●潜む
初夏の陽射しがさんさんと照りつける公園の片隅。小さな茂みと木々が立ち並ぶ一角の木陰にて、ポラリス(
ja8467)はため息交じりい呟いた。
「はぁ、まだ木陰だからいいものの、日向で待っていたらすぐに日焼けしてしまいそうね」
予測では今日は一日中晴れで紫外線も多いだろう。ポラリスは日傘を折りたむと、視線を公園の池に向ける。
池の付近には男子生徒たちが囮の餌を仕掛けている。緑色の髪に健康的な小麦色の肌をしたラグナ・グラウシード(
ja3538)と、高身長だが顔立ちには幼さが残る桂木 潮(
ja0488)だ。二人は餌を仕掛け終わると、事前に打ち合わせたとおりに池の周囲に身を潜めた。ポラリスからは見えないが、池の周りの木の上や茂みの影に他の皆も隠れているはずだ。
(……帽子にすればよかったかしら、でも制服に帽子って似合わないのよねぇ……)
ポラリスはそんな事を思いながら、巨鳥が現れるのを待つことにした。
餌の設置を終えたラグナは池の傍のベンチに座る。晴れ渡った空が池に映し出され、穏やかな時間がながれる。これでディアボロ退治の任務でなければと思わずにはいられない。同じく餌の設置を終えた桂木がラグナのもとへと歩いてきた。
「潮、お前の方も設置終わったか」
「えぇ、僕も終わりましたよ」
桂木はおっとりとした口調で答えた。そして、ベンチの傍らを通り、小さな看板に描かれた公園の見取り図に目を向ける。つられて、ラグナもそちらを見る。
「池の周囲に餌を配置、池の中へはボートで入れますが、出来ればその前に空から落として足止めしてしまいたいですね」
「あぁ、いかに怪鳥とは言え、我が物語で宙に浮いていられるのは今だけだ」
ラグナの顔がいつになく真剣になる。
「えぇ、そうですね。人に被害が出る前に退治して、平和な公園をとりもどしましょう」
桂木は池の方に視線をやると呟く。
「そういえば、ここのボートにカップルが乗ると別れるとか……」
「何!?そうか、そうか……さらにやる気がでてきたぞ」
ラグナはベンチから立ち上がり、桂木とともに物陰へと身を潜めた。
●現れる
池の周囲の雑木林に潜む霧崎 雅人(
ja3684)は、注意深く周囲の空を警戒していた。今回は空を飛ぶ巨大な鳥のディアボロである。鳥ならばおのずと空から来るだろう。池の周囲の空は青く、雲も少ない。これならば敵が近付けば直ぐに気が付くだろう。
「ふむ、今回は少々厄介な敵が相手のようだ。気を引き締めてかかるとするか」
目深に被ったフードから鋭い視線が覗く。霧崎も事前に、ラグナたちとは逆側から池の周囲に囮の餌を設置した。上手く敵が餌に釣られてくれれば味方への被害も減るだろう。
「……来たか」
霧崎は空の彼方に黒い点を見つけ呟く。それは、物凄い勢いでこちらに近づいて来た。
木陰の下で息を潜めていた日守 さくら(
ja7609)は、敵が近いことを予感したのか無意識に刀の柄に手を伸ばす。視線を空へと向けると、頭上から一人の少女が降り立った。
「さくらさん、来たみたいです」
声の主は、かわいらしいヘアピンの和服少女、星野 瑠華(
ja0019)だ。先ほどまでは木の上から周囲の警戒にあたっていたのだが、巨鳥を見つけたため降りてきたようだ。
「目撃情報どおりに池に向かってきているみたいです」
星野は視線を空に向けたまま、日守に言う。
「そう……瑠華さん準備しましょう」
日守はその横顔を一度だけ見ると、同じように視線を空へと向けた。
