●聞く耳は持たない
「キキーッ! キーッ! キーッ!」
けたたましい、鳴き声と共に小猿の群れが電信柱の上を通り抜けていく。小猿と言ってもその姿は、ゆうに1mを超える異形の猿……ディアボロだ。
「ゴウライキィィック!」
その群れと空中で交錯した少年。千葉 真一(
ja0070)は裂ぱくの気合と共に、1匹の小猿の頭を蹴り飛ばす。インパクトの瞬間、少年の体から闘気が解放された! 爆発的に高まった破壊力は、小猿を地面に叩き落し絶命させる。
そして、千葉は着地と共に言い放った。
「数だけで何とかなるとおもったのかっ? ヒーローを舐めてもらっちゃ困るぜっ!」
そう、今の彼は身も心も『ゴウライガ』というヒーローそのものなのだ。
「キキィッ!」
残った群れの小猿が反転、再び千葉を襲おうと飛び掛った! ――が、その爪牙が届くことは無い。
空中を羽ばたく悪魔の槍が、小猿の……その身を貫いたからだ。
「少し、先行しすぎだぞ。まずは無理せずに数を減らす作戦だったろう!」
槍を手にしたはぐれ悪魔。蒼桐 遼布(
jb2501)は、千葉の傍らに舞い降りた。閉じられた翼は光となって消える。
「助かったぜ、サンキュー!」
そんな蒼桐の心配をよそに千葉は片手を挙げて感謝を示す。
「千葉、お前って奴は……」
耳栓をしているため蒼桐には千葉の声は届いていなかったが、表情と口の動きから推察するに、反省はしていないようだ……。まったく、千葉の前のめり加減には呆れる。
「まっ、これくらい派手にやらないと”俺たちの役割”を果たせないだろっ?」
千葉はお互い耳栓をしているため、声は聞こえていないのもお構いなしに言った。
そして、二人は示し合わせたかのように背中合わせになると、三度襲ってきた小猿の群れと相対したのだった。
猿の群れは幾つかの集団を形成して、撃退士たちに襲いかかってくる。
ナヴィア(
jb4495)は足を止め、向かってくる猿をいなしていた。
(数が多いのは面倒ね……。まぁ、沢山斬れるからいいけれど……)
前に出てもっと戦いを楽しみたい……という気持ちは抑えて、今は敵を引きつけるのが優先だ。無闇に動く必要は無い。さらには、今は前方の敵に集中するだけでいい。なぜなら、背中合わせで雫(
ja1894)が戦っているからだ。
雫は群れの最後の小猿を切り伏せると、周囲を警戒。続いてナヴィアの方を向きハンドサインを送る。
(前身……)
ナヴィアはハンドサインを確認し頷く。そして、雫と並走して先へと進む。
(本当に良く訓練された小猿たちですわね……。一人で囲まれたら、中々厄介だったでしょう)
そんな事を考えつつ、雫は鎧猿の位置を目視で確認する。
鎧猿は前回の戦闘で味をしめたのか、撃退士たちが近づいてくるのを待っていた節がある。小猿をけしかけた後、高い建物の屋上で咆える機会を探っているかのようだ。
(もう、勝ったつもりなのでしょうか……)
雫の視線の先、着飾った猿は哂っていた。
(笑っていられるのも今のうちですわよ!)
突出した千葉やナヴィアたちからいくらか後方にて、九十九(
ja1149)とレグルス・グラウシード(
ja8064)は、取りこぼしの小猿を倒しながら、戦況を広く確認して進んでいた。彼らが無理に戦わないのには理由があった。それは鎧猿の咆哮という”チャンス”を見逃さないためだ。
先行し猿たちの犠牲になった撃退士たちの残してくれた情報があったからこその作戦だ。
九十九は突出した味方の側面に回り込んできた小猿を数匹撃ち落す。また、味方が囲まれそうになると、突破口を作るために援護射撃を行い、前線で戦う味方を支援する。
幾度かの射撃の後、九十九が「前身する」とレグルスにハンドサインを送ってきた。
「……思いのほか恐ろしい敵ですね」
レグルスは誰に言うでもなく呟く。知性をもったヴァニタスや大悪魔ならいざ知らず、ただのディアボロが統制された動きを持つだけで脅威度を増すのだ。もしも、統制された軍勢となれば人類は総力戦を強いられるかもしれない。
恐ろしい想像を振り払い、レグルスは視界の先に鎧猿を捉えた。
鎧猿は大きく胸を膨らませている。
(来るっ!?)
