●天使は集いて
「面白そうな事話してるねー!」
海城 恵神(
jb2536)が上下 左右と黒須 エルの会話に入っていく。
上下によるホワイトデーについての“間違った説明”を真に受けた黒須が、これから大変な事になるのでは? と、冷や冷やしていた一同は、ようやく突っ込みを入れてくれる存在が現われたと、ほっと胸をなでおろした。
「同じ天使のよしみだし、ここは私にど〜んと任せなっ」
「そうか、助かる。海城は既に人界について詳しいようだな……」
「うんうん。素直でよろしい。私が先生よりも詳しく教えてあげよう」
礼儀正しく頭を下げた黒須を前に、海城は胸を叩いて得意げに言った。。
「え〜、海城くん。私ちゃんと分かってるのよ〜?」
「はいはい。左右先生はあっちで休んでてね〜」
上下を部屋の端の作業デスクに座らせると、海城は早速とばかりに話をはじめた。
「ホワイトデーだからって、ただの白い服じゃだめだ。お返しするからにはきちっとした格好でいかんと失礼に値するんだぜ!」
海城は真面目な顔でキリッと決めた。分かっていてやっている辺り性質が悪い。
周りの皆は「何でだっ!」と脳内で突っ込みをいれた。
そんな会話を続けているのを眺めつつ、笹鳴 十一(
ja0101)が呆れ口調で呟く。
「エルの全身白コーデ……マジでやるのか?」
「どうでしょうか?」
隣で紅茶を飲んでいた鈴木千早(
ja0203)は、穏やかな笑顔で黒須たちを見守っている。
「……あんたもこのまま見てる気かよ」
「うふふ、だってもう少し、このままでも面白そうなのよね。あなたもそう思わない?」
笹鳴が聞くと悪戯っぽくマリア・フィオーレ(
jb0726)は笑う。
「そうは言ってもなぁ。左右先生にちゃんと教えたほうがいいような……」
笹鳴の声は段々尻すぼみに消えてゆく。ここの二人は完全に見守る算段のようだ。
これ以上、言っても仕方ないかと笹鳴も諦め始めた時、小柴 春夜(
ja7470)が静かに言った。
「俺も……そっとしておきたい気もするが、被害が広まる前に訂正しておいたほうがいいだろうな」
ようやくまともな意見だと、笹鳴は小柴にグッと親指を立てる。
そうこうしている内に、事態はさらなる展開を始める。
カオスな会話に新たな仲間が加わったのだ。
「カジュアルではなく、フォーマルな格好をするということでしょうか〜」
おっとりとした口調で話しながら、チャイム・エアフライト(
jb4289)が小首をかしげる。
会話に参加してきた新たな天使に、間髪居れずに海城が返す。
「正解、その通りっ!」
正解と言われ気を良くしたのか、チャイムはニッコリと笑って話を続ける。
「良かった。当ってましたね。確かこの間、見たテレビに出ていたんです……」
少し間を置き、テレビの内容を思い出したチャイムは、胸元で手を合わせ少し得意げになって口を開いた。
「……そう、ウェディングドレ……」
「「「ちがーうっ!」」」
流石にそのボケには堪えきれずに皆が声を上げた。
●ホワイトデー相談室
「やれやれ、またか」
黒兎 吹雪(
jb3504)の前には、なぜか正座をさせられた同族たち。と、上下先生の姿がある。
「まったく、どうしてこうも皆、人の話を鵜呑みにするのであろうな。おかしいとは思わんのか」
「その……すまない」
正座したまま黒須は神妙な顔で謝罪する。人界知らずとは言え、こうも嘘に引っかかるのは、もともとの性格が生真面目で素直過ぎるのだろう。
「あの〜、私何か間違ってましたか〜?」
「その……チャイムさん。ウェディング……ドレスは、ホワイトデーじゃなくて……結婚式……だよ?」
おっとりとしたチャイムに、これまたおっとりと苑邑花月(
ja0830)が正しい知識を伝えた。
「あらぁ〜」
「お前ももう少し、人界を学べ……」
マイペースなチャイムに黒兎がため息を付く。
「クククッ…ブハッ! あっはっはっ!」
そんな光景に思わず海城は噴出した。
「……海城、お前が火に油を注いたのであろうが」
「いや、だって、おもしろくって」
腹を抱えて笑い出した海城に、黒兎がピシャリと言った。
「お前な……そんなだから、我ら同族に間違った人界知識が広まるのだっ!」
「……ごめんごめん」
流石に笑いすぎたと海城が姿勢を正す。それにつられて黒須とチャイムも謝る。
「忝い」
「すみませんでした〜」
「先生は悪くないわよね?」
天使たちが謝る中。一人だけ、往生際の悪い輩がいた。
「……まあよい」
コホンと、咳払いをした後、黒兎は宣言した。
「ひとつ、私達が正しいホワイトデーというものを教えてやろうではないか」
「いいわねぇ。私、賛成よ」
マリアが面白そうだと賛同する。
「男にとっては中々に難しいですし、これを機に、女性から見た正しいホワイトデーの勉強をしましょうか」
「はい。あの……花月も賛成……です」
鈴木が乗り気になったのを見るや、苑邑も挙手する。
「俺も異存ねーぜ」
と笹鳴。
今度は、ちゃんと教えるから。と、海城はチャイムの手をとり立ち上がる。
