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「ぬぉおおお!?」
突然の事に大谷 知夏(
ja0041)は思わず奇声をあげてしまった。
なんと、自分の着ぐるみが喋り出したのだ。
『何を驚いておる……それよりも、話を聞くのじゃ』
しかも、何か渋い老人の声でだ。
しゃべりだした着ぐるみ兎は、知夏を正座させると日頃の自分の扱いの雑さについて説教を始める。
「な……なぜ、知夏が怒られてるんっすかー?」
うううっと涙目の知夏のことはお構い無しに、着ぐるみの説教は終る気配を見せない。
『知夏よ……最近、甘いものを食す事がずいぶんと増えたようじゃが?』
「そそそそ、そうっすか〜」
知夏は嘘が下手だった。いつもとは違う態度に着ぐるみ兎は言う。
『そんなじゃからクリーニング代も無くなり、わしは連れて行ってもらえんのじゃな。時折、生乾きじゃし……』
「干してる! 干してるっす〜。ただ、いくらなんでも乾くまで時間がかかりすぎなんっすよ!」
『ほ〜う』
着ぐるみの得も知れぬ気迫に、生乾きでも体温で乾かした方が早い……だなんて言えそうもないっすな。と知夏は言葉を飲み込んだ。
『まぁ、良いのじゃ。それよりも、尻尾がだいぶくたびれておるので、修復をお勧めするぞい』
「のぉおおお!?」
着ぐるみが背後を向くと、悲しいかな。うさぎの尻尾がとれかかっている。先日、初等部の子供達に纏わり付かれた際になったらしい。
『あぁ、おぬしは裁縫が苦手なのじゃから、無理して取り返しのつかない事になる前に専門店へ持ち込むんじゃぞ』
「え?」
裁縫箱から針と糸を取り出そうとした知夏の手が止まる。今月の知夏のお財布事情は既に火の車であった。それでも、着ぐるみの念押しもあってか、知夏は泣く泣く着ぐるみを店へと持っていく事にしたのだった。
『ところで、着てはいかぬのか?』
「……嫌っすよ。なんか……操られそうっすから」
『いや、着ていくのじゃ。着ぐるみが着てもらえなかったら、それはもう着ぐるみでは無いのじゃ!』
「うぅう、仕方ないっすね」
着ぐるみの気迫に押されっぱなしの知夏。まったく、なんて酷い日っす。と着ぐるみを被る。
『では、いくのじゃ〜』
「あぁ、やっぱり体が勝手に動くっす。 ぎゃ〜嫌っす、誰か助けるっす〜!」
分かっていても、この展開に涙を堪えられない知夏であった。
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『まさか……ユキのように本体を隠して生活する者がいるとはっ!』
驚愕の事実に、羊山ユキ(
ja0322)は息を飲んだ。なんと着ぐるみが喋り、人間を操っているではないか!
「えっと、本体っすか? いや〜、確かに着ぐるみさんに主導権奪われてるっすけど、本体ってわけじゃぁ……」
知夏は着ぐるみに連れられ、変なテンションになっているユキとであったのだった。
「というか、ユキちゃんの本体がその鈴のリボンだったとは驚きっす〜」
『そ〜でしょ。本体も可愛いでしょ』
リボンが笑うたびに鈴の音が鳴り響く。
『そうだ、いい事思いついちゃった!』
「ん? 何っすか」
『本体持ちの子が他にもいるだろうから、今日一日でいいから身体を交換させてもらおうかなって』
「さりげに、凄いこと思いつくっすね……」
さらりと言ってのけたユキに、知夏は恐ろしいものでも見たかのようだ。
『……ん、でも知夏ちゃんはいいや。ユキ、もうちょっと背と胸のある身体になってみたいんだよね☆』
「わ〜、今、心なしか私のことディスったっす〜!」
『そんなこと無いよ☆』
『そうじゃぞ、本当のことだしのぉ』
「こらぁぁあ、着ぐるみ〜お前はどっちの味方っすか〜!」
着ぐるみ兎はフォローどころか、さらに追い討ちをかけるような事を言い、ユキは鈴の音のような笑い声を上げた。