レグルスは咄嗟にハンドサインを送る。
レグルスのサインに気がついたナヴィアは背後の雫に肘で合図を送った。前線の千葉たちもサインに気が付く。蒼桐は咄嗟に建物の影に入ろうとする。
次の瞬間――。
大気は振動した。
●猿知恵
「「「「キィキィキィ」」」
騒がしい小猿たちの鳴き声。鎧猿はそちらに甲高い声で「キィィィッ!」と、一喝する。小猿たちはその剣幕に恐れをなしたのか、静まった。
鎧猿は考える。体から光を放つ人間とは以前も戦った。その際、自分の咆哮で見るも無残な有様となった。ただの人間よりは手ごわいが、光りを放つ人間も恐れるには足らない。それが鎧猿の経験から得た考えだ。
しかし、本当にそうなのだろうか?
群れで行動させた小猿たちがなぎ払われるのを見て、鎧猿は本能が何かを告げようとしているような気になった。
知恵とは毒だ。
本能に従ってきた猿にとって、過ぎた知能は戸惑いを生む。
鎧猿はその本能よりも知恵を信じる事にした。知恵を授けられたからこそ、今、自分がこの群れの長として君臨しているのだから……。
(敵は迫ってくる6匹だけだ。バカな人間どもだ。既に咆哮の範囲に入っているというのに……!)
と、鎧猿は哂う。
そして、大きく息を吸う。
肺のなかに空気とともに、魔力が満ちるのを感じる。
そして、一瞬の後。
咆えた!
「キィィィィイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ああああああああああああああああああああっ!」
大気を亜揺らす声量の咆哮と、それに伴って発せられた魔力が人間たちの運動能力を奪う。人間たちの雄と雌がこちらと似たような叫びを上げるが、音は相殺されても付与された魔力がその身を突き抜ける。
視線の先で、人間たちがバランスを崩すのが見えた。
(はははっ、何かおかしいと思ったが杞憂であったな。見ろ、人間どもは身動きすらままならぬではないか!)
鎧猿は勝利を確信し、自らの周囲に控えさせていた小猿たちに総攻撃を命じた。
小猿の群れは獲物目掛けて電信柱を跳び移りながら進んでいく。そして、三つに群れを分ける。そのうちの一つの群れは、後方に控えていた人間取り囲むようにして襲い掛かった。
小猿たちは思った。後ろに居た人間だ。弱いに違いない……と、そんな浅はかな事を。
その時。
緑髪の人間が杖を片手に立ち上がると、自身を中心に凄まじい光を放った。
鎧猿は手で視界を覆う。しかし、小猿たちはその光りで目が焼かれ、動きを止めていた。
(何故、立ち上がれる? あの人間には効かなかったとでも言うのか……)
鎧猿はまだ知らない。
緑髪の人間が自分の力に抵抗するための力を持っているという事に。
光に気を取られ一度は動きを止めたが、残る二つ群れは光を直視しなかったためか、視界を奪われずに済んだ。そのため、再び人間の雄たちと人間の雌たちを狙って駆け出す。
電信柱から飛び掛るようにして人間の雄たち……千葉と蒼桐に襲い掛かた小猿。対する千葉と蒼桐は体の芯から揺さぶられる感覚に、迎撃の手元が上手く合わない。
しかし、飛び降りてきた猿は空中。千葉たちの目の前で横から一条の矢によって射抜かれた。
それは九十九が放った矢だった。レグルスの力で不調を幾分か回復させることが出来たのだ。
一方、人間の雌たち……雫とナヴィアを狙った猿の群れは、仲間達が何故かやられて行くのを見てパニックを起こした。本来ならば命令を聞いて攻撃に転じるはずが、本能からの恐怖を感じたのか。電信柱を飛び移りながら後退していく。
鎧猿は思う。
(おかしい。 咆哮の力が弱かったのだろうか……。ならば再び)
前回も人間たちは、こちらの咆哮になす術が無かったのだ。今回の奴らが動けるのは、こちらが油断したせいであろう。それが鎧猿の結論だった。
冷静になった鎧猿は咆哮のため息を吸おうと身構える……が。
冷静になったからこそ気がついた。自分を影から狙う刃にだ!