全員乗り気な雰囲気に。
「……では俺も。少しぐらい手伝おう」
と、小柴も重い腰を持ち上げたのだった。
●正しいホワイトデー
「ふむ、普通にスイーツで返すのが一般的だが――。」
「ほら、あってた〜」
改めて説明を始めた黒兎に茶々を入れる上下。
「コホンッ……ホワイトチョコでも良いが、他にもキャンディーやクッキーと言った物がある」
黒兎は咳払いを一度。そして、何事もなく話を続ける。
「マシュマロというのも聞くな」
さりげなく小柴が付け足す。
「マシュマロの作り方は知らないです〜」
チャイムは困りました〜。と、うなだれる。
「うむ、別に手作り品でなくとも良いのだぞ?」
また、早とちりをするでないっ。と、黒兎は扇子でポンポンとチャイムの頭を小突く。
「そうなのですか〜?」
「うん……手作りか……そうでないかは、関係、ないの、ですわ。心が、こもって、いれば、良いの」
苑邑の言葉を聞いてチャイムは笑顔になった。
「手作りの物は避けた方が良いかと思っていましたけれども……心を込めて、大げさな物でなければ良さそうですね」
その様子を見ていた鈴木は顎に手をやると、一人頷く。
「はい、きっと……良いと、思います」
苑邑は鈴木に微笑む。
「ふむ。ではクッキーの作り方を教えるか……たかがクッキーと嘗めてはいかんぞ? 美味く作るにはそれなりの知識と技術がいる。まあそれは全てに言える事ではあるが」
「では、俺も手伝いましょう。お菓子作りなら多少は心得がありますので」
黒兎と鈴木は、黒須に……というか結局、皆にお菓子作りを教える事になった。折角だから、皆でホワイトデーの準備である。
「花月は……お花を贈るのも……良いと思い、ます」
苑邑は白いガーベラを中心とした、フラワーアレンジメントなんていかがでしょう? と提案する。白のガーベラの花言葉は、「希望、律儀」らしい。なるほど、確かに黒須には似合った花かもしれない。
「かわいらしいですね〜。贈り物なら綺麗なペンのセットなんてどうかな?」
チャイムも色々と考えた末、実用品なら役に立つしいいんじゃないかと結論を出したようだ。
「ラッピングも考えないとねぇ」
賑やかになってきた女子たちにマリアも混ざる。もちろん、海城も黙っては居ない。
「ラッピングならまかせろーっ」
「では、買出しに、でかけましょ」
色々と物が入用になるからと、マリアが皆に提案した。
「賛成」
皆に異存はなかったようだ。
「小柴さん、荷物持ちしてくださるかしら?」
マリアが小柴に頼む。
「……まぁ、手伝うと言ったからな」
だんだんと熱があがってきた女子に気圧され、小柴は思わず頷いた。
●準備をするのです!
「持ってきたぞ黒兎。これでいいんだろ?」
「おぉ、そうだそうだ」
小柴が買出しのダンボールを降ろすと、黒兎は早速、中を開ける。そこには小麦粉と砂糖、バターなどクッキーの材料が入っていた。
「じゃぁ、はじめましょう」
エプロン姿の鈴木が黒須を促す。
「ああ、頼む」
「小柴さんも一緒にやります?」
「……クッキーか。そうだな、俺にも教えてくれ鈴木」
小柴は上着を脱ぐと、シャツの袖をまくる。鍛えられた男子の腕が覗く。
「うふふ。男子達も頑張ってるわね。鈴木くんに黒兎さんは、良い嫁になりそうね」
手際の良い男子二人をマリアが茶化す。
「マリア……、またこやつらが勘違いするかもしれぬのでな。そう言う発言は控えてくれ」
黒兎が手を止めてため息混じりに言う。
マリアは手をひらひらとさせて、その場から退散した。
お次は花の準備だ。
「白い、お花、で、纏めたい……ですね」
たくさんの花を前にして悩む黒須に、苑邑がアドバイスを送る。
「ガーベラに、カスミソウ……なんていかがでしょう? あぁ、スイートピーもいいですね」 黒須が手にしたスイートピーを苑邑は受け取る。
ガーベラの茎をカットし用意した小さなバスケットの中心より少し上にさす。そして、その周りに段差を作るように、茎の長さを調整したスイートピーやカスミソウを飾り付ける。
黒須はしばらく悪戦苦闘しつつ、なんとか小さな花籠を作り上げた。
「最後に、ラッピングね」
「イエッス、早速はじめるぜー」
マリアと海城が基本的な箱の包装とリボン掛けをしてみせる。黒須、他一同はそれを見た後、思い思いのラッピングを始める。
基本を終えた海城は、応用編とばかりにシールを取り出した。チェックや動物柄で包まれた箱は、青と白の色を中心としたハートやリボンのシールがデコレーションされていく。
「どやぁ! 私のこの器用さ! 褒め称えてもええぜっ!」
さらには、透明な袋を使った中身を見せるラッピングなど試行錯誤の数々を披露していった。
マリアもバスケットにレースペーパーを敷きふわっとセロハンで包んでみたり、海城からシールをもらって可愛くデコレーション。青白をベースにコンパクトにまとめ上げるあたりは流石だ。
こうしてホワイトデーのお返しの、クッキー、小物、花の準備が出来上がった。
●こんなホワイトデーはいかが?