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「あれ? チルルちゃんじゃないっすか?」
『あ〜、本当だ☆』
着ぐるみ(知夏入り)とリボン(ユキ操作中)が仲良く、次の寄生先を探して……じゃなかった、仲間を求めつつ、着ぐるみ修理へと向かう途中。見知った少女を発見し、その足を止めた。
そこには特徴的な帽子、ウシャンカを被った雪室 チルル(
ja0220)が静かな微笑みとともに佇んでいた。
『あれ? なんだかいつもと違うような……』
「目が据わってるっす……」
チルルの表情を覗き込んだユキと知夏がゴクリと唾を飲み込む。
『おお! 同志たちではないか!』
チルルの声と重なるようにウシャンカからも声が聞こえた。
「『ど、同志!?』」
言い回しの妖しさに思わず復唱してしまう二人。
『ははは、この様な所でよき理解者に出会えるとは! 君も共産主……』
「わーっ! わーっ! すみませんそういうのは間に合ってるっすー!」
『もがっもがっ……何をするのだね同志知夏!』
知夏は着ぐるみの手でチルルの口を塞ぎ、台詞を遮った。
『こ……これは、間違いなくウシャンカ帽子さんが本体ね☆』
ユキが分かりきったような事を得意げに言う。もちろん、リボンが揺れて鈴の音が響く。
『うむ、その通りだ同志ユキ。私こそがチルルの本体……』
「うわ〜、また良く分からないのが出てきたっす〜」
知夏は思わず頭を抱えたい心境だ。
「チルルはウシャンカさまの教育によって、立派な共さ――」
「わーっ!」
「――ゅ義者になったのだ」
チルルの丁度良い所に、うまく声を被せましたね知夏さん……。
「思えば、チルルは学業を怠り、この立派な主義を理解することもできずにおりました。しかし、これからは、学業もそして生活態度もりっぱな大人として振舞えるように努力する所存であります」
『……なんだか☆ 言ってることは立派な気がしてきた〜♪』
「本当っすね〜。なんだか知夏も、そっちに行きたく……って違うっす!」
危うくウシャンカ電波によって、主義をそちらにされそうになった二人であったが……。
『とりあえず、ユキはもっとスタイルのいい体探しに行きたいから、そろそろ何とかしてね知夏ちゃん』
「え〜、ここで私に無茶振りっすか!?」
どうにもならない謎空間に困り果てた知夏だったが、救いの神は降りたった……?
「三人とも一体何をしているんですか?」
新たに現われたその人物とはっ!
後半へ続くっす〜!
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『私の名前はティル……私はそこにいる』
右手の甲に青く光る生体金属。
そうか、俺は金属だったのか……と、陽波 透次(
ja0280)は納得した。いや、納得してないから!
「うわぁ、なんか右手が喋ってるよ姉さん! ……? ……姉さん?」
透次はベンチの隣に座っているはずの姉、陽波 飛鳥(
ja3599)の方を振り返った。
『煩いわよ〜ん、弟くんっ♪』
「って、リボンが喋ってる?」
透次の視線の先、飛鳥の髪を結んでいるリボンから声が聞こえた。
「……リボンしゃべってる?」
飛鳥も異常事態に気が付き、リボンを解こうと手を伸ばした。
『あら、飛鳥ったらぁ。乱暴ね。いつもは『トオジ』って名前で呼んで可愛がってくれるのにぃ』
「えっ? 姉さん?」
なっ、ななななな///
リボンの『トウジ』の急な発言に思わず顔が赤くなってしまった飛鳥は、弟の方を向くことが出来なくなった。
「か、かか、勘違いしないでよね! そ、それじゃ、私が透次に恋慕してるみたいじゃない?」
そっぽ向いたまま、飛鳥は口早にまくし立てる。
「ね……姉さん」
「あ、ありえないし? ありえないって言ってんでしょー!!」
表情を覗きこもうと回り込んできた、透次の顔を見てしまい。再び真っ赤になった飛鳥は両手で突き飛ばしながら叫んだ。