巨大な鳥のディアボロは池の上空をくるくると旋回すると、やがて囮の餌めがけて降下した。巨鳥は地面に降りると、首を伸ばして辺りを見回す。辺りに敵が居ないことを確認すると囮餌をその大きな嘴で啄ばみ、器用に宙に放り上げて丸呑みする。二つ、三つと餌を飲み込んだところで、霧崎は構えた銃を発砲した。放たれた弾丸は巨鳥の足に着弾。
潜んでいた撃退士たちは銃声を合図に跳びだした。
●暴れる
片足を撃たれ、体勢を崩した巨鳥は慌てて羽を広げた。そして、周囲に現れた撃退士たちに向かって不気味な鳴き声で威嚇する。桂木、霧崎、ポラリスは各々、遠距離から巨鳥を狙い撃つ。一つ一つの攻撃は致命傷にはならないが、鳥の動きを制限させているようだ。巨鳥は上手く羽ばたくことが出来ずにいる。
日守は巨鳥めがけて飛び出そうと身構える。しかし、一呼吸先に星野が大きく跳ぶ。日守は星野を追う形で跳び出す。同じように反対の茂みからはラグナが跳び出しているのが見える。
(っ!!……瑠華さん突出し過ぎです)
巨鳥は近づいてくる3人の姿を捉えると、危険を感じたのか強引に羽ばたいた。
突風。息も出来ないほどの空気の壁が真正面から体を押し返す。星野は前に出ることも出来ず、手にした刀を地面に突き立てた。巨鳥の羽ばたきで起こった風は、公園のゴミカゴやベンチなどを飲み込む。星野は飛来物に注意し身を屈める。しかし、運悪く巻き上げられた石が額を掠めた。衝撃、一瞬の暗転とともに力の緩んだ手が刀から離れる。
「瑠華さん」
体を支えてくれた日守の声に、星野は意識を取り戻す。怪我はたいしたこと無い。かすり傷だ。
「応急処置しましょう」
日守がハンカチを星野の傷口にあてる。その間、星野は巨鳥へと挑むラグナの背を見る。
「手当てなら僕に任せて」
そう申し出てきたのは桂木だ。桂木は星野の傷口に手を翳す。小さなアウルの光が傷口を覆うと、細胞が活性化しあっと言う間に傷が塞がっていく。
(しくじりました……。他の皆さんが動きを止めてくれている間に羽を落せると思ったのに)
傷が塞がるまで星野は目を閉じ心を落ち着かせる。
(でも、次は決める。もう彼方には空を飛ばせはしません)
傷口が回復すると星野は決意を新たに目を見開く。
「さくらさん、お願いがあります」
「えぇ、何か作戦があるのね。良いわ協力しましょう」
星野の提案に日守は頷いた。
●叫ぶ
「ほら、こっちだ無能な鳥風情が!」
ラグナは巨鳥の注意を惹くように大声を上げながら、大きな剣を振るう。
(星野が負傷したようだが、桂木と日守が付いているから安心だろう……)
ラグナは一人、前衛で巨鳥を抑える。
「鳥は嫌いではないけど、大きければいいってものでもないわね」
後ろからポラリスの声がする。ポラリスは眩しい陽射しに辟易しつつも、サポートのために牽制攻撃を放つ。巨鳥はラグナに攻撃しようとして、ポラリスによる遠距離からの牽制攻撃に阻まれる。ラグナはその間に体勢を整え、巨鳥への間合いを計り、再び攻撃に転じる。
巨鳥がラグナの攻撃を嫌い、上空へと逃げようとするとそこに間髪入れずに霧崎の射撃が飛んでくる。巨鳥はその弾丸により、上手く上昇できずに地に落ちる。そんな風に一進一退の攻防が続く。
ラグナは巨鳥の翼に狙いを定める。空を飛ぶものも地に落ちればただののろまな間抜けだ。
霧崎は現状を冷静に観察しながら、ラグナへの支援射撃を行っていた。前衛二人が一旦後ろに下がってしまったこの状況では、後衛である自分とポラリスのサポートが重要になる。ラグナは確かに強いディバインナイトだが、一人ではやはり決定打に欠ける。かと言え、後衛二人の火力で巨鳥をどうにかできるとも思えない。上手くサポートして、ラグナに大きな一撃を放ってもらうのが得策だろう。そして……前衛二人が戻れば!!
