね」
天菱 東希(
jb0863)はスタッフから聞いた話を思い起こしつつ、隣のナターリエ・リンデマン(
jb3919)に話しかける。
「無い、無い、無いっ! ここにも赤がないぞー!」
ナターリエは購買傍のスタッフの短冊を入れた篭をしらみ潰しに探していた。
屋上で恋愛運上昇の笹飾りを見つけたのはいいが、肝心の恋愛運上昇の赤い短冊が無かったのだ。今居る、購買の笹飾りは、金運上昇。黄色の短冊だと効果が上がる。
それと、なぜか別の笹には無い不思議な噂も飛び交っていたのだが、東希のお目当ては金運ではなかったので、特に気にしなかった。
「あのー、ナターリエ先輩。スタッフさんの話では、体育館の方にならまだあるそうッスよ」
東希は、必死になるナターリエの後ろから、恐る恐る声を掛けた。
「それを早く言え、東希っ! 次行くぞー!」
目を見開きつつ振り返ったナターリエは、東希の手を掴むとそのまま走り出した。
「あ、待ってくださいッス。まだ、自分用の白い短冊貰ってないッスー!」
東希の訴えも虚しく、ナターリエの足が止まる事は無かった。
「あら、お兄様。あの方たち、赤い短冊を大事そうに二人で掛けてますわ。きっとお願いは、愛が深まるようにですわね」
「……今夜は雨でも降ればいいのに」
目を輝かせる万里に対し、千里は憂鬱そうに呟いた。
だいたい、世のカップルどもは七夕の物語を思いだすべきなのだ。
デートにかまけて働かなくなった二人を、天の神様が天の川を引き裂いたというナイスな物語だ。彦星も一人でいれば働き者と認められたのに、やっぱり恋なんて人を堕落させるばかりだろ。
などと考えていた千里だったが……。
「……お兄様。何か?」
妹の視線が痛いので、お兄ちゃんはそっぽを向いた。
●噂の笹の葉
「姉さんと同じ銀髪……」
前を行く少女の長い白銀の髪を眺めながら、不破 十六夜(
jb6122)は思う。
姉とは背格好も全然違うが、同じ銀髪。それだけで、何故か懐かしい気がする。
購買で笹飾り強奪の事を聞いた、十六夜は、その場に居た銀髪の少女。月臣 朔羅(
ja0820)と共に強奪犯捜査に協力していたのだった。
「あらあら。折角のイベントを台無しにするいけない子はどこかしら」
笑顔で怒る朔羅を頼もしいような、怖いような複雑な気持ちで見つつ、十六夜はスタッフたちから話を聞いていた。
購買にあった金運上昇の笹飾り。
本来の設定とは別の噂で、笹の葉一枚につき金運アップと広まってしまったために、笹を盗むふとどき者があらわれたのだ。スタッフ達は、その時はまだ噂を知らず普通に短冊を配っていた。そして、ちょっと目を離した隙に、持って行かれたらしい。
「さて、目には目を。歯に歯を。噂には噂をってね!」
困り果てていたスタッフたちに、朔羅が提案したのは、『金運笹の葉を一枚取ると金運が更に上がるという話はデマだ』という情報と、『金運笹を取り戻す事に協力すると、金運笹に黄色の短冊をかけた時の金運上昇率が更にアップする』という噂を流すという大胆なものだった。
そう、偽の噂を偽の噂で上書きしたのだ。
早速、スタッフたちは噂を広めるため、方々走り回る。
その間に、十六夜と朔羅は犯人への手がかりを集めようと話す。
「あら、お兄様。あの方たち、何かお困りのようですよ」
そこに、城里兄妹が笹飾りを求めてやって来た。二人は購買でなにやら難しい顔をしている生徒たちが気になったようだ。話を聞いてみると、生徒たちの代表の円居が、購買で起きた事件について教えてくれた。
「笹飾りを盗まれた……と。これは放って置けませんわね」
「……確かにな。イベント事は苦手だが、イベントを企画したり、頑張ってる奴らは嫌いじゃない」
千里は珍しく、やる気を見せた。
「こういう輩には、少し痛い目を見てもらわないとでしょ?」
朔羅が笑顔のまま凄む。
「あぁ。そうだな」