『だがこの体の異性の好みの傾向は、かなりの点で飛鳥嬢との共通点が見受けられるぞ』
『あらぁ、何々〜。わたしも気になるぅ』
ティルの突然の暴露話にトウジが乗ってきた。
『所謂、H本の傾向では、飛鳥嬢に良く似た女子が多く。胸のサイズはそこまで拘らんらしいが、飛鳥嬢くらいが特に好きと見えるな』
『ちょっと、飛鳥〜聞いた〜!? 弟くんの好みってあなたですってよぉ』
内に秘め続けていたはずの事を姉にばらされた透次は、地面に両手をついて落ち込む。これは立ち直れない。かなりの羞恥プレイだ。
「と……透次が、私で、私を想像するような、わ、私を……し、しねええええええええええ! お前を殺して私もしぬぅうう」
「ね、姉さん! ごめん、お……落ち着いっうわっ」
飛鳥の鉄拳は、透次の顔の真ん中に炸裂。そのまま勢いあまって飛鳥がバランスを崩す。咄嗟に、透次が飛鳥の身体を引き寄せ、背中から地面へと倒れた。
「痛たた……姉さん大丈夫? ……はっ!?」
しっかりと抱きとめられた飛鳥には、怪我は無かったが……。飛鳥は透次の腕の中に納まっていた。透次の胸板にあたる、飛鳥の柔らかな感触にあたふたとするが、声が出ない。
気がついた飛鳥が慌てて離れる。
「透次! し、仕方ないから、今日の晩御飯をハンバーグにすることで、今日のことは特別に許してあげるわ……せ、精々美味しいの作ってよね」
その言葉は、ありがとう。といえなかった飛鳥の精一杯の照れ隠しであった。
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と、いうことで後半始まるっす。
「あ、あなたは!?」
思わせぶりな知夏の台詞に、どうしたものかと酒井・瑞樹(
ja0375)は後ろを振り返る。
「いや、瑞樹さんが声かけたんだからさ」
「そうですよ〜」
後ろに居たのは夕凪颯(
jb0662)とフィオナ・アルマイヤー(
ja9370)だった。
「うむ。そうだな……君達、何をしているんだ」
瑞樹はコホンと咳払いをしてから、知夏たちにもう一度声を掛けた。
「あ〜、やっとまともそうな人達っす〜。実は、チルルちゃんがあの帽子に乗っ取られてまして〜」
知夏がさめざめと泣きながらチルルを指差した。
「あら、そうなの? 実は……」
『私もよ〜』
フィオナの声が途中から半音上がったかと思うと、優雅に踊りながら一枚の写真を取り出した。
そこにはドレス姿のフィオナが。
『あ、フィオナさん綺麗ですね☆』
ユキのリボンが弾むような鈴の音を立てる。
一方、知夏は雲行きの怪しさを感じていた。
「もしかして、フィオナさんも……」
「……はっ!? また、また体がかってに……あっ〜、ダメ。それは見ないで〜、出来心で撮ってもらっただけなんだから〜」
フィオナが慌てて写真を回収。
「そう。フィオナさんはあのリボンが本体らしいですよ」
颯が知夏の疑問に答えた。
「そして、瑞樹さんの本体はあの刀」
「おい、夕凪さん……あまり、そういう事を言いふらさないで欲し……」
瑞樹が困り顔で呟いたが、カタカタと腰に挿した刀が喋り出した。
『お嬢、仕方ありません。事実なんですからね。いや、それにしても体を動かせる皆さんが実に羨ましい』
刀はしみじみと語り出す。
『お嬢といったら年頃になってもまったく色付かない。勉学もそこそこ。それに、私の扱いも随分とずさんです。お嬢の体を乗っ取れれば、私が……って痛い。痛いですぞお嬢。意味無く、岩を切ろうとかしないで頂きた……』
暫く、瑞樹は刀をわざと岩などに振って気晴らし、何事もなかったかのような笑顔で戻ってきた。
「それにしても、まさかリボンにぬいぐるみ、帽子まで居るとは……」
瑞樹は多彩な本体たちに驚きを隠せない。
『あの〜、出来ればでいいんですけど、ユキと皆さんの体。ちょっとだけ交換してもらえないですか☆』
