●友の絆と戦闘開始。
あと少しで訓練が始まる。そのプレッシャーが少年達の体をこわばらせていた。経験の浅い撃退士たちが多く集められたのだ。緊張するなと言うのは無理だろう。
竜見彩華(
jb4626)は気を紛らわすため、立ち上がって背伸びをした。ストレッチで肩の緊張が取れたのか幾分楽になった。思った以上の緊張を感じていたことに気づき、竜見は苦笑する。
ふと足元を見ると白い何かが転がってきた。拾い上げてみるとそれはボトルキャップだった。
「あの……すみません」
声のするほうを見ると、そこには一人の少女が立っていた。少女の名は新田芳香。最近、力に目覚めたばかりだと言う。竜見は手にしていたボトルキャップを差し出す。
「すみません……実は今回が初の模擬戦闘訓練ですの」
ボトルキャップを受け取った新田の手はかすかに震えていた。
「……私も初めての戦闘訓練で緊張して仕方ねえすけ……」
「まぁ、そうでしたの。では、お揃いですわね」
お互い初の戦闘訓練。竜見と新田はすぐに打ち解けた。二人は互いの健闘を祈り笑顔で別れた。
程なくして模擬戦闘訓練は始まった。
いくつかの班に分かれ撃退士たちは廃墟へと繰り出す。目標はダミーディアボロとダミーサーバントだ。
「少し落ち着け……」
森ノ宮陶里(
ja2126)が笑みを浮かべた。B班の班員への気遣いからだろう。竜見は少し気が楽になった。
廃墟の中は日中でも日陰になり薄暗く、散乱した家具や崩落した壁など障害物も多くある。敵がどこに潜んでいてもおかしくないのだ。
森ノ宮は穏やかな表情のまま。しかし、周囲への警戒を怠らない。
「陶里殿……気配はあるか?」
リンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)の声に、森ノ宮は首を振る。竜見も周囲へと意識を向ける。廃墟の中は不思議と静かで、遠くから鳥の声や時折、海の音が聞こえる。今、戦闘しているとは思えないほどに穏やかだ。
「ここには居ないのであろうか」
メイシャ(
ja0011)は武器を手に周囲を見回す。窓から差し込む光で、彼女の銀髪が輝き揺れた。
「すいません……あたしも見つけらんねぇが……られなかったです」
リンドからの視線を受け、竜見も首を振った。
「気に病むな彩華殿。もとより、索敵は二人の方が得意なのだからな」
「あぁ、その通りだ」
リンドとメイシャ。二人の思いやりに竜見は元気良く「はい」と答えた。
「ん……今、あちらから物音がしたような」
目を閉じ周囲の音を探っていた森ノ宮はかすかな物音を聞いたようだ。B班一行はさらに奥へと進む事にした。
廃墟となった島にはかつてここで過ごした人々の生活のあとが見て取れた。この島に人が住んでいたのは、それほど昔の話ではないのかも知れない。おそらく、天魔との戦いで人が住まなくなったのだろう。この世界で、このうような場所はいくつもあるはずだ。戦いで住む場所を失う。それはとても悲しい事だったろう。
辺りへの警戒をしながらB班は次の区画まで到達した。
「笛の音!」
遠くから聞こえた合図に思わず竜見が声を上げた。どうやらC班は戦闘を開始したようだ。
そして、B班の目の前にも、ハリボテの天使と悪魔が現われた。
「向こうの心配ばかりはしてられんな……」
森ノ宮は現われた敵に弓を構えた。
●ハリボテの悪魔と天使。
「そっち行ったよ!」
九十九 遊紗(
ja1048)の放った弾丸はダミーサーバントのボディに掠り、火花を散らす。しかし、機能停止にまでは追い込めなかったようだ。すぐさま、体勢を立て直すと鉄の羽で羽ばたき飛翔する。
迫るハリボテ天使を前にして、沙夜(
jb4635)は慌ててヒリュウを召喚した。先ほど吹いた笛を口に咥えたままだ。
「ひゃっ、ヒリュウ! お願いっ」
召喚された竜とハリボテの天使は空中で交錯する。
「見つけましたわ」
A班のもう一人のバハムートテイマー。オフィリア・ヴァレリー(
jb1205)は、視覚共有した召喚竜が見つけたダミーディアボロへと一気に間合いを詰める。そして、手にした大きな鎌でなぎ払う。
ハリボテの悪魔はその大鎌の攻撃を自らのボディで受けとめようとしたが……防ぎきれない。切り裂かれた装甲は廃墟のコンクリート床へ落ちると、甲高い音を立てた。
GRRRRRRRRRR……。
ダミーディアボロは唸り声を上げ、オフィリアへと飛び掛る。獣の体から繰り出された攻撃をオフィリアは鎌の柄でいなそうとするが、勢いの乗った爪は止まる事無く彼女の腕を掠めた。白い肌の上でパッと赤い花が咲く。
さらにハリボテの悪魔はオフィリアへ追い討ちをかけようとする。