城里兄妹は、朔羅、十六夜とともに犯人探しに協力する事にした。
「ちなみに、笹飾りを持ったマスクの人物を目撃したって、体育館辺りから情報が来たんだけど……」
四人の協力を快く受け入れた円居は、スタッフがもたらした情報を伝えた。偽の噂のお陰か、情報はすぐに集まったようだ。
●体育館の戦い
体育館の笹飾りの前では、熱い戦いが繰り広げられようとしていた。
そう、まだ始まっては居ない。
「ふはーっはっは! さぁ、笹飾りに願いをかけたい者は俺と戦うがいいっ!」
変態……彦星サイクロンは叫ぶ。勿論、周りはドン引きした。
「……お前、いい加減にしたら……どうだ。恥ずかしくないのかっ!」
武田も流石に変態相手は、躊躇いがあるようだ。
「何を恥じる! さぁ、貴様も俺と戦うがいい!」
彦星サイクロンは聞く耳を持たないようだ。
「うわー、あれなんだかヒーローショーみたいッスね〜」
短冊を求めてやってきた、東希が暢気に武田の応援を始めている。もちろん、その横のナターリアは、スタッフに赤い短冊は無いかと聞いていた。
「ヒーローショーよりも今は、赤い短冊だー」
彼女にとって、注目すべきは変態よりも赤短冊の有無であった。
「そうッスね……あれ?」
ナターリエの勢いに、その場を離れようとした東希だったが、ある事に気がついて首をかしげた。
「来ないならば、こちらから行くぞ!」
彦星サイクロンが腰を落とし、タックルの予備動作に入る。
「くっ、やはりやるしかないか……」
一触即発の空気に、武田はファイティングポーズを作り唾を飲み込む。
「……あの〜」
二人の間に、やや間延びした声が割り込んだ。
「その手の赤い短冊、欲しいんッスけど〜」
東希だ。彼は、彦星サイクロンが回りの生徒から奪った短冊束を指差した。良く見ると、それはまだ何も描かれていない赤い短冊である。
「ふっはっは、欲しければ力ずくで奪うがいい。少年よ!」
「あ〜、やっぱ、そうなるッスか〜。じゃぁ……」
荒事はちょっと苦手な東希である。でも、頭を使った。東希は、アウルの力で霧を発生させたのだ。卑怯とは言うまい、これもれっきとした”撃退士の力”なのだ。
「むむむ、なんだ。この霧はっ!」
彦星サイクロンは霧を手で振り払おうとするが、あっという間に包まれてしまった。流石の力自慢も、視界が奪われては無防備にならざる負えない。
「あたいの短冊っ!」
霧を突き破り、弾丸のように跳躍したナターリエの重い一撃が、彦星サイクロンの後頭部に直撃した。哀れ、変態は地に伏した。
そして、ナターリエは念願の赤い短冊を手に入れたのだった。
「よっしゃー、赤い短冊ゲットー。東希、屋上! 屋上にいくぞーっ!」
嵐のように去っていくナターリエと東希を眺める武田は、ファイティングポーズのまま立ち尽くしていたのだった。
●体育館裏の戦い
「おーっほっほほほ。よくぞ、ここまで辿り着いたわね! わたくしは織姫ハリケーン。美しき女怪盗」
体育館裏で響く高笑いを聞き、千里は酷く後悔していた。
前方には、笹飾りを担いでバカみたいに笑う変な女。そして、背後には笑顔のまま、怒気を放つ朔羅と十六夜。あと妹の万里。
「お兄様、あとってなんですか? あとって!」
「……お前はエスパーか……」
絶妙なタイミングでこちらの考えを読むあたり、妹というものは侮れない。
それはさて置き、体育館にマスクの変態が居るという話は聞いたが……。
変態=泥棒ではなく。
変態≒変な女=泥棒。
という面倒な構図になっていたようだ。なんと言うか、裏面のボスみたいな感じだろうか。
「その笹飾り、返してください」
十六夜が女に言う。
「嫌よ。この笹飾りは金運アップ。私の怪盗人生にも必須なはずよ!」
織姫なんちゃらは、再び高笑い。
「……それ、嘘よ」
ピシッと空気が凍りつくような間で、朔羅が指摘した。
「笹の葉を笹飾りから取ると、逆に金運が落ちるのよ? あなたもしかしてその噂知らないの?」