ようやく現われた理想形のバストと身長の女子二人に、ユキのリボンは思わずハイテンションでとんでもない事言い出した。まぁ、かねてからの思惑ではあったのですが……。
『いいわよ』
『おもしろそうですな』
「って、えー! 案外軽くOKしちゃったすよー! いいんすか?」
軽いノリ過ぎて驚きの展開に、知夏は突っ込まずに居られなかった。
「私は嫌って、あ〜体が」
フィオナの抵抗は虚しく、そして瑞樹はなんとなく興味が沸いたのかその提案に乗ってしまった。
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『わ〜、視点高い〜☆ 胸柔らか〜☆』
ユキのリボンは只今、フィオナの体を堪能中である。
「折角、リボンから解放されたのに、また良く分からないリボンに支配されてるー!」
対するフィオナは何が何だか分からないようだ。体がいつもよりも勝手に可愛らしい少女っぽい動作をしている事に、拒否反応でもあったのか、さっきからわめいている。
『うむ、何と可愛らしい体だ。お嬢もこれ位の女らしさがあれば……』
そんなユキの体の方、今は瑞樹の刀が握られていた。刀は主とは違う女の子らしい、女の子を堪能しているようだ。
「おい、刀……。一応、聞こえているのだぞ」
刀を瑞樹は睨みつける。そんな、瑞樹の髪にはフィオナのリボンが結ばれている。だから、どんなに刀に対して怒りを覚えても……。
『きゃはは、フィオナったら無駄よ。もっと色々なことばらしちゃうんだから』
フィオナのリボンが、瑞樹の体をつかって突然笑い出す。
『おぉ! あらたな同志たちではないか!』
そこにチルル&ウシャンカ帽子も混ざろうとしてやってきた。
「あの〜、もう何が何か分からないっすけど……」
知夏が地獄絵図でも見るかのような顔で佇む。
「うん。でも、なんだか楽しいからいいんじゃないですか。こういう馬鹿騒ぎも……なんていうか友達って感じで」
その横に、颯がにこやかに立ってた。
「はぁ、確かにそうっすね」
知夏はその光景が段々いいもののように思えてきた。
「そういえば、学園中こんななんっすか?」
「うん、そうだねぇ。僕らが見てきた感じだと、だいたい本体持ってる人ばかりだったよ」
意外と饒舌にしゃべる颯に、知夏は少し驚く。
「そうそう、小さなぬいぐるみや、手の中に本体が居るって人もいましたね。あと、アホ毛」
「あ……アホ毛っすか?」
とんでもない本体も居たものだ。
「でも颯さんが羨ましいっす。変な本体が居なくて……って、なんでそこでこっちを見て驚くんすか?」
知夏の顔をさも信じられないというような表情で、颯が見ていたのだ。
「うむ。知夏さん……残念だが、違うんだ」
ようやく体交換から解放された瑞樹が、刀を手に戻ってきた。瑞樹は知夏の横で腕を組むと、残念そうに颯の顔を指差した。
「あれが本体だ!」
「えっ?」
指差された先。
「そうです。私が本体です」
颯の目の下の傷が振動した。
「そ、そんなものまで有りっすかーっ! かーっ! かー!」
知夏は、あまりの真実にセルフエコーまで掛けてしまった。
「という事で、そろそろ僕も体交換の仲間入りをしてこようかと……」
颯は片手を爽やかに挙げて、その場を去っていった。
それから数十分後。
知夏は、疲れきった面持ちで着ぐるみ修理へと向かった。
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「ふぁぁあ……いけませんね。寝てしまいましたか」
放課後の教室で目覚めた志方 優沙(jz0125)は、背伸びをすると鞄を持って依頼斡旋所へと向かう。仕事は休みだが、調べておきたい事があるのだ。
教室の扉の前で、忘れ物に気がつき立ち止まる。
「いけません、忘れ物です……私の大切な子」
志方は、振り返る。
教室の窓から差し込んだ夕日に照らされ、白い兎のぬいぐるみは頬を染めていた。