「そうはさせんよ。今度はわしの番であろう?」
不敵に笑いインレ(
jb3056)がダミーディアボロの前に立ちふさがる。それに構わず飛び掛ったハリボテ悪魔に、インレの打撃が命中した。
装甲も薄くなっていたハリボテ悪魔は敢無く行動不能に陥った。
ハリボテ天使とヒリュウは踊るように宙を舞う。ヒリュウは沙夜の合図で宙に止まる。加速していたダミーサーバントはヒリュウを追い越しそのまま滑空する。
九十九はハリボテ天使とヒリュウが離れた一瞬を狙い弾丸を放った。直撃し体勢を崩した所に沙夜の声が響く。
「今です!」
声とともにヒリュウはブレスを放ち、ダミーサーバントは墜落した。
「やったぁ、遊紗たち勝ったよ〜」
九十九のツインテールが喜びに上下に揺れる。
「なんとか、勝ちましたね」
沙夜の肩にヒリュウがとまり、彼女はホッと胸をなでおろす。
「……向こうも戦闘中であろうか?」
インレは遠くから聞こえる戦闘音を感じたようだ。
「じゃぁ、遊紗たちで助けに行こー!」
無邪気に九十九が笑う。勝利による高揚感もあるのだろう。誰も反対するものは無い。C班はB班の援護のため移動を始めた。
しかし、次の瞬間。轟音が島全体を包んだ。その音はA班の方角から聞こえたのだった。
●それは友のピンチ。
耳を劈くような轟音に、思わず竜見は両手で耳を塞ぎしゃがみ込んだ。主を守るようにヒリュウがその上を旋回している。
「何、今の?」
訝しげにメイシャはダミーディアボロからバックステップし間合いを離す。
「……分からんが、今は目標の制圧に集中だ」
森ノ宮は再びハリボテの天使の羽を狙う。空を切る音――。そして、放たれた矢が片翼を打ち抜いた。
ダミーサーバントの援護を失ったダミーディアボロへ、リンドが肉迫する。たまらず退いたダミーディアボロだったが、障害物に行く手を阻まれ追い詰められた。リンドはその隙を逃さない。
巨大な剣がダミーディアボロへと叩きこまれた。ハリボテ悪魔は鈍い音をたてて地面に転がった。
竜見は空を舞うヒリュウの視覚から、遠方での異常に気がついた。たしか、向こうにはA班が行っていたはずだ。と、気がつき咄嗟に駆け出す。
「彩華さん?」
森ノ宮が手を伸ばすが、止まらない。
「あっちには芳香ちゃんたちが! 助けに行かないと」
「今の音……訓練じゃないということか」
リンドの目を見て竜見は頷く。
「行こう」
「あぁ」
B班は急ぎA班の援護にまわるため駆け出した。
一方、新田らA班は迫る炎によって確実にダメージを追っていた。既に訓練の域は超えている。炎の使徒が降臨した際に、通信機器がいかれてしまたのも不運だった。これでは本部の指示を仰げない。
時折、ノイズが走るだけで会話は聞き取れない。辛うじて救難信号だけは発信できた。これに気がついてくれるのを祈るしかない。
新田は班員に肩を貸して、敵から離れる。
「こんなところで……終らないですわ」
●炎の使徒は降り立ち。
「……コレも模擬戦の一環なのでしょうかね」
燃え盛る翼の使徒を見て沙夜が思わず呟いた。駆けつけたC班の目の前に広がる惨状は、訓練の域を逸脱するものだった。故に沙夜の言葉には、疑問というよりも嘘であって欲しいという希望が含まれていたのかもしれない。
「違いますの。気をつけて、アレは本物ですわ!」
救援に来た仲間の姿に新田が叫ぶ。
「これが……本物……」
九十九は思わず息を飲んだ。
使徒は燃える拳を振り上げる。咄嗟に、インレが「離れろっ!」と叫んだ。
次の瞬間、使徒は拳を地面に打ち付けた。空気が振動し、爆炎と熱風が吹き荒れる。九十九はとっさに腕で顔を覆う。ツインテールが激しく揺れた。
「焔を纏うものか……」
なんとか、炎の直撃だけは皆避けられたようだ。インレは熱風にも動じずに、眼前の敵に構えた。
使徒が再び体勢を整える前にオフィリアが飛び出した。常に前線へ出る彼女は笑顔を浮かべ、まるで戦いを楽しんでいるようだ。。
「こっちだよ!」
九十九は勇気を振り絞り、射撃しながら使徒の気を引く。その隙に沙夜はA班の救護にあたることにした。
「……聞こ……ザッ……ザザッ……現状の……報告を」
途切れ途切れ、志方の声がノイズ混じりで聞こえてくる。沙夜は携帯端末をとりだし、本物のサーバントと交戦していると告げた。
志方からの返答を待つ間が、やけに長く感じて沙夜は焦りを覚えた。返答がこなくても戦いは続くのだ。
そうこうしている内に、インレは炎の塊を受けて、爆発とともに吹き飛んだ。咄嗟に機転を利かせて後ろに飛んだため、致命傷は避けられたが、攻撃のダメージはかなり重い。