「え〜、コホン」
「それでは、最後に……その……ホワイト、デー、実演、します。花月は、受け取る、役です」
皆が席に着いた中、苑邑が立ち上がって宣言した。いつもよりも、ゆっくりとした口調になっていたのは、緊張しているからなのかもしれない。
「私もしてもらう側。どんなもんか、今から見本を見せてやるぜ〜」
立ち上がった海城は苑邑の緊張をほぐそうとしたのか、彼女の後ろから肩に手を置いた。
「実際にやるのは私なんだがな……」
「役得ですよ。黒兎さん」
鈴木の言葉に、黒兎はやれやれ、と言った感じで立ち上がる。
「では、これから私が海城に渡すぞ」
「はーい、ドキドキ」
まったく締まらん奴だなと思いつつも黒兎は、目を閉じて箱を後ろ手に回し深呼吸。そして、目をあけて――。
「その、バレンタインのチョコ、ありがとう。すごく美味しかった」
それはまるで初心な少年のような口調だった。一呼吸おいて、黒兎は海城から視線をはずしたまま、後ろ手にもっていた箱を突き出して続ける。
「これ、ホワイトデーのお返し、受け取って、貰いたい」
「……」
あまりの豹変ぶりに一瞬、あっけにとられた海城だが素直に箱を受け取った。
「あら、やだ素敵……そんな手でくるとは卑怯だぜ〜」
箱を手に、息を吐くと海城はいつもの通りにオーバなリアクションで茶化す。ただ、心なしか耳が赤い。
「では、次は俺が花月さんへ」
場の興奮も冷めやらぬまま、鈴木が立つ。苑邑もそれに続いて皆の前に立った。
「花月さん」
「はい……千早、さん」
鈴木が丁寧な物腰で苑邑の名前を呼ぶ。苑邑もそれに返す。
数秒、見つめあう二人。
苑邑はだんだんと自分の体温があがっていくのを感じた。苑邑は顔を見ていられなくなって俯く。
(えっと、何だか、本当に、ドキドキして……きました)
苑邑のそんな様子を察したのか、それとも気付かないのか、鈴木が優しい声で続ける。
「チョコレートありがとうございました。これは私から、ホワイトデーのお返しです」
「……はぃ。あ、りがとう、ござ、います」
苑邑が顔をあげてそれを受け取る。また、鈴木と目が合う。
すっ――と、差し出された箱。
そして、さりげなく近い二人の距離。
静かに苑邑はそれを受け取った。
「こういう風に、誰かに思いを伝えるって素敵です〜」
本番さながらの予行練習で、チャイムがうっとりとした声を漏らした。いつかは、自分にもこんな告白が待っているのだろうか。天使は未来に思いを馳せる。
「うふふ、かわいいわぁ花月ちゃん」
「はい〜、恵神さんもです〜」
女性陣はホワイトデーのお返しというシチュエーションを大いに楽しんでいるようだ。むしろ、男性陣の方がその光景には照れてしまった感がある。
「さ、次は黒須。あなたの番よ」
マリアは黒須の方を向いた。黒須はうなずくと立ち上がる。
「これも使いなさいな」
「……これは?」
黒須はマリアが差し出した一枚のメッセージカードを受け取った。
「黒い天使のカードって、なかなか無いものね。結局、作っちゃったのよ」
マリアはウィンクすると、黒須は頭を下げる。
「そうか、助かる。使わせてもらう」
「えぇ、ホワイトデー頑張っていってらっしゃい!」
マリアが黒須の背を押す。
黒須はホワイトデーのお返しとカードを手に去って行った。黒い羽根の天使がいなくなると、マリアがくるりと皆の方を向いて言う。
「さ、面白そ……心配だし、当日は見守りにいきましょ」
「はい、面白そう……心配だし、覗…見守りにいこうぜ!」
海城が続く。実際、皆、気にはなっているようだ。
そして3月14日。校舎の裏に立つ一人の少女と黒い羽の天使が居た。
それをひっそりと見守る数人の陰があった。
●ピュアホワイト
ホワイトデーも無事に終わり。
相談室には嬉しい知らせがいくつも舞い込んだ。
一つは黒い天使の顛末。
そして、一緒に準備をした面々にも、それそれのホワイトデーがあったようだ。
上下はまるで自分の事のように、喜んで報告しに来てくれた生徒達に微笑む。
「先生、ホワイトデーの「ホワイト」は白ではなくて、純粋な心かもね」
マリアの見せた優しい表情に、上下も微笑んだ。
上下は机の上に広げられた、クッキーを一つ食べる。
甘い。
この甘さは、口の中だけでなく、心にも溶けていく。
そんなことを思うのだった。