霧崎は淡々と思考を重ねる。目深に被ったフードから鋭い眼光が覗く。
●繋ぐ
桂木は目の前を走る二人の少女を見る。日守と星野だ。二人はラグナが抑える巨鳥めがけて突っ込んでいく。先ほどと違い、日守が先行し、後を追う形で星野が続く。桂木もそれに続いて巨鳥の前に踊りでると、炎の魔力弾を放ち鳥の気を惹く。巨鳥は新たな敵に気をとられ動きが鈍る。
その隙を逃す霧崎ではなかった。霧崎は弾丸を放つ。その鋭い一撃は巨鳥の片方の羽の付け根を穿つ。
「これでも喰らって、無様に地上を這いずり回れッ!」
硬直した巨鳥の翼に、ラグナは手にしたツバヴァイハンダーを振り下ろす。刃は巨鳥の翼に深い傷を与える。
巨鳥はかろうじて繋がっている翼を羽ばたかせ、渦巻く嵐を生み出す。無理に羽ばたいたせいか、翼はあらぬ方向に捻じ曲がり、大量の血が噴出する。巨鳥の不気味な鳴き声は、撃退士たちを呪うかの如くあたりに響く。
巨鳥の前に居た桂木とラグナはそれぞれ防御をし、風から身を守る。
嵐が目の前に近づく。しかし、日守は走る速度を緩めない。そしてそのまま風の壁へと突入する。
(私の役目は、この嵐の中に途切れ目を作る事っ!)
日守は風に飛ばされた石や枝にも構わず前へ出る。
「これ以上、好きにはさせない」
巨鳥への直線上で、日守はその刀を抜く。そして障害物や風の壁を切り裂くように、その刀は大きく振るわれた。日守は思う、敵の撃破はもちろんだが、仲間の安全もあっての事だと。故に、星野の一か八かの作戦に乗ったのだ。後ろには日守を信じて星野が走る。
「……負けるわけには……いかないっ!」
日守は嵐を突き破った。そして、日守の思いは星野に繋がる。
●落す
星野は全力で走り抜ける。日守が作った巨鳥へと続く一直線。無風の道を。
巨鳥は急接近する星野へ、最後のあがきか嘴を突きつけた。星野と巨鳥の間に割り込むようにして、ラグナは剣で嘴を受けとめる。巨鳥の頭にポラリスと霧崎が援護射撃をする。たまらず巨鳥は頭を仰け反らす。
「今だ!奴を討てつ!」
嘴を剣で弾いたラグナが叫ぶ。
跳躍。
巨大な鳥の頭上へと舞う。
一閃。
星野は鞘から鋭く抜刀する。その刃の軌跡は巨鳥の翼へと吸い込まれる。刹那の後、巨鳥の身体から両の翼は切り落とされた。巨鳥は翼が落ちると、力無くその巨体を地面へと倒した。
「やった」
巨鳥が倒れるのを確認して、星野は刀を鞘に納める。すぐ傍で日守は小さくガッツポーズをとった。
●戻る
「ふぅ……一段落ついたか」
木陰で銃を仕舞い、霧崎は一人呟く。他の撃退士たちは勝利の余韻に浸るように自らの健闘を称えあっているようだ。確かに厄介な敵ではあったが、蓋を開けてみればそれほど苦労も無かったようだ。
「瑠華ちゃんお手柄!」
ポラリスが止めの大手柄を得た少女に賞賛を送る。
「いえ、さくらさんが道を切り開いてくれたお陰です」
星野は傍らにたつ少女の名を上げる。
「私だけじゃないわ。皆のお陰だよ……」
さくらが皆に視線を巡らせる。
ラグナは尊大に笑い、桂木は穏やかに笑い、少し離れたところで霧崎が視線を寄越す。
「でも、瑠華ちゃんもさくらちゃんも私ももう髪の毛ボサボサよっ、早く美容室に行きたいわ」
ポラリスが笑顔で言う。
「そうですね」
瑠華がそれに同意し笑う。皆はお互いを見て笑顔になった。
「あ、一句できました」
桂木は巨鳥の居なくなった公園で一句したためる。
禍つ風薫りて夏の声を知る
公園に初夏の風が吹き込んできた。