咄嗟に咆哮のモーションを止めて、その刃に対して自らの着飾った布袖を振りつつ跳躍した。鎧と貸した袖が刃と衝突し火花をちらす!
影から飛び出してきたのはアートルム(
ja7820)だった。今の今まで誰にも気づかれずに潜行していたのだ。
鎧猿は袖で振り払った人間もろとも、咆哮の餌食としてやろうと、跳躍途中で息を吸い。着地とともに顔を上げ叫ぶ――。
その筈だった。
鎧猿の上げた顔。瞳が驚愕に見開かれる。
もう一人居たのだ! そう、アートルム体が丁度、目隠しになり、その影に風見斗真(
jb1442)を潜ませていたのだった。
見えない敵からの”見えない弾丸”は、鎧猿の開きかけの口を通りぬけ、充填されていた魔力を巻き込み喉奥で爆発した。
●ハイドアンドシーク
気配を断つ。
街の物影を奔る。
戦いの喧騒は遠く彼方、アートルムと風見は”その機会”をひたすらに待つ。
仲間達が戦う中、辛抱して待つというのは、中々に苦しいものなのだと風見は思った。
先を行くアートルムの表情は見えない。
風見は耳栓代わりに音楽プレーヤーのイヤホンをしているが、今は何の音も流れていない。フリなのだ。まるで、音楽を聞いているフリ。
そう、今も彼は”辛抱しているのが平気なフリ”をしている。実際、彼はこういう待つという行動よりも、率先して戦うタイプであった。飄々とした風を装っているが、その内実は熱血漢なのだ。
視界の端に仲間が小猿に囲まれるのを見るたび、加勢したいという気持ちを押し殺し、平気なフリをする。
(小猿の相手は皆に任せたんだ……)
そう、何度も頭の中で呟く。
そんな時、前を行くアートルムが振り返った。唐突だった。
アートルムの口がゆっくりと動く。耳栓をしているから、唇の動きを読めということらしい。
(あ、い、て、の、し、き……)
「相手の指揮を乱すのも立派な作戦です。今は仲間を信じて待つ時ですから」
アートルムは無表情のままだった。
(無感情な奴かと思ったが、案外良い奴なのかもしれないな……)
明らかにこちらの意を汲んだ発言……フォローする言葉に、風見は小さく笑う。待つという苦痛が幾分か和らいだ気がした。
その後も二人は物影に潜みながら移動していた。
前を行くアートルムが後ろ手にサインを送ってきた。止まれの合図だ。
次の瞬間。大気が震えたのを感じた。
(今のが咆哮?)
アートルムと風見は効果範囲のギリギリを移動していたため、今の咆哮による不調は無い。
すぐさまアートルムは身を潜めて全力で移動を開始した。
風見もそれについて走る。
走りながら、視界の端でレグルスの光を確認。
(合図だ!)
アートルムと風見は頭上を小猿が通り抜けるのにも構わず、鎧猿へと迫る。
そして、アートルムは咆哮の二発目の呼び動作を察知すると、鎧猿へと斬りかかった。
風見は何故かアートルムが消していた気配を一瞬だけ晒したのを感じた。
何故、この瞬間にそんな事をしたのか。風見は違和感を感じつつも、アートルムの最後のハンドサインを信じて”待つ”。
案の定、アートルムの奇襲は鎧猿の気づかれ、失敗に終った。
だが、それで良かったのだ。
(ここで決めろってことだろう?)
アートルムのサインは、時間差で自分目掛けて……つまり、アートルム目掛けて攻撃を仕掛けるというものだった。
風見はアートルムの影に潜み、アートルムの影。鎧猿の死角から攻撃を放つ。
放たれた”見えない弾丸”は、アートルムの脇をすり抜け、一直線に鎧猿の口へと吸い込まれていった。
鎧猿は最後の最後まで、アートルムという目隠しの後ろに、風見がいた事に気がつかなかったのだ。
●聞か猿
無音の空間が徐々に薄れ、周囲に音が戻りはじめた頃。
レグルスは不調を受けた仲間達と合流を果たした。彼はすぐさま、アウルの力での抵抗補助を行う。
雫はレグルスの助けで体の不調を回復すると、すぐさま闘気を練り上げて敵目掛けて突進した。ナヴィアもそれに続く。
潜行していた二人が鎧猿の喉を潰したのだ、二度目の咆哮はもう無い。
そうと分かれば、もはや恐れるものはないのだ。
レグルスが治療に当っている間、小猿の群れをいなし続けていた九十九の脇を通り抜け、雫とナヴィアは小猿の群れを薙ぎ払った。
九十九はリズムに割り込んできた二人の不協和音に、一瞥すると再び頭の中でリズムをとりながら、小猿の群れに対処する。
ナヴィアはさらに小猿たちを追い込むために突出した。
そして、雫は遠方に見える鎧猿目掛けて銃撃を仕掛けた。放たれた弾丸は、鎧猿の耳元。勾玉のイヤリングを吹き飛ばす。
鎧猿は喉の次は耳元での爆発に、痛みよりも怒りが勝った。
声にならない声で怒声の雄叫びを上げると、自らも前線へと跳び出してきた。
「プライドでも傷つきました? 着飾って王様のつもりでしょうが、全く似合っていません。特にそのイヤリングは」
雫は怒りにまかせて飛び出してきた鎧猿に冷たい視線を送る。
鎧猿は前線に飛び出すと、後退してきた小猿たちを威嚇して攻撃に回させる。しかし、戦意を失った小猿などいくら群れなそうと、烏合の衆に過ぎなかった。
そして、それは鎧猿にも言えたのだった。
迫る撃退士たちに向けて、鎧猿は再び咆哮のために息を吸い込もうとするが、その身を鎖が縛った。
「遅いっ!」
翼で天空から飛来した蒼桐は、レグルスの鎖で縛られ無防備になった鎧猿の懐に飛び込むと、闘気を解放し掌底を叩き込んだ。
既に喉は潰れていたのだ。どんなに息を溜めても、撃退したちをなんとかするだけの威力は、その咆哮には含まれなかっただろう。それなのに、鎧猿は最後の最後にそれをやってしまった。自らの咆哮に絶対の過信をしてしまった。それが鎧猿の敗因の一つであろう。
掌底により、鎧猿の肺から空気だけが抜け、体内で魔力が暴発した。
鎧猿はそれでも数歩、蒼桐から逃れるように歩いた。
「何処へ行くんだ……お前は、もう終わりなのに」
レグルスの呟きは鎧猿に届くことは無い。
そのまま着飾った猿の大将は、大地に伏せた。
そして、周囲の小猿たちとの戦いも終え、ついに街を支配していた猿の群れは姿を消したのだった。
戦いには勝利した。しかし、それは数々の犠牲の上で成り立っている事を忘れてはならない。
それを胸に撃退士たちは学び舎へと戻るのだった。