さも本当のように言っていますが、それも嘘である。
朔羅の作った二重の嘘。
「そ、そんな嘘ですわ! だって、笹の葉一枚につき金運アップだって……」
とたんに、織姫ハリケーンはおろおろとしだした。
「残念ですが事実です。あなたの金運は地に落ちました」
万里が朔羅の話に乗っかる形で、追い討ちをかける。
千里は、女って怖ぇな。等と思いながらそれを眺めていた。
「という事で、返してください」
十六夜が歩み寄って手を差し出す。
「そ……そんな、それでも、一度盗んだものを返すなんて、私の怪盗ポリシーに反するのよっ!」
織姫は何故か泣きそうになりながらも抵抗する事にしたようだ。
「……仕方有りません。争いごとって苦手だけど、この一件に関しては反省して貰わないと」
十六夜は氷の鞭を手元に作り出した。
「ひぅっ」
叫び声を上げ、女怪盗はあっけなくお縄についたのだった。スタッフたちに連行されていくのを見送ると、朔羅たちは笹飾りを持って購買へと戻った。
●笹の葉さらさらり
「ちょっとちょっと、月島くん! 本当にあった! 笹飾り〜」
図書館に着いた聡美は、興味津々で写真を撮る。ついでに、短冊を持った祐希も一緒に写真に収める。
「――って、何俺の写真まで撮ってんだよ!? やめろよ恥ずかしいから!」
慌てて祐希は、聡美を止めた。
「確か、企画に則ってやると緑の短冊が勉強運だったよな」
「おっ、さすが月島くん。ちゃんと用意してあるねー」
「うるさいっ。そう言うお前はやっぱり、何も書かないのかよ」
茶化された祐希は、聡美にペンを差し出す。
「んー。それじゃぁ」
聡美もペンを受け取ると、目を瞑って短冊を一枚引き、祐希の隣に座る。
「改めて文章にしろと言われると困るな。……てきとーに『試験で去年より良い成績取れますように』とか書いとくか」
祐希は暫く悩んで、結局書いた願いに、それは俺の努力次第じゃねーか。と心の中で突っ込みを入れた。
ふと、隣を見ると聡美の願い事が見える。
『あたしと周りの人が幸せでありますように』
祐希はそれを見て、『特ダネ取れますように』とかかと思ったけど……案外良い事書いてんだな。なんか俺の願い事がちっぽけに思えてきた……と少し落ち込む。
「ねぇ、月島くん。苦手科目って何?」
「……数学」
「数学? あたし割りと得意だけど? 一緒に勉強する? 今日連れまわしたお礼も兼ねて」
「一緒に勉強は良いけど、教えられるばっかは何か癪なんだけど。市川の苦手教科は何なんだよ」
「あたしの苦手教科? そうだねー、古文と漢文は苦手かも」
そんな話をしつつ二人は短冊を書いて笹に飾った。
千里は妹に連れられて、校内を歩く。
購買の笹飾りとり返すと、朔羅は早速、黄色の短冊に『装備の強化資金が溜まりますように』と撃退士らしい願いを書いていた。
十六夜は家族を探しているらしく、『早く姉さんが見つかりますように』と書いていた。
皆、それぞれに願いがある。
「で、短冊に何を書くんだ。何か願い事書くんだろ」
「そうですね。成績が上がりますよう……に?」
万里はなぜか疑問系で兄に答えた。
「……神に願ったくらいで成績があがるかよ」
「ふぅ、私の兄は夢も希望もありません」
妹の可愛そうな子でも見るような視線に、千里はグッと堪える。
「七夕のお願い事って、神頼みじゃなくて自分で叶えるものですのっ。受験勉強なんかの『合格必勝!』みたいに、書き出すことで向上心が高まって叶いやすくなるのではないですか?」
「そんなものか……」
案外まともな妹の答えに、千里はなんとなく納得してしまう。
「こうやって、校内が活気付くのも良い事ですし……」
千里は万里の数歩前に、早足で出るとくるりと振り返る。
「それに、『星に願いを!』ってなんだか素敵じゃないですか」
妹の笑顔に兄は何も言えなくなるのだった。