オフィリアは使徒とインレの間を遮るように、ヒリュウを割り込ませブレスを命じた。沙夜もそれに続いてブレスを命じる。意表を突いた攻撃だったのか使徒は膝をついた。
畳み掛けるように九十九が射撃する中、起き上がったインレは使徒との間合いを詰めた。炎は迫る敵を焼き尽くそうと広がるが、インレは止まらない。そのまま、アウルを込めた一撃を放つ。その攻撃で炎は霧散した。
「……確認し……ザッ……た。対象はサーバン……ザッ……と思われ……識別名称は」
ようやくノイズがやわらぎ、志方の声が告げる。過去のデータを検索できたようだ。それを聞き、沙夜は敵の名をよぶ。
「ファイアフィアー……」
使徒は再び立ち上がり咆哮した。その威圧感に、傷ついたA班の生徒たちの口から、恐怖の吐息が漏れる。使徒はそれを嘲笑うかのように、再び巨大な炎の翼を広げた。
●恐れず進め。
「……まだ、立ち上がるの?」
新田の声にも覇気は失われかけていた。このファイアフィアーは今の彼女たちには確かに強敵なのだ。それでも終りたくないという感情が、彼女を突き動かす。
「芳香ちゃーん!」
新田の頭上を通り過ぎたヒリュウは、そのままファイアフィアーにブレスを放つ。竜見のヒリュウだ。
「あ、彩華ちゃん」
新田は今日知り合ったばかりの友人の名を呼んだ。
「おい、お前さん大丈夫か? 痛いところは?」
駆けつけた森ノ宮が負傷者に声をかけてまわっている。
「……来てくださったのね」
「うん。私は私の友達を、一人にしたりしない! 私一人に力は無くても、皆で絶対に助けるよ!」
「えぇ。そうですわね。力を……合わせましょう」
竜見は傷ついた新田の手をとった。
前線にはメイシャとリンドが加わり、使徒を負傷者から離すように牽制する。
ファイアフィアーは三度、燃える拳を振り上げ、地面に振り下ろす。発生した炎と爆風が前線に居るメンバーを襲った。
熱風と炎を手にした剣で防ごうとしたリンドだったが、想像以上の勢いに押され負傷してしまった。
ファイアフィアーはさらに追撃とばかりに腕を振り上げる。
「その動作は覚えたで……」
森ノ宮が矢を放つ。負傷者の救護中も戦場のファイアフィアーを観察していたのだ。腕を振り上げる動作が、ファイアフィアーの必殺モーションだと、森ノ宮は看破した。
矢を受けファイアフィアーは動作を狂わされた。その隙を突くように、皆は攻撃を仕掛ける。しかし、いくら攻撃しても炎の翼が消えることは無い。
「……ザッ……敵は、こ……恐怖心を糧にしま……ザッ……お気をつけくださ……」
志方の声がノイズ交じりに聞こえる。
炎に幾度も焼かれながらリンドが声を上げた。
「恐れるな! 我らは戦士、降りかかる厄災を払う者! これしきの火の粉、猛き心とその武で以って振り払ってみせよ!」
リンドの熱い思いの篭った声は、新田たち負傷したA班。そしてB、C班全員の士気を奮い起こす。皆のアウルの力が高まり、光纏は輝きを増した。
輝きに気圧されたのか、それとも恐怖に打ち勝った人間に恐れをなしたのかファイアフィアーは怯んだ。
オフィリアは使徒に駆け寄ると鎌でなぎ払う。その軌道をかわすため、使徒は飛び上がるが、九十九と森ノ宮が射撃し、そのバランスを崩した。
哀れ舞い上がるはずが、落下を始めてしまった使徒。すかさず駆け寄ったインレは、斧に持ち替えて振るう。その刃は炎の翼を断ち切った。
翼をもがれた使徒に、リンドは全身のアウルを爆発させ、渾身の一撃を放った。
炎は霧散し、今度こそ完全にファイアフィアーは消失した。
●戦いの後は。
「皆様……ご無事でなによりです」
本部に帰ると、普段は無表情な志方がほっとしたのか微笑んでいた。突然のサーバント強襲だったが、全員無事に帰還したのだ。
「実際の戦場でも今日のように何が起こるかは分からない。だが、お前達は生き延びた。今後も死ぬな! 生きて次のための戦いをするのだと肝に命じろ!」
老師は朝と同じ厳しい表情と口調だった。しかし、最後にこう付け加えた。
「……今日は、よくやった」
その言葉に、生徒達から歓喜の声が上がった。
「帰ったら温かい紅茶が飲みたいですね……うんと甘いミルクティーにでもしましょうか」
沙夜が苦笑交じりにため息を一つ。
「その意見には賛成ですの」
「うん。あたしも」
安心して座り込んでいる新田と竜見も沙夜の提案に賛成のようだ。
「……私もよろしいでしょうか?」
志方はまた普段通りの無表情だったが。
「待つ方も、生きた心地がしないのですよ……えぇ、本当に」
と、苦笑まじりに深いため息をついた。
それを聞いた皆は、笑顔で言った。
「もちろん、一